学位論文要旨



No 129138
著者(漢字) 太田,誠一
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,セイイチ
標題(和) 蛍光シリコンナノ粒子の細胞内動態制御によるイメージング/DDSへの応用
標題(洋)
報告番号 129138
報告番号 甲29138
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第8029号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 酒井,康行
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 船津,公人
 東京大学 准教授 伊藤,大知
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

ナノ粒子は、DNAに代表される生体分子やウィルスなどと同等のサイズを持つため、従来の材料と異なる新たな特性を示すことが期待され、バイオ・医療分野への応用が検討されている。中でも半導体ナノ粒子は、量子サイズ効果によってサイズに応じた様々な色の蛍光を示すことから、次世代のバイオイメージング材料として注目を集めている。半導体ナノ粒子には、従来の有機蛍光分子に比べて光褪色に対する耐性が高い点など、様々な利点がある。しかし一方で、今まで研究の中心であったCdSeやCdTeなどの半導体ナノ粒子は、重金属を含むため生体毒性が強く、この毒性が実用化への大きな妨げとなっていた。

これに対し本論文では、シリコンのナノ粒子(Siナノ粒子)に着目した。シリコンは、電子機器などに用いられている汎用的な半導体材料で、重金属を含まない。このシリコンをナノ粒子化することで、低毒性かつ優れた蛍光特性を兼ね揃えた、新規の蛍光材料を創出することができると期待される。現在までに幾つかのグループがSiナノ粒子の合成に成功しているが、細胞イメージングへの応用例はまだ少ない。さらに、細胞イメージングでは、蛍光材料が細胞内に移行する速度や細胞内で集積する部位(細胞内局在性)などの細胞内動態が、イメージングされる部位や標識時間などの特性を決める重要な因子となるが、Siナノ粒子の細胞内動態についての検討は、いまだ報告されていない。

本博士論文では、粒子物性の異なるSiナノ粒子を合成し、その細胞内動態を調べることで、材料設計による細胞内動態の制御を目指した。さらにこの細胞内動態制御を利用して、Siナノ粒子を細胞イメージング及びDrug Delivery System(DDS)へと応用することを目的とした。

第2章 シリコンナノ粒子分散液の作製とコロイド化学的性質の制御

Siナノ粒子は、四臭化ケイ素(SiBr4)を原料としたプラズマCVD法によって合成した。SiBr4がプラズマ場でSi原子の状態まで分解され、核発生・成長することで、粒子が生成される。TEMによる観察及びEDXによる解析から、直径3~8 nm程度のSiナノ粒子が合成されていることが確認された。これらの粒子に励起光を照射すると、粒子は量子サイズ効果によって蛍光を示した。蛍光の波長は粒子の一次粒径によって異なるが、本論文ではこの中で、蛍光波長が460 nm付近のものを使用した。

合成された粒子は疎水性であるため、水系の溶媒中では容易に凝集してしまう。しかし、細胞イメージングなどに使用する際には、これを水に分散する必要がある。本論文では、化学結合による粒子表面へのアリルアミンの修飾、及び両親媒性ブロックコポリマーF127によるミセル内包化という二種類の方法でSiナノ粒子の水分散化を試みた。その結果、いずれの方法を用いた場合でも、Siナノ粒子が水に分散することが確認された。このとき、粒子は一次粒子の状態ではなく、ある程度の数の粒子が集まった集合体(凝集体)の形で分散していることが、TEMによる観察と動的光散乱(DLS)による測定で確認されている。この集合体のサイズ(凝集径)は、水分散化のときに加える修飾剤(アリルアミン、F127)の量により、数十~数百 nmの範囲で制御が可能であった。また、粒子表面のζ電位を測定したところ、アミン修飾された粒子が15~30 mVと正電荷を持つのに対し、F127修飾された粒子は2~3 mVと、ほぼ電荷を持たない状態であることが確認された。

以上の検討により、Siナノ粒子の合成、水分散化に成功した。また、水分散化の条件を変えることで、凝集サイズ、表面電位の異なる粒子を作製することができた。これらの粒子を用いて、次章以降で細胞内動態についての検討を行った。

第3章 シリコンナノ粒子の細胞内局在性の制御

本章では、Siナノ粒子の細胞内局在性に対する、粒子物性(表面化学種、凝集サイズ)の影響について検討を行った。2種類の化学種(アリルアミンとF127)と2種類の凝集径(数十nmと数百nm)、計4種類の粒子を用いて、Siナノ粒子の細胞内局在性を調べた。実験にはヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)を使用した。なお、細胞イメージングには、細胞を固定化して観察する場合と、生きたまま観察する場合の二種類が存在し、どちらを選ぶかで粒子の細胞内動態は大きく異なる。本論文では、固定化細胞、生細胞それぞれの場合について、細胞内局在性を検討した。

固定化されたHUVECをSiナノ粒子とともにインキュベートし、共焦点顕微鏡で細胞内局在性を観察した結果、アミン修飾されたSiナノ粒子が負に帯電したDNAとの静電相互作用によって細胞核に局在するのに対し、F127修飾された粒子は細胞質内に広く分布することが明らかとなった。また、凝集サイズによる局在性の違いは確認されなかった。

これに対し、生細胞の場合、Siナノ粒子の細胞内局在性は表面化学種だけではなく、凝集サイズによっても異なることが明らかとなった。アミン修飾された粒子はサイズに関係なくリソソームに局在化するのに対し、F127修飾された粒子は、サイズの小さいものは小胞体(ER)、大きいものはリソソームにそれぞれ局在化することが分かった。阻害剤を用いた実験などにより、この細胞内局在性の違いは、粒子取り込みに用いられるエンドサイトーシス経路の違いによるものであることが示唆されている。

以上の検討により、Siナノ粒子の表面化学種及び凝集サイズを制御することで、粒子を細胞核、細胞質、リソソーム、ERといった細胞内小器官に、選択的に局在化させられることが明らかとなった。

第4章 シリコンナノ粒子の細胞による取り込み速度の制御

Siナノ粒子を細胞イメージングなどの応用に用いる際には、第3章で検討した細胞内での局在性に加え、そこに至る速度(細胞による粒子の取り込み速度)も、実用性を決める重要な因子となる。細胞によるSiナノ粒子の取り込み過程に対する粒子物性の影響を明らかにするために、本章では共焦点顕微鏡によるリアルタイム観察と、物質収支式に基づいた粒子取り込みの速度論モデルを使用して、検討を行った。

凝集径の異なるアミン修飾Siナノ粒子を用いて、ヒト肝がん由来細胞株HepG2による粒子取り込み量の時間変化を測定した結果、粒子取り込み量は70 nm付近で極大値を持ち、それより小さい場合、大きい場合ともに取り込み量は減少していくことが明らかとなった。

この理由を明らかにするために、粒子取り込みの速度論モデルを構築し、このモデルを用いて取り込みの各素過程に対する粒子サイズの影響を調べた。その結果、粒子サイズの上昇に伴い、粒子の受容体への結合/脱離の過程は速くなっていくのに対し、その後の細胞膜による粒子の被覆の過程は遅くなっていくという、逆の傾向を示すことが明らかとなった。この二つの異なる効果の競合によって、取り込みに最適な粒子サイズが決まるということが、今回の検討により示唆された。

以上の検討により、70 nm程度のSiナノ粒子凝集体が最も効率的に細胞に取り込まれることが分かった。イメージング材料などとして用いる際には、サイズがこの付近になるように材料設計を行うことが重要であるといえる。

第5章 シリコンナノ粒子の応用展開

前章までの結果により、Siナノ粒子の細胞内動態を制御することが可能となった。本章ではこの細胞内動態制御を利用した、Siナノ粒子の細胞イメージング及びDDSへの応用を検討した。

Siナノ粒子の細胞イメージング材料としての基礎特性を調べた結果、有機蛍光分子よりも光褪色への安定性が高く、またCdSeなど他の半導体ナノ粒子に比べて毒性が低いことが示された。これらの特性と、第3章における細胞内局在性制御が掛け合わさることで、細胞内小器官を選択的かつ長期に観察できる、有用な蛍光イメージング材料になると考えられる。

また、Siナノ粒子はDDSの薬物担体としても利用できる。Siナノ粒子の優れたイメージング特性とDDSを組み合わせることで、蛍光による医療診断とDDSによる薬物治療が一体化した、新規の医療デバイスが創製されると期待される。第3章での検討により、アミン修飾されたSiナノ粒子はリソソームに局在することが確認された。このリソソームでは、内部のpHが周りよりも低く保たれていることが知られている。本章ではこれを利用し、薬物(抗がん剤ドキソルビシン: DOX)を内包したSiナノ粒子凝集体がpHの低下に応答して分散し、DOXを放出するように材料設計を行うことで、細胞内でのみ選択的に薬物を放出するシステムの構築を試みた。その結果、pH低下に伴うDOX内包Siナノ粒子凝集の分散及びDOXの放出が確認され、さらにヒト肝がん由来の細胞株であるHepG2に対する明確な薬理効果も示された。今後、がん細胞への特異的なターゲティング能などが加わることで、蛍光診断とDDSの一体化へと近づいていくことができると考えられる。

以上の検討により、Siナノ粒子の細胞イメージング及びDDSにおける有用性が示された。今後さらなる機能向上によって、より実用的な材料へと発展していくことが期待される。

第6章 総括と今後の展望

本論文では、Siナノ粒子の物性と細胞内局在性との相関について検討を行った。その結果、第3章では、Siナノ粒子の表面化学種と凝集径の制御によって、粒子を幾つかの細胞内小器官に選択的に局在化させることができた。また第4章では、細胞による取り込み効率を上げるためには、70 nm程度のサイズが最適であることが明らかとなった。これらの知見から、材料設計によってSiナノ粒子の細胞内動態を制御することが可能となった。この細胞内動態制御を利用することで、第5章では、Siナノ粒子を細胞内の選択的イメージング、及び細胞内選択放出型のDDSとして応用できることが示された。今後、蛍光診断とDDSが一体化した新規医療デバイスなど、より実用的な応用への展開が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

「蛍光シリコンナノ粒子の細胞内動態制御によるイメージング/DDSへの応用」と題した本論文は、新規蛍光材料であるシリコンナノ粒子(Siナノ粒子)の細胞内動態と、その制御による細胞イメージングとDDSへの応用についての研究成果をまとめたものであり、全6章から構成されている。

第1章では、研究背景および研究目的を述べている。まずナノ粒子をバイオ分野へと応用することの利点とその歴史、現状についての総論を述べ、その中で特に半導体ナノ粒子の蛍光材料としての有用性と、現状の課題である毒性について述べている。それを受け、毒性の低い半導体であるSiのナノ粒子を開発することの意義と既往の研究の流れについて述べ、Siナノ粒子の細胞内動態を制御することの必要性について論じている。以上を踏まえ、材料設計によってSiナノ粒子の細胞内動態を制御し、これによりSiナノ粒子を細胞イメージングとDDSへと応用することを、研究目的に設定している。

第2章ではまず、Siナノ粒子の合成と、バイオ分野での使用において必須である、粒子の水分散化について述べている。SiBr4を原料としたプラズマCVDでSiナノ粒子を合成し、アリルアミンによる粒子表面の修飾と、両親媒性ブロックコポリマーによるミセル内包化という二つの方法で、粒子の水分散化が可能であることを示している。またその際、水分散化の条件によって、水中でのSiナノ粒子の表面電位と凝集サイズを制御できることを明らかにしている。

第3章では、細胞内動態の一つである細胞内局在性に着目し、Siナノ粒子の表面電位や凝集サイズなどの粒子物性が、細胞内局在性に与える影響について述べている。粒子の表面化学種と凝集サイズによって細胞内局在性が大きく異なり、これらを制御することで、Siナノ粒子を細胞核、小胞体(ER)、リソソーム、細胞質といった細胞内小器官に選択的に局在化させられることを明らかにしている。またこれらの局在性の違いが、粒子取り込みの際のエンドサイトーシス経路の違いなどに起因するものであることを示している。

第4章では、細胞内動態のもう一つの要素である粒子の取り込み速度について、粒子物性が与える影響について述べている。共焦点顕微鏡によって細胞による粒子取り込みの連続観察を行い、粒子の取り込み速度が粒子の凝集サイズに依存し、70 nm程度のサイズで最適値を持つことを明らかにしている。さらに本章では、粒子取り込みの速度論モデルを構築し、このモデルを用いて、粒子取り込みに最適サイズが存在する原因について考察している。粒子が大きくなるにつれて、粒子の受容体への結合は速くなるが細胞膜による粒子の被覆は遅くなることを示し、この二つの効果の競合によって最適なサイズが決まることを明らかにしている。

第5章では、第3、4章での細胞内動態制御を利用した、Siナノ粒子の細胞イメージングとDDSへの応用について述べている。Siナノ粒子が有機蛍光分子よりも高い光安定性と、従来の半導体ナノ粒子よりも低い毒性を兼ね揃えていることを明らかにし、細胞内小器官を選択的かつ長期にイメージングする蛍光プローブとして有用であることを示している。さらに、Siナノ粒子が細胞内でのみ選択的に薬物を放出するDDSキャリアーとしても、応用が可能であることを示している。

第6章では、第5章までの総括を述べている。

以上、本論文の主たる成果は、Siナノ粒子の粒子物性と細胞内動態との相関を明らかにすることで細胞内動態の制御を可能とし、Siナノ粒子の細胞イメージング、DDSへの応用を実現したことであると考えられる。これらの成果は、新規蛍光材料であるSiナノ粒子のバイオ分野での実用化に大きく寄与するものであり、産業に対する貢献が大きいと考えられる。また本論文では、速度論モデルなどを用いて検討を行うことで議論を一般化し、Siナノ粒子に限らず他の材料系へも適用可能な、ナノ材料と細胞との相互作用についての新たな知見を得ており、学術的にも意義が高い。その中でも、材料と細胞との相互作用、そしてその結果発現される材料のイメージング/DDS特性といった全体をシステムとして捉え、これを最適化する手法を示した点は、化学工学及び化学システム工学に大きく貢献するものであると考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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