学位論文要旨



No 129140
著者(漢字) 大西,良治
著者(英字)
著者(カナ) オオニシ,リョウジ
標題(和) IV、V族遷移金属系化合物を用いた新規燃料電池カソード触媒の開発と酸素還元反応の触媒活性発現に関する研究
標題(洋)
報告番号 129140
報告番号 甲29140
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第8031号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 教授 山田,淳夫
 東京大学 准教授 牛山,浩
 東京大学 准教授 菊地,隆司
 東京大学 准教授 久保田,純
 東京大学 准教授 大友,順一郎
内容要旨 要旨を表示する

第一章. 諸言

燃料電池は高効率でクリーンな次世代のエネルギー変換技術として現在幅広く研究されている。その中でも固体高分子形燃料電池(PEFC)は電流密度が大きく、低温動作が可能で且つ小型軽量化が可能なことから、燃料電池自動車、ノートパソコンや携帯電話の電源等、幅広い利用法が期待されている。現在、PEFCカソードにおける酸素還元反応(ORR)の触媒としては白金系触媒が用いられているが、コストや資源量から、PEFCの普及の妨げになっている。白金に替わる安価なカソード触媒の開発は燃料電池の更なる普及のために非常に有効である。白金代替触媒としてはFeやCoを用いた触媒等がこれまでに広く研究されているが、これらの触媒は酸性雰囲気における耐久性に問題がある。近年、IV、V族金属の酸化物、酸窒化物が高い酸素還元能を持ち、酸性電解質中において安定であることが報告されているものの、これら触媒は調製時の焼成プロセスにより、触媒表面積の低下を起こすという問題点を抱えている。そこで本研究室ではこれまでに、IV、V族化合物のナノ粒子化による触媒活性の向上を報告してきた。しかし、これまでのところ白金代替触媒として実用化に至る材料は開発されていない。

本研究はTi、Nb、TaといったIV、V族化合物を用いた新規非白金ORR触媒の開発を目指し、RFマグネトロンスパッタを用いた薄膜電極や、アークプラズマガンやC3N4を用いてナノ粒子を調製し、ORR触媒の活性を評価した。また、これら材料の酸化や窒化、粒径の変化等が触媒活性にどのように影響するのかを評価することでORRの活性発現条件の解明を試みた。この他、IV、V族化合物のORR触媒活性点と相関関係がある測定法として、ORRの反応物である触媒表面上の分子状吸着酸素を評価した。手法としては低温に置ける酸素の昇温脱離法(O2-TPD)を用いた。酸素の吸着エネルギーや触媒表面の吸着サイト密度を計算し、これらとORR活性との相関関係を評価した。

第二章.RFマグネトロンスパッタを用いて調製したNbOx、NbOxNy電極触媒のORR触媒としての特性

これまでに報告されていないNb系化合物のORR活性を評価した。Nb酸化物粉末を用いた実験では、粒径が数10 μmにもおよび、再現性の低さが問題であった。そこで本研究ではRFマグネトロンスパッタ(ULVAC)を用いてグラッシーカーボン(1 cm×1 cm×1 mm)基板上にNb金属をスパッタして、基板と良好な電気的接触を持つNbOx、NbOxNy電極を作製した。

反応性ガスとしてO2のみ用いて作製したNbOxのボルタモグラムからは、O2分圧が低く結晶構造がNb metal の薄膜においては、ORR電流値は得られず、その後O2分圧を上げていくことで、ORR開始電位は上昇していくという結果が得られた。またO2とともにN2を用いて作製したNbOxNy薄膜電極は、NbOxと比べ著しい高い活性の向上が見られた(Fig. 1)。最も活性が高かったのはN2:O2 = 1:3で調製したNb2O5の結晶構造を持った薄膜であり,約0.86 V vs. RHEよりORRを開始した。一方で反応性ガスとしてN2のみ使用して調製したNbN薄膜電極は(N2:O2 = 4:0)、ORR活性をほとんど示さなかった。

NbOxおよびNbOxNyの薄膜電極のXPSの結果から、高いORR触媒活性を持つ電極はいずれも最高酸化数のNb5+のみで構成されていることが分かった。また、活性の向上には窒素が寄与していると考えられるが、N2のみを用いて作製したNbNの結晶構造の薄膜電極は不安定でありORR触媒活性を殆ど示さなかった。また最も高いORR触媒活性を示したN2:O2=1:3で作製したサンプルにおいては結晶、表面ともに窒素種は検出されなかった。これらの結果から窒化物表面がORR触媒活性点そのものになるわけではないことが考えられる。

第三章. アークプラズマガンを用いて調製した、粉末カーボン担持NbOxおよびNbOxNy触媒のORR触媒活性

第二章ではNb系化合物における酸化および窒化がORR活性に及ぼす影響を評価した。こうして得られた知見を活かして、Nb系ナノサイズ粉末触媒の開発を行った。本研究が用いたアークプラズマ法は、真空チャンバー内でアーク放電により,ターゲット金属をプラズマ化させ,目標に堆積させる方法であり、ナノサイズの緻密な膜や,ナノ粒子の形成に有効であることが知られている。アークプラズマガン(ULVAC,以下APG)を用い、O2、N2などの反応性ガス下でNbターゲットを昇華させ、担体上に堆積させた。本研究は始めにAPGによって担持される材料を分析するために、N2:O2=1:1の条件で高配向熱分解黒鉛(HOPG)上に1 pulseだけNb種を堆積させた。STM像とXPS測定によってHOPG上にNb種の存在を確認した。このNb-O-N/HOPGをそのまま電極として評価したところ,1 pulseのみの極微量のNb種を担持したサンプルにおいてORR由来の電流値が観測された。XPSによって組成を分析した結果、Nb種は最高酸化数であるNb5+であること、またN 1sスペクトルからは反応性ガスであるN2とNbが反応して窒化物由来の構造が出来ていることを確認した。

同様の方法でAPGを用いてCB上に酸窒化物が高分散担持された触媒を得た。得られたNb-O-N/CBサンプルのTEM像、およびEDXスペクトルから、粒径20 nmのCBに1 nm以下のサイズでNb微粒子が高分散担持していることが分かった。反応性ガスとしてO2のみを用いてNb-O/CB、N2:O2 = 1:1としてNb-O-N/CBをそれぞれ調製し、電気化学測定によってORR触媒活性を評価した。Nb-O/CBは0.72 V vs. RHEからORR電流が見られた。一方で、Nb-O-N/CBは0.86 V vs. RHEよりORRが開始しており、反応性ガスとしてN2を用いたことによる活性の向上が見られた。一方でN2のみを用いて調製したNb-N/CB触媒は、測定中に不安定な挙動を示した。これら粉末材料の表面状態をXPSによって評価したところ,反応性ガスの種類に関わらず触媒表面のNb種は全て酸化されてNb5+になっており,反応性ガスにN2を用いて調製したNb-O-N/CB触媒の表面にはNの存在を確認した。O2,N2を両方用いることによるNb触媒のORRへの触媒活性能向上という結果は第二章の薄膜電極の結果と一致した。

第四章. C3N4を用いて調製した窒化物ナノ粒子のORR触媒としての特性

ナノ粒子化触媒は活性表面積が大きく、ORR触媒として期待される。本章では第三章まで行ったドライプロセスではなく、大量調製が可能なウェットプロセスでのナノ粒子調製をめざし、C3N4テンプレートを用いてTi、Nb、Taの窒化物ナノ粒子を調製した。窒化物ナノ粒子は表面が不動体を形成することで酸化物になっており、ORRに適した構造を有することが考えられる。得られた粒子はTiにおいてはTiN、NbにおいてはNbN、Taを前駆体に用いた場合ではN2雰囲気中での調製ではTaN、NH3雰囲気での調製ではTa3N5のXRDパターンがそれぞれ得られた。Scherrer式から、TiNは<5 nm、NbNは6 nm、Ta3N5は14 nmであることがわかった。TaNは結晶性が悪く、XRDパターンからは粒径は計算できなかった。これら材料のORRボルタモグラムから、TiN、NbN、Ta3N5はORR触媒活性を示した。一方でTaNは殆どORR活性を示さなかった。これらの中で最も高いORR活性を示したTiNは、オンセットポテンシャルを0.75 V vs. RHEにもち、大きな電流値が得られた。

また、ORRの活性点に迫るべく、液体窒素温度にてO2を触媒表面に吸着させ、昇温脱離法によって分子状吸着酸素を分析した。各種サンプルのTPDスペクトルをFig. 2に示す。縦軸はいずれもBET比表面積にて規格化してある。100-200 KにおけるO2脱離ピークがCB、TiN、Ti-Fe-O-N、PtといったORR活性なサンプル全てに表れ、活性を持たないSiO2, Al2O3においては表れなかった。またFig. 2、3より、TPDピークの温度とORRのonset電位の序列はいずれもCB<TiN<Ti-Fe-O-N<Ptの順であり、高いORR活性を持つ触媒は、酸素の吸着が強いという傾向が得られた。この傾向はTiN以外の窒化物材料にも見られ、ORR活性なNbN、Ta3N5にはO2脱離ピークが見られ、不活性なTaNには脱離ピークが現れなかった。

細孔サイズの異なるC3N4を用いて粒径の異なるTiNを調製した。ORRボルタモグラムからは、粒径が小さくなるのに従い、ORR電流値の増加が見られた。またO2-TPDスペクトルからは、脱離ピーク温度は粒径によらず、脱離ピーク面積が粒径の減少に従い大きくなることが分かった。TPDピーク面積からは単位表面積あたりの吸着酸素量を求めた。Ptにおける単位表面積あたりの酸素吸着量である2.1 molecules nm-2という数値と比べ、本研究で用いた非白金触媒における単位表面積における吸着酸素量は0.5~0.6 molecules nm(-2)と白金の1/4~1/3程度であり、表面に存在する酸素吸着サイト密度が低いことが示唆された。一方で、TiNは市販品の100 nm程度のサイズの粒子においては酸素の脱離ピークが見られなかったものの、粒径の減少とともに吸着サイト密度が著しく上昇した。

第五章. 総括

燃料電池用非白金カソード触媒の開発をめざし、IV、V族のTi、Nb、Taの酸化物、窒化物、酸窒化物触媒を調製し、ORR触媒活性を評価した。これまでに報告されていないNb酸化物、酸窒化物系材料のORR触媒活性を報告した。表面Nb種は5価であり、活性点形成に、窒化種が寄与していると考えられる。この知見を活かしてアークプラズマガンにより調製したCB担持Nb-O-N触媒は、0.86 V vs. RHEより開始するなど優れたORR触媒活性を示した。またC3N4を用いて調製したTi、Nb、Taのナノ粒子はいずれもORR触媒活性を示し、その中でもTiNが最も高い活性を示した。これら材料を用いて行ったO2-TPDの測定から求めた酸素吸着エネルギーの大小とORR触媒活性の大小には相関があることが示唆された。また脱離ピーク面積から算出した非白金触媒のO2吸着サイト密度は、白金触媒に比べて1/4~1/3程度と低いことがわかった。その一方でTiNは、粒径の減少とともに単位表面積あたりのO2吸着サイト密度が飛躍的に向上しており、ナノ粒子化により新しい吸着サイトが形成されていることが分かった。これらの結果から、非白金触媒開発において、O2吸着エネルギーの強い材料を用いるとともに、酸素吸着サイト密度を上昇させるという二つの指標が得られた。

Fig. 1. N2:O2比を変えて作製したNbOxNy薄膜電極のORRボルタモグラム。

Fig. 2. 各種ORR触媒のO2-TPDスペクトル

Fig. 3. 各種ORR触媒のORRボルタモグラム

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「IV、V族遷移金属系化合物を用いた新規燃料電池カソード触媒の開発と酸素還元反応の触媒活性発現に関する研究」と題し、燃料電池のカソードにおける酸素還元反応(ORR)に用いられる触媒として、IV、V族遷移金属化合物を用いて、現在用いられている白金触媒に替わる非白金触媒の開発を目的として行われた研究の結果をまとめたものである。本論文は日本語で書かれており全部で五つの章から構成されている。

第一章では、燃料電池の原理、ORRのメカニズムを紹介しているほか、現在、ORR触媒として用いられている白金触媒の問題点が述べられている。また、白金、非白金を含めたORR触媒に関するこれまでの論文をまとめ、本研究の目的と意義について説明されている。

第二章では、反応性スパッタ法によって平滑なグラッシーカーボン基板上に作製したニオブ酸化物および酸窒化物薄膜に関し、これらの材料がORR触媒活性を有することを見出したことが記されている。酸化数や触媒中の窒素の存在がORR触媒活性に及ぼす影響に関して議論されている。最高酸化数であるNb5+の表面を持つサンプルが高い触媒活性を示すことが述べられている。また、酸窒化物薄膜は酸化物よりも高い触媒活性を示し、可逆水素電極電位に対し0.86 VよりORRを開始したことが述べられている。一方で、完全な窒化物薄膜が触媒活性を示さなかったことから、酸化物表面が活性に寄与し、窒化物は活性点自体にならないものの、導電性付与により活性点形成に影響すると解釈されている。

第三章では、第二章で得られた知見を元に、平滑基板ではなく微粒子触媒を得ることを目的とし、アークプラズマガンを用いて、カーボンブラック担体上に原子状サイズに高分散に担持させたニオブ酸化物、および酸窒化物材料のORR触媒活性に関して述べられている。アークプラズマガンを用いカーボンブラック担体に金属種を析出させる方法について取り組んだことについて詳細に説明されている。調製したニオブ化合物が高い触媒活性を示したとともに、酸化物材料よりも酸窒化物材料のほうが高い触媒活性を示したことを報告している。また、窒素の導入は導電性付与によりORR触媒活性点の形成に寄与していると解釈している。

第四章にはメソポーラス構造を持つカーボンナイトライド(C3N4)をテンプレートとして用いてチタン、ニオブ、タンタルのナノ粒子窒化物を調製し、ORR触媒活性を評価した結果が記されている。窒化物ナノ粒子の調製に成功し、これらナノ粒子が触媒活性を持つことが確認され、それらの中でもTiNが高い活性を有することが報告されている。更に、非白金材料にも適用可能な、ORRの反応物である酸素の吸着点測定法として吸着酸素の昇温脱離法(TPD)による分析法を提案しており、分子状酸素の脱離ピーク温度と触媒活性との間には相関関係があることが確認され、更に触媒活性点密度の向上のためにナノ粒子化が有効であると論じられている。

第五章には、各章に記述された成果が総括されている。また、固体高分子形燃料電池に用いられる白金代替カソード触媒の開発における本論文の位置づけについて記述されている。

以上、本論文は新規白金代替カソード触媒として、ニオブ系酸化物、酸窒化物を始めとしたIV、V族材料のORR触媒活性および活性発現条件の解明、吸着酸素の分析という新たな測定法によるORR触媒の分析手法の開発において、十分な成果を報告している。一連の研究成果は水素エネルギー社会の構築という社会的要求の高い研究分野に重要な知見を与え、その進展を促すものであると認められ、触媒工学および化学システム工学の進展に大いに貢献するものであると判断される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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