学位論文要旨



No 129146
著者(漢字) 梶山,智司
著者(英字)
著者(カナ) カジヤマ,サトシ
標題(和) 有機/無機複合薄膜の構築とそのナノ構造制御
標題(洋) Development of Organic/Inorganic Hybrid Thin Films and Control of Their Nanostructures
報告番号 129146
報告番号 甲29146
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第8037号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 工藤,一秋
 東京大学 准教授 吉尾,正史
 東京大学 講師 佐藤,宗太
 名古屋大学 教授 大槻,主税
内容要旨 要旨を表示する

有機無機複合体を作製する一つのアプローチとして、有機分子基板上に無機結晶を成長させる手法が挙げられる。生体内の硬組織は、有機高分子基板上における無機成分の結晶成長が緻密に制御されることで形成している。 こうして形成した緻密な構造を有する有機無機複合体は、その構造に由来して機械的特性や光学的特性など硬組織として求められる機能を有している。このような、生体の硬組織形成過程にならい、水溶液プロセス、温和な条件下、有機高分子を用いた無機結晶成長制御が報告されてきた。水溶性のテンプレートと不溶性のテンプレートを用いて、無機の結晶成長を自在に制御し、有機無機複合構造材料を作製することは材料化学者の目指すところであり、盛んに研究が行われている。水溶液系プロセスで有機無機複合体の作製を行う場合、溶液中での結晶核形成および結晶成長を制御する必要がある。

そこで、本研究では、様々な無機化合物に広く応用可能な結晶成長プロセスを開発し、それらを用いて有機無機複合体薄膜の作製およびその構造制御を目指した。本研究では、アモルファス炭酸カルシウムに着目した。アモルファス炭酸カルシウムは通常は熱力学的に不安定であり、水溶液中で結晶へと転移することが知られている。そこで、まず有機高分子を用いて、より安定なアルファス炭酸カルシウムの作製を目指し、さらに、それらが分散した水溶液中に有機高分子薄膜を浸漬して、有機高分子/炭酸カルシウム複合体薄膜の作製とそのナノ構造の制御について報告している。また、この手法を他の無機結晶にも適用することで、様々な有機無機複合体薄膜の作製とそのナノ構造制御を行ったことを報告している。

第一章では、本論文のおける目的と戦略について述べている。さらには、そうした研究の戦略の意義について、これまでの結晶成長制御の研究の背景の概説と合わせて述べている。

第二章では、酸性水溶性高分子と炭酸カルシウムを複合化することにより、室温大気圧下で安定なバルク状および薄膜状の有機高分子/アモルファス炭酸カルシウムの作成について述べている。カルボキシル基を有するポリアクリル酸を用いることにより、カルボキシル基とカルシウムイオンとの相互作用により、炭酸カルシウムの結晶化を阻害して安定なアモルファス炭酸カルシウムが形成することを明らかにしている。形成したアモルファス炭酸カルシウムの室温大気圧下における安定性、熱的安定性について検討している。また、作成した有機高分子/アモルファス炭酸カルシウム複合体に水溶性の色素、疏水性の色素を導入することで、複合体の機能化を検討している。これらの結果から、有機高分子によりアモルファス状態が安定化することが可能であり、さらにそうした複合体のさらなる機能化が可能であるという結論を導いている。

第三章では、第二章で作成した有機高分子/アモルファス炭酸カルシウム複合体の分散溶液に、不溶性の有機高分子マトリクスを浸漬することによる有機高分子/炭酸カルシウム複合体薄膜の作製を述べている。得られた炭酸カルシウムの形状および構造について、走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、X線回折装置などを用いて解析を行った結果について述べている。また、反応時間を変化させて形成した薄膜の観察を行い、有機高分子マトリクス中での薄膜形成機構について考察を行っている。

また、水溶液中に存在するアモルファス炭酸カルシウムの結晶化挙動についても考察を行っている。アモルファス炭酸カルシウムの形成を誘起する有機高分子の濃度および反応溶液内での撹拌時間が与える影響について検討を行い、その結果を述べている。有機高分子によってその形成を誘起されたアモルファス炭酸カルシウムは、溶液内で徐々に結晶化していくことを明らかにしている。

第四章、第五章では、一般的にアモルファス状態が知られている炭酸カルシウム以外の無期結晶である、炭酸ストロンチウムおよびリン酸カルシウムについて、第三章で用いた複合体薄膜作成手法を用いた、有機高分子複合体薄膜とそのナノ構造制御について述べている。

第四章では、有機高分子/炭酸ストロンチウム複合体薄膜の作製とそのナノ構造制御について述べている。高濃度の酸性水溶性高分子存在下においては、炭酸カルシウム同様、炭酸ストロンチウムの結晶化が溶液内では阻害され、有機高分子マトリクス上で自発的に薄膜結晶が形成することを明らかにしている。また、用いる水溶性高分子、および有機高分子マトリクスの化学構造が、形成する薄膜の形状、構造および配向に与える影響について検討を行っている。これらの検討の結果から、有機高分子の構造を変化させることで、有機高分子/炭酸ストロンチウム薄膜の様々な構造および配向制御が可能であると結論づけている。

また、炭酸カルシウム同様、水溶液中での結晶化挙動について、有機高分子濃度および反応時間が得られる炭酸ストロンチウムの形状および構造にどのように影響を与えるかについて、走査型電子顕微鏡または赤外分光法を用いて検討を行っている。これらの結果から、炭酸ストロンチウムにおいても有機高分子によりその結晶化が一時的に阻害され、溶液内で徐々に結晶化が進行していくという結論を導いている。

第五章では、リン酸カルシウムの薄膜化およびその構造制御について述べている。有機高分子存在下において、カルシウムイオン溶液とリン酸溶液を混合した水溶液に有機高分子マトリクスを浸漬することで、マトリクス上にリン酸カルシウム薄膜が形成することを明らかにしている。溶液内の有機高分子濃度、pH、マトリクスの構造がリン酸カルシウムの薄膜形成に与える影響について検討を行っている。

得られたリン酸カルシウム薄膜を温水に浸漬することによって、有機高分子/ヒドロキシアパタイト複合体薄膜の作製が可能であることを明らかにしている。前駆体となるリン酸カルシウム薄膜および得られたヒドロキシアパタイト薄膜の構造について偏光顕微鏡、走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、X線回折装置を用いて解析を行い、前駆体となる薄膜の構造を反映したヒドロキシアパタイト薄膜が形成することを報告している。これらの結果から、温和な条件下でリン酸カルシウム薄膜の結晶成長制御を行うことは、様々な生体材料への応用が期待されるヒドロキシアパタイト薄膜の構造制御につながるという結論を導いている。

第六章、第七章では、遷移金属化合物の結晶成長制御について報告している。

第六章では、コバルト化合物、マンガン化合物についてアンモニア蒸気の拡散を用いた結晶成長手法と結晶成長制御について述べている。コバルト化合物の結晶成長制御においては、アンモニアの拡散を用いることにより、温和な条件下で準安定なアルファ型の水酸化コバルトの形成を誘起できることを明らかにしている。また、有機高分子マトリクス上に水酸化コバルトの結晶成長制御を行うことによって、その配向が制御可能であることを述べている。

マンガン化合物もアンモニア蒸気の拡散を用いることにより、結晶成長制御が可能であることを述べている。得られた結晶について、透過型電子顕微鏡、電子線回折測定を用いることにより、構造と形状の解析を行い、その形成過程について考察を行っている。

これらの結果から、アンモニア蒸気の拡散を用いる手法は、遷移金属化合物の結晶成長制御について、有用であると結論づけている。

第七章では、有機高分子を溶解させたコバルト溶液にアルカリ溶液を混合することによる結晶成長制御と、有機高分子マトリクスを用いたそれらの薄膜形成について述べている。層状化合物である水酸化コバルトの層内に有機分子が配位している、有機/無機複合体結晶の薄膜化についても報告している。走査型電子顕微鏡観察、X線回折測定により、有機/無機複合体結晶薄膜の配向制御が可能であることを明らかにしている。

以上のように、様々な無機結晶について、温和な条件下における有機/無機複合薄膜の構築とそのナノ構造制御について述べている。この研究は、様々な無機化合物の結晶成長についての考察に対する知見を与えるものであり、低エネルギー消費プロセスにおける機能性有機/無機複合材料の開発につながることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

高機能および低環境負荷性の新規材料を作製する上で、バイオミネラリゼーションに倣う有機/無機複合体の構築は有用なアプローチの一つである。この手法により、有機高分子薄膜を基板として温和な条件下において炭酸カルシウムの結晶成長制御を行い、形状、多形および構造が制御された有機高分子/炭酸カルシウム複合体の作製が可能となってきている。こうした生体を模倣した結晶成長手法を、新規材料創製へと展開するための次のステップとしては、様々な無機結晶に関して応用可能な結晶成長手法の開発が重要である。本論文は、有機高分子を活用することによって誘起する複合体の非晶状態を前駆体として用いる様々な無機結晶の薄膜化とその構造制御について報告しており、八章で構成されている。

第一章の序論では、本論文における研究の背景を概説し、目的を述べている。

第二章では、有機高分子/非晶性炭酸カルシウムの作製について述べている。従来、不安定で結晶相へと転移してしまうことが知られている非晶性炭酸カルシウムを安定化するために、酸性のカルボキシ基を有するポリアクリル酸との複合化を提案している。ポリアクリル酸との複合化により、有機成分と無機成分のナノ相分離構造が形成し、そのために安定な非晶性炭酸カルシウムが得られたと考察している。これら複合体中の非晶性炭酸カルシウムの安定性について評価を行い、この非晶性炭酸カルシウム複合体の熱的安定性と室温空気雰囲気下および水溶液中における安定性について報告している。

第三章では、第二章で報告した非晶性炭酸カルシウム水溶液に有機高分子薄膜を浸漬することによる有機高分子/炭酸カルシウム複合体薄膜の作製とその構造制御について述べている。また非結晶性炭酸カルシウム水溶液から有機高分子マトリクス内部における炭酸カルシウム結晶の成長過程について観察を行い、考察している。

第四章では、有機高分子/炭酸ストロンチウム複合体薄膜の作製とその構造制御について報告している。有機高分子により炭酸ストロンチウムの非晶状態が一時的に安定化され、自発的に有機高分子マトリクス内部での結晶成長が進行することを報告している。マトリクスの熱処理過程が炭酸ストロンチウムの結晶成長に与える影響についても検討を行っている。また、三次元構造が制御された複合体作製を目指したアプローチとして結晶成長過程を繰り返す手法を検討している。この手法では、薄膜の結晶配向を維持したまま膜厚が増大することを示している。

第五章では、自己組織構造を有する有機高分子/リン酸カルシウムの複合体薄膜がアモルファスリン酸カルシウム溶液を用いて作製できることを報告し、溶液内の有機高分子濃度とpHが結晶成長に与える影響について検討している。また、形成したリン酸カルシウム薄膜から、ヒドロキシアパタイト薄膜を作製することを検討しており、得られたヒドロキシアパタイトは原料となるリン酸カルシウム複合体薄膜の自己組織構造を反映した構造を有することを示している。

第六章では、アンモニア蒸気を用いて徐々に、溶液のpHを上昇させることによる、水酸化コバルトおよび酸化水酸化マンガンの構造制御について報告している。この手法における有機高分子の結晶成長に与える効果について検討し、配向および形状の制御を達成したことを報告している。アンモニア蒸気を用いる手法は、遷移金属化合物の構造制御に対して有用であると結論している。

第七章では、有機高分子との複合化で形成した非晶状態から結晶状態への転移を利用した有機分子/水酸化コバルト複合体薄膜の形成について述べている。有機高分子マトリクスの効果により、形成した薄膜は特異な配向と六回回転対称を持つ形状を有することを示している。これらの結果に基づき、非晶状態の結晶転移を活用する複合体創製の手法は、炭酸カルシウムなどの無機化合物に限らず、有機/無機複合体の結晶成長制御にも有用であると結論している。

第八章は本論文の結言であり、第七章までの研究成果を総括し、温和な条件下で作製する構造の制御された有機/無機複合体材料の今後の展望について述べている。

以上のように本論文では、非晶状態を前駆体として有機高分子基板上での自発的な結晶成長を促し、秩序構造を有する複合体薄膜が形成することを示している。これらの研究は、次世代の高機能および低環境負荷な有機/無機複合材料を開発するための生体に倣うアプローチに新たな知見を加えるとともに、機能材料化学の進展に寄与するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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