No | 129147 | |
著者(漢字) | 中島,一成 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカジマ,カズナリ | |
標題(和) | 一電子移動過程の制御に基づく光触媒的分子変換反応の開発 | |
標題(洋) | Development of Photocatalytic Molecular Transformations Based on Control of Single Electron Transfer Process | |
報告番号 | 129147 | |
報告番号 | 甲29147 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第8038号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. 緒言 トリス(ビピリジル)ルテニウム(II)錯体([Ru(bpy)3](2+))に代表される遷移金属ポリピリジル錯体は、可視光領域に強い吸収をもち、長寿命の励起状態を生成する錯体として古くから研究されている。そのため、これらの錯体は励起状態において他の分子と反応することができ、一電子移動反応が進行することが知られている。この光誘起電子移動の概念図をScheme 1に示す。遷移金属ポリピリジル錯体(cat)は、基底状態において、電子移動に基づく酸化・還元反応に対しては不活性である(Scheme 1a)。一方、励起状態においては、光励起された電子を他の分子に供与し、同時に、これによって生じる空の軌道に電子を受容することができる(Scheme 1b)。すなわち、光励起状態の分子は、強力な一電子酸化剤かつ還元剤として振舞うことが可能である。そこで、本学位論文ではこれらの錯体を光電子移動触媒として用いることで、反応系路中で酸化と還元の両方のステップを含む反応系を設計した(Scheme 2)。通常、熱的な反応条件では電子移動酸化と還元を独立に制御することは困難であることから、熱的には困難な反応の開発が期待できる。 本研究では、有機分子の一電子酸化によって生成するラジカルカチオン種のフラグメント化を鍵段階とする光触媒的有機合成反応の開発を行なった。電子豊富な分子が一電子酸化を受けて生成するラジカルカチオンは不安定な中間体である。そのため、ラジカルカチオンのフラグメント化反応が進行し、ラジカル種とカチオン種を生成する反応がよく知られている(Scheme 3)。このとき、ラジカルカチオン中心(X)に対して、隣接するC-Y結合のσ-軌道が相互作用するため、C-Y結合の開裂が進行し、アルキルラジカル種(X-C・)とカチオン種(Y+)を生成する。この過程に着目し、基質の一電子酸化・フラグメント化によって生成するこれらのラジカル種を、基質の一電子還元を含むプロセスによって捕捉することで、光触媒的な有機合成反応の開発を行うこととした。 具体的に、本研究では光誘起電子移動を用いたアミンからのα-アミノアルキルラジカルの生成(Scheme 4a)と、アリール酢酸からの脱炭酸によるベンジルラジカルの生成(Scheme 4b)を鍵とする光触媒的分子変換反応の開発を行った。 2. アミンの一電子酸化に基づくα-アミノアルキルラジカルのアルケンへの付加反応の開発 アミンは電子豊富な化合物であり、容易に酸化が可能である。そのため、アミンの酸化に基づく分子変換反応は、含窒素化合物の合成における重要な手法のひとつとなっている。これまで、アミンの2電子酸化に基づくイミニウムイオンを鍵中間体とする反応は広く研究されてきたのに対して(Scheme 5a)、アミンの1電子酸化に基づくα-アミノアルキルラジカルを鍵中間体とする反応は限られてきた(Scheme 5b)。この理由として、α-アミノアルキルラジカルは出発物質であるアミンよりも酸化を受けやすい化学種であり、速やかに酸化されてイミニウムイオンへと変換されてしまうことが挙げられる。そのため、化学量論量の酸化剤の存在下では制御の困難な化学種である。そこで今回私は、遷移金属ポリピリジル錯体を光電子移動触媒として用いることで、α-アミノアルキルラジカルのアルケンへの付加と続く一電子還元を鍵とする反応の開発を行った。 種々の反応条件について検討を行ったところ、光電子移動触媒として1 mol%の[Ir(ppy)2(dtbpy)][BF4]の存在下、アルケンとアミン(1.2-2 equiv.)とを、N-メチルピロリドン(NMP)溶媒中で18時間可視光照射を行うことで、対応するラジカル付加生成物が高収率で得られた。本反応には様々なアルケンおよびアミンが適用可能であった(Table 1)。 予想される反応機構をScheme 6に示す。はじめに、光励起されたイリジウム錯体が、アミンを一電子酸化することにより、α-アミノアルキルラジカル(A)が生成する。続いて、α-アミノアルキルラジカル(A)がアルケンに付加することでラジカル中間体(B)を生成する。最後に、一電子還元状態のイリジウム触媒によってBが還元されることにより、生成物が得られたものと考えられる。 最後に、本反応の量子収率を測定したところ0.32と決定された。これは遷移金属ポリピリジル錯体を用いた光誘起電子移動過程の一般的な量子収率であり、本反応が、Scheme 6に示したように、基質の連続的な一電子酸化・還元に基づいて進行していることを強く示唆する結果であった。 3. アミンの一電子酸化に基づくα-アミノアルキルラジカルのアゾジカルボン酸エステルへの付加反応の開発 続いて、α-アミノアルキルラジカルを用いた反応系の拡張を目的に、アルケンに代えてアゾジカルボン酸エステルへの付加反応を検討した。先程の反応と類似の条件下、種々のアミンとアルケンを用いることで、対応するN,N-アセタールが良好な収率で得られた(Table 2)。 4. アレーンラジカルカチオンからの脱炭酸を経由するラジカル生成とその反応への応用 ここまでの反応では、アミン由来のラジカルカチオン中間体から、隣接するC-H結合の脱プロトン化を経て生成するα-アミノアルキルラジカルを鍵中間体とする反応開発を行ってきた。一方、アミノ基を有するフェニル酢酸においては、脱炭酸反応が進行し、ベンジルラジカルを生成すると期待される。そこで、光誘起電子移動により生成するベンジルラジカルを鍵中間体として、アルケンへの付加反応を検討した。Table 3に示したように、種々の基質において、反応が進行し対応する付加生成物が良好な収率で得られた。 5. まとめ 本学位論文において、遷移金属ポリピリジル錯体を触媒として、光誘起電子移動を用いた有機合成反応の開発に成功した。今回開発した反応は光励起状態の分子の特性を生かした連続的な一電子酸化・還元を鍵として進行しており、一般的な酸化剤や還元剤を用いる熱的な反応条件では困難な分子変換である。これらの反応が、新たに含窒素化合物を合成するための、有用な手法となることを確信している。 Scheme 1. (a)ground state (b)excited state Scheme 2. Scheme 3. Scheme 4. Scheme 5. Table 1. Scheme 6. Table 2. Table 3. | |
審査要旨 | 本学位論文は、一電子移動過程の制御に基づく光触媒的分子変換反応の開発に関する研究を検討し、その研究成果についてまとめたものであり、全部で五章から構成されている。 第一章では、遷移金属ポリピリジル錯体の基本的な光物性および遷移金属ポリピリジル錯体を光電子移動触媒として用いた分子変換反応について概観し、本論文の研究背景について述べている。可視光により励起された遷移金属ポリピリジル錯体は、一電子移動過程を促進することが知られている。そのため、これらの錯体を光電子移動触媒として利用することにより、一電子移動に基づく分子変換反応が大きな注目を集めている。特に、人工光合成を目的に、可視光照射下で小分子の酸化、還元に関する研究が数多くなされてきた。一方、有機化学の分野において、可視光照射下での電子移動を鍵とする光触媒的な有機合成反応の開発が盛んに行なわれている。これまで、犠牲酸化剤や犠牲還元剤の存在下、酸化的または還元的な変換反応が報告されている。しかしながら、こうした反応は、本質的には酸化剤や還元剤を用いた熱的反応条件下で達成可能なものであった。これに対して、本研究においては、光誘起電子移動の他の側面として、ひとつの反応系中で、同時に酸化剤かつ還元剤として働くという点に着目した。すなわち、反応のある段階では基質の一電子酸化が進行し、別の段階では基質の一電子還元が進行するような反応系路を設計した。このような反応では、酸化剤や還元剤を用いる熱的反応条件では困難な分子変換が可能になると予想される。そこで、基質の一電子酸化・フラグメント化によって生成するラジカル種を基質の一電子還元過程に組み込むことによって進行する光触媒的な有機合成反応を設計した。具体的には、光誘起電子移動を用いたアミンからのα-アミノアルキルラジカルの生成と、アリール酢酸からの脱炭酸によるベンジルラジカルの生成を鍵とする光触媒的分子変換反応の開発に取り組んだ。 第二章では、光触媒として遷移金属ポリピリジル錯体の存在下、アミンと電子不足アルケンの反応により、対応するα-アミノアルキルラジカルのアルケンへの付加生成物が得られるという研究成果について述べている。これまで、アミンの酸化に基づく分子変換反応は、イミニウムイオンを鍵中間体とする反応が多数しられているものの、α-アミノアルキルラジカルを鍵中間体として利用した例は非常に限られていた。そのため、α-アミノアルキルラジカルを鍵中間体とする本反応は興味深い例であるといえる。また、詳細な反応機構に関する研究を行なった結果、基質の一電子酸化と一電子還元に基づく経路で反応が進行していることを明らかにしている。 第三章では、光電子移動触媒の存在下、アミンとアゾジカルボン酸エステルとの反応により、α-アミノアルキルラジカルを鍵中間体とする炭素-窒素結合生成反応が進行するという研究成果について述べている。本反応で得られるN,N-アセタールは更なる炭素求核剤を用いた求核置換反応へと利用可能であり、インドールやGrignard試薬との反応が進行することを見出した。この光触媒的なアミノ化と求核置換反応を組み合わせた合成手法は、従来法では官能基化が困難であったベンゾ縮環環状アミンに対して特に有効であったことから、有用な合成手法であるといえる。 第四章では、アミノ基を有するフェニル酢酸を基質にすることによって、一電子酸化・脱炭酸により生成するベンジルラジカルの電子不足アルケンへの付加反応が進行するという研究成果について述べている。検討の結果、本反応もα-アミノアルキルラジカルを用いた反応系と同様に、基質の連続的な一電子酸化、還元によって進行していることを明らかにした。これまで、様々な条件下での脱炭酸過程が知られていたものの、脱炭酸によって生成するベンジルラジカル種を効率的に有機合成に利用した例は限定的であった。また、通常、ベンジルラジカルの前駆体としてベンジルハライドが用いられるが、アミノ基を有するベンジルハライドの合成は困難であることが知られている。そのため、光化学的な脱炭酸過程を利用する本反応は、ベンジルラジカルを用いた含窒素化合物を合成する有用な手法であるといえる。 第五章では本論文の総括と今後の展望について述べている。 以上、本論文では、光誘起電子移動による基質の一電子酸化と一電子還元を同一反応系中で連続的に進行させることにより、熱的な反応条件では困難な一連の分子変換反応の開発に成功した。一電子移動を適切に制御することによって、従来、有機合成反応に用いられることのほとんどなかった、ラジカルカチオンのフラグメント化により生じるラジカル種を興味深い反応へと応用することができた。本研究は、光誘起電子移動によって効率的な反応を達成しただけでなく、これまで単なる酸化過程または還元過程として用いられることの多かった光誘起電子移動過程について、同一系中で酸化還元の両過程を適切に制御することに成功しているという点で、光誘起電子移動の新たな側面を提示したものであり、関連する研究分野の発展に大きく寄与する成果である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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