学位論文要旨



No 129154
著者(漢字) 飯田,健夫
著者(英字)
著者(カナ) イイダ,タケオ
標題(和) 遺伝暗号改変によるpH依存性ペプチドアプタマーの取得
標題(洋) Selection of pH-activated peptide aptamers via codon reprogramming
報告番号 129154
報告番号 甲29154
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第8045号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 教授 酒井,寿郎
 東京大学 准教授 村上,裕
内容要旨 要旨を表示する

pH依存的なタンパク質間相互作用は、生体内で散見される周辺環境依存的な相互作用様式の一つである。これらの相互作用は広く研究されているが、その多くが天然のタンパク質を元とした改変体の研究に留まっている。本研究では、遺伝暗号改変を利用した特殊ペプチドライブラリーから、生体内のpH依存的な相互作用を模倣する新規ペプチドの取得を試みた。

天然に存在するpH依存的なタンパク質間相互作用の多くは、ヒスチジン残基(His)のプロトン化と脱プロトン化を利用している。これは、生体内のpH変化が5.0~7.4程度であり、この範囲内に側鎖のpKaを持つものは、20種類のタンパク質性アミノ酸の中でHisのみであるためである。Hisを多く含む分子を作成すれば、pH依存性を獲得しやすいことが想定されるが、これでは配列自体の多様性を大きく制限してしまう。このことは多様な標的や結合界面におけるpH依存的結合分子の創出の可能性を制限すると考えられる。

そこで、我々は遺伝暗号改変によりpH依存性に寄与しうる非タンパク質性アミノ酸を複数個、遺伝暗号表に導入することで、大きな配列多様性をもつpH依存性分子のライブラリーを構築した。また、このライブラリーを用いてモデル標的分子にpH依存的に結合するペプチドの取得に成功した。

モデルとして、ヒト胎児性Fc受容体(FcRn)にpH依存的に結合するペプチドアプタマーの取得を行った。FcRnは、免疫グロブリンG (IgG)とpH依存的に相互作用することで、IgGの血中半減期を延長する作用を担っている。また、小腸上皮細胞に発現し抗体や免疫複合体と相互作用することにより免疫反応に関与することが示唆されている。改変遺伝暗号表を用いたmRNAディスプレイ法により、pH 6.0では KD = 4 nMであるが、pH 7.4ではKD = 300 nMの親和性を持つFcRn結合ペプチドを取得することができた。このペプチドは、FcRnが発現していることが知られているヒト結腸癌由来の細胞株であるcaco-2においても、pH依存的に細胞内へと取り込まれることが示された。このようなペプチドは、タンパク質性医薬品の半減期延長や投与経路拡張、効率的なワクチン開発に貢献できる可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

生体内には、血中とエンドソーム内の微細なpH変化に応答し標的分子と結合・乖離を行うことで、代謝を回避しリサイクルする機構を有するタンパク質が複数報告されている。近年、このようなpH依存的な相互作用をタンパク質性医薬品に対し人工的に付与することで、代謝安定性を高めることが可能となることを示唆する研究が報告されているが、その適応範囲は極めて限定的であった。

飯田健夫氏は、あらゆる標的分子に対してpH依存的に相互作用する分子を創出するための新技術の構築を目指し、モデル系としてヒト胎児性Fc受容体 (FcRn) に対するpH感受性ペプチドアプタマーの取得を行った。

第一章では、天然に存在する様々なpH依存的な相互作用の例を交えながら、モデルとして選択したFcRnと免疫グロブリンG (Immunoglobulin G, IgG)の相互作用が生体内でどのような役割を果たしているかについて述べられている。次に、pH依存性を志向したタンパク質エンジニアリングの現状と課題について説明した後、新規にpH依存的に相互作用する分子を取得するための技術背景となる試験管内選択技術、および遺伝暗号改変技術について述べられている。

第二章においては、無細胞翻訳系によって構築した大環状構造を有するペプチドライブラリーを用いて、FcRnに対するpH感受性ペプチドアプタマーの取得について報告している。従来の試験管内選択とは異なり、標的分子に対するpH 6.0における結合とpH 7.4における乖離による淘汰圧を加えることで、pH依存的に相互作用する分子の取得を行った結果、FcRnに対して数nM~数百nMの解離定数で結合する様々な新規のペプチド配列の取得に成功した。得られたペプチドの中には、pH 6.0から7.4への微細な変化によって約4倍親和性が減少するペプチドも含まれており、pH感受性ペプチドアプタマーが取得されている。しかしながら、pH 6.0における親和性に関しては、天然の基質であるIgGと同等以上であるものが多い一方で、pH依存性に関しては更に改善の余地がある結果となった。

第三章では、前章で取得されたものよりも強くpH依存性を示す分子を取得するための手法として、pH依存性を志向した改変遺伝暗号表の構築と、それを用いたFcRn結合pH感受性ペプチドアプタマーの試験管内選択について報告している。本章ではまず、生体内のpH変化により側鎖の電荷の状態が変化する非タンパク質性アミノ酸を調査し、3-ニトロチロシン、4-アミノフェニルアラニン、3-ピリジルアラニン、Nω-ニトロアルギニンを見出した。続いて、アミノアシルtRNA合成リボザイムであるフレキシザイムを用いて、これらの非タンパク質性アミノ酸が翻訳導入可能かどうか検証を行った。さらにこれらの非タンパク質性アミノ酸を含む、合計22種類のアミノ酸をコードした改変遺伝暗号表を構築し、最終的に、この改変遺伝暗号表を試験管内選択法と組み合わせることにより、FcRnに対するpH感受性ペプチドアプタマーの単離に成功した。新規に得られたペプチドは、pH 6.0ではFcRnに強固に結合する一方で、pH 7.4では解離定数が約70倍低下することが確認されている。また、ヒト結腸癌由来の細胞株であるCaco-2細胞に発現しているFcRnに対してもpH依存的に相互作用することを示唆する結果が得られている。この一連研究により、本技術がpH依存的に標的分子と相互作用する分子の創出のための基盤技術となりうることが証明された。

結論では、本論文の総括と意義、今後の展望について述べている。

以上より、本論文では試験管内選択法と改変遺伝暗号技術を利用し、pH感受性ペプチドアプタマーを取得するための、独創性の高い新技術が提案・実証されている。これらの成果が、今後のバイオテクノロジー及びケミカルバイオロジーの発展に与える意義は非常に大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク