学位論文要旨



No 129157
著者(漢字) 下舞,大
著者(英字)
著者(カナ) シモマイ,ダイ
標題(和) SHP2およびPR-Set7を標的とした環状ペプチド阻害剤の開発と自己切断活性ペプチド触媒の配列探索
標題(洋) Development of Cyclic Peptide Inhibitor Targeting SHP2/PR-Set7 and In Vitro Selection of Self-Cleaving Peptide Catalyst
報告番号 129157
報告番号 甲29157
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第8048号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 教授 岡本,晃充
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 准教授 村上,裕
内容要旨 要旨を表示する

望みの機能を有する分子を自在に生み出すことは、科学技術の目指すところのひとつである。こうした観点においてペプチドは、以下のような理由から非常に魅力的な分子基盤である。ペプチドは酸性、塩基性、疎水性などさまざまな性質の側鎖をもつアミノ酸を構成単位とすることから、その重合体から生まれる配列の多様性は極めて高く、わずか10-merの重合体でも1013もの配列可能性を生み出す。現存する生命体において行われている触媒反応のほとんどが、アミノ酸重合体であるタンパク質によって担われていることからも、こうした構成要素の多様性が広範かつ高効率な反応の実現に重要であることが伺える。また天然には20種類のタンパク質性アミノ酸以外の、多種多様な構造をもつペプチドが存在しており、それらが抗菌作用や抗癌作用といった生理活性を有していることが報告されている。

mRNAディスプレイ法は、情報分子としてのmRNA と機能性分子としてのペプチドを直結するという簡潔な原理に基づくin vitroセレクション法のひとつであり、高い多様性をもったランダムな配列のペプチドの集団の中から、目的の機能を有するペプチドを簡便な操作で探索することを可能にする技術である。同手法を用いることで、これまでに様々なタンパク質への結合能をもつペプチドが数多く取得されてきた。同手法を用いて、酵素活性を単離した研究も報告されている。

我々の研究グループは、近年、遺伝暗号を自在にリプログラミングすることで20種類のタンパク質性アミノ酸に留まらず、さらに多くのビルディングブロックを翻訳反応へ導入可能にする技術を開発した。加えて、この技術に先述のmRNAディスプレイ法を組み合わせることで、天然ペプチドが有するような特殊構造をもつペプチド阻害剤の探索を実現する技術の開発にも成功している。本論文では、これらの独自技術を用いることによる新規機能性ペプチドの配列取得、ならびにその応用について述べる。

Chapter 1では、癌や白血病に関連することが強く示唆される翻訳後修飾酵素、チロシンホスファターゼSHP2およびヒストンH4K20メチル基転移酵素PR-Set7の阻害剤ターゲットとしての意義ならびに重要性について述べた。次に、阻害剤候補となるタンパク質結合性環状ペプチドを取得する手法について説明し、現時点における同手法の問題点に言及した。

Chapter 2では、第一の標的SHP2に対する環状ペプチド阻害剤候補の取得とスクリーニング、そしてその応用について報告した。この研究では、膜透過性および生体内安定を期待して正電荷をもつ残基を排除し、かつN-メチルアミノ酸を導入したライブラリーを構築し、そこからサブ~数 μMのIC50(50%阻害濃度)を有する環状ペプチド阻害剤を獲得することに成功した。

Chapter 3では、第二の標的であるPR-Set7に対する環状ペプチド阻害剤候補の取得とスクリーニング、そしてその応用について報告した。この研究では、より幅広いPR-Set7結合性ペプチド候補配列から、強力に酵素活性を阻害するペプチドのみならず、逆に活性を上昇させる機能制御ペプチドが得られたことが確認された。

Appendixでは、自己切断活性ペプチド触媒の配列探索の試みを報告した。上で示したような標的タンパク質への結合ではなく、アミド結合の切断反応を指標としたmRNAディスプレイ法に基づく新たな実験系を構築し、同反応を触媒する可能性のある6残基の共通モチーフを見出した。

以上、本論文では遺伝暗号のリプログラミング法とmRNAディスプレイ法を組み合わせることで、酵素活性の阻害、活性化などの機能を有するペプチド配列を獲得することに成功した。本研究の成果は、バイオテクノロジー分野において新しい治療薬開発基盤の発展に寄与するだけでなく、ケミカルバイオロジー分野では酵素機能の解明の進展に貢献することが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

下舞 大氏はリボソームによって翻訳合成されたペプチドの新たな環化手法、そしてその手法で構築した環状ペプチドライブラリーを構築し、疾患関連タンパク質に対するアフィニティーを指標としたスクリーニングを行った結果、環状ペプチド阻害剤を獲得した。

Chapter 1では、環状ペプチドの生理活性を発揮する上での構造上の優位性およびその医薬基盤としての重要性について記載した。そして各種環状ペプチドライブラリーの構築手法を紹介した上で、その限界や問題点に触れ、それらに対する翻訳反応によるペプチドライブラリーの合成法の利点について述べた。翻訳合成されたライブラリーから得られた環状ペプチドにも、未だ細胞膜透過性という問題があることを解説し、それに対するひとつの戦略として、翻訳反応の開始にchloromethy benzoic acidを用いることで、ペプチドの環化に使用されるアミノ酸残基を減らし、環状ペプチドの小型化ならびに水素結合ドナー・アクセプター数の減少を実現した環状ペプチドライブラリーの構築を解説した。次に、標的として選択したタンパク質であるSHP2(Chapter 2)およびPR-Set7(Chapter 3)の各種疾患との関連について記述した。

Chapter 2では、NSやJMML、乳癌、胃癌との強い関連が示唆されている非受容体型チロシンホスファターゼであるSHP2を標的として、Chapter 1で記述した新規ペプチドライブラリーから、RaPIDシステムによって結合活性を有する環状ペプチドのスクリーニングを実施した。次に、膜透過性を期待して、さらにランダム領域のアミノ酸残基数の減少、有電荷残基の排除、N-メチルアミノ酸の導入を施した疎水性環状ペプチドライブラリーを再構築し、同様にスクリーニングを行なった結果、サブ-数 μMのIC50を有する環状ペプチド阻害剤を獲得した。しかしながら、蛍光修飾したペプチドを用いた細胞アッセイの結果からは、これらの環状ペプチド阻害剤は細胞膜透過性を有していないことが示され、本戦略によっては環状ペプチドに細胞膜透過性を付与することはできないことが実証された。

Chapter 3では、白血病や癌の浸潤に関与するヒストンH4メチル基転移酵素を標的として、Chapter 2と同様にRaPIDシステムによって結合を指標としたスクリーニングを行なった。In vitro display法では、一般的にシークエンス解析の結果から出現頻度の高いものが重視されがちである。もちろんそうした配列は標的への結合能が高いことが多いのは事実であるが、結合能の高さは必ずしも阻害能が高いことを意味しない。そこでChapter 3では、PR-Set7への結合能を指標に得られた配列から、できるだけ幅広い配列を固相合成し、まずPR-Set7の酵素活性に与える影響を検討した。このスクリーニングの結果、阻害能を有するものだけでなく、驚いたことに活性を促進するものも確認された。この結果は結合指標スクリーニングえ得られた候補を、幅広く活性に基づくin vitroアッセイによるスクリーニングを実施することによってアゴニストを獲得することもできるという可能性を示した。

以上、本博士論文では翻訳開始反応にアミノ酸ではないビルディングブロックであるchloromethyl benzoic acidを用いることで、新たな環状ペプチドライブラリーを構築し、そこから標的酵素の活性を調節する環状ペプチドを獲得可能であることを実証した。巻末に自己切断活性ペプチド触媒の配列探索に関する研究をappendixとして掲載した。この研究ではmRNA display法に基づいてアミド結合を切断する触媒を人工的に生み出すことを目指した。実験系に未だ改善すべき余地があり、目的の活性を有するペプチドの獲得そしてその解析までには至らなかったが、6残基の保存配列を見出している。高いバックグラウンドが現行の系の最大の問題であると考えており、これを抑制するための対策案について議論されている。

結論では、本論文の総括と意義、今後の展望について述べている。

以上より、本論文では新規環状ペプチド阻害剤のライブラリーを構築し、その有効性が実証されている。これらの成果が、今後のバイオテクノロジー及びケミカルバイオロジーの発展に与える意義は非常に大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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