学位論文要旨



No 129161
著者(漢字) 宮代,聡
著者(英字)
著者(カナ) ミヤシロ,サトシ
標題(和) 放射線照射および応力印加の複合環境下における材料挙動の原子論的解明
標題(洋) Atomistic analysis of materials behaviors under radiation and stress
報告番号 129161
報告番号 甲29161
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第8052号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 沖田,泰良
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 日本原子力研究開発機構 副主幹 板倉,充洋
内容要旨 要旨を表示する

1.背景

放射線照射下の材料挙動は、主としてカスケード損傷による欠陥形成と、これに起因するミクロ組織変化によって特徴づけられる。一般に、原子炉構造材料は応力下で供されるため、放射線照射および応力の複合環境下における現象の解明が、未知の照射条件における材料挙動予測のために求められている。特に、中性子照射下では、原子炉供用温度においてすら材料が応力方向に不可逆変形する照射下クリープ現象が発生し、軽水炉構造材料の照射誘起応力緩和、重照射環境におけるクリープ変形等、多様な形態で発現する。このため、本質的なメカニズム解明に基づく適用範囲の広い知見の創出が求められている。

照射下クリープ現象は、複数のミクロメカニズムが複合的かつ競合的に作用する変形機構である。照射下クリープによる変形は、これまで、格子間原子集合体の応力方位への優先的形成(SIPNモデル)[1][2]、格子間原子集合体形成後の応力に依存する方位変化(SIPOモデル)、転位への点欠陥吸収に対する応力影響(SIPAモデル)[3]、転位の上昇運動によるすべり運動誘起(CCGモデル)[4]に分離されてきた。これらのメカニズムは原子レベルの欠陥挙動に起因するが、原子レベルの数値解析に基づく理論モデルの構築・検証はこれまでほとんど行われてこなかった。

本研究では、沸騰水型原子炉の炉心シュラウド等、スウェリングが無視できる条件で特に重要となるSIPN/SIPOモデルに注目し[2]、応力下における欠陥、特に格子間原子集合体の形成・配向の数値解析による総合的なモデル化を行った。

2.研究目的

本研究では、オーステナイト系ステンレス鋼を対象として、中性子照射下の欠陥形成過程に対する応力/ひずみ印加の影響を明らかにすることを目的とする。SIPN/SIPOモデルとの関連において、欠陥形態及び欠陥方位変化に対する応力影響に着目した。

3.欠陥形成に対する応力影響

3.1 解析手法

応力/ひずみの印加によるカスケード損傷による欠陥形成過程への影響を明らかにするために分子動力学(MD)法による解析を行った。面心立方構造の低積層欠陥エネルギー金属であるCuについて、Mishin[5]により構築されたEmbedded Atom Method (EAM)ポテンシャルを用いて解析を行った。解析はNVEアンサンブルで行い、初期温度を100KとしPKA加速方位を変化させた250回のシミュレーションの結果を基に考察を行った。

3.2. 欠陥形成数に対する応力影響

3.2.1. 10keVの単一カスケード損傷における応力影響

PKAエネルギーを10keVとし、[1 1 1](図では上下方向)の1%単軸ひずみ下でカスケード損傷を再現した結果の一例を図1に示す。この単軸変形の他、等積変形、ポアソン変形、等方変形を印加した場合について、カスケード損傷で形成される欠陥数をひずみ量に対して整理したものを図2に示す。等方圧縮変形で欠陥数が減少した以外では、試行した全ての変形モードにおいてカスケード損傷で形成される欠陥数が増加した。実線で示した単軸ひずみにおいては、単軸引張のみならず、単軸圧縮ひずみ印加下においても欠陥形成数増加が確認された。また、引張ひずみ印加下における欠陥増加数を比較すると、増加数は最も異方性が大きくなる等積変形で最大となり、等方変形で最小となった。これらの解析結果は、異方的な変形モードほど欠陥形成促進効果が顕著となることを示唆している。また、弾性係数や結晶学的な性質の異なる様々な方位のせん断ひずみ印加下における解析の結果、欠陥形成数はひずみではなく応力の関数として記述できることが明らかになった。

3.2.2. 様々なPKAエネルギーにおける応力影響

PKAエネルギーを20keVとし、[1 1 1](図では上下方向)の1%単軸ひずみ下でカスケード損傷を再現した結果の一例を図3に示す。20keV, 30keVの高PKAエネルギーでは、図3(a)に示す単一カスケードが形成される場合と、図3(b)に示すサブカスケードに分岐する場合が確認された。単軸1%ひずみ印加による欠陥形成数NF増加率のPKAエネルギー依存性を図4に示す。高PKAエネルギーの場合ほどひずみ印加による欠陥形成数増加が顕著となる傾向が確認されたが、増加率は20keVで最大となった。集合体サイズごとの欠陥増加率を求めた結果、応力による欠陥数増加は大きいサイズの集合体形成促進に起因することが明らかになった。さらに、集合体サイズ分布とともに解析することで、応力影響のPKAエネルギー依存性は、各サイズの集合体増加率と集合体サイズ分布のPKAエネルギー依存性によることが明らかになり、サブカスケードの形成も影響を及ぼしていることが明らかになった。

3.3. 欠陥集合体形成方位に対する応力影響

欠陥集合体形成方位に対する応力影響を解明するため、<1 1 0>系格子間原子集合体のうち応力を受けやすい方位の集合体が、<1 1 0>系全体に占める割合の10keVのPKAエネルギーにおける[1 1 1]単軸ひずみ量依存性を図5に示す。ひずみ印加方位に平行で、影響を受けやすい方位の格子間原子集合体は引張ひずみ印加下で増加する一方、これ以外の方位の集合体は減少した。さらに、この結果を熱統計力学に基づくモデルとの関連において解析した。単軸応力下では、応力印加方位と角度θをなすi方位の格子間原子集合体形成数niは、全格子間原子集合体形成数N、格子間原子集合体サイズn、原子体積Ω、外部応力σ、ボルツマン定数k、温度Tを用いて、(1)式によって解析的に示される[1]。

カスケード損傷では、nとTは同時に定義できないため、本来このモデルの適用は不可能である。しかし、図5に示すように、この2パラメータをMD結果へのフィッティングで求めることで、理論値が良い近似を与えることを明らかにした。一方で、集合体サイズに着目すると(1)式が適用できず、理論モデルの適用限界が明らかになった。

4.欠陥方位変化に対する応力影響

4.1 解析手法

カスケード損傷における集合体形成と形成後の方位変化を分離するため、形成後の方位変化のみを対象とした解析を行った。Cuの単元系を対象としてMishinにより構築されたEAMポテンシャルを用い[5]、温度は1K、600K、1200Kに設定した。得られた解析データの一例を図6に示す。この系には、以下に示す領域での集合体の応力/ひずみに対する応答が含まれている。

領域(A) (0ps - 1ps): 温度制御下の解析

領域(B) (1ps - 51ps): 無ひずみ下の解析

領域(C) (51ps - 151ps): 一定ひずみ印加速度の解析

領域(D) (151ps - 201ps): 1.0%単軸定ひずみ下の解析

4.2. 過渡的ひずみ条件における解析

領域(C)におけるサイズ3および7の集合体方位をひずみ量の関数として図7に示す。集合体方位のひずみ依存性は、点線で示す(1)式に基づく理論値と良く一致した。このことから、方位変化が容易な微小集合体の方位に関して、熱平衡を仮定した解析が可能であることが明らかになった。

4.3. 無ひずみ・定ひずみ下の集合体方位比較

領域(A, B)、(D)の方位を解析した結果、600K, 1200Kにおいてサイズ3や7の格子間原子集合体が高い頻度で方位変化を起こすため、無ひずみ下でも理論値との一致が見られるのに対して、19以上のサイズでは理論値との乖離が大きくなり、集合体サイズ37以上では1200K、単軸1%ひずみの高温・高ひずみ下でも方位変化確率が極めて低いことが明らかになった。サイズ3の小さいサイズの集合体については、1Kにおいてすら、無ひずみ下の方位変化、応力/ひずみの印加に伴う配向の系統的変化が確認された。

5.考察

従来の解析的な照射下クリープモデルは主に、欠陥数一定と仮定して異方的な応力印加に起因するミクロ組織発達の方位ごとの偏りを定式化することで構築されてきた。SIPNモデルについては、応力印加が欠陥形成数に影響を与えるモデルも検討されたが[2]、検証が不可能であった[1]。しかし、本研究において原子論的なシミュレーションを用いて応力印加による欠陥形成促進効果が明確に示された。これにより、照射下クリープによる変形が、応力印加に起因するミクロ組織発達方位の偏りのみならず、ミクロ組織を形成する欠陥密度が応力によって変化する効果にも起因することが明らかになった。

サイズの小さい格子間原子集合体は頻繁に方位変化を起こす一方で、高温・高応力印加下においてすらサイズの大きい集合体の方位変化が困難であることが明らかになった。このことから、サイズの大きい格子間原子集合体がカスケード損傷で直接形成された場合、形成時の方位を維持したまま成長していく確率が高く、SIPNを中心としたモデルでとらえる必要があると考えられる。これに対し、頻繁に方位変化を起こすサイズの小さい格子間原子集合体については、格子間原子を吸収して成長する過程でも方位変化を起こすが、一定のサイズ帯以上に成長する際に方位が固定されるというSIPOを中心としたモデルでとらえるのが妥当であると考えられる。本研究は、SIPN/SIPOモデルに対し、原子論的な見地から同一手法による統一的なモデル化を行う事で、照射下クリープ現象の解明に資するものである。

6.結論

中性子照射環境における欠陥形成過程、およびその後の欠陥集合体方位変化に関して一連の系統的な解析を行い、以下の結論を得た。

(1) サイズの大きい格子間原子集合体形成促進に起因し、応力/ひずみ印加下で照射欠陥形成数が増加する。

(2) 拡散過程を伴わないカスケード損傷による形成過程においても、格子間原子集合体は引張応力下において応力印加方向に配向し、圧縮応力下で応力印加から遠ざかる方向に配向する傾向を示す。

(3) 引張応力印加下で格子間原子集合体方位変化が促進される。方位変化確率は応力の他に温度と集合体サイズにも依存するが、特に集合体サイズに顕著に依存する。

1)G. W. Lewthwaite, J. Nucl. Mater. 54 (1974) 1412)K. Herschbach, W. Schneider, J. Nucl. Mater. 51 (1974) 2153)P. T, Heald, M.V. Speight, Philos. Mag. 29 (1974) 10754)W.G. Wolfer, J.P. Foster, F.A. Garner, Nucl. Technol. 16 (1972) 555)Y. Mishin, M.J. Mehl, D.A. Papaconstantopoulos, A.F. Voter, J.D. Kress, Phys. Rev. B 63 (2001) 224106

図1 カスケード損傷の再現結果の一例

図2 欠陥形成数の単軸ひずみ量依存性

図3 20keVにおけるカスケード損傷

(a)単一カスケード、(b)サブカスケード形成

図4 欠陥形成数NFの単軸1%ひずみ印加による増加率のPKAエネルギー依存性

図5 <1 1 0>系に含まれる4方位の集合体形成数の[1 1 1]ひずみ量依存性

図6 1200Kにおけるサイズ7の格子間原子集合体の方位変化の実時間との対応

図7 応力を受けやすい方位の集合体が<1 1 0>系全体に占める割合のひずみ依存

審査要旨 要旨を表示する

放射線照射下の材料挙動は、主としてカスケード損傷過程による欠陥形成と、これに起因するミクロ組織変化によって特徴づけられる。一般に、原子炉構造材料は応力下で供されるため、放射線照射および応力の複合環境下における現象の解明が、未知の照射条件における材料挙動予測のために求められている。特に、中性子照射下では、原子炉供用温度においてすら材料が応力方向に不可逆変形する照射下クリープ現象が発生し、軽水炉構造材料の照射誘起応力緩和、重照射環境におけるクリープ変形等、多様な形態で発現する。このため、本質的なメカニズム解明に基づく適用範囲の広い知見の創出が求められている。 このような背景を基に、本論文の目的を、沸騰水型原子炉の炉心シュラウド等、スウェリングが無視できる条件で特に重要となるSIPN (Stress-Induced Preferential Nucleation) /SIPO (Stress-Induced Preferential Orientation) モデルに注目し、応力下における欠陥、特に格子間原子集合体の形成・配向の現象解明においている。

本論文は4章で構成されている。第1章では背景と研究目的が示されている。第2章では、欠陥形成に及ぼす応力影響に関して、欠陥形成個数と欠陥方位の2つの観点から解析と議論が行われている。第3章では、欠陥の方位変化に及ぼす応力影響について扱っている。第4章は結論である。

第2章においては、面心立方構造の低積層欠陥エネルギー金属であるCuについて、分子動力学(MD)法を用いて、応力下における欠陥形成挙動を解析している。第2章は二部構成である。前半部においては、欠陥形成個数に対する応力影響を解析した結果を示している。等方圧縮変形で欠陥数が減少した以外では、単軸変形の他、等積変形、ポアソン変形等、試行した全ての変形モードにおいてカスケード損傷過程で形成される欠陥数が増加することを明らかにした。これら様々な変形モードにおける結果を系統的に解析するとともに、欠陥形態を多数のサンプルに基づいて詳細に解析することにより、欠陥増加の原因が異方的な応力印加による大きいサイズの集合体形成促進であることを明らかにした。さらに、大きいサイズの集合体の形成促進の重要性を踏まえ、欠陥集合体のサイズ分布を変化させる因子として第一次はじき出しエネルギーに対する依存性に着目して解析を行い、サブカスケードの形成を軸に現象を整理することで、未知の照射条件における欠陥形成に対する応力影響予測に向けた道筋を示している。後半部においては、カスケード損傷過程で形成される欠陥集合体方位の偏りを解析し、定量化した。本論文では、応力印加下における格子間原子集合体の形成方位に関して、統計力学モデルの適用性を検討している。カスケード損傷過程は、ピコ秒オーダーにおける急激な温度変化を伴う欠陥集合体形成過程であり、本来は統計力学モデルの適用範囲外である。しかし、定義不能なパラメータを逆にMD結果へのフィッティングで求めることにより、統計力学モデルがカスケード損傷過程における欠陥集合体形成方位を良く近似することを明らかにした。一方で、集合体サイズに対する依存性の解析等の結果、カスケード損傷過程内部の現象が形成された欠陥集合体方位に影響を与えていることを確認し、統計力学モデルの適用限界を明らかにしている。

第3章では、形成後の格子間原子集合体の方位変化について、無ひずみ下、単軸一定ひずみ印加速度下、単軸定ひずみ下の解析を様々な温度条件で行っている。方位変化が容易な高温における微小集合体の方位については、前章で示した統計力学モデルが適用可能であることが明らかになった。一方で、集合体サイズ37以上では1200K、単軸1%ひずみの高温・高ひずみ条件下でも方位変化確率が極めて低いことを明らかにした。この結果を基に、サイズの大きい格子間原子集合体がカスケード損傷で直接形成された場合、集合体形成方位に対する応力影響モデルであるSIPNを中心としたモデルでとらえる必要がある一方で、頻繁に方位変化を起こすサイズの小さい格子間原子集合体については、集合体方位変化に対する応力影響モデルであるSIPOを中心としたモデルでとらえるのが妥当であると指摘している。

第4章は結論である。

以上要するに、本論文は中性子照射下の欠陥挙動について、応力影響という観点から研究を行ったものである。本論文は、照射下クリープ現象のSIPN/SIPOモデルに対し、原子論的な見地からの解析による統一的なモデル化による現象解明に資するとともに、応力印加による欠陥形成促進効果をはじめとする応力と照射の重畳環境下における材料挙動を理解する上で重要な効果を明らかにしており、原子炉材料分野への貢献が大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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