学位論文要旨



No 129166
著者(漢字) 宮島,大吾
著者(英字)
著者(カナ) ミヤジマ,ダイゴ
標題(和) 水素結合を利用した革新的液晶材料の開発
標題(洋) Development of Novel Liquid Crystalline Materials Based on H-bondings
報告番号 129166
報告番号 甲29166
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第8057号
研究科 工学系研究科
専攻 バイオエンジニアリング専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 田畑,仁
 東京大学 教授 加藤,隆史
 物質・材料研究機構 研究員 田代,健太郎
内容要旨 要旨を表示する

【1】緒言

本研究は生体内で重要な役割を担っている水素結合をマテリアルに応用することで、従来にない機能を実現することを目標とした。そこで最初に注目したのが、コランニュレンという分子である(Fig. 1a)。コランニュレンはお椀型のπ共役分子でその炭素骨格がフラーレンの部分構造に一致する。その特殊な構造ゆえ、コランニュレンは他の平面π共役分子が持ち得ない様々な特徴がある。中でも、(1)お椀の素早い反転(Fig.1 (b))(2)お椀構造に由来する双極子モーメントの存在は材料科学の視点から注目を集めているが、これまでコランニュレンの集合体に関する研究は行われていなかった。その理由の一つとして、お椀が反転するという性質が精密に集合した構造を形成させにくいということ(エントロピー的に不利)が挙げられる。そこで、構造の安定化を目的に、コランニュレンの側鎖に水素結合を導入した化合物1Cor(Fig.2)を新規に合成したところ、1CORは自発的にヘキサゴナルカラムナー構造に集合し、コラニュレンからなる化合物で初めて液晶性を示すことが明らかとなった。さらに興味深いことに、1CORは電場に平行になるようにそのカラム軸が配向することが明らかとなった。カラムナー液晶は一般に電場によって配向しにくく、これまで成功した例は殆ど無い。さらに、コランニュレンのように大きなπ共役系をもつカラムナー液晶は有機半導体への応用が期待されているが、一般に配向の制御が難しく、このようにバルクの状態で配向が完全に制御された例は極めて限られている。このように魅力的でかつ極めて珍しい電場応答性は、発見当初はコランニュレンのお椀構造ならびそれに由来する双極子モーメントに起因するものだと考えていた。しかし、研究を進めるに当たり、徐々にこの電場に応答する性質はコランニュレンに依るものではなく、むしろ構造安定化の目的で導入した水素結合ネットワークに由来するものであることが分かってきた。これまで材料科学において水素結合は主に構造の安定化を目的として用いられてきた。本研究ではこれまで報告されてきた水素結合を有する材料を元に、さらに革新的な機能を付与するべく新規な材料開発を試みた。

【2】電場により配向制御可能なディスコティックカラムナー液晶の汎用的分子デザインの開発

ディスコティックカラムナー液晶とは、拡張したπ共役コアがカラム状に積み重なることで形成される液晶材料である。拡張されたπ共役コア間ではπスタックによる相互作用が生じ、また一般の液晶に比べコアが大きいため分子量も大きく、液晶でありながら非常に運動性の乏しい、結晶に近い材料として認識されている。そのため、液晶ディスプレイなどに用いられるネマチック・スメクチック液晶と異なり、電場によって配向する例は存在しなかった。その配向制御は電場に関わらず難しく、ディスコティックカラムナー液晶の応用への大きな障害となっている。

そのような研究背景のなか、筆者は前述のようにコランニュレンという大きなπ共役コアをもつ1Corが電場によって配向することを見出した。また比較として、コアが平面なトリフェニレン誘導体2TP(Fgi. 2)に同様の側鎖を導入したところ、コランニュレン同様に広い温度範囲でヘキサゴナルカラムナー相を発現し、電場によって配向した。これらの事実は、1CORの電場配向性もコランニュレンという特殊なコアに起因するものでなく、汎用的に導入可能な水素結合ユニットであるアミド基を有した側鎖に起因することが明らかとなった。そこでさらにこの一般性を確かめるため、ヘキサフェニルベンゼン(3HPB)、テトラチアフルバレン(4TTF)、オリゴチオフェン(5OT)、扇状分子(6PN)のような化合物にも同様の側鎖を導入し電場応答性を調べた。また5OTと6PNは複数の分子が集まりコアを形成する超分子カラムナー液晶であるため、Fig.2において区別化している。

2-1.電場配向特性;実験・結果

合成した化合物は全て期待通り液晶性を示し、その集合構造もカラムナー構造であることが明らかとなった。電場応答性を調べるために、それぞれの液晶は2枚のITO電極からなるセルに挟み(セルギャップ;5um)、基板に対して垂直方向に電場を印加し偏光顕微鏡による観察を試みた。電場の効果を調べるために、ITOに挟まれている領域(すなわち電場が印加されている領域)とそうでない領域を同時に観察した。すると、Fig.3より明らかなようにほとんどの材料において、電場配向性が観測された。また4TTFのように側鎖の分子構造を変えても電場配向特性は変わらず、この分子デザインの強い普遍性を示唆している。また櫛歯電極を用いて基板に対して水平方向に電場を印加した場合、Fig.3 (l),(m)のように電場方向に平行になるようにカラムが水平に配向した。配向しなかった2つの液晶は(Fig.3(h) and (j))どちらもカラムナー相と等方相の間にキュービック相を有しており、キュービック相の存在がカラムナー相の電場配向性を損なわせているのは明らかである (Fig.2 5bOT and 6aPN, respectively)。キュービック相の有無はコアと側鎖の体積バランスに依って決まるため、分子デザインを調節することによってキュービック相の発現は防ぐことは容易で、本アプローチの普遍性に影響は無い。

2-2.電場配向可能な距離;実験・結果

従来、ディスコティックカラムナー液晶を配向させるには基板の表面に特殊な配向膜を塗布するなど、界面と材料の相互作用を利用したものが主だった。それらの系では、界面からの距離が遠ざかるに従い配向の制御が難しく、たかだか15um前後が限界とされてきた。一方、本アプローチでは材料と電場の相互作用という、非接触な相互作用を利用している。そのため理論的には界面の相互作用に依存しない。そこで、様々な電極間距離を持つセルを(25-500 um)用意し、化合物6bPNを挾み電場を印加し、どれだけの厚さ(距離)の液晶材料を配向させられるかを調べた (Fig.4)。すると、Fig.4 (a)-(f)のように500um(0.5mm)まで例外なく配向させられることが明らかとなった。0.5mmまでの厚さに来ると、偏光顕微鏡以外の方法でも容易に配向を調べられる。そこで、X線を用いて配向を調べたところ(Fig.4 (g)-(i))、電場の印加方向に平行になるようにカラム配向していることが確かめられた。配向させるために要した印加電場の強さを、セルの厚さでプロットすると(Fig.4(j))、厚さに比例しており、電場配向のドライビングフォースは、アミド基の双極子モーメントと電場の相互作用であることが強く示唆された。また誘電率測定よりこれらの液晶材料がアミド基単体から期待される誘電率より遥かに大きな誘電率を示しており、これらは水素結合によるアミド基の協同的な相互作用に由来するものと考えられ、水素結合の存在が電場応答性を高めていることを示唆している。

2-3.結論・考察(1)

上記の結果より、アミド基という水素結合ユニットを導入することによって、ディスコティックカラムナー液晶に電場配向性を付与することに成功した。また電場という非接触な相互作用を用いるため、界面との距離に依存しなく長距離まで配向させられることを明らかにした。従来水素結合を液晶材料に導入して構造形成に役立てたものは多いが、このように新たな特性を付与することに成功した例は極めて稀である。

【3】強誘電性カラムナー液晶の開発

近年強誘電性材料は不揮発性メモリーへの応用が期待され盛んに研究されている。しかし、従来強誘電性材料というとそのほとんどが無機材料から成り、軽くしなやかで、レアメタルを必要としない液晶材料から成る強誘電性材料の開発の需要は大きい。液晶と強誘電性の歴史は古く、最初の強誘電性液晶が見つかったのは30年以上前である。それ以来、非常に多くの研究者たちが様々な強誘電性液晶の開発を試みたものの、これまで報告されてきた全てがスメクチックタイプの液晶に限られている。もし、カラムナー液晶において強誘電性を実現できれば、カラム1本1本がメモリーになる可能性があり、超高密度メモリーへの応用・開発に繋がる。そのため、これまでに強誘電性カラムナー液晶の開発は盛んに試みられてきたが、成功した報告はこれまでない。その最大の理由は、液晶という動的な相において極性構造の安定化の難しさが挙げられる。強誘電性は電場が存在しない状況でも自発分極を保持しなければならない。これまで報告されている強誘電性スメクチック相は、すべて界面による安定化を利用することで自発分極の保持に成功してきた。しかしながら、カラムナー液晶においてはカラムは界面(基板)とカラムの端でしか相互作用できず、著しく安定化を受けにくい。そこで、筆者は水素結合という相互作用を自発分極の安定化に活かすことで、界面による安定化無しでもカラムナー液晶において強誘電性を実現できるのではないかと考えた。

3-1.強誘電性カラムナー液晶の分子デザインとその物性

自発分極を安定化させるために水素結合に注目した筆者は、水素結合の強さを自発分極の安定化に変換できるような分子デザインを模索した。その結果、最終的にFig.5(A)のような分子デザインに辿りついた。Fig.5(A)にある4つの分子は全てFig.5(B)-(C)にあるように傘状に集まった分子が1次元状に連なることでカラム構造を形成していることが明らかとなった。カラムの中央にはシアノ基が集積され、カラム軸に沿って配向し得るようになっている。これら4つの分子は非常に類似した構造をしているが、アミド基の周りの分子構造がそれぞれ異なっている。2は1に比べアミド基の外側の側鎖の体積が大きく、またbはアミド基とコアとのスペーサーの長さメチレン1つ分、aのそれより長くなっている。その結果、IR測定より水素結合の強さが有意に異なることが明らかとなった(1a > 2a > 1b > 2b)。水素結合の強さはアミド基の間の相互作用の強さに対応するが、アミド基はカラムを締め付けるように水素結合ネットワークを形成している(Fig.6)。そこで、アミド基による水素結合が強ければ、その中央に位置するシアノ基の運動性もそれに応じて下がり、引いては電場無印加時においても自発分極を保持できるのではないかと考えた。実際に測定をしてみると、水素結合が最も強い1aではシアノ基は電場によって応答せず、弱い1bや2bではシアノ基は電場に応答し配向するものの、電場無印加時には電場によって誘起されたシアノ基の一様配向は保持されず、自発分極も保たれなかった。それに対して水素結合の強さが中間的な化合物2aにおいては、シアノ基は電場によって配向し、かつ電場を切っても保持され、すなわち強誘電性を示した。

3-2.結論・考察(2)

上記の結果より世界で初めて強誘電性カラムナー液晶の開発に成功した。その鍵となったのは適切に調整された水素結合ネットワークである。水素結合ネットワークが絶妙に調整されることで、その中央に位置する極性官能基が電場に応答できるものの、電場を切っても保持されるという状況を可能にした。このような水素結合の用いられ方は例がなく、水素結合を利用し新たな強誘電性材料の開発に成功したと同時に、水素結合の材料科学への応用に向けて、新たな可能性を示すことに成功した。

審査要旨 要旨を表示する

近年の目覚ましい液晶ディスプレイの発展により、液晶はディスプレイ素子の一つとして認識されがちであるが、本来は液体と固体の中間状態を指す言葉である。2つの相の中間的な性質を有する液晶は、固体・液体材料では実現できない様々な応用の可能性を秘めており、これまで盛んに研究が行われてきた。本論文では液晶材料の中でも、強誘電性カラムナー液晶と呼ばれる、過去30年近く誰も開発に成功できずにいた材料の開発に焦点を当てている。強誘電性カラムナー液晶は溶液キャストで出来る超高密度メモリーへの応用が期待されている。本論文では生体材料に不可欠な水素結合を、新しい概念で液晶材料に取り組むことで強誘電性カラムナー液晶の開発に取り組んだ一連の研究についてまとめている。

序論では液晶材料研究の流れ、特に分子設計ならびに集合体状態の制御について述べている。PercecやTschierskeらにおける体系的な研究に言及し、分子デザインを作りこむことによって、1次元・2次元、ときに3次元においてまで、液晶相における分子の集合状態を制御できることを述べている。一方で、そのように確立された知識をもってしても未だに実現が困難であるものとして強誘電性を挙げ、液晶のような動的な系において、分子の双極子モーメントが揃うように分子の配向を制御することがいかに困難であるかを述べている。そのため、研究対象である強誘電性カラムナー液晶の開発には新しい学理の樹立が不可欠であり、応用的に学術的にも重要であるとまとめている。

第1章ではコランニュレンというお椀状pi共役分子を用いた誘導体を合成し示差走査熱量測定(DSC)、X線回析測定(XRD)などの種々の物性測定・構造解析を経て、その誘導体が広い温度範囲においてカラムナー液晶相を発現することを報告している。得られたらカラムナー液晶は強誘電性を示さなかったものの、電場を印加することでそれぞれのカラムが印加した電場に対し平行に、かつ均一に配向する事を述べている。このように電場によって配向する性質はカラムナー液晶では極めて稀であると同時に、デバイスの性能が最大になるように材料を配置できるため、第3章でより深く議論するとまとめている。

第2章ではフタロニトリルをコアに持つ扇状分子がカラムナー液晶を形成し、そのカラムがカラム軸に平行方向に自発分極を発現することを述べている。カラムナー液晶において、自発分極の発現はこれまでに報告例が無く、種々の測定ならびにコントロール化合物との比較により、その自発分極の発現に、側鎖の水素結合の存在が極めて重要であると結論づけている。この自発分極は電場によってその分極の向きが反転しないため、強誘電性ではない。しかしながら、自発分極の実現は強誘電性発現の必須要素であり、極めて重要な発見であると述べている。また第4章でこの水素結合の強さをより適切に調整することで強誘電性の実現に挑むとまとめている。

第3章では1章で開発した液晶をもとに、電場によって配向するカラムナー液晶の汎用的な分子デザインの開発について述べている。コントロール分子との比較により、コランニュレン誘導体に用いた水素結合性側鎖こそが電場配向特性を付与していると結論を出している。同様の側鎖を導入した種々の誘導体を合成し、それらのカラムナー相で電場配向特性を確認することで、上記の結論を証明すると同時に、その分子デザインの普遍性を明らかにしている。水素結合がカラム軸にそって形成されることで、比較的大きな分極を生み、カラムの電場に対する応答性を高めていると結論づけている。有機半導体・イオン伝導膜など、さまざまな分野でカラムナー液晶の開発が行われてきたが、その配向を制御できず、デバイスへの応用が出来ずにいたものも多かった。今回の発見はより広い分野への貢献に繋がるとまとめている。

第4章では2章・3章で見出した分子デザインを組み合わせ、さらに分子構造を最適化することで、初めて強誘電性カラムナー液晶の開発に成功したと述べている。2章において、自発分極が電場によって反転することが出来なかったのは水素結合が強すぎたためと仮定し、水素結合周りの分子の嵩高さやアルキル鎖長を調整することで、絶妙に水素結合の強さを変化させ、強誘電性の実現に至ったとまとめている。今回のカラムは、極性官能基がカラムのコアに、水素結合部位がその周りを取り囲み、さらにそれらを非極性の側鎖が取り囲む、コアーシェル構造を取っている。水素結合ネットワークが、カラムの内側に位置するコアの運動性を選択的に制限することで自発分極を実現しつつ、一方でシェルに当たるカラムの外側に位置する側鎖の運動性は依然として高く、動的な液晶性を保持できたとまとめている。水素結合は様々な材料で用いられているが、このような液晶の強誘電性を実現するのに用いられた例はなく、強誘電性カラムナー液晶の開発だけでなく、水素結合の新しい可能性を示せたことは大きな意義があるとまとめている。

以上、本論文では水素結合をカラムナー液晶に巧みに取り込むことで様々な機能を実現できることが示されている。特に強誘電性カラムナー液晶の開発は過去30年近く誰も実現できていなかったもので、水素結合の新しい利用方法と合わせて、材料化学における今後の発展に大きく寄与することが見込まれる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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