学位論文要旨



No 129174
著者(漢字) 石田,遥介
著者(英字)
著者(カナ) イシダ,ヨウスケ
標題(和) 阻害剤を利用したオーキシンの作用機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 129174
報告番号 甲29174
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3879号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 教授 山川,隆
 東京大学 教授 篠崎,和子
 東京大学 准教授 柳澤,修一
 東京大学 准教授 中嶋,正敏
内容要旨 要旨を表示する

オーキシンは根の伸長・果実の肥大・光屈性など、植物の成長や環境応答を制御する植物ホルモンである。インドール酢酸(IAA)は天然型オーキシンであり、インドール環を有するアミノ酸であるトリプトファン(Trp)から生合成される経路が主要経路として活発に研究されている。オーキシンシグナルはまず、F-boxタンパク質Transport Inhibitor Response 1(TIR1)によるオーキシンの受容を介して伝えられる。現在提唱されているモデルでは、オーキシンと結合したTIR1複合体が転写抑制タンパク質AUX/IAAのユビキチン化と、その後のプロテアソームによるAUX/IAA分解を促進することで、転写調節因子Auxin Response Factor(ARF)の抑制を解除し、その結果オーキシン応答性遺伝子の発現誘導に伴うオーキシン作用が顕現される機構が示されている。しかしながら、IAA生合成経路として複数の経路が示唆されていること・オーキシン作用の複雑さを反映してシグナル伝達にかかわる因子も多様であることから、未だオーキシンの生理作用の全容解明にはいたっていない。本研究ではオーキシンの作用機構の解明に向け、近年開発された生合成阻害剤と受容体阻害剤を利用したケミカルバイオロジーに基づいた研究を行った。

生合成阻害剤を用いたオーキシン生合成経路の解析

IAAの生合成経路は他の植物ホルモンと比べて複雑であり、各々の生合成中間体が多様に変換されつつIAA合成へと収束する網目状の生合成経路が提唱されてきた。さらに、イネ科・アブラナ科・マメ科など実験材料ごとに異なる経路でIAAが生合成されることも報告されている。しかし最近の研究からインドールピルビン酸(IPyA)経路は主要な経路の1つであり、植物に共通して存在していると考えられるようになった。一方、N-ヒドロキシルトリプタミン(N-TAM)やトリプトフォール(TOL)などが、IAA生合成中間体として植物共通であるかどうかは未解明のままである。これまでのIAA生合成経路の研究では、外から投与した化合物のIAA への変換が各経路の存在証明の指標とされてきたために、生理的に作用する濃度範囲を超えた濃度領域が研究に使用されてきた。このことがIAA生合成研究を複雑にしてきた要因であった。

L-Amino-oxyphenyl propionic acid(AOPP)は本研究に先立って、初めて発見されたオーキシン生合成阻害剤である。トリプトファンアミノ基転移酵素(TAA1)を阻害することでIAA内生量の低下を引き起こすと考えられている。AOPP含有培地でシロイヌナズナを生育させると主根の成長が阻害され、成長阻害はAOPPとIAAの同時処理によって回復する。このことから、AOPP処理に伴うIAA欠乏状態に起因して主根が成長阻害された植物に、生理濃度領域におけるIAA中間体候補化合物を同時に処理し、主根形態の回復を観察することで、中間体候補化合物の探索系としての適用が可能になると考えた。また主根の形態回復と同時にオーキシン応答性遺伝子の発現レベルについても阻害回復からの指標として用いることで、オーキシンの生合成経路中間体候補化合物が実際にIAAに変換される可能性について検討した。シロイヌナズナの主根形態を指標とした試験(長期的阻害)では、N-TAMとTOLで主根形態が回復した。オーキシン応答性Aux/IAA遺伝子を指標とした試験(短期的阻害)では、N-TAMでは遺伝子発現が回復したが、TOLでは回復しなかった。また、これまで中間体化合物としてシロイヌナズナでその存在と代謝酵素が確認されている他の化合物の共処理に伴い、植物はAOPPによる根の成長阻害と遺伝子発現阻害状態から回復した。以上のように、AOPPによるオーキシン欠乏状態からの回復試験により、各種インドール化合物がIAA生合成中間体となりうる可能性について初めて網羅的に検討することができた。

AOPPはもともとフェニルアラニンの代謝に関与する、Phenylalanin ammonia lyase(PAL)の阻害剤として発見されたことからも明らかなように、オーキシン生合成阻害剤としての特異性が低い。そこで、TAA1に対する特異性がより高い生合成阻害剤やTAA1以外の酵素を標的とする化合物の探索による新たな生合成阻害剤の開発が期待される。本論文では新規IAA生合成阻害剤候補化合物として2-(1H-indol-3-yl)-2-oxoethyl phosphonic acid(IOEP)の解析を行った。最近になってAOPPよりも特異性が高いと考えられるキヌレニン(Kyn)が報告されたが、TAA1以外の作用点を阻害する化合物は報告されていない。作用点の異なる新規生合成阻害剤の開発により、オーキシン生合成の更なる解明が期待される。IOEP含有培地でシロイヌナズナを育成すると主根の伸長阻害が観察された。この時、オーキシン応答性遺伝子Aux/IAAの発現レベルとIAA内生量が減少したことから、IOEPがIAA生合成阻害剤であることが示唆された。IOEPが阻害する作用点を見いだすため、各種中間体処理に伴うIOEPによるAux/IAA遺伝子の発現阻害状態からの回復を調べた。IOEPで処理したシロイヌナズナ芽生えにIPyAを加えた場合、Aux/IAAの発現量は芽生えをIPyA単独で処理したときよりも有意に抑制された。それに対してAOPPで処理したシロイヌナズナにIPyAを加えた場合は、オーキシン応答性遺伝子の発現量はIPyA単独で芽生えを処理したときとの差はみられなかった。以上の結果から、IOEPがAOPPとは異なる作用点を持つ新規IAA生合成阻害剤である可能性を示すことができた。

AOPP応答性転写因子Dof3.2の機能解析

植物のオーキシン応答は、オーキシン受容後ARFによって発現が誘導される遺伝子によって引き起こされる。しかしながら、従来のオーキシン応答性遺伝子の研究は外生のオーキシン過剰投与時のオーキシン応答を見ているため、生理レベルのオーキシン濃度に応答する遺伝子の発現制御機構に関する研究は不足している。そこで、オーキシン欠乏状態で発現変動する遺伝子がオーキシンの生理作用に重要な役割を担っていると考え、AOPPによって発現変動するシロイヌナズナ転写因子に注目し、オーキシンの作用を調節する転写因子とその下流で機能する遺伝子群の探索を試みた。AOPPをシロイヌナズナに処理し、DNAマイクロアレイ解析を行うことで応答性遺伝子の中から転写因子を探索した結果、AOPPによって発現が上昇する遺伝子としてDof型転写因子Dof3.2を見いだした。

Dof3.2の機能を解析するため、転写因子を人工コルチコイドであるデキサメタゾン(DEX)で機能誘導できる実験系を用いた。Dof3.2とグルココルチコイド受容体の融合遺伝子を過剰発現させた形質転換株シロイヌナズナ(p35S::Dof3.2-GR)をDEX含有培地で育成させると、根の伸長と根毛の形成が著しく抑制された。根の伸長と根毛の形成はオーキシンによって促進されていることから、Dof3.2はオーキシンの作用を抑制する機能を持つことが示唆された。

Dof3.2によって制御される遺伝子を調べるため、p35S::Dof3.2-GRにDEXを3時間処理した際に発現変動する遺伝子をマイクロアレイによって調べた。マイクロアレイデータ解析ツールAtCAST(http://atpbsmd.yokohama-cu.ac.jp/)を用いて、得られた結果を約200種類の公開マイクロアレイデータと比較解析したところ、オーキシン関連変異体であるarf2-6、axr3-1(AUX/IAA17機能獲得優勢変異体)やオーキシン阻害剤2,4,6-T処理のマイクロアレイ結果と相関があることがわかった。これらの遺伝子発現プロファイル間で共通して発現変動する遺伝子を調べたところ、細胞壁構造の構築に関わるエンド型キシログルカン転移酵素/加水分解酵素(XTH)ファミリーのうちXTH12、XTH13、XTH14、XTH26(XTH genesと呼ぶ)を含む遺伝子群の発現が共通して抑制されていることがわかった。

XTHは細胞壁のセルロース微繊維を架橋する多糖であるキシログルカン分子の繋ぎ換え・切断を通じて細胞の伸長を制御する酵素群である。オーキシンによる細胞伸長にはXTHによる細胞壁の再構成が関与していると考えられるが、オーキシンシグナルによるXTHファミリー遺伝子の発現制御機構は不明のままである。そこで、Dof3.2の機能誘導で発現抑制されるXTH genesが、オーキシン情報伝達因子であるTIR1-AUX/IAA-ARFの下流で発現制御されている可能性を調べるため、Kynと受容体阻害剤PEO-IAAを用いてXTH genesの発現解析を行った。XTH genesの発現は、IAA単独処理では上昇しないがKynとPEO-IAAによって抑制され、IAAとの共処理によって回復した。このことからXTH genesがオーキシン情報伝達系を経由して発現制御されていることを示すことができた。

RNAiによってDof3.2がノックダウンされた形質転換シロイヌナズナ(RNAiDof3.2株と呼ぶ)では、野生型株に比べて主根が長く、根におけるXTH genesの発現レベルは野生型株に比べて高かった。また、RNAiDof3.2株の根では野生型株に比べてKynに対する感受性が低かった。

以上の結果から、Dof3.2はオーキシンシグナルの下流で働くXTH genesの発現を抑制し、細胞伸長を制御する転写因子であることを示すことができた。

オーキシン作用に関わる遺伝子の探索

これまで、オーキシンによって制御される遺伝子として外からオーキシンを過剰投与した際に応答する遺伝子が解析されてきた。しかしながら生合成阻害剤を利用した遺伝子機能探索の過程で、XTH genesのようにオーキシン処理によっては発現誘導されないがオーキシンシグナルの下流で機能する遺伝子群を明らかにすることができた。そこでさらなる新規のオーキシン作用関連遺伝子探索のため、受容体阻害剤PEO-IAAによって発現変動がみられるシロイヌナズナ遺伝子をDNAマイクロアレイを用いて調べた。

オーキシン関連遺伝子のグループとして、(1):オーキシン応答性Aux/IAAのようにPEO-IAAで発現が抑制されIAA単独で誘導される遺伝子群と、(2):XTH genesのようにPEO-IAAで発現が抑制されPEO-IAAとIAAの共処理で発現が回復するがIAA単独では発現誘導されない遺伝子群に分けたところ、(2)の遺伝子群はおおむねオーキシン信号伝達の変異体axr3-1でも発現変動していることがわかった。これまで注目されてこなかった(2)に属する遺伝子群がオーキシンによる細胞の伸長などに機能する可能性が高く、今後はこれらの遺伝子の機能解析によりオーキシンによる植物の成長の仕組みを解明することができると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

オーキシンは根の伸長・果実の肥大・光屈性など、植物の成長や環境応答を制御する植物ホルモンである。天然型オーキシンはインドール酢酸(IAA)であり、インドール環を有するアミノ酸であるトリプトファン(Trp)から生合成される。オーキシンはF-boxタンパク質Transport Inhibitor Response 1(TIR1)によって受容され、シグナルが伝えられる。オーキシンと結合したTIR1は転写抑制タンパク質AUX/IAAをユビキチン化し、プロモーターに結合して転写調節をおこなうAuxin Response Factor(ARF)によるオーキシン応答性遺伝子の発現を誘導することでオーキシンの作用がもたらされるというモデルが示されてきた。しかしながら、生合成経路の複雑さ・オーキシン作用に関わる遺伝子の多様さのため、オーキシンの生理作用の全容解明にはいたっていない。本研究ではオーキシンの作用機構の解明に向け、近年開発された生合成阻害剤を利用することでオーキシン作用機構の解明をめざした。

2章では2つの低分子プローブを用いて生合成経路の解析を行った。L-amino-oxyphenyl propionic acid(AOPP)はシロイヌナズナトリプトファンアミノ基転移酵素(TAA1)を阻害することでIAA内生量を低下させる、オーキシン生合成阻害剤である。AOPP含有培地でシロイヌナズナを育成すると主根の伸長の阻害と傾斜が観察される。これらの伸長阻害と傾斜の形態はIAAとAOPPとの同時処理によっては観察されなくなる。IAA中間体化合物をIAA欠乏状態の植物に処理した場合、IAA内生量を回復した結果と予想される応答が観察される。このことから主根の形態回復とオーキシン応答性遺伝子の発現レベルを指標として、オーキシンの生合成経路中間体と考えられる化合物が実際にIAAに変換されるか検証をおこなった。シロイヌナズナで、各種の中間体化合物がAOPPによるオーキシン欠乏状態を回復できるか試験を行った。主根形態を指標とした試験では、N-TAMとTOL処理により主根形態が回復した。オーキシン応答性AUX/IAA遺伝子を指標とした試験では、N-TAM処理では遺伝子発現が回復したが、TOL処理では回復しなかった。これまで中間体化合物としてシロイヌナズナで存在が確認され、変換酵素が見つかっている化合物はAOPP処理による根の形態・遺伝子発現変化を回復した。以上のように、AOPP処理によるオーキシン欠乏状態からの回復試験により、各種インドール化合物がIAA生合成中間体となりうるかを網羅的に調べることができた。2章後半では、新しい化合物2-(1H-indol-3-yl)-2-oxoethyl phosphonic acid(IOEP)の解析を行った。その結果、IOEPがAOPPとは異なる作用点を持つ新規IAA生合成阻害剤である可能性を示すことができた。

3章では新しいDof型転写因子の機能解析を行った。オーキシンが受容されると転写抑制型タンパク質AUX/IAAが分解され、ARFがオーキシン応答性遺伝子を発現制御することでオーキシン応答がひきおきおこされる。これまで、ARFによって発現が誘導される遺伝子にはオーキシン応答性AUX/IAAがあり、フィードバック制御に関わることが知られている。しかしながら、根の伸長や光屈性などオーキシンが関与する現象に関わることが知られている遺伝子は限られている。オーキシン欠乏状態で発現変動する遺伝子がオーキシンの作用に関与すると考え、AOPPによって発現変動する転写因子に注目し、オーキシンの作用を調節する転写因子とその下流で機能する遺伝子群の探索を試みた。転写因子の探索にはAOPPをシロイヌナズナに処理したマイクロアレイの結果を参考にした。AOPP処理によって発現が上昇する遺伝子としてDof型転写因子Dof3.2をみいだした。Dof3.2の機能解析のため、転写因子を人工コルチコイドであるデキサメタゾン(DEX)で機能誘導できる実験系を用いた。Dof3.2とグルココルチコイド受容体のリコンビナントタンパク質を過剰発現させたシロイヌナズナ(35S::Dof3.2-GR)をDEX含有培地で育成させると、根の伸長と根毛の形成が著しく抑制された。根の伸長と根毛の形成はオーキシンによって制御されていることから、Dof3.2はオーキシンの作用を抑制する機能をもつことが示唆された。Dof3.2によって制御される遺伝子を調べるため、35S::Dof3.2-GRにDEXを短時間処理した際に発現変動する遺伝子をマイクロアレイによって調べた。得られたマイクロアレイ結果を既存ホルモン関連マイクロアレイ結果との関連を解析したところ、オーキシン関連変異体であるarf2、axr3-1(AUX/IAA17機能獲得優勢変異体)やオーキシン阻害剤2,4,6-T処理のマイクロアレイとの関連が示唆された。これらのマイクロアレイ結果で共通して発現変動する遺伝子を調べたところ、細胞壁構造の構築に関わるエンド型キシログルカン転移酵素/加水分解酵素(XTH)ファミリーの遺伝子の発現が共通して抑制されていることがわかった。これらXTH 遺伝子はTIR1-AUX/IAA-ARFの下流でも発現制御されているかを調べるためKynと受容体阻害剤PEO-IAAを用いてXTHの発現解析を行った。XTHはIAA単独では発現誘導されないが、KynとPEO-IAAによって発現が抑制され、IAAとの共処理によって発現が回復した。このことからXTHがオーキシンによっても制御されていることがわかった。RNAiによってDof3.2がノックダウンされた形質転換シロイヌナズナ(RNAiDof3.2)では、野生型株に比べて主根が長く、根におけるXTH genesの発現レベルも野生型株に比べて高かった。RNAiDof3.2株をKyn含有培地で育成すると野生型株に比べて主根伸長の阻害が抑えられた。以上から、Dof3.2はオーキシンシグナルの下流ではたらくXTH genesの発現を抑制し細胞伸長を制御する転写因子であることが示唆された。4章では、オーキシン阻害剤を用いたマイクロアレイ解析を行い、XTH遺伝子のようにこれまでに知られていないオーキシン応答性遺伝子が多数存在することを明らかにした。

以上のように本研究において、様々なオーキシン関連の阻害剤を活用することで、生合成経路の解析や、新しい転写因子の機能解明が可能になることを示すことができた。また、転写因子研究の過程で、これまでに知られていなかったより低濃度のオーキシンに応答する遺伝子群が存在することも明らかにした。このように本研究はオーキシン作用機構を解明するために重要な知見を与え、学術的にも優れた成果を挙げている。よって審査委員一同は、本研究が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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