学位論文要旨



No 129175
著者(漢字) 権藤,祐輔
著者(英字)
著者(カナ) ゴンドウ,ユウスケ
標題(和) 腸管上皮細胞におけるタウリンによるTXNIP発現制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 129175
報告番号 甲29175
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3880号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 特任教授 加藤,久典
 東京大学 准教授 三坂,巧
 東京大学 准教授 戸塚,護
内容要旨 要旨を表示する

遊離アミノ酸の1つであるタウリンは、カルボキシル基の代わりに硫酸基を持つβ-アミノ酸である。魚介類に多く含まれ、主に食品を介して摂取される。生体内に取り込まれたタウリンは、各組織において抗酸化作用・抗炎症作用・浸透圧調節作用といった多彩な生理作用を示すことが報告されている。当研究室においても腸管上皮細胞におけるタウリンの抗炎症作用、タウリンの輸送を担うタウリントランスポーター (TAUT) の発現調節に関する研究がおこなわれてきた。しかしながらタウリンの生理作用に関しては現象論に留まっている研究が多く、その詳細な作用機序については不明な点が多い。さらに遺伝子・分子レベルでの解析も十分になされていないのが現状である。

近年のニュートリゲノミクスの進展に伴い、食品成分が様々な組織における遺伝子発現に及ぼす影響を網羅的に解析することで食品の機能性に関する科学的な根拠を立証する試みがなされるようになった。食品の機能発現において重要な組織である腸管においても、ヒト腸管上皮細胞であるCaco-2細胞を用いて解析がおこなわれている。

そこで本研究ではこの概念をもとに、腸管上皮細胞における遺伝子発現に及ぼす影響について、Caco-2細胞を用いて検討することにした。すなわち、Caco-2細胞においてタウリンがどのような遺伝子発現を制御しているのかを網羅的解析によって明らかにすると共に、その制御機構および遺伝子発現変化がもたらす細胞機能への影響を解明することを目的として研究を進めることとした。

第1章 タウリンが腸管上皮細胞の遺伝子発現プロファイルに及ぼす影響

タウリンがどのような遺伝子発現を制御するのかについて明らかにするために、DNAマイクロアレイを用いて網羅的な解析をおこなった。

Gene Ontology解析の結果、タウリンはアミノ酸輸送を主とするトランスポーターに関する遺伝子群やグルコース代謝に関する遺伝子群の発現を抑制する可能性が示された。一方で、具体的な遺伝子としてタウリンはthioredoxin interacting protein (TXNIP) のmRNA発現を顕著に亢進することが見出され、タンパク質レベルにおいてもその亢進は確認された。この誘導はタウリンと構造的、機能的に類似しているアミノ酸であるβ-アラニンやγ-aminobutyric acid (GABA) ではみられず、タウリン特異的であることが明らかとなった。さらに、β-アラニンはタウリンと同様にTAUTの基質でありタウリンの細胞内吸収を競合的に阻害するため、タウリンとβ-アラニンを同時に添加しタウリンの細胞内取り込みを阻害したときのTXNIP mRNA発現に与える影響を調べたところ、β-アラニン存在下においてタウリンによるTXNIP mRNA発現上昇が抑制された。このことからタウリンによるTXNIP mRNA発現誘導にTAUTが関与していることが示唆され、細胞内のタウリンが重要である可能性が考えられた。

第2章 タウリンによるTXNIP発現亢進機構の解析

第1章で見出されたタウリンによるTXNIP mRNA発現誘導に関して、その作用機序の解析をおこなった。タウリンによるTXNIP mRNA発現亢進機構として、タウリンがTXNIPのmRNAを安定化させているのか、または転写活性を亢進しているのかという2つの可能性が考えられる。mRNA合成阻害剤であるアクチノマイシンDを用いてタウリンがTXNIPのmRNA安定性に与える影響を調べたところ、タウリンの有無に関わらずアクチノマイシンD添加後のTXNIP mRNAの分解速度に違いが見られなかった。このことから、タウリンはmRNAの安定性に影響を与えていないことが考えられた。一方で、タウリンがTXNIPの転写活性に及ぼす影響を検討するために、TXNIPプロモーター領域を含むルシフェラーゼベクターを作製しルシフェラーゼアッセイをおこなったところ、タウリンの濃度依存的にTXNIP転写活性の亢進がみられた。このことからタウリンによるTXNIP mRNA発現亢進機構として、TXNIPの転写活性に影響を与えていることが明らかとなり、同時にTXNIPのプロモーター領域中にタウリンを認識する遺伝子配列が存在することが示唆された。そのため、その遺伝子配列を同定するためにプロモーター解析を進めた。

TXNIPプロモーター領域を部分的に欠損させたベクターを数種類作製し、それぞれにおいてタウリンによる転写活性への影響を検討したところ、TXNIPプロモーター領域の+142/+256を欠損させた場合にタウリンによる転写活性の亢進がみられなくなった。さらに、その領域の中でも+162/+218のみを含むルシフェラーゼベクターをトランスフェクションさせた細胞において、タウリンがその転写活性を亢進したため、タウリンを認識する遺伝子配列がこの領域内に存在することが示された。この領域についてイン・シリコ解析によりタウリン応答配列の候補を分析したところ、哺乳類における遺伝子配列の保存度が高いものが2つ、および転写因子Tst-1の応答配列が存在しており、これらの配列が候補として考えられた。

並行して、タウリンがどのようなシグナル伝達経路を介してTXNIP発現を亢進しているかについて明らかにするために、様々なシグナル伝達経路阻害剤を用いて検討をおこなった。その結果、mitogen-activated protein kinases (MAPKs) の3種類の経路のうち、extracellular signal-regulated kinase (ERK) 経路の阻害剤であるPD98059添加によって、タウリンによるTXNIP mRNA発現量の増加が抑制された。また、その抑制はmRNAだけでなく転写活性レベルにおいてもみられた。さらに、タウリンによるERK1/2の活性化が確認されたため、タウリンはERK-MAPKシグナル伝達経路を介してTXNIP mRNA発現を亢進していることが示唆された。

第3章 タウリンによるTXNIP発現誘導が腸管上皮細胞に及ぼす影響

第1章で見出されたタウリンによるTXNIP発現誘導が、細胞機能にどのような影響を及ぼすのかについて検討した。TXNIPはグルコースの吸収抑制に関与していることが報告されているため、タウリンによるグルコース取り込みに与える影響を検討したところ、タウリンの濃度依存的なグルコース取り込み量の低下がみられた。さらに、TXNIPのノックダウンを誘導することによりその低下が解除する結果が得られた。このことから、タウリンがTXNIPの誘導を介してグルコースの吸収を抑制することが示された。

また、TXNIPはチオレドキシンと相互作用して、その抗酸化活性(チオレドキシン活性)を負に制御し、活性酸素 (ROS) の増加につながることが知られている。そのため、タウリンがチオレドキシン活性に与える影響を検討したところ、その活性の低下がみられた。このことから、タウリンはチオレドキシンの抗酸化作用を低下させ、それによりROSを増加させる可能性が考えられた。

総括

本研究ではニュートリゲノミクスの概念に基づき、タウリンが細胞に与える作用の遺伝子・分子レベルでの解析に取り組んだ。その結果として見出されたタウリン応答性分子TXNIPに着目し、その解析を進めた結果、TXNIP発現制御を介したタウリンの生理機能を見出すことができた。TXNIPはredox制御以外にも抗炎症作用をはじめとする様々な生理機能を有することが報告されており、タウリンの多彩な生理作用を司る制御因子としての可能性も考えられる。未だ不明な点が多いタウリンの作用機序の解析において本研究がその一助となり、タウリンの機能性食品成分としての理解が深まることを期待したい。

発表論文

Gondo Y., Satsu H., Ishimoto Y., Iwamoto T., Shimizu M. (2012)

Effect of taurine on mRNA expression of thioredoxin interacting protein in Caco-2 cells. Biochemical and Biophysical Research Communications. 426(3), 433-437

図 タウリンによるTXNIP発現制御とその影響

審査要旨 要旨を表示する

遊離アミノ酸の1つであるタウリンは、カルボキシル基の代わりに硫酸基を持つβ-アミノ酸である。食品を介して摂取されたタウリンは、各組織に取り込まれて抗酸化・抗炎症・浸透圧調節といった多彩な生理作用を示すことが報告されている。しかし、これらの生理作用に関する研究報告は現象論に留まっているものが多く、遺伝子レベル、分子レベルでの解析は十分になされていないのが現状である。本研究は、食品成分の吸収の場であり、また食品成分と直接接触する組織である腸管の上皮細胞に着目し、タウリンが細胞に及ぼす作用を網羅的な遺伝子発現解析によって明らかにするとともに、その作用機構の分子レベルでの解明を目的として行われたもので、3章からなる。

研究の背景と目的を述べた序章に続き、第1章では、タウリンが遺伝子発現に及ぼす影響をDNAマイクロアレイを用いて調べている。その結果、タウリンはthioredoxin interacting protein (TXNIP) のmRNA発現を顕著に亢進することが見出され、タンパク質レベルにおいてもその亢進は確認された。この誘導はタウリンと構造的・機能的に類似しているアミノ酸であるβ-アラニンやγ-アミノ酪酸ではみられず、タウリン特異的であることが明らかとなった。さらに、タウリントランスポーター(TAUT)の基質でありタウリンの細胞内への輸送を競合的に阻害するβ-アラニンを同時に添加したときには、タウリンによるTXNIP mRNA発現上昇が抑制されたことから、タウリンによるTXNIP mRNA発現誘導には、タウリンが細胞内に輸送されることが重要であると考察している。

第2章では、タウリンによるTXNIP発現誘導の作用機序の解析を行なっている。解析の結果、タウリンはTXNIPの転写活性に影響を与えていることが明らかとなり、同時にTXNIPのプロモーター領域中にタウリンに応答する何らかの配列が存在することが示唆された。そこで、TXNIPプロモーター領域を部分的に欠損させたベクターを数種類作製し、それぞれについてタウリンによる転写活性化が起こるかどうかを検討した。プロモーター領域の+162/+218の欠損によってタウリンによる転写活性亢進が観察されなくなったため、タウリン応答配列はこの領域内に存在することが示された。この領域についてイン・シリコ解析によりタウリン応答配列の候補を分析したところ、哺乳類における遺伝子配列の保存度が高いものが2つ、および転写因子Ets-1とTst-1の応答配列が見出され、これらの配列が候補として考えられた。また、タウリンがどのようなシグナル伝達経路を介してTXNIP発現を亢進しているかを明らかにするために、様々なシグナル伝達経路阻害剤を用いて実験を行った結果、extracellular signal-regulated kinase (ERK) 経路の阻害剤であるPD98059添加によって、タウリンによるTXNIP mRNA発現および転写活性の亢進が抑制された。実際にタウリンによるERK経路の活性化が確認されたことから、タウリンはERKシグナル伝達経路を介してTXNIPの発現を亢進していることが示唆された。

第3章では、タウリンによるTXNIP発現誘導が各種細胞機能に及ぼす影響について、グルコース取り込み活性の抑制、エネルギーセンサーであるAMP kinase (AMPK) の活性化、チオレドキシン活性の抑制を例にとって検討している。まず、タウリンが濃度依存的に細胞のグルコース取り込みを低下させることを見出し、さらにTXNIPのノックダウンによってその低下が解除されることを明らかにした。このことは、タウリンがTXNIPの誘導を介してグルコース吸収を抑制することを示している。次にタウリンが濃度依存的にAMPK活性を上昇させること、タウリン処理で細胞内ATP量が増加することを見出した。TXNIPノックアウトマウスではAMPKの活性が抑制されることから、タウリンはTXNIPを介してAMPKを活性化し、その結果ATP産生を亢進しているものと考えられた。最後に、TXNIPはチオレドキシンと相互作用して抗酸化活性(チオレドキシン活性)を負に制御することから、タウリンによるTXNIPの発現誘導はチオレドキシンの抗酸化活性を低下させることが示唆された。

以上、本研究は、多彩な生理機能を持つことが知られているタウリンによってその遺伝子発現が顕著に変化する生体内分子としてTXNIPを初めて見出すとともに、タウリンによる生理機能調節においてTXNIPが重要な役割を果たしていることを明らかにしたもので、学術上・応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク