学位論文要旨



No 129177
著者(漢字) 篠田,旭弘
著者(英字)
著者(カナ) シノダ,アキヒロ
標題(和) 脂肪細胞脂肪滴形成の分子基盤研究
標題(洋)
報告番号 129177
報告番号 甲29177
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3882号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 特任教授 加藤,久典
 東京大学 准教授 前田,達哉
 東京大学 准教授 井上,順
内容要旨 要旨を表示する

肥満が生活習慣病のリスクファクターであるという事実は広く認知されるようになってきたが、それにもかかわらず、BMI (body mass index) 25以上の肥満人口は成人男性を中心に増え続けている。肥満とは脂肪細胞が余剰なエネルギーを脂肪滴の形で蓄積し、脂肪細胞中の脂肪滴が肥大化した状態である。脂肪細胞は最大の分泌器官であり、肥満に伴う脂肪滴過形成はアディポサイトカインの分泌異常を引き起こし、インスリン抵抗性を惹起する一因となる。さらに、近年、脂肪滴は脂質代謝の場となることや膜形成、メンブレントラフィック、シグナル伝達に関与することが明らかになってきており、その過形成は肥満や脂肪肝だけでなく、ニューロパチーなどの疾患にもかかわることが明らかになってきた。脂肪滴の形成機構を明らかにすることはこれらの疾患の予防や新たな治療法の確立の手がかりになることが期待される。

脂肪滴形成に重要なタンパク質としてPATファミリータンパク質が知られている。PATファミリータンパク質は脂肪滴に局在するタンパク質であり、perilipin、ADRP (adipose differentiation-related protein)、Tip47、S3-12、MLDP (myocardial lipid droplet protein) の5種類が現在までに報告されている。そのうちの一つ、ADRPは非脂肪組織の脂肪滴に局在し、リパーゼによる脂質分解から脂肪滴を保護することが明らかとなっている。ADRPノックアウトマウスを用いた解析やアンチセンスオリゴを用いた解析からADRPの発現減少が脂肪肝の抑制につながることが示されている。このADRPのタンパク質量はユビキチン・プロテアソーム系による分解によって制御されているが、その詳細は明らかとなっていない。そこで本研究ではADRPのユビキチン化を介した分解制御機構の解明を目的として、ユビキチン化及びその他の翻訳後修飾の解析を行った。

第1章 脂肪細胞におけるADRPの発現制御

脂肪細胞の脂肪滴には主にperilipinが局在し、リパーゼによる脂質分解から脂肪滴を保護する一方、脂質分解刺激時にはPKA (protein kinase A) によりリン酸化され、リパーゼと結合し、脂質分解を促進することが知られている。しかし、他のPATファミリータンパク質の脂肪細胞における機能に関してはほとんど報告がない。そこで本章では脂肪細胞におけるADRPの発現制御および機能に関する解析を行った。

脂肪細胞分化に伴い、脂肪滴が形成されていく。この時、perilipinはmRNA発現量およびタンパク質量が分化に伴い増加したのに対し、ADRPはmRNA発現は増加するが、タンパク質発現は増加せず、プロテアソームにより分解を受けていることが示された。脂肪細胞ではperilipinが脂肪滴に局在することが報告されていることからADRPの局在を検証すると、細胞質に局在することが蛍光免疫染色法により示された。そこでperilipin knockout mouseより初代前駆脂肪細胞およびMEFを調製し、脂肪細胞へと分化させたところ、分化に伴い脂肪滴が形成され、ADRPはmRNA発現量およびタンパク質量が分化に伴い亢進することが示された。この時、ADRPが脂肪滴に局在しており、プロテアソームによる分解が阻害されていることが明らかとなった。Perilipin knockout mouseより調製した初代前駆脂肪細胞にperilipinを強制発現し、脂肪細胞へと分化させたところ、ADRPのタンパク質量は減少し、脂肪細胞分化過程でのADRPのタンパク質発現にperilipinが関与することが示された。加えて、perilipin knockout mouseより調製したMEF (mouse embryonic fibroblasts) のADRPをノックダウンして脂肪細胞へと分化させたところ、脂質蓄積の減少が認められたことから、perilipin非存在時にはADRPは脂肪細胞分化過程において脂質蓄積に寄与することが示された。

また、脂質分解刺激時のADRPの発現変動を調べたところ、ADRPのmRNA発現量は変化しなかったが、タンパク質量が増加することが示され、この時、ADRPは脂肪滴に局在しており、プロテアソームによる分解が阻害されていることが明らかとなった。加えて、ADRPをノックダウンして脂肪細胞へと分化させたところ、脂肪細胞分化過程における脂質蓄積に変化は認められないものの、脂質分解刺激時の培地中へのグリセロール放出量が減少したことから、脂肪細胞においてADRPは脂質分解刺激時に脂肪滴上で脂質分解を促進する機能を持つことが示唆された。

第2章 ADRPのユビキチン・プロテアソーム系による分解機構の解析

ADRPはユビキチン・プロテアソーム系による選択的な分解を受けることが知られているが、その詳細なメカニズムは明らかとなっていない。そこで本章ではユビキチン・プロテアソーム系による分解に関わるADRPのアミノ酸配列やユビキチン化サイトの特定を試みた。

まず始めに、N末端またはC末端に3xFlagタグを付加したADRPをマウス線維芽細胞NIH-3T3に発現させたところ、C末端に付加したADRP 3xFlagは分解が認められたが、N末端に付加した3xFlag ADRPは分解が認められなかった。そこでADRPのN末端のdeletion mutantおよびpoint mutantを発現させたところ、ADRPの1-7アミノ酸残基およびそのうちの2番目と3番目のアラニンがプロテアソーム系による分解に重要であることが示された。これらのADRP mutantはユビキチン化が減少していたことからADRPのN末端がubiquitin ligaseの認識もしくは結合に重要な配列であることが示唆された。

また、LC-MS/MSを用いてADRPのN末端の翻訳後修飾を調べたところ、1番目のメチオニンが除去され、2番目のアラニンがアセチル化する翻訳後修飾を受けていることが明らかとなった。そこでN末端のアラニンをアセチル化すると報告されるNaa10をノックダウンしたが、2番目のアラニンのアセチル化に変化は認められなかった。この時、ADRPのmRNA発現量に変化はなかったが、ADRPタンパク質量が増加したことから、Naa10が間接的にADRPの分解に関与することが示唆された。

続いてADRPのユビキチン化サイトを探索するためにC末端のdeletion mutantを発現させたところ、全長ADRP (1-425) と同様に、ADRP (1-225) もプロテアソームによる分解を受けていたことからユビキチン化リジンが1-225アミノ酸残基中に存在することが示唆された。また、1-225アミノ酸残基中の全リジンをアルギニンに置換した全長ADRP (1-425) もプロテアソームによる分解を受けていたことから225-425アミノ酸残基中にもユビキチン化サイトが存在することが示唆された。

第3章 脂肪滴上のADRPの安定化と翻訳後修飾

ADRPはユビキチン・プロテアソーム系による分解を受けるが、脂肪滴上のADRPの分解が遅いことが[35S]-Met puls chase実験により報告されている。また、プロテオーム解析により脂肪滴上のADRPがリン酸化タンパク質として報告されている。その詳細はいずれも明らかとなっておらず、ユビキチン化とリン酸化は協調もしくは拮抗することが報告されていることから脂肪滴上のADRPの安定化とリン酸化の詳細を検討した。

脂肪滴を形成するために培地にオレイン酸を添加したところ、非添加群と比較してプロテアソームによる分解が阻害されていることが明らかとなり、この時、脂肪酸添加条件下ではADRPのユビキチン化が減少していた。また、脂肪滴形成後、細胞分画を行ったところ、脂肪滴に局在するADRPは細胞質に局在するADRPと比較してユビキチン化が減少することが明らかとなり、脂肪滴上のADRPの分解の抑制はユビキチン化の減少に起因することが示唆された。

脂肪滴を形成するために培地にオレイン酸を添加したところ、ADRP中のセリン残基のリン酸化がwestern blottingにより検出された。また、脂肪滴形成後、細胞分画を行ったところ、脂肪滴に局在するADRPと同様に細胞質に局在するADRPもリン酸化していることが明らかとなった。そこでN末端をdeletionし、脂肪滴に局在できないADRPを発現させた細胞にオレイン酸を処理したところ、このN末端deletion ADRPもリン酸化したことから、ADRPのリン酸化は細胞質で起こり、その後ADRPは脂肪滴へと局在が変化することが示唆された。一方、C末端をdeletionしたADRPはオレイン酸を処理してもリン酸化しなかったこと、脂肪滴に局在したことから、ADRPのリン酸化セリン残基はC末端側に存在し、脂肪滴への局在にセリン残基のリン酸化は寄与しないことが示された。続いて、オレイン酸と同時にアシルCoA合成阻害剤であるtriacsinCを処理してTG合成を阻害したところ、ADRPのリン酸化が減少したことから、ADRPのリン酸化にはTG合成が関与することが示唆された。

まとめ

本研究ではADRPのユビキチン・プロテアソーム系による分解制御機構に関する研究を行い、脂肪滴への局在によりユビキチン化が抑制され、分解から免れることを示した。また、ADRPのN末端の2つのアミノ酸がユビキチン化を制御していることを示した。今後、E3 ligaseの同定、さらなる分解制御機構の解明が課題となる。加えて、脂肪細胞においてADRPが脂質分解に寄与することが示唆されたことから、さらなる機能解析を進めていく。

審査要旨 要旨を表示する

肥満が生活習慣病のリスクファクターであるという事実は広く認知されるようになってきたが、それにもかかわらず、世界の肥満人口は増え続けている。これらの病態が一個人に重積しやすい状態はメタボリックシンドロームと呼ばれる概念で定着しており、脳卒中や冠動脈疾患の発症率が上昇することが知られている。そのため、肥満を頂点とするこれらの疾患の発症機構の解明は非常に急務な課題となっている。

肥満とは脂肪細胞が余剰なエネルギーを脂肪滴の形で蓄積し、肥大化した状態である。この脂肪滴は脂肪細胞分化過程で形成され、脂肪滴形成に重要なタンパク質としてPATファミリータンパク質が知られている。脂肪細胞では主にPATファミリータンパク質の一つ、perilipinが脂肪滴上に局在し、脂質蓄積、脂質分解を促進するという2つの異なる機能を持つこと、これらはリン酸化修飾により調節されることが報告されている。一方、PATファミリータンパク質の一つ、ADRPは脂肪滴が形成される脂肪細胞分化過程で発現誘導される遺伝子として同定され、ユビキタスに発現している。ADRPは肝細胞において脂肪滴に局在し脂質蓄積を促進することが報告されているものの、脂肪細胞における機能に関する報告はほとんどない。また、ADRPはユビキチン・プロテアソーム系による分解を受けることが報告されているが、その詳細は明らかとなっていない。そこで本研究では脂肪細胞脂肪滴形成機構の解明を目的として、脂肪細胞におけるADRPのタンパク質発現制御機構解析および機能解析を行った。

まず初めに野生型マウスのMEF、初代前駆脂肪細胞の脂肪細胞分化過程におけるADRPの発現変動を調べた結果、脂肪細胞分化初期はADRPのmRNA発現量およびタンパク質量は増加したが、脂肪細胞分化後期にかけてはADRPのmRNA発現量は増加したもののタンパク質量は増加せず、プロテアソームによる分解を受けていること、ADRPは細胞質に局在することが示された。一方、脂肪細胞の脂肪滴に主に局在しているperilipinのノックアウトマウスより調製したMEFの脂肪細胞分化過程ではADRPのmRNA発現量およびタンパク質量は増加し続け、プロテアソームによる分解を受けず、脂肪滴に局在することが示された。さらにperilipinノックアウトマウスの脂肪細胞にレトロウイルスを用いてperilipinを発現させるとADRPタンパク質量は減少した。以上の結果から脂肪細胞分化過程においてperilipin非存在時にはADRPは脂肪滴に安定に局在するが、perilipinが発現するとADRPは細胞質に局在し、プロテアソームによる分解を受けることが示された。また、脂肪細胞のもう一つの機能である脂質分解刺激時のADRPの発現変動を調べた結果、脂質分解刺激時にperilipinはリン酸化され、タンパク質量が減少したが、ADRPはmRNA発現量は変動しないもののタンパク質量が増加し、プロテアソームによる分解を受けず、脂肪滴に局在することが示された。

続いて、脂肪細胞におけるADRPの機能解析を行った。ADRPを強制発現、もしくは内因性ADRPをノックダウンしても脂肪細胞分化過程での脂質蓄積量に影響を与えなかった。一方、perilipinノックアウトマウスの脂肪細胞の内因性ADRPをノックダウンすると分化過程での脂質蓄積量が減少した。また、内因性ADRPをノックダウンすると脂質分解刺激時に放出されるグリセロール量が減少することが示された。以上の結果から脂肪細胞においてADRPはperilipin非存在時の脂肪細胞分化過程での脂質蓄積を促進し、脂質分解時には脂質分解を促進するという2つの異なる機能を持つことが示された。

続いてADRPのユビキチン・プロテアソームによる分解に関与するADRP内のアミノ酸配列を調べた結果、ADRPの1-6番目のアミノ酸配列、特に2、3番目のアラニン残基がADRPのユビキチン化に重要であることが示された。続いて、ADRPのユビキチン化サイトを探索した結果、ADRPは複数個のリジン残基もしくはリジン残基以外のアミノ酸残基がユビキチン化することが示唆された。また、タンパク質のN末端アセチル化酵素複合体の酵素活性部位であるNaa10をノックダウンするとADRPタンパク質量が増加し、Naa10が間接的にADRPのタンパク質分解に関与することが示された。

続いてperilipin非存在時の脂肪細胞や脂質分解刺激時に認められたADRPの脂肪滴上での安定化メカニズム解析を脂肪酸添加により脂肪滴形成を行うことで解析した。その結果、脂肪滴上に局在するADRPは細胞質に局在するADRPと比較してユビキチン化が減少していることが示された。続いて脂肪滴上でのユビキチン化の減少のメカニズムを解析するために、脂肪酸添加時のADRPのリン酸化を解析した。その結果、ADRPは脂肪酸添加時に細胞質において複数個のセリン残基がリン酸化され、このリン酸化にはADRPのC末端および脂肪酸CoA合成が重要であることが示された。しかし一方で、脂肪酸添加時のADRPのリン酸化はADRPの脂肪滴への移行やユビキチン化の減少には関与しないことが示された。

本研究において脂肪細胞におけるADRPのタンパク質発現制御機構解析、機能解析を行い、脂肪細胞においてADRPは脂肪滴への局在によりユビキチン化が抑制され、プロテアソームによる分解から免れ、脂質蓄積および脂質分解を正に制御しうることを示した。また、ADRPのN末端の2つのアミノ酸がユビキチン化を制御していることを示した。今後、ADRPのユビキチン化を行うE3 ligaseの同定を含めたさらなる分解制御機構、ADRPの機能のメカニズムの解明が課題となる。

白色脂肪細胞における過剰な脂肪滴蓄積が肥満であり、この過剰蓄積をどのように予防、解除するかが生活習慣病、メタボリックシンドロームの予防、軽減化に直結する事は疑いない。従って、白色脂肪細胞内での脂肪滴形成の分子基盤を解明する事は急務の課題であり、本研究成果はその分子機構の一部を提示する事に成功した。さらに、褐色脂肪細胞における熱産生を介したエネルギー消費上昇が、抗肥満効果をもたらす事から、白色細胞の褐色脂肪化、すなわちBrowningに興味が集まっている。白色脂肪と異なり,多房性の脂肪滴を細胞内に溜め込む褐色脂肪細胞内での脂肪滴蓄積機構を理解することは、Browningを介した抗肥満を目指す上で不可欠の課題であり、今後さらなる解析によりその詳細が明らかにされる必要がある。本研究成果が、その解明の進展に寄与する事が期待される。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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