No | 129179 | |
著者(漢字) | 橋詰,力 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハシヅメ,ツトム | |
標題(和) | 大豆タンパク質βコングリシニンの生理作用の分子機構解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 129179 | |
報告番号 | 甲29179 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3884号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 第1章 序論 近年、肥満は先進国のみならず、発展途上国においても増加の一途を辿っている(Lancet,377, 557-567,2011)。肥満に起因する問題として、メタボリックシンドロームが挙げられ、これに該当する患者は動脈硬化症による死亡リスクが高まる。厚生労働省の平成19年人口動態統計では、動脈硬化性疾患が全死亡患者のうち、がんに匹敵する約30%(心疾患17.6%、脳血管疾患12.7%)を占める。その為、メタボリックシンドローム発症メカニズムの解明及び治療方法の確立が求められているが、未だ十分な解答は得られていない。 このメタボリックシンドロームに対し有効な対処方法として考えられるのが食品成分による肥満の予防である。食品による予防は、医薬品の様に強力な作用を示さないものが多いが、生体に与える負荷が小さい為、持続的な利用が可能であると考えられる。しかし、食品によるメタボリックシンドローム予防の作用機構は未だ不明な点が多く、評価系の構築も不十分である。そのような問題を解決する為に、食品成分の機能を生体側の遺伝子レベル変動を詳細に解析する事が必要である。 大豆タンパク質は、アミノ酸スコアが卵や乳と同じ100と評価された非常に栄養価の高いタンパク質である。抗腫瘍効果や食欲抑制効果など様々な機能を有する機能性食品として認知されている。特に大豆タンパク質の一つβコングリシニンは、以前から実験動物だけではなくヒトにおいても脂質異常症改善効果が報告されており、メタボリックシンドロームの予防に用いることが可能であると考えられているが、その作用メカニズムは未だ不明であった。 本研究では食品成分βコングリシニンによる代謝経路解析をいくつかの時点(長期間飼育、摂食直後の応答)において解析をすること(第2章)、その結果から考えられた代謝経路の探索 (第2章、第4章) 、そして発生工学的手法により作製された遺伝子欠損マウス(PPARαKOマウス、FGF21KOマウス)を用いた解析(第3章、第5章) によりβコングリシニンによるメタボリックシンドローム改善機構の解明を目的とした。 第2章 野生型マウスにおけるβコングリシニンの効果の検証 野生型マウスにコントロール食またはβコングリシニン食(β-con食)(エネルギー源:炭水化物 約33%、タンパク質 約17%、脂質 約50%)を9週間摂取させることにより、βコングリシニンの生理作用を確認した。その結果、β-con食を摂取したマウスでは過食であるにも関わらず抗肥満、血糖低下、脂質異常症改善効果が確認された。そして、マイクロアレイによる網羅的解析においても、βコングリシニンを摂取することによって肝臓では脂質合成経路が抑制されている事が示され、βコングリシニンの生理作用の一端が明らかになった。 9週間の摂食実験の結果から、βコングリシニンは脂質合成関連遺伝子の遺伝子発現を軒並み減少させていることが解った。生体内での脂質合成は食後速やかに促進される。その為、9週間の摂食実験で確認されたβコングリシニンの生理作用として重要な働きをしている鍵因子は、βコングリシニン摂取直後にも変動している可能性が考えられた。そこで、野生型マウスに24時間絶食をし、その次にコントロール食またはβ-con食を6時間摂取させた後の肝臓RNAをマイクロアレイによる網羅的解析による鍵因子の同定を試みた。その結果、βコングリシニンを摂取したマウスの肝臓で最も変動している因子はFGF21(コントロール食<β-con食)であった。 FGF21は、FGF19サブファミリーに属する分泌タンパク質の一つであるが、肥満マウスに投与することにより肥満による代謝異常の改善が認められている。また、摂食刺激に伴い一過的に遺伝子発現・血中濃度が減少することが報告されている。それにもかかわらず、血液中FGF21濃度を測定すると、コントロール食に比べ、β-con食を9週間もしくは6時間摂取したマウスの血中FGF21濃度は有意に高値であった。さらに、βコングリシニンを摂取したマウスではFGF21の下流と思われる遺伝子発現の変動も確認された為、βコングリシニンの生理作用はFGF21を介した作用である可能性が示された。 第3章 PPARαKOマウスにおけるβコングリシニンの効果の検証 FGF21の遺伝子発現制御は、主にPPARαにより調節されている。PPARαは、脂肪酸をリガンドとする核内受容体の一つであり、絶食時にβ酸化やケトン体合成に関連する因子の遺伝子発現を亢進する事により、生体内のエネルギー源を管理している。そのPPARαの新たな標的因子として報告されたのがFGF21である。そこで、βコングリシニンによるFGF21遺伝子発現誘導にPPARαが関与しているかどうかを、PPARαknock out (KO) マウスにコントロール食またはβ-con食を4週間摂取させることにより解析した。 その結果、野生型マウス同様、PPARαKOマウスではFGF21の遺伝子発現及び血中濃度上昇が確認された。そして、βコングリシニンを摂取したPPARαKOマウスでは抗肥満、血糖低下、脂質異常症改善効果が確認された。したがって、βコングリシニンによるFGF21遺伝子発現上昇及び生理作用にPPARαは関与しないことが示された。 第4章 FGF21制御因子の探索 続いて、βコングリシニン摂取時にFGF21の遺伝子発現を制御している因子の同定を試みた。コントロール食またはβ-con食摂取6時間後のマイクロアレイ解析を精査すると、βコングリシニン摂取後の肝臓では転写因子ATF4の標的遺伝子が多数発現上昇していることが判明した。ATF4は、生体内にストレス(小胞体ストレス、酸化ストレス、アミノ酸枯渇など)が生じたときに応答する転写因子である。 そこで、ATF4によるFGF21の遺伝子発現制御についてFGF21プロモーターアッセイにより確認した。その結果、ヒト、マウスの両方においてFGF21のプロモーター上に存在するAARE (amino acid response element) を介してATF4は転写活性を上昇させることが判明した。次にβコングリシニン摂取時にATF4がFGF21のプロモーター上 (AARE) にリクルートされているかどうかを確かめる為、コントロール食またはβ-con食摂取後3時間のマウス肝臓サンプルをin vivo ChIPに供した。その結果、β-con食摂取時にはFGF21のプロモーター上にATF4が結合していることが示された。そして、βコングリシニン摂取時に確認されるFGF21の遺伝子発現上昇にATF4が寄与しているかを確かめる為、ドミナントネガティブATF4 (ATF4DN)を用いた解析を試みた。コントロールウイルスをマウスに感染させた場合と比較して、ATF4DNウイルスを感染させたマウスでは、βコングリシニン摂取時に確認されるFGF21の遺伝子発現の上昇が有意に抑制されていた。 以上の解析結果から、βコングリシニン摂取時に確認されるFGF21の遺伝子発現はATF4が寄与していることが示された。 第5章 FGF21KOマウスにおけるβコングリシニンの効果の検証 βコングリシニンの生理作用におけるFGF21の重要性を明らかとする目的でFGF21KOマウスを用いた長期摂食実験を行った。 FGF21KOマウスでは、コントロール食群と比較して、β-con食群で体重抑制効果が確認されたが、その効果は野生型マウスよりも減弱していた。また、野生型マウスで確認された、血中脂質の低下、FGF21の下流と考えられる白色脂肪組織での脂肪分解関連遺伝子の発現上昇、それに伴う白色脂肪組織重量の減少は確認されなかった。一方、野生型マウスと同様に、FGF21KOマウスβ-con食群ではATF4標的遺伝子の発現上昇が確認された。 以上の解析結果から、βコングリシニンによる生理作用の一部はFGF21の作用を介したものである事が示された。 第6章 総合討論 本研究では、食品成分による代謝変動の生化学的評価、遺伝子レベルでの網羅的解析(マイクロアレイ)、その知見に則り制御因子の探索及び重要性の確認を分子生物学・発生工学的手法を駆使した解析の結果、食品成分βコングリシニンは、高脂肪食による体重上昇の抑制、血糖低下、脂質異常症改善効果を有し、その作用を発揮するには新規な経路としてATF4-FGF21経路が重要な働きをしていることが示された。食品成分の単回投与により劇的な代謝変動が生じる例はこれまでにも殆ど例がなく、βコングリシニン摂取による短期間でのATF4活性化を制御する因子の解明が今後の課題といえる。 | |
審査要旨 | 近年、肥満は先進国のみならず、発展途上国においても増加の一途を辿っている。肥満に起因する問題として、メタボリックシンドロームが挙げられ、これに該当する患者は動脈硬化症による死亡リスクが高まる。その為、メタボリックシンドローム発症メカニズムの解明及び治療方法の確立が求められているが、未だ十分な解答は得られていない。 このメタボリックシンドロームに対し有効な対処方法として考えられるのが食品成分による肥満の予防である。大豆タンパク質の一つβコングリシニンは、以前から実験動物だけではなくヒトにおいても脂質異常症改善効果が報告されており、メタボリックシンドロームの予防に用いることが可能であると考えられているが、その作用メカニズムは未だ不明であった。 野生型マウスにコントロール食またはβコングリシニン食(β-con食)を9週間摂取させることにより、βコングリシニンの生理作用を確認した。その結果、β-con食を摂取したマウスでは過食であるにも関わらず抗肥満、血糖低下、脂質異常症改善効果が確認された。そして、マイクロアレイによる網羅的解析においても、βコングリシニンを摂取することによって肝臓では脂質合成経路が抑制されている事が示された。 生体内での脂質合成は食後速やかに促進される。その為、9週間の摂食実験で確認されたβコングリシニンの生理作用として重要な働きをしている鍵因子は、βコングリシニン摂取直後にも変動している可能性が考えられた。実際、β-con食を6時間摂取させたマウスの肝臓においては脂質代謝経路が抑制されていることがマイクロアレイによる解析で明らかとなった。この時、βコングリシニンを摂取したマウスの肝臓で最も遺伝子発現が変動している因子はFGF21(コントロール食<β-con食)であった。 FGF21は、肥満マウスに投与することにより肥満による代謝異常の改善が認められている。また、摂食刺激に伴い一過的に遺伝子発現・血中濃度が減少することが報告されていた。それにもかかわらず、血液中FGF21濃度を測定すると、コントロール食に比べ、β-con食を9週間もしくは6時間摂取したマウスの血中FGF21濃度は有意に高値であった。さらに、βコングリシニンを摂取したマウスではFGF21の下流と思われる遺伝子発現の変動も確認された為、βコングリシニンの生理作用はFGF21を介した作用である可能性が示された。 FGF21の遺伝子発現制御は、主にPPARαにより調節されている。そこで、βコングリシニンによるFGF21遺伝子発現誘導にPPARαが関与しているかどうかを、PPARαknock out (KO) マウスにコントロール食またはβ-con食を4週間摂取させることにより解析した。その結果、野生型マウス同様、PPARαKOマウスではFGF21の遺伝子発現及び血中濃度上昇が確認された。そして、βコングリシニンを摂取したPPARαKOマウスでは抗肥満、血糖低下、脂質異常症改善効果が確認された。したがって、βコングリシニンによるFGF21遺伝子発現上昇及び生理作用にPPARαは関与しないことが示された。 続いて、βコングリシニン摂取時にFGF21の遺伝子発現を制御している因子の同定を試みた。コントロール食またはβ-con食摂取6時間後のマイクロアレイ解析を精査すると、βコングリシニン摂取後の肝臓では転写因子ATF4の標的遺伝子が多数発現上昇していることが判明した。ATF4によるFGF21の遺伝子発現制御についてFGF21プロモーターアッセイにより確認した。その結果、マウスFGF21のプロモーター上に存在するAARE 1(amino acid response element) を介してATF4は転写活性を上昇させることが判明した。次にβコングリシニン摂取時にATF4がFGF21のプロモーター上 (AARE1) に結合しているかを確かめる為、コントロール食またはβ-con食摂取後3時間のマウス肝臓サンプルをin vivo ChIPに供した。その結果、β-con食摂取時にはFGF21のプロモーター上にATF4が結合していることが示された。そして、βコングリシニン摂取時に確認されるFGF21の遺伝子発現上昇にATF4が寄与しているかを確かめる為、ドミナントネガティブATF4 (ATF4DN)を用いた解析を試みた。コントロールウイルスをマウスに感染させた場合と比較して、ATF4DNウイルスを感染させたマウスでは、βコングリシニン摂取時に確認されるFGF21の遺伝子発現の上昇が有意に抑制されていた。 βコングリシニンの生理作用におけるFGF21の重要性を明らかとする目的でFGF21KOマウスを用いた長期摂食実験を行った。FGF21KOマウスにおいて、コントロール食群と比較して、β-con食群では体重抑制効果が確認されたが、その効果は野生型マウスよりも減弱していた。また、野生型マウスで確認された、血中脂質の低下、FGF21の下流と考えられる白色脂肪組織での脂肪分解関連遺伝子の発現上昇、それに伴う白色脂肪組織重量の減少は確認されなかった。一方、野生型マウスと同様に、FGF21KOマウスβ-con食群ではATF4標的遺伝子の発現上昇が確認された。 以上の解析結果から、βコングリシニンによる生理作用の一部はATF4-FGF21経路を介したものである事が新たに示された。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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