学位論文要旨



No 129183
著者(漢字) 姚,瑞卿
著者(英字)
著者(カナ) ヤオ,ズイキョウ
標題(和) 食品ポリフェノールの新たな代謝調節機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 129183
報告番号 甲29183
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3888号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 三坂,巧
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 特任教授 加藤,久典
 東京大学 特任准教授 中井,雄治
内容要旨 要旨を表示する

食品の三機能:1次機能(栄養)、2次機能(嗜好性)、3次機能(生体調節)のうち、3次機能を担う成分を一般に機能性成分という。特に植物由来の食品には、フラボノイド、カロテノイド、テルペノイド、含硫化合物などの機能性成分が含まれ、抗酸化作用、酵素タンパク質への作用、遺伝子発現調節作用などが報告されている。近年、核内受容体を介した植物由来機能性成分の作用についての報告があり、エストロゲン活性を有するイソフラボンは、ERを介した骨粗鬆症改善効果があるとされる。フラボノイドの一種であるケンフェロールはPPARに作用し、代謝異常を改善しうる可能性が示唆されている。我々は、薬物応答性核内受容体として同定されたconstitutive androstane receptor(CAR)が、複数のフラボノイド類で活性化されることを示してきた。CARが各種の解毒系酵素や輸送体遺伝子を活性化することは既に知られていたが、エネルギー代謝の制御に関しては、最近理解が進みつつある。しかし、食品由来のポリフェノールがどのようにしてCARに作用し、代謝を制御しているかについては未知の部分が多い。本研究では、代謝異常に対する食品ポリフェノールの改善効果と、その核内受容体を介した作用メカニズムについて解析し、代謝異常や改善効果が次世代へどのように継承されるか検証することを目的とした。

第一章:食品ポリフェノールによる代謝調節作用の解析

1. マウス肝臓のトランスクリプトームへのゴマリグナンの異性体特異的効果の検証

ゴマリグナンの一種であるセサミンは、アルコール代謝の促進、脂肪酸合成の抑制、脂肪酸分解の促進など、エネルギー代謝に関する広範な生理作用を示すことが知られている。しかし、セサミンをゴマ油から精製する過程においてセサミンの他にその異性体であるエピセサミンも生成される。本研究では、マウスに純品のセサミンとエピセサミンを投与し、これらの生理作用の相同点と相違点を検討することを目的とした。

6週齢C3H/HeN雄マウスに、対照としてコーンオイル(3ml/kg)、試験食としてコーンオイルに溶解したセサミン(35.44mg/kg)またはエピセサミン(35.44mg/kg)を一日一回3日間経口投与し、最終投与の24時間後に解剖した。肝臓より全RNAを抽出し、DNAマイクロアレイ解析を行った。各遺伝子の発現量をqFARMS法で正規化し、rank product法を用いてコントロール群とセサミン群、コントロール群とエピセサミン群の組み合わせで二群間比較を行った。発現が有意に変動した遺伝子群について、DAVIDを用いたgene annotation enrichment analysisを行った後、p<0.01となる機能分類としてのgene ontology(GO)termsを抽出した。抽出されたGOtermsについて、QuickGOを用いて階層化し、最下層のGOtermsに含まれる遺伝子を解析した。2群比較の結果に基づき、KEGG pathwayデータベースを用いて最下層GOtermsに含まれた遺伝子の代謝への影響を検討した。

セサミン投与で発現が変動した遺伝子群については、解糖系とTCA回路の促進、コレステロール合成の抑制、リン脂質代謝の促進、ステロイドホルモン合成の調節、糖源性アミノ酸代謝の促進などが見られた。エピセサミン投与で発現が変動した遺伝子群については、コレステロール合成と胆汁酸合成の抑制、長鎖脂肪酸と不飽和脂肪酸合成の抑制、リン脂質代謝の抑制、糖源性アミノ酸代謝の抑制などが見られた。また、両者共通に発現が変動した遺伝子については、脂肪酸酸化の促進、コレステロールの肝臓への輸送の抑制などが予想された。以上より、通常生体内における各代謝経路に対するセサミンの機能とエピセサミンの機能の異同が明らかになった。

2.酒類コンジェナーの共摂取によるアルコール性脂肪肝軽減とその作用機構の解析

酒類にはアルコール類や糖質に加えて、コンジェナーと呼ばれる果皮や樽由来の成分が含まれている。これらの多くはポリフェノール系の化合物であり、酒類に色や風味を与えているのみならず、生活習慣病のリスクを低下させるような効果があることが知られている。我々は各種の食品由来フラボノイドが核内受容体CARを活性化しうることを明らかにしてきた。本節では、マウスにエタノール含有食を与えて脂肪肝を誘導する実験系を用いて、コンジェナーの脂肪肝誘導抑制効果並びにそのCAR依存性を検討した。

培養細胞発現系を用い、酒類に含まれる5種類の成分のCAR活性化能を検討した結果、エラグ酸とレスベラトロールが有意なCAR活性化能を示した。そこで、アルコール性脂肪肝形成に対する酒類に含まれるポリフェノールの効果を明らかにするために、6週齢C3H/HeN雄マウスを4匹ずつ4群に分け、それぞれの群にエタノール非含有食、エタノール含有食(5%)、エラグ酸(50mg/kg体重/day)を含むエタノール含有食、レスベラトロール(50mg/kg体重/day)を含むエタノール含有食を5週間与えた後、心臓血と肝臓を採取した。肝臓切片のOil red O染色の結果により、エタノール食群においては肝細胞に脂肪蓄積が観察されたが、これがエラグ酸とレスベラトロール添加の双方で抑制されることが示された。

肝臓のトランスクリプトーム解析により、酒類ポリフェノール類の投与は、エタノール投与によって発現が上昇したストレス誘導性遺伝子や糖新生と脂質合成に関する遺伝子の発現を抑制することが明らかになった。逆に、エタノール投与により発現が低下した胆汁酸合成と脂肪酸伸長関連遺伝子の発現は、増加させていることが判明した。また、酒類ポリフェノールはNAD合成と葉酸/含硫アミノ酸代謝も促進する可能性が示された。これらの遺伝子の一部はCARによって調節されていることが既に明らかになっているから、CAR欠損マウスを用いて、この改善効果へのCARの寄与を調べた。その結果、エタノール食群のみならず、ポリフェノールを添加したエタノール食群においても脂肪肝が観察された。これらの結果により、酒類コンジェナーによる脂肪肝予防の分子基盤が明らかになったといえる。

3.核内受容体CARを活性化する食品ポリフェノールの探索

CAR発現細胞系を用いて、CARを活性化する食品ポリフェノールの探索を行った。その結果、柑橘類に含まれるいくつかのメトキシフラボン類がCARを活性化することが明らかになった。既に公表した結果と合わせて、CARを活性化するフラボノイド類の活性・構造相関を解析した。

第二章:エタノール摂取が仔の健康に与える影響とそれに対するポリフェノールの予防効果

近年、子供の肥満や代謝に、母親の環境因子が重要な役割を果たしていることが示されつつある。一方で、父親の代謝的ストレスも子の表現型に影響している可能性が示唆されている。そこで、本研究では父親のエタノールの摂取が次世代に与える影響を解析することにした。まず実験1で影響の有無を確認し、実験2でレスベラトロールによる改善効果を検討した。

1.雄親のエタノール摂取が仔の成長と肝臓のトランスクリプトームに与える影響の解析

実験1:6週齢C3H/HeN雄マウスにコントロール食あるいはエタノール食を5週間投与した直後に、通常食で飼育したC3H/HeN雌マウスと交配させた。生まれた仔マウスを離乳期3週齢や成熟期10週齢の時点で解剖し、肝臓や血液を採取した。その結果、コントロール群と比べて、エタノール群3週齢仔マウスの体重は有意に重く、血中中性脂肪量も有意に高かった。仔マウス肝臓のトランスクリプトーム解析と代謝制御分析の結果、エタノール群の仔マウスではウイルス応答、コレステロール合成・吸収、細胞周期、細胞増殖が促進され、脂質代謝と顆粒(白血)球蓄積が抑制されていることが予想された。10週齢の仔マウスでは、これらの体重、血中中性脂肪値、遺伝子発現の変化は各群で差が見られなかった。

2.レスベラトロールの共摂取が仔の代謝に与える影響の解析

実験2:6週齢C3H/HeN雄マウスにコントロール食、エタノール食、レスベラトロール含有エタノール食を5週間投与し、上記と同様の解析を行った。その結果、コントロール群と比べて、エタノール群3週齢仔マウスの体重と血中中性脂肪値は有意に高かったが、レスベラトロール添加群では差が認められなかった。肝臓の遺伝子発現プロファイルは、コントロール群とレスベラトロール添加群の仔マウスの間では、異なるクラスターとして分類されなかった。また、エタノール群で誘導された遺伝子発現の有意な変化は、レスベラトロール添加群では認められなかった。今後は、各群で差が見られた遺伝子群の機能を詳細に検討し、父親マウスの精子ゲノムと仔マウス肝臓ゲノムのメチル化修飾を比較解析する予定である。

まとめ

本研究では、分子標的を考慮した上での植物ポリフェノールの生理作用を、主にトランスクリプトームの側面から検討し、現在、各種の食品機能性成分に対するトランスクリプトーム応答をデータベース化することを試みている。本研究でも示されたように、このような遺伝子応答の一部は核内受容体を介していると考えられる。さらに、代謝に応答した遺伝子制御パターンがエピジェネティックに継承されるのであれば、次世代への影響も考慮する必要がある。核内受容体による遺伝子制御過程もエピジェネティックな遺伝子修飾を含んでいることから、植物ポリフェノールによる核内受容体を介した代謝異常の軽減は、転写制御機構に密接に関連しており、また次世代にも影響する可能性がある。本研究は植物ポリフェノールによる個人とその子孫の健康維持のための分子的基盤を与えるものである。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、代謝異常に対する食品ポリフェノールの改善効果と、核内受容体constitutive androstane receptor(CAR)を介した作用メカニズムについて解析し、代謝異常や改善効果が次世代へどのように継承されるか検証することを目的としたもので、論文は二章からなる。

第一章では、食品ポリフェノールおよびその関連物質について、代謝調節作用の解析を行った。第1節においては、セサミンと立体異性体エピセサミンの生理機能の相同点と相違点を解明するため、セサミンあるいはエピセサミンを投与したマウスについて、肝臓DNAマイクロアレイ解析を行った。その結果、セサミン投与で発現が変動した遺伝子群については、解糖系とTCA回路の促進、コレステロール合成の抑制、リン脂質代謝の促進、ステロイドホルモン合成の調節、糖源性アミノ酸代謝の促進などが見られた。一方、エピセサミン投与で発現が変動した遺伝子群については、コレステロール合成と胆汁酸合成の抑制、長鎖脂肪酸と不飽和脂肪酸合成の抑制、リン脂質代謝の抑制、糖源性アミノ酸代謝の抑制などが見られた。また、両者共通に発現が変動した遺伝子から、脂肪酸酸化の促進、コレステロールの肝臓への輸送の抑制などが予想された。

第2節では培養細胞発現系を用いて、酒類に含まれる5種類のポリフェノール成分のうち、エラグ酸とレスベラトロールにCAR活性化能が存在することを見出した。さらに、アルコール性脂肪肝形成に対するそれらの予防効果を解析するため、マウスにコントロール食、エタノール含有食(5%)、エラグ酸あるいはレスベラトロール(50mg/kg体重/day)を含むエタノール含有食を5週間投与した。Oil red O染色の結果、エタノール食群において肝細胞に脂肪蓄積が観察されたが、エラグ酸やレスベラトロール摂取によりその抑制が認められた。また肝臓トランスクリプトーム解析により、エラグ酸やレスベラトロールの摂取は、エタノールによって発現が上昇したストレス誘導性遺伝子や糖新生・脂質合成に関する遺伝子と、発現が低下した胆汁酸合成と脂肪酸伸長関連遺伝子の発現を、逆方向に変化させることが判明した。さらにエラグ酸やレスベラトロール摂取により変動する遺伝子の一部がCARによって調節されていることが既に明らかになっているため、CAR欠損マウスを用いて改善効果へのCARの寄与を調べた。その結果、エラグ酸やレスベラトロールを添加したエタノール食群においてもCAR欠損マウスでは脂肪肝が観察されたことから、食品ポリフェノールが示す脂肪肝予防の分子基盤の一端が明らかにされた。

さらに第3節ではCAR発現細胞系を用いて、核内受容体CARを活性化する食品ポリフェノールの探索を行い、CARを活性化するフラボノイド類の構造活性相関が明らかになった。

第二章では、雄親のエタノール摂取が仔の健康に与える影響と、それに対するポリフェノールの予防効果について解析した。第1節では、雄親マウスにコントロール食あるいはエタノール食を5週間摂取した後に交配を行い、生まれてきた仔マウスについて、3週齢と10週齢における表現型と肝臓トランスクリプトーム解析を実施した。3週齢のエタノール群仔マウスでは、コントロール群と比べて体重は有意に重く、血中中性脂肪量も有意に高かった。肝臓のトランスクリプトーム解析と代謝制御分析の結果、エタノール群の仔マウスではウイルス応答、コレステロール合成・吸収、細胞周期、細胞増殖が促進され、脂質代謝と顆粒(白血)球蓄積が抑制されていることが予想された。10週齢仔マウスでは、これらの体重、血中中性脂肪値、遺伝子発現の変化は群間で差が見られなかった。

第2節では、雄親に与える餌としてレスベラトロール含有エタノール食を加え、第1節と同様な実験を行った。その結果、コントロール群と比べて、エタノール群3週齢仔マウスの体重と血中中性脂肪値は有意に高かったが、レスベラトロール添加群では差が認められなかった。またコントロール群とレスベラトロール添加群仔マウスの肝臓遺伝子発現プロファイルは異なるクラスターとして分類されなかった。さらに、エタノール群で誘導された遺伝子発現の有意な変化は、レスベラトロール添加群では認められなかった。今後は、各群で差が見られた遺伝子群の機能を詳細に検討し、雄親マウス精子ゲノムと仔マウス肝臓ゲノムのメチル化修飾を比較解析する予定である。

本研究においては、日常的に曝されうる代謝ストレスと、食品ポリフェノールを含んだ日常食による回復モデルを構築し、さらにこの代謝ストレスと回復が次世代にも継承されうる事を示した。従来の抗酸化作用に加えて、食品ポリフェノールが有する、核内受容体などの標的タンパク質を介した新たな生理機能の解明が行われることが期待されるものであり、学術的・応用的に貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。

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