No | 129184 | |
著者(漢字) | 姚,明東 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヨウ,メイトウ | |
標題(和) | 放線菌Streptomyces griseus 由来中心転写調節因子AdpA及びDNA 複合体のX線結晶構造解析 | |
標題(洋) | Crystal structure of AdpA, the central transcriptional factor in the filamentous bacterium Streptomyces griseus, in complex with duplex DNAs | |
報告番号 | 129184 | |
報告番号 | 甲29184 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3889号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 研究背景 Streptomyces griseus は特徴的な形態分化を行うこと及び二次代謝によって医薬品などの有用物質を生産することが広く知られている。転写因子AdpA はその形態分化と二次代謝を司るグローバルな転写因子であり、A-factor 制御カスケードにおいて中心的な役割を担っている。A-factor 制御カスケードをFig. 1に示す。 AdpAは、その二量体化に関与するN末端側の二量体化ドメインと、C末端側のDNA結合ドメインからなる。N末端側は二量体化ドメインで、ThiJ/PfpI/DJ-1ファミリータンパク質である。一方、C末端側のDNA結合ドメインは、2つのhelix-turn-helix (HTH) モチーフを特徴として、AraC/XylSファミリーに帰属される。2つのドメインは、そのアミノ酸配列から高い運動性を持つと予測されるリンカーによって接続されている。AdpAが結合するコンセンサス配列は、5'-TGGCSNGWWY-3' (S: G or C; W: A or T; Y: T or C; and N: any nucleotide)、という10 bp長の塩基配列であることが過去に報告されている(1)。細菌由来の他の転写調節因子のコンセンサス配列との比較から、AdpAが非常に低い塩基認識特異性を持っていると考えられている。そのため、AdpAは500以上の遺伝子群の転写調節領域に結合することができ、結果としてそれらの遺伝子群の転写を直接制御することができると考えられている。 AdpAと多種の標的遺伝子のプロモーター領域の結合様式は、typeIとtypeIIと呼ばれる2種類の様式に分類される。typeIの結合様式は、2か所のコンセンサス配列が2 bp、13 bp、または14 bpを隔てて逆向きに存在する場合に起こると考えられている結合様式であり、AdpAの2量体が2つのコンセンサス配列を同時に認識するというモデルが提唱されている。一方、typeIIの結合様式は、1か所のコンセンサス配列のみがAdpAによって認識される場合に起こると考えられている結合様式であり、AdpAの2量体を形成するプロトマーの一方のみがコンセンサス配列を認識するというモデルが提唱されている。 本研究では、AdpAの認識配列特異性が低いという性質が、どのようなメカニズムで実現されているのかを明らかにするため、AdpAのDNA結合ドメインとDNAの複合体の結晶構造を決定し、AdpAによる転写調節機構を原子レベルで解明することを目的とした。 2種類の結合様式に対応するAdpA-DBD-DNA複合体結晶構造の決定 AdpAの認識配列特異性がどのように実現されているのかを明らかにするために、AdpAのDNA結合ドメイン(AdpA-DBD)と、10 bpのコンセンサス配列を含むdsDNAの複合体の結晶化に成功し (2)、その結晶構造を決定した。TypeIの結合様式に分類される配列を含む"DNA(DNAtype I)"と、typeIIの結合様式に分類される配列を含む"DNA(DNAtype II)"の、2種類のdsDNAを使用し、いずれにおいても結晶構造を決定することができた。Fig. 2にAdpA-DBD- DNA(DNAtype I)およびAdpA-DBD- DNA(DNAtype II)の全体構造を示した。2つの結晶構造の間に大きな差は見られなかった。AdpA-DBDのN末端側のHTH motifに含まれるαヘリックスがdsDNAの主溝に深く入り込むように結合していて、後述のようにαヘリックスに含まれるアミノ酸残基の側鎖と塩基の間に相互作用が見られた。C末端側のHTH motifはN末端側ほど深くはdsDNAの主溝に入り込んでおらず、塩基配列の認識には関わっていないことが示唆された。この構造はAraC / XylSファミリーの転写調節因子のDNA認識機構に共通にみられる特徴である。 AdpA-DBD- DNA(DNAtype I)とAdpA-DBD- DNA(DNAtype II)を比較すると、C末端側HTH motifとdsDNAの間の距離においてわずかに違いが見られた。TypeIIの結合の方は結合距離が短いため、dsDNAの主鎖リン酸基とタンパク質との間のより強固な結合が期待された。ゲルシフトアッセイを用いた結合力の比較により、AdpA-DBDはDNA(DNAtype I)よりもDNA(DNAtype II)により強固に結合する性質を有することが確かめられた。 AdpA-DBDの認識配列特異性 AdpA-DBD- DNA(DNAtype I)およびAdpA-DBD- DNA(DNAtype II)複合体の結晶構造から、10 pbのコンセンサス配列のうち、5'側から2番目のGと4番目のCのみが、それぞれアミノ酸残基Arg-262 とArg-266によって認識されていることが明らかとなった (Fig. 3)。AdpAの変異体およびdsDNAの変異体を用いた結合解析により、これらのアミノ酸残基と塩基に間の相互作用が、AdpA-DBDとdsDNAの間の強固な複合体形成に必須であることが示された。この結果から、AdpAは10 bpのコンセンサス配列のうち2番目のGと4番目のCのみを認識しており、500以上の遺伝子の転写調節領域を認識することができると推測された。 結論と展望 本研究では、2種類の結合様式" typeI"および" typeII"に対応するDNAを用い、AdpA-DBD-DNA複合体の結晶構造解析を行った。AdpA-DBD-DNA複合体の結晶構造から、AdpAのDNA結合ドメインによるDNAの塩基配列認識機構を決定することができた。この結果により、AdpAの認識配列特異性が低いことで500以上の遺伝子の転写を直接制御することができるというモデルが支持された。本研究の成果では、AdpAのDNA結合様式のうち、typeIIの結合モデルを説明することができた。本研究の成果を足がかりとし、今後はAdpA全長とDNAの複合体の立体構造解析を中心とした研究を展開していく必要がある。 Fig.1 A-Factor 制御カスケード Fig. 2 AdpA-DBD-DNA複合体の結晶構造の比較。typeI (black) および typeII (grey). Fig. 3 DNAコンセンサスの塩基配列の認識機構 | |
審査要旨 | 本論文では、放線菌Streptomyces griseus 由来の転写調節因子AdpAとDNAの2種類の複合体の結晶構造を基に、AdpAによる標的DNAの認識機構を解析した結果について述べている。本論文は第一章『序論』、第二章『発現コンストラクトの調製』、第三章『AdpA-DNAadsA (type-I) 複合体の構造解析』、第四章『AdpA-DNAsgmA (type-II) 複合体の構造解析』、第五章『複合体構造の比較』、第六章『総合討論』の全六章からなる。 第一章では、これまでに知られているAdpAの役割と重要性が紹介され、申請者が着目したAdpAの性質について説明されている。すなわち、AdpAが認識して結合するDNAの塩基配列特異性に関する情報と、生化学的データから予想されるAdpAと標的遺伝子の転写調節領域の結合様式に関する情報が記述されている。そして、塩基配列特異性と結合様式を実現する機構については現在までに明らかにされていないことを示した上で、本研究の目的がこれらの未知のメカニズムを説明する知見を構造学的見地から明らかにすることであるとしている。 第二章では、結晶化に適したAdpAの発現コンストラクトのデザインと、タンパク質試料の発現と精製について記されている。まず初めに、AdpA全長の発現に成功したものの、その後の精製が困難であることが明らかとなった。次に、AdpAのDNA 結合ドメイン (AdpA-DBD) が標的DNAと結合する役割を担うという知見から、AdpA-DBDのみを発現させて解析に用いるという考えに至り、AdpA-DBDのコンストラクトを複数デザインした。大腸菌を宿主とする発現系でAdpA-DBDを大量発現し、精製条件を確立した。 第三章では、AdpA-DBD-DNAadsA (type-I) 複合体の結晶構造解析に成功し、DNA の塩基配列認識機構を解明している。AdpA-DBDとDNAの複合体の立体構造は本論文が世界で最初の報告となる。分解能2.9Åで結晶構造が決定されていることから、タンパク質のアミノ酸残基の側鎖の配向を知るに十分な分解能と精度で構造が決定されていると考えられる。実際に、結晶構造から示唆されたAdpA-DBDとDNA塩基との相互作用様式を、変異体解析によって実証することができた。具体的には、AdpAのコンセンサス配列のうち、保存傾向の強い2つの塩基(コンセンサス配列の2番目のGと4番目のC)のみがAdpA-DBD のアミノ酸残基(Arg-262とArg-266)によって認識されていることが示された。また、AdpA-DBDとDNA主鎖リン酸基の間に多数の相互作用が見られ、AdpA-DBDと湾曲したDNA分子の間の強固な結合を形成していることが示唆されている。 第四章では、AdpA-DBD-DNAadsA (type-II) 複合体の結晶を決定し、第三章と同様にDNAの塩基配列認識機構を明らかにしている。 第五章では、AdpA-DBD-DNAadsA (type-I) 複合体の構造と、AdpA-DBD-DNAadsA (type-II) 複合体の構造を比較することにより、AdpA-DBDはDNAの塩基配列に依らずほぼ同じ結合機構を有することを明らかにしている。具体的には、2つの複合体の結晶構造において、DNA塩基と相互作用しているアミノ酸残基がともにArg-262とArg-266であり、また、AdpAと相互作用しているDNA塩基がコンセンサス配列の2番目のGと4番目のCであることを示唆する結果が述べられている。また、DNA主鎖リン酸基との間の多数の相互作用においても、2つの結晶構造で見られた相互作用はほとんどが共通していることが述べられている。例外的に2つの結晶構造の間で異なっていたのはHTH2のアミノ酸残基 (Arg-309とArg-320) と主鎖リン酸基の相互作用における、アミノ酸残基側鎖のコンホメーションおよび結合距離である。これらのアミノ酸残基に見られた結合様式のわずかな違いによって、AdpA-DBD-DNAadsA (type-I) よりも AdpA-DBD-DNAsgmA (type-II) の方が主鎖リン酸基を介した結合力が強固になるというモデルを申請者は提唱している。相互作用にわずかな違いが見られた理由は、DNAadsAと比較してDNAsgmA配列の後半部分には塩基対ATが連続しているため、マイナーグルーブが狭くなり、DNAが湾曲しやすくなることであると申請者は主張している。そして、ゲルシフトアッセイによってAdpA-DBDとDNAの間の結合力を調べ、申請者の主張を裏付けた。これらの結果から、申請者はtype-IIの結合様式を有するコンセンサス配列の特徴について一つの結論を導いている。すなわち、type-IIの結合様式を有するコンセンサス配列の特徴として、後半部分の塩基AとTの保存性がtype-Iのコンセンサス配列よりも高いことが見られ、このDNA配列の特徴はAdpA-DBDとDNAの間に強固な結合を引き起こすものであり、それゆえに1つのDNA結合領域のみでDNAとの結合を行うことが可能になっていると述べている。 第六章では、第五章までに明らかになったAdpA-DBDの標的DNAとの結合機構に基づき、同じファミリーに属するDNA結合タンパク質と比較してAdpA-DBDの塩基配列特異性は低いと結論づけている。この性質により、AdpAはゲノム上の様々な部位に結合することができ、したがって500以上の遺伝子の転写を制御することができるという従来の予想を説明することに成功している。 本論文において、転写調節因子AdpAによる標的DNAの認識機構が解明された。AdpAは放線菌の形態分化と二次代謝に必須である遺伝子の大部分の転写調節機能を果たしていることから、この機能の解明は放線菌の研究分野に貢献するところが大きいと考えられる。また、本論文に述べられた実験方法、構造情報の解釈、そしてAdpAに関する既知の知見を踏まえた考察は論理性に富む。以上のように、本研究で得られた知見は、学術上貢献するところ大であると考えられる。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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