学位論文要旨



No 129185
著者(漢字) 磯貝,章太
著者(英字)
著者(カナ) イソガイ,ショウタ
標題(和) 放線菌の生産するテルペノイド-ポリケタイド融合化合物特異的生合成機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 129185
報告番号 甲29185
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3890号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 教授 大西,康夫
 東京大学 特任教授 尾仲,宏康
 東京大学 准教授 作田,庄平
 東京大学 准教授 葛山,智久
内容要旨 要旨を表示する

放線菌Streptomyces sp. KO-3988の生産するフラキノシンと、放線菌Streptomyces sp. CL190の生産するナフテルピンはともにテルペノイド骨格とポリケタイド骨格が融合したテルペノイド‐ポリケタイド融合化合物である。これらの融合化合物は構造がユニークであることから、生合成を触媒する酵素が新規有用物質の生産に利用できることが期待される。

フラキノシンとナフテルピンの生合成は、テルペノイド骨格の生合成、ポリタイド骨格の生合成、両者の縮合、テルペノイド骨格の環化の四つの段階に分けることができる。テルペノイド骨格は炭素数10のゲラニルニリン酸(GPP)に由来する。一方ポリケタイド骨格は、5分子のmalonyl CoAが縮合して生成する1,3,6,8‐tetrahydroxynaphthalene(THN)が修飾を受けることで生合成されると推測される。両骨格の縮合は、芳香族基質プレニル基転移酵素によって触媒され、フラキノシン生合成に関わるFur7に関しては、既にその生理的基質として2‐ methoxy‐3‐methylnaphthalene‐ 1,4‐ dione(2‐methoxy-3-methyl‐flaviolin)が同定されている。一方、ナフテルピンの生合成に関わるNphBに関しては生理的基質が同定されていない。また、生合成の最後の段階である環化に関しては両化合物とも不明である。

THNの生合成に関しては、THN合成酵素と相同性を有するFurlおよびNphCによって触媒されると推測される。フラキノシンとナフテルピンの生合成遺伝子クラスターにおいて、FurlおよびNphCをコードする遺伝子の周囲を比較すると、その下流に互いに高い相同性を示すfur2,fur3およびdphD,dphEが存在していた。Fur2,NphDはともにTHN酸化酵素と相同性を示すことから、THNの酸化反応を触媒すると推測される。一方、Fllr3とNphEはビリドキサルリン酸(PLP)を補酵素として用いるアミノ基転移酵素とアノテーションされるものの、最終産物であるフラキノシンとナフテルピンの構造中にはアミノ基が存在せず、どのような反応を触媒するかは不明であり、その機能に興味が持たれた。本研究では、フラキノシンのポリケタイド骨格生合成に関わると推測されるFurl,2,3およびナフテルピンのポリケタイド骨格生合成に関わると推測されるNphC,D,Eについて機能解析を行い、両化合物のポリケタイド骨格生合成の解明を目的とした。また、フラキノシン生合成における環化酵素の探索を行い、テルペノイドーポリケタイド融合化合物の環化機構に関する新たな知見を得ることも目的とした。

第1章 フラキノシンのポリケタイド骨格生合成

まず、Fur2およびFur3反応産物を取得するために、異種放線菌Streptomyces albusにおいてfur1,2およびfur1,2,3を異種発現させた。その結果fur1,2異種発現株では、主生産物として2,5,7,8-tetrahydroxynaphthalene-1,4-dione (mompain)が生産され、また少量の2,5,7-trihydroxy naphthalene-1,4-dione (flaviolin)も生産されていた。一方、fur1,2,3異種発現株では、mompainともflaviolinとも異なる化合物が検出された。この化合物を単離精製し構造決定を行ったところ、flaviolinの8位にアミノ基が付加した新規化合物8-amino-2,5,7-trihydroxynaphthalene-1,4-dione (8-amino-flaviolin)であった。この8-amino-flaviolinは最終産物であるフラキノシンの構造中には存在しないアミノ基を有する化合物であったため、シャント産物やアーティファクトである可能性が疑われた。そこで次にfur3破壊株を作製し解析を行った。その結果、fur3破壊株ではフラキノシンの生産が失われ、fur3が生合成に必須であることが判明した。さらにfur3破壊株に8-amino-flaviolinを添加して培養することでフラキノシンの生産が回復し、8-amino-flaviolinが生合成中間体であることが証明された1。

次に、大腸菌もしくは放線菌から精製した組換えFur1, Fur2, Fur3を用いてin vitroにおける機能解析を行った。Fur2はDTT依存的にflaviolinをmompainへと酸化する活性を示すことが明らかとなり、Fur2はTHNを酸化してflaviolinを生成し、さらにflaviolinを酸化してmompainを生成する反応を触媒することが判明した。一方、Fur3はグルタミン酸をアミノ基供与体としてmompainの8位にアミノ基を転移する反応を触媒することが明らかとなり、mompainの酸化とグルタミン酸からのアミノ基の転移の両方を触媒する新規のアミノ基転移酵素であることが示された。

最後に8-amino-flaviolinの有するアミノ基の果たす役割の解明を行った。これまでの研究によって、2-methoxy-3-methylflaviolinの生産にはfur1-6, 16が必要であることが示されており、O-メチル基転移酵素Fur4は8-amino-flaviolinの2位の水酸基のメチル化を触媒すると推測された。しかしながら、fur1-4異種発現株特異的に蓄積した化合物の構造は、8-amino-flaviolinの7位の水酸基がメチル化された7-methoxy-8-amino-2,5-dihydroxynaphthalene-1,4-dione (7-methoxy-8-amino- flaviolin)であった。この結果は、7-methoxy-8-amino-flaviolinはシャント産物であり、Fur4の基質は8-amino-flaviolinとは別の未同定の生合成中間体であることを示唆している。以上のことから、8-amino-flaviolinの8位のアミノ基は、正しい位置にメチル基を導入すべくメチル基転移酵素の活性中心ポケットに基質を正しく配置するための役割を果たしていると推測される。

第2章 ナフテルピンのポリケタイド骨格生合成

NphDおよびNphE反応産物を同定するために、fur1,2およびfur1,2,3異種発現株と同様に、S. albusにおいてnphC,DおよびnphC,D,Eを異種発現させた。異種発現の結果、nphC,D異種発現株ではmompainとflaviolinが生産された。一方、nphC,D,E異種発現株では8-amino-flaviolinと類似したスペクトルを示す化合物が生産され、この化合物を精製し構造決定を行ったところ、8-amino-flaviolinであった。ナフテルピンの構造中にはフラキノシン同様アミノ基が存在しないため、この8-amino-flaviolinはシャント産物やアーティファクトである可能性があった。そこで次に、ナフテルピン生産菌であるStreptomyces sp. CL190においてnphEを破壊し解析を行った。nphE破壊株培養抽出物を解析したところ、ナフテルピンの生産が失われnphEが生合成に必須であることが示された。さらにnphE破壊株に8-amino-flaviolinを添加して培養することでナフテルピンの生産が回復したことから8-amino-flaviolinが生合成中間体であることが証明された。

次に、大腸菌から精製した組換えNphC, NphD, NphEを用いてin vitroにおける機能解析を行った。NphDはDTT依存的にflaviolinをmompainへと酸化し、Fur2同様にTHNからflaviolinへの酸化とflaviolinからmompainへの酸化の二段階の酸化反応を触媒することが明らかとなった。一方NphEは、アミノ基受容体としてmompainをアミノ基供与体としてグルタミン酸を用いることが判明し、NphEはFur3同様にmompainの酸化反応とグルタミン酸からのアミノ基転移反応の両方を触媒する酵素であることが明らかとなった。

NphEとFur3はともに酸化反応とアミノ基転移反応の両方を触媒することが判明したが、その反応機構は不明である。そこで、NphEの立体構造モデルから酵素活性に重要と推測された二つのアミノ酸残基 (Cys157, Arg182)をアラニンに置換し、NphE反応に与える影響を観察した。その結果、両変異酵素とも活性が大幅に低下し、両アミノ酸残基が酵素活性に重要であることが示された。特にCys157に関しては、酵素の紫外可視吸収スペクトルから補酵素であるPLPとの結合に関与している可能性が示唆された。

第3章 フラキノシン環化酵素の探索

フラキノシンの環化反応は、2-methoxy-3-methylflaviolinがプレニル化された6-(3,7-dimethylocta-1,6-dien-3-yl)-5,7-dihydroxy-2-methoxy-3-methylnaphthalene-1,4-dione (Fur-P1)が基質となると予想されている。これまでの研究からFur-P1の生合成には、fur1-7, 16, 19が必要であると推測される。フラキノシン生合成遺伝子クラスター中の候補遺伝子からこれらの遺伝子を外すと、ルrf 7およびル″f∂ が機能未知であり環化反応に関与する可能性が考えられた。そこで本章では両遺伝子についてin vivoにおける解析を行った。

まず、基質となるFur-P1の生産系を確立した。既に当研究室で作製されていたfur1-6異種発現系であるpSFQ106にfur7, fur16, fur19の遺伝子を導入しpSE_fur-P1とした。pSE_fur-P1により形質転換したS. albusを培養したところ、確かにFur-P1を生産しこれらの遺伝子がFur-P1生産に必要十分であることが示された。

次に、fur17, fur18, fur17-18をそれぞれS. albusにおいて異種発現させ、上記の異種生産株から得られたFur-P1の添加実験を行った。しかしながら、いずれの異種発現系にFur-P1を添加した場合にもフラキノシンCへの変換を確認することはできなかった。そこで、pSE_fur-P1においてさらにfur17, fur18, fur17-18を発現させた異種発現系を作製し、これらの異種発現株においてフラキノシンCが生産されるかの検証を行った。異種発現株培養抽出物をLC-MSにより分析した結果、いずれの異種発現株においてもフラキノシンCへの変換を確認することはできなかった。以上の結果は、fur17, fur18が環化反応に関与していないことを示唆している。そのことを確認するために遺伝子破壊株の解析を行った。fur17破壊株はその生産物が既に解析されており、野生型と同様にフラキノシンを生産することが示されている。そこで、本研究ではfur18破壊株生産物の解析を行ったところ、fur17破壊株同様にフラキノシンを生産した。これらの破壊株結果と異種発現株の解析結果から、Fur17, Fur18はともに環化酵素ではないと結論づけた。

総括

本研究では、フラキノシンのポリケタイド骨格生合成に関わるFur1,2,3およびナフテルピンの生合成に関わるNphC,D,Eに関して機能解析を行い、両化合物に共通の中間体として8-amino-flaviolinを同定した。本研究の結果から、THNからmompainを経由して8- amino-flaviolinを生成する生合成経路はテルペノイド‐ポリケタイド融合化合物に共通の生合成経路であることが強く示唆される。また、フラキノシンの生合成における環化酵素と推測されたFur17, Fur18について機能解析を行った。結果として環化酵素の同定には至らなかったが、fur17, fur18が環化反応に関与していないことを証明することができ、今後の研究の足掛かりとすることができたと考えている。

1) S. Isogai, M. Nishiyama, T. Kuzuyama, Bioorg Med Chem Lett. 2012, 22, 5823-5826
審査要旨 要旨を表示する

放線菌Streptomyces sp. KO-3988の生産するフラキノシンと、放線菌Streptomyces sp. CL190の生産するナフテルピンはともにテルペノイド骨格とポリケタイド骨格が融合したユニークな構造を有するテルペノイド‐ポリケタイド融合化合物である。フラキノシンとナフテルピンの生合成は、テルペノイド骨格の生合成、ポリタイド骨格の生合成、両者の縮合、テルペノイド骨格の環化の四つの段階に分けることができる。本論文ではテルペノイド‐ポリケタイド融合化合物に特異的な生合成機構の解明を目的として、フラキノシンとナフテルピンのポリケタイド骨格生合成経路、およびフラキノシンの環化機構の解明を試みた研究をまとめたもので、三章より構成される。

第一章ではフラキノシンのポリケタイド骨格生合成に関わると推測されるFur1,2,3に関する機能解析が行われている。In vivoにおける解析の結果、新規化合物8-amino-2,5,7-trihydroxynaphthalene-1,4-dione (8-amino-flaviolin)がFur3反応産物として同定され、この8-amino-flaviolinがフラキノシン生合成中間体であることが証明された。また、in vitroにおける解析の結果、Fur2はTHNを酸化して2,5,7-trihydroxynaphthalene-1,4-dione (flaviolin)を生成し、さらにflaviolinを酸化して2,5,7,8-tetrahydroxynaphthalene-1,4-dione (mompain)を生成する反応を触媒することが明らかにされた。一方、Fur3はグルタミン酸をアミノ基供与体としてmompainの8位にアミノ基を転移する反応を触媒することが明らかとされ、Fur3がmompainの酸化とグルタミン酸からのアミノ基の転移の両方を触媒する新規のアミノ基転移酵素であることが示された。さらに8-amino-flaviolinの8位のアミノ基がその後の生合成におけるメチル化反応において正しい位置にメチル基を導入するために必要であることが明らかにされた。

第二章では、ナフテルピンのポリケタイド骨格生合成に関わると推測されるNphC,D,Eに関する機能解析について述べている。In vivoにおける解析の結果、NphE反応産物が8-amino-flaviolinであることが明らかとされ、さらに8-amino-flaviolinがナフテルピン生合成中間体であることが示された。次に、in vitroにおける解析を行った結果、NphDはDTT依存的にflaviolinをmompainへと酸化し、Fur2同様にTHNからflaviolinへの酸化とflaviolinからmompainへの酸化の二段階の酸化反応を触媒することが明らかとされた。一方NphEは、アミノ基受容体としてmompainを、アミノ基供与体としてグルタミン酸を用いることが判明し、NphEはFur3同様にmompainの酸化反応とグルタミン酸からのアミノ基転移反応の両方を触媒する酵素であることが明らかとされた。この結果から、NphEおよびFur3がともに酸化反応とアミノ基転移反応の両方を触媒することが明らかとされた.次いで、NphEの立体構造モデルから、反応に重要であると推測された二つのアミノ酸残基(Cys157, Arg182)がアラニンへと置換され、NphE反応に与える影響が観察された。その結果、両変異酵素とも活性が大幅に低下し、両アミノ酸残基が酵素活性に重要な働きを持つことが示された。

第三章ではフラキノシン生合成における環化酵素を探索している。フラキノシンの環化反応の基質は6-(3,7-dimethylocta-1,6-dien-3-yl)-5,7-dihydroxy-2-methoxy-3-methylnaphthalene-1,4-dione (Fur-P1)であると予想される。これまでの研究からFur-P1の生合成には、fur1-7, 16, 19が必要であると推測されることから、環化酵素の候補遺伝子としてfur17およびfur18に着目しin vivoにおける機能解析が行われた。まず、fur1-7, 16, 19の異種発現系(pSE_fur-P1)を構築し生産物を解析したところ、確かにFur-P1が生産され、Fur-P1の生合成にこれらの遺伝子が必要十分であることか示された。次に、fur17, fur18, fur17-18をそれぞれ異種放線菌Streptomyces albusにおいて異種発現させ、これらの異種発現株に対するFur-P1の添加実験が行われた。しかしいずれの異種発現株においてもFur-P1が環化した化合物であるフラキノシンCへの変換は観察されなかった。そこで、pSE_fur-P1においてさらにfur17, fur18, fur17-18を発現させた異種発現系を作製し、これらの異種発現株においてフラキノシンCが生産されるか検証された。しかし、いずれの異種発現株においてもフラキノシンCの生産は観察されなかった。これらの結果から、fur17, fur18が環化酵素ではないことが示唆される。そのことをさらに確認するために、遺伝子破壊株の解析が行われた。fur17破壊株は既にフラキノシンを生産することが示されていたため、fur18破壊株生産物を解析したところ、fur17破壊株同様にフラキノシンが生産された。以上の結果から、Fur17, Fur18はともに環化酵素ではないことが示された。

以上、本論文はテルペノイド‐ポリケタイド融合化合物のポリケタイド骨格部分が、最終産物にはないアミノ基が付加したTHN類縁化合物(8-amino-flaviolin)を経て生合成されること、およびポリケタイド骨格形成に関わる生合成酵素の諸性質を明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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