学位論文要旨



No 129186
著者(漢字) 岩田,修
著者(英字)
著者(カナ) イワタ,オサム
標題(和) プラスミド由来カルバゾール分解系制御遺伝子antRの発現制御機構と宿主依存性の解析
標題(洋)
報告番号 129186
報告番号 甲29186
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3891号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野尻,秀昭
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 大西,康夫
 東京大学 准教授 石井,正治
 東京大学 特任准教授 古園,さおり
内容要旨 要旨を表示する

本研究における背景・目的

分解プラスミドpCAR1は主にPseudomonas属を宿主とし,カルバゾール分解能を付与する.カルバゾールは石油中に含まれる含窒素芳香族化合物であり,pCAR1上にコードされている分解系遺伝子群(car,ant遺伝子群)の発現により,アントラニル酸,カテコールを経由して分解される.これまでにモデル宿主Pseudomonas putida KT2440を用いた解析によって,AraC/XylS familyに属する転写因子AntRがそれら分解系遺伝子群の転写を制御するマスターレギュレーターであることが明らかにされている(Fig. 1).また,分解系遺伝子のプロモーターについても詳細に解析され,恒常的に発現するPcarAaプロモーターに加えて,誘導的なPant プロモーターからの転写が活性化されることで,宿主は強力な分解能を発揮することが分かっている.その際には,中間代謝産物であるアントラニル酸がAntRのエフェクターとして作用することで誘導的な転写が起きる.また,直近の解析からはantR自身のプロモーターがσ54依存的な転写制御下にあることが判明し,その活性化には別途σ54-dependent activatorが必要であることが明らかになっていた.しかし,pCAR1上に当該遺伝子がコードされていないことからantRの転写制御は宿主染色体由来の因子が関与することがこれまで予想されていた(Fig. 1).このことはantRの転写制御が宿主依存的であることを示すとともに,pCAR1が接合伝達により異なる宿主へ移動すると,各宿主に応じたantRの転写制御が行われることを示唆している.そして,その関与する因子の発現量や質においてカルバゾール分解系遺伝子群の制御が変動する可能性を意味している.このような宿主依存性に着目し,あるプラスミドが宿主を変えることでそこにコードされている遺伝子の制御がどのような影響を受けるのかという評価をした例は知る限りない.そこで本研究では,antRの転写制御を担う宿主因子について同定するとともに,転写制御機構の宿主依存性というユニークな性質に着目し,宿主が変化した際にantRを中心とした分解系遺伝子群の発現系がどのように機能変化するかを評価することを目的とした.

22種類の破壊株解析による宿主因子(cbrB遺伝子)の同定

pCAR1の宿主として我々の研究グループでも解析に用いているP. aeruginosa PAO1は,ゲノムの塩基配列が既知であり,22種類のσ54-dependent activatorを持つことが明らかにされている.また,米国ワシントン大学から破壊株ライブラリーが頒布されていることから,本研究においては、まずP. aeruginosa PAO1の22種類のσ54-dependent activator遺伝子破壊株を用いてantRの転写活性化を担う宿主因子のスクリーニングをレポーター解析により行った.レポータープラスミドは,antR遺伝子の上流プロモーター領域とORFの下流にルシフェラーゼ遺伝子をつないだものを用いた.解析にあたっては,非誘導条件としてのコハク酸処理(SUC)と誘導条件としてコハク酸にアントラニル酸を加えた処理(SUC + AN)の2条件下で3 h培養後,各株のルシフェラーゼ活性を比較検討した.その結果,cbrB(PA4726)破壊株において活性が両条件下で最も顕著に低下したことから(Fig. 2),CbrBによるantRの転写制御が予想された.そこでP. putida KT2440においてcbrB破壊株を改めて作製し,レポーター解析を行ったところ,非誘導条件での活性がおよそ1割程度まで低下し,かつ誘導条件における誘導倍率も2倍程度(本来は約4~5倍)となり,PAO1同様に大幅に活性が低下することが示された.Pseudomonas属においてゲノム既知の10種34株は全てcbrB相同遺伝子を持つが、それらのアミノ酸配列は全てにおいて80%以上のidentityを持ち,加えて重要なドメインはほぼ完全に保存されている.このことから,宿主共通でCbrBがantRの転写制御に共通して関与していると考えられた.

CbrBによるantRの転写および翻訳段階における2段階制御

CbrBはCbrA-CbrB二成分制御系を構成するresponse regulatorであり,NtrC familyに属するσ54-dependent activatorである.これまでにP. aeruginosa PAO1を用いた解析からCbrA-CbrBは細胞内の炭素源と窒素源のバランス変化に応答して,多数の遺伝子発現を制御するglobal regulatorであることが報告されている.特にCrcZと呼ばれるsmall RNAの発現を担い,それが翻訳阻害機能をもつCrcタンパク質をトラップすることで一連の遺伝子の翻訳阻害を解除することが明らかにされている(Fig. 6参照).また,翻訳阻害を受ける遺伝子は翻訳開始点付近にCrcが結合するCA motifと呼ばれる配列(AACAACAA)を有することが既に提唱されている.ここでantRにおいてもそれに近似した配列(AACAAGAA)が存在することから,CA motifと同様の機能を持つのか検証することとした.この類似配列に変異を導入したレポータープラスミドを作製し,pCAR1を保持するKT2440を用いてレポーター解析をコハク酸条件下で行った.その結果,CA motifが変異により失われることでルシフェラーゼ活性が上昇するのを確認できた(Fig. 3).これはCbrBがantRに対しては転写段階だけでなく,翻訳阻害の解除を介した制御にも関与していることを示唆するものであり,2段階の制御により発現量の厳密なコントロールが行われていると推測される.

異なる宿主における発現制御ネットワークの変化

P. aeruginosa PAO1は染色体上にアミノ酸レベルで相同性59%のantRオルソログ(以後,antRPA)が存在しており,AntRと類似の機能をもつ可能性が考えられた.実際に,AntRPAはpCAR1上のPantプロモーターを活性化することから(Fig. 4),PAO1細胞内でのpCAR1上の分解系転写制御を考える時は,その存在を考慮に入れる必要がある.antRPAについて5'RACE解析を行い翻訳開始点50 bp上流に転写開始点が存在することを明らかにしたところ,転写開始点上流に-35, -10 elementに相当する配列が存在し,antRPAの転写様式がσ70依存的であることを見出した.すなわち、PAO1でのpCAR1上の分解系遺伝子群の発現制御はσ54とσ70の2種のσ因子によって制御され,KT2440での場合と異なることが示された.さらに,pCAR1を保持するPAO1を用いて2種類のantRについてアントラニル酸処理時の経時的な転写誘導プロファイルを定量RT-PCRにて比較した.その結果,pCAR1-antRの転写はantRPAと比較して早期に誘導が起きており,両者の応答性に違いが存在することが分かった(Fig. 5).こういった因子の存在は,各宿主においてpCAR1保持による分解能力の付与が必ずしも一様でなく,その発現条件や時期が各宿主特異的であることを示唆するものである.

CbrBオルソログをもつ各種細菌におけるantR転写活性化能の可能性の検討

本研究により,antRの転写活性化には宿主染色体上にcbrB遺伝子がコードされていることが必要であることが明らかになったが,KT2440由来CbrBのアミノ酸配列をもとにblastサーチによるオルソログの分布を調べると,ゲノム既知のPseudomonas 属細菌に加えて,窒素固定細菌Azotobacter vinelandii DJや好塩細菌Halomonas elongata DSM2581等においても相同性がそれぞれ78%,61%の相同性を持ち合わせるものが存在していた.そこで,CbrBオルソログをもつ細菌においてantRの転写活性化ポテンシャルを検証するため,各株にレポータープラスミドあるいは染色体組み込み型レポーターを持たせた株でのルシフェラーゼ活性の比較解析を現在行っている.またオルソログを持たない細菌についても代替的なネットワークが存在するかを確認するため,併せて解析を行っている.pCAR1上の分解系遺伝子群のように,特定の染色体因子の存在を前提とする発現系は,その分解能を獲得できる宿主を限定することに他ならず,pCAR1が宿主依存的な制御系をもつことによる生物学的意義及び進化的な理由に興味が持たれる.

総括と展望

本研究では,主にP. putida KT2440を用いた解析を通してPseudomonas属の宿主共通でCbrBがpCAR1上antRのσ54依存的な転写活性化に関与することを発見した.また,CbrBによるantR制御は転写と翻訳の2段階で行われる可能性があることを明らかにした.そして,炭素源の変化というシグナルがCbrA-CbrB二成分制御系を介して,最終的にAntRによる分解系遺伝子群の発現誘導に至るという基本的な発現制御モデルを構築するに至った(Fig. 6).またP. aeruginosa PAO1における染色体上のantRオルソログのように,宿主が変わることで各宿主固有の因子がプラスミド上の発現制御ネットワークに影響を与える可能性があることを見出した.さらに解読されたゲノム情報から,Pseudomonas属以外の細菌においてもantR転写制御に必要なコンポーネントが揃っていることが判明した.今後,宿主・非宿主を含めて多様な細菌内でantRの発現制御がどのように機能変化するのかについて評価する必要がある.また,本研究の結果は,プラスミド上の遺伝子の発現を宿主に委ねることが,宿主あるいはプラスミドにとってどのような意義があるのかを理解する一助となるのではないかと考えている.さらに,応用的利用を見据えた分解プラスミドという観点からの研究についても,同じプラスミドでもそれを保持する宿主が異なることで制御ネットワークが機能変化することについてのより包括的な知見が得られることで,今後の実環境中の汚染浄化を目指す上でのプラットフォーム構築につながると期待される.

Fig.1.宿主依存的なpCAR1上の分解系遺伝子群の発現

Flg.2.P.aeruginosa PAO1における22種類の破壊株を用いたスクリーニング解析.

野生型株の結果を一番左に示した.また,各破壊株は破壊されたORFのlocus tag番号で表記し,アノテーションされているものについては遺伝子名も併記した.カッコ内の数字はP.putida KT2440におけるオルソログのlocus tag番号を示す.

Flg.3.PantRフロモーターにおけるCA motif の機能解析

Flg.4.PAO1におけるPantフロモーター活性化能の検討

Flg.5.pCAR-antRとantR(PA)の転写誘導比較

Fig.6.antRの予想発現制御モデル

審査要旨 要旨を表示する

IncP-7群プラスミドpCAR1は主にPseudomonas属を宿主とし,宿主にカルバゾール分解能を付与する分解プラスミドである.カルバゾールは原油中に含まれる含窒素芳香族化合物で,pCAR1上にコードされる分解系遺伝子群(car, ant遺伝子群)の発現により,アントラニル酸,カテコールを経て分解される.これまでに,Pseudomonas putida KT2440を宿主とした解析から,AraC/XylS familyに属する転写因子AntRがそれら分解系遺伝子群の転写を制御するマスターレギュレーターであることが明らかにされている.また,直近の解析から,antR自身のプロモーターがσ54依存的な転写制御下にあることが判明し,その活性化には別途σ54-dependent activatorが必要であることが示された.しかし,pCAR1上に当該遺伝子がコードされていないことからantRの転写制御は宿主染色体由来の因子が関与することが予想されていた.これらの事実はantRの転写制御が宿主依存的であることを示すとともに,pCAR1が接合伝達により異なる宿主へ移動すると,各宿主に応じたantRの転写制御が行われることを示唆している.そして,その関与する因子の発現量と質に応じてカルバゾール分解系遺伝子群の転写制御が変化する可能性を意味している.このような宿主依存性に着目し,あるプラスミドが宿主を変えることでそこにコードされている遺伝子の制御がどのような影響を受けるのかという評価をした例は知る限りない.そこで本博士論文研究では,antRの転写制御を担う宿主因子の同定を行うとともに,宿主が変化した際にantRを中心とした分解系遺伝子群の転写制御様式がどのように変化するかを評価することを目的としている.

本論文は3章から構成されている.序論である第1章では,原核生物における遺伝子の転写制御機構について述べられている.特にσ54依存的な転写制御機構について理解を深めるためにσ70依存的機構と比較しながら記述されている.また本研究中でも登場するsmall RNAや二成分制御系についても具体例を挙げながら既報の情報の詳細を示し,第2章を深く理解する一助となるよう構成されている.

本論となる第2章は,大きく前半と後半に分けることができる.

前半では,複数のモデル宿主を用いて,antRの発現制御機構の基本モデルを明らかにした.特に,antRの転写を活性化する宿主因子の決定に当たっては,P. aeruginosa PAO1における22種類のσ54-dependent activator破壊株を利用したレポーター解析を行い,cbrB(PA4726)破壊株におけるルシフェラーゼ活性が野生型株と比較して最も顕著に低下することを示した.また,P. putida KT2440におけるcbrB破壊株においてもPAO1と同様の結果が得られ,ゲノム既知のPseudomonasが持つCbrB相同遺伝子間の保存性の高さから,多くの宿主で共通にCbrBがantRの転写制御に関与する可能性が高いことを明らかにした.続く,promoter deletion assayからは,antRプロモーターにおける転写活性化に重要な領域が転写開始点上流245 bp付近に存在し,当該領域にCbrBの結合コンセンサス配列に似た配列を見出すことができた.その一方で,炭素源の代謝に関与する遺伝子の中には,Crcと呼ばれるRNA結合タンパク質がそのmRNA中のCA motifに結合し,翻訳が阻害されるものがある.antRの上流領域にもCA motifに近似した配列が存在し,その機能について変異を導入したレポータープラスミドを用いて検証したところ,Crc結合領域として機能することが示唆された.近年Crcを介した翻訳阻害の解除にCbrBが関与するという別グループの研究報告も合わせて考えることで,CbrBはantRに対して直接転写を活性化するだけでなく,間接的に翻訳段階の制御にも関与していることが示唆され,CbrBによる2段階のantR発現制御モデルの構築に至っている.

第2章後半では,分解系遺伝子群の発現に重要なAntRとCbrBのホモログをもつ細菌に着目し,宿主が変わることによる発現制御ネットワークの機能変化を評価した.その結果,PAO1の染色体上に存在するantRホモログはpCAR1上のPantやPantRプロモーターを活性化する機能を持つことが明らかになり,pCAR1上の分解系遺伝子群の発現は宿主染色体上のantR遺伝子産物によって影響される可能性を示した.実際に,アントラニル酸誘導条件下での定量RT-PCR解析からは,PAO1におけるantA遺伝子の転写誘導がKT2440などと比較して緩やかに起きるという興味深い現象を見出している.

また,CbrBについては,Pseudomonas属以外にもHalomonas属細菌が約60%のidentityのホモログを持つ一方で,pCAR1の宿主であるDelftia属細菌ゲノムからはその存在が見出されなかった.そこで,それら各細菌を対象としてantRの発現制御系がどのように機能変化するのかレポーター解析にて比較した.その結果,Delftia属細菌においては予想通り顕著な転写活性が見られず,CbrBに代わる発現制御機構が存在しないことが示されると共に,先に示した発現制御モデルが妥当であることも明らかになった.また,Halomonas属細菌においても顕著な活性が見られず,80%以上のidentityをもつPseudomonas属間のCbrBのように高度な保存性が要求されることも示された.これらの結果から,CbrBホモログを持つ株においても一様にantRが発現するのではなく,細菌によっては機能しないことが示された.

以上,本研究は宿主依存的というユニークな性質をもつantRの発現制御系の全容を明らかにするとともに,分解遺伝子を載せるプラスミドが接合伝達を介して異なる宿主に移動することで,その制御様式が機能変化することを見出したもので,既存の多くのプラスミド研究のように1つの宿主を用いただけでは得られなかったプラスミドの振舞いについての新規な知見を提供したものと言える.このような情報は,宿主特異的なプラスミドの振舞いの実態の解明に向けての新たな観点から議論に重要な基盤情報をもたらすものと期待され,産業上,応用上重要なものである.よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた.

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