学位論文要旨



No 129187
著者(漢字) 山田,千早
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,チハヤ
標題(和) メタン生成環境における鉄の影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 129187
報告番号 甲29187
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3892号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 教授 野尻,秀昭
 東京大学 准教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

1.背景と目的

メタンはクリーンエネルギー源として利用される一方で、強力な温室効果ガスとしても知られている。そのためメタンの環境中での動態を知ることは極めて重要である。地球上において、メタンのほとんどは微生物による有機物の嫌気分解過程で生成される。最終的にメタンを生成する微生物はメタン生成アーキアと呼ばれる一群に属し、酢酸のメチル基をメタンに変換する酢酸利用型と、水素・二酸化炭素からメタンを生成する水素利用型の2種類に大別される。メタン生成アーキアは限られた基質しか利用できないため、有機物を分解し酢酸・水素を供給してくれる嫌気性細菌との共生を必要とする。

メタン生成活性は様々な環境要因によって影響を受けることが報告されている。その中でも近年特に注目されているのが、鉄化合物の影響である。鉄は自然界に豊富に存在する物質であり、多くは酸化鉄や硫化鉄といった個体の状態で存在する。また酸化還元の受けやすさ、電気伝導性といった性質がその組成や結晶構造により変化するため、異なる結晶構造を持つ酸化鉄や硫化鉄粒子の存在は、微生物の活性に様々な影響を及ぼしうる。

特に酸化鉄の存在がメタン生成に及ぼす影響として、2つの相反する効果が報告されている。一つは還元を受けやすい非晶質の酸化鉄(Ferrihydriteなど)の存在がメタン生成に阻害的に働くというものである。もう一つは還元を受けにくく、また高い導電性を有する結晶性酸化鉄(Magnetiteなど)の存在が、嫌気性細菌とメタン生成アーキア間の電子移動反応を促進しメタン生成を効率化する、というものである。しかしこれらの現象は水田土壌等の限られた環境でしか調べられておらず、またその詳細なメカニズムは不明な部分が多い。

本研究では、高温メタン発酵をモデル生態系として使用し、異なる結晶構造を持つ酸化鉄がメタン生成活性に及ぼす影響を調べた。

2.Ferrihydriteによるメタン生成阻害

Ferrihydriteによるメタン生成の阻害には、(1)鉄還元微生物とメタン生成アーキアとの基質(酢酸・水素)をめぐる競争による阻害、(2)メタン生成アーキアの直接的な増殖阻害、の2つの要因があると考えられている。しかし高温条件下においてFerrihydriteによるメタン生成阻害を確かめた例はない。

高温メタン発酵汚泥を微生物源、酢酸とYeast extractを基質とし、20-160 mMのFerrihydriteの存在下、55℃でメタン生成微生物群を培養し、メタン生成量、鉄還元量を測定した。その結果、Ferrihydrite添加量の増加に伴うメタン生成量の低下、および二価鉄生成量の増加が見られた(Fig.1.)。このとき、Ferrihydriteの還元(二価鉄生成)に流れた電子量から求められる量以上にメタン生成量が減少していた。

鉄還元が生じた条件の微生物群集構造解析をおこなった結果、既知の鉄還元細菌と近縁な微生物は検出されなかった。またメタン生成アーキアとしては酢酸利用型のMethanosarcina thermophila に近縁なクローンが検出された。近縁株のM. thermophila TM-1株を用いて培養実験を行ったところ、酢酸、もしくはメタノールからのメタン生成は130 mMのFerrihydriteで完全に阻害された。

以上の結果から、本実験条件でのFerrihydriteによるメタン生成阻害は鉄還元微生物との競争阻害ではなく、メタン生成アーキアへの直接的な阻害によるものと考えられた。

3.Magnetiteによるメタン生成の促進

中温条件で、導電性酸化鉄であるMagnetite粒子を流れる電流によって酢酸酸化細菌(Geobacter sp.)とメタン生成アーキア(Methanosarcina sp.)との間で電子が伝達され、メタン生成が効率化されること(電気共生)が報告されている。しかし高温条件で電気共生反応が起こるのか、また起こるのであればどのような微生物が関与するのかは未知であった。

高温メタン発酵汚泥を微生物源、酢酸を基質とし、5, 10 mMのMagnetiteの存在下、55℃でメタン生成微生物群を培養した。その結果、Magnetiteの存在下でメタン生成が有意に促進された(Fig.2.)。一方で絶縁性のFerrihydrite存在下ではメタン生成の阻害が見られた。微生物群集構造解析の結果、Magnetite添加条件においてバクテリアでは酢酸分解菌Tepidanaerobacter syntrophicus の近縁種、アーキアでは酢酸利用型メタン生成菌Methanosarcina thermophilaの近縁種がそれぞれ優占しており、電気共生反応へ関与していると考えられた。またプロピオン酸を基質として同様の培養を行ったところ、MagnetiteだけではなくFerrihydrite添加条件でもメタン生成の促進がみられた(Fig.3.)。

M. thermophilaが電気共生に必要な細胞外電子伝達能を有しているかを調べるために、集積培養系から分離したM. thermophila XX株、および近縁種のM. thermophila TM-1株のFerrihydrite還元能を調べた。その結果、両株ともにメタノールと水素を同時に添加した培養系でFerrihydrite還元を行い、細胞外電子伝達能を有することが示された。生成した鉄化合物の結晶構造をX線回析により解析した結果、Ferrihydriteの還元に伴うMagnetiteの生成が確認された。さらにSEM-EDX解析により、生成したMagnetite粒子はM. thermophilaの細胞周辺に局在していることが示された。以上の結果は、M. thermophilaはFerrihydriteの還元に伴うMagnetite生成を行うことで、電気共生に必須な導電性粒子を自ら作り出している可能性を示唆する。

4.まとめと展望

本研究では、高温メタン発酵をモデル生態系として使用し、異なる結晶構造を持つ2つの酸化鉄、FerrihydriteとMagnetiteがメタン生成活性に及ぼす影響を調べた。高温条件下でも高濃度Ferrihydriteによるメタン生成阻害がみられ、その原因はメタン生成アーキアの直接的な阻害によるものと考えられた。一方で導電性のMagnetiteが高温メタン発酵において酢酸およびプロピオン酸の分解を促進させることを初めて示した。またM. thermophilaが固体鉄の還元能、すなわち細胞外電子伝達能を有し、Ferrihydrite還元に伴うMagnetite生成を行うことがわかった。

以上の結果は、酸化鉄がメタン生成におよぼす影響、またメタン生成アーキアの細胞外電子伝達に関する基礎理解を深めるのみならず、高温メタン発酵の安定化・効率化にも繋がる知見である。

Fig.1. Methane production of each fed-bath culture degrading yeast extract with acetate in the absence and presence of 20, 40, 80 or 160 mM Fe(ID) oxide. Asterisks represent a significant difference (P< 0.05) from the Non-Fe as a control. Data are presented as the means of three time points, and error bars represent standard deviations.

Fig. 2. Effects of 5 and 10 mM of magnetite and ferrihydrite on acetate degradation of microbial communities in thermophilic methanogenic sludge. Data are presented as the means of three or two independent experiments,and error bars represent standard deviations.

Fig. 3. Effects of magnetite, ferrihydrite and soluble iron, Fe(II}N A on propionate degradation in thermophilic methanogenic sludge. Data we presented as the means of three or two independent experiments, and error bars represent standard deviationc.

審査要旨 要旨を表示する

メタンはクリーンエネルギー源として利用される一方で、強力な温室効果ガスとしても知られている。メタン生成は鉄によって影響を受けることが報告されている。鉄は自然界に豊富に存在する物質であり、酸化還元の受けやすさ、電気伝導性といった性質がその組成や結晶構造により変化するため、異なる性質を持つ鉄の存在は微生物の活性に様々な影響を及ぼしうる。

特に鉄の存在がメタン生成に及ぼす影響として、2つの相反する効果が報告されている。一つは還元を受けやすいFerrihydriteの存在がメタン生成に阻害的に働くというものである。もう一つは高い導電性を有するMagnetiteの存在が、嫌気性微生物間の電子移動反応を促進しメタン生成を効率化する、というものである。しかしこれらの現象は水田土壌等の限られた環境でしか調べられておらず、またその詳細なメカニズムは不明な部分が多い。本研究では、高温メタン発酵をモデル生態系として使用し、異なる結晶構造を持つ酸化鉄がメタン生成活性に及ぼす影響を調べた。

まず、高温メタン発酵汚泥を微生物源、酢酸とYeast extractを基質とし、20-160 mMのFerrihydriteの存在下、55℃でメタン生成微生物群を培養し、メタン生成量、鉄還元量を測定した。その結果、Ferrihydrite添加量の増加に伴うメタン生成量の低下、および二価鉄生成量の増加が見られた。このとき、Ferrihydriteの還元に流れた電子量から求められる量以上にメタン生成量が減少していた。

次に、鉄還元が生じた条件の微生物群集構造解析をおこなった結果、既知の鉄還元細菌と近縁な微生物は検出されなかった。またメタン生成アーキアとしては酢酸利用型のMethanosarcina thermophila に近縁なクローンが検出された。近縁株のM. thermophila TM-1T株を用いて培養実験を行ったところ、酢酸、もしくはメタノールからのメタン生成は130 mMのFerrihydriteで完全に阻害された。

以上の結果から、本実験条件でのFerrihydriteによるメタン生成阻害は鉄還元微生物との競争阻害ではなく、メタン生成アーキアへの直接的な阻害によるものと考えられた。

Magnetiteによるメタン生成の促進について調べるため、まず高温メタン発酵汚泥を微生物源、酢酸を基質とし、5, 10 mMのMagnetiteの存在下、55℃でメタン生成微生物群を培養した。その結果、Magnetiteの存在下でメタン生成が有意に促進された。微生物群集構造解析の結果、Magnetite添加条件においてバクテリアでは酢酸分解菌Tepidanaerobacter acetatoxydansの近縁種、アーキアでは酢酸利用型メタン生成菌Methanosarcina thermophilaの近縁種がそれぞれ優占しており、電気共生反応へ関与していると考えられた。またプロピオン酸を基質として同様の培養を行ったところ、MagnetiteだけではなくFerrihydrite添加条件でもメタン生成の促進がみられた。

さらに、M. thermophilaが電気共生に必要な細胞外電子伝達能を有しているかを調べるために、分離したFE-1株、および近縁種のTM-1T株のFerrihydrite還元能を調べた結果、両株ともにメタノールと水素を同時に添加した培養系でFerrihydrite還元を行い、細胞外電子伝達能を有することが示された。生成した鉄化合物の結晶構造をX線回析により解析した結果、Ferrihydriteの還元に伴うMagnetiteの生成が確認された。さらにSEM-EDX解析により、生成したMagnetite粒子はM. thermophilaの細胞周辺に局在していることが示された。以上の結果は、M. thermophilaは電気共生に必須な導電性粒子を自ら作り出している可能性を示唆する。

本研究では、高温メタン発酵をモデル生態系として使用し、異なる性質を持つFerrihydriteとMagnetiteがメタン生成に及ぼす影響を調べた。高温条件下でも高濃度Ferrihydriteによるメタン生成阻害がみられ、その原因はメタン生成アーキアの直接的な阻害によるものと考えられた。一方で導電性のMagnetiteが高温メタン発酵において酢酸およびプロピオン酸の分解を促進させることを初めて示した。またM. thermophilaが固体鉄の還元能、すなわち細胞外電子伝達能を有し、Ferrihydrite還元に伴うMagnetite生成を行うことがわかった。以上の結果は、酸化鉄がメタン生成に及ぼす影響、また、高温メタン発酵の安定化・効率化にも繋がる知見である。

以上により、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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