学位論文要旨



No 129189
著者(漢字) 尾﨑,太郎
著者(英字)
著者(カナ) オザキ,タロウ
標題(和) 放線菌におけるテルペノイドの構造多様性創出機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 129189
報告番号 甲29189
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3894号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 特任教授 尾仲,宏康
 東京大学 准教授 作田,庄平
 東京大学 准教授 葛山,智久
内容要旨 要旨を表示する

テルペノイドは炭素数5のイソプレン骨格を基本単位として生合成される化合物の総称である。これまでに数万ものテルペノイドが天然から単離されてきた。テルペノイドは、その多様な構造ゆえに様々な生物活性を示し、医薬や農薬、香料など様々な用途で利用されてきた重要な化合物群である。構造多様なテルペノイドは、イソプレン骨格の縮合や環化、転移、修飾により生合成される。その生合成機構を解明することで、汎用宿主による効率的な物質生産や変異酵素を利用した新規類縁体の合成が可能になると期待される。また、特徴的な骨格を生合成する酵素反応には、独自の反応を触媒するものが多く存在するため、分子進化の多様性を探るうえでも生合成研究は重要である。本論文の第一章と第二章では、放線菌の生産するテルペノイドの生合成研究を行い、新たなテルペノイド生合成機構を見出した。さらに、第三章と第四章では、生合成研究によって見出された基質特異性の寛容なプレニル基転移酵素を利用して様々な芳香族化合物のプレニル化を試み、構造多様なプレニル化化合物を合成することに成功した。

第一章 Streptomyces coelicolor A3(2)におけるプレニル化インドールの生合成研究

S. coelicolor A3(2)のゲノム上にはプレニル基転移酵素遺伝子SCO7467、およびフラビン依存型モノオキシゲナーゼ(FMO)遺伝子SCO7468が並んで存在する機能未知遺伝子クラスターが存在する。この遺伝子クラスターが新規テルペノイドの生合成に関与すると予想し、研究を行った。SCO7467とSCO7468を異種放線菌Streptomyces lividans TK23に導入することで最終産物の同定を試みた。S. coelicolor A3(2)とS. lividans TK23は近縁の種であり、ほぼ同一の遺伝子クラスターを有している。S. lividans TK23において、SCO7467とSCO7468の発現量を上昇させることで、最終産物が蓄積することを期待した。両遺伝子を導入したS. lividans TK23の形質転換体を培養したところ、形質転換体特異的に蓄積する化合物を見出すことに成功し、構造解析によって新規化合物5-ジメチルアリルインドール-3-アセトニトリル(5-DMAIAN)であることを明らかにした。

次いで、組換えタンパク質を用いた実験によって、5-DMAIANの生合成経路を推定した。初めにSCO7467によってL -トリプトファンがプレニル化され、5-ジメチルアリルトリプトファン(5-DMAT)が生成することを明らかにした。本研究によって、SCO7467がL-トリプトファンの5位をプレニル化する原核生物由来の初めてのプレニル基転移酵素であることを明らかにした。続いて、SCO7468が5-DMATを5-ジメチルアリルインドール-3-アセタルドキシム(5-DMAIAOx)に変換することも明らかにした。同様の変換反応は植物のオーキシン生合成においてシトクロムP450が触媒することが知られているが、FMOでは初めての例である。5-DMAIAOxは脱水反応によって5-DMAIANに変換されるため、生合成における合理的な中間体であると考えている。

第二章 ラバンドシアニンの生合成研究

ラバンドシアニンは放線菌Streptomyces sp. CL190の生産するフェナジン-テルペノイド融合化合物であり、フェナジンの5位窒素原子にプレニル基が付加した特徴的な構造を有する。N-プレニル化フェナジンは様々な生物活性を示すことが知られているが、そのプレニル化機構は未解明であった。また、ラバンドシアニンにおけるプレニル基は、シクロラバンデュリル基という特徴的なモノテルペノイドであり、その生合成機構も明らかにされていなかった。第二章では、ラバンドシアニン生合成に新規のテルペノイド生合成機構が存在すると予想し、その解明を目的として研究を行った。

放線菌においてシクロラバンデュリル基は、ラバンドシアニン、およびラバンドキノシンにのみ見出されている。そこで、次世代シーケンサーを用いて、CL190株とラバンドキノシン生産菌のドラフトゲノムシーケンスを行い、両菌株のテルペノイド生合成遺伝子を比較した。その結果、他の放線菌には存在せず、両菌株にのみ特異的に存在するプレニルジリン酸合成酵素遺伝子を見出すことに成功した。次に、組換えタンパク質を用いた実験や遺伝子欠損株の生産物の分析によって、この遺伝子産物がジメチルアリルジリン酸(DMAPP)からシクロラバンデュリルジリン酸(CLP)を合成する新奇プレニルジリン酸合成酵素であることを明らかにし、本酵素をシクロラバンデュリルジリン酸合成酵素(CLDS)と命名した。

また、ラバンドシアニンの生合成中間体としてフェナジン-1-カルボン酸(PCA)を同定し、N-プレニル化酵素(PTase)とFMOによって、PCAがラバンドシアニンへと変換されることも明らかにした。このプレニル基転移酵素がフェナジンのN-プレニル化、およびシクロラバンデュリル基の転移を触媒する初めてのプレニル基転移酵素であることを明らかにした。

第三章 NovQの機能解析1

第三章では、アミノクマリン系抗生物質ノボビオシンの生合成に関与するStreptomyces niveus由来のNovQの機能解析を行った。初めに、NovQが4-ヒドロキシフェニルピルビン酸のプレニル化を触媒することを明らかにした。

NphBやSCO7190などの放線菌由来プレニル基転移酵素はその立体構造からABBAプレニル基転移酵素とも呼ばれ、芳香族化合物に対して寛容な基質特異性を示す。NovQや、NovQと高い相同性を示すCloQもABBAプレニル基転移酵素に分類されるが、その基質特異性はこれまでに検討されてこなかった。そこで、NovQの基質特異性を検討するために、様々な芳香族化合物のプレニル化反応を試みた。その結果、他のABBAプレニル基転移酵素と同様にフラボノイドやジヒドロキシナフタレンにプレニル化活性を示すことを明らかにした。また、NMRによる反応産物の構造解析を行い、他のプレニル基転移酵素とプレニル化の位置選択性が異なることを明らかにした。NphBやSCO7190がフラボノイドのA環の6位のC-プレニル化や7位のO-プレニル化を触媒するのとは対照的に、NovQが触媒するのはB環の3'位のC-プレニル化や4'位のO-プレニル化であった。さらに、p-クマル酸などのフェニルプロパノイドにも活性を示すことを明らかにした。

第四章 フェナンスレンジオキシゲナーゼとプレニル基転移酵素を利用した構造多様性の創出2

放線菌由来のABBAプレニル基転移酵素は基質とする化合物にフェノール性の水酸基を必要とする。一方、Cycloclasticus sp.由来のフェナンスレンジオキシゲナーゼは様々な置換ナフタレン類に対して活性を示し、この酵素による水酸基導入とそれに続く酸性条件での脱水反応によって、置換ナフタレン類にフェノール性水酸基を導入することが可能である。第四章では、これらのヒドロキシナフタレン類が、放線菌由来ABBAプレニル基転移酵素の基質となることを期待して、フェナンスレンジオキシゲナーゼと放線菌由来ABBA プレニル基転移酵素の反応を利用した置換ナフタレン類のプレニル化誘導体合成を試みた。

結果として3種の置換ナフタレン類を出発物質として、10種のプレニル化誘導体を合成することに成功した。本章で得られた各化合物の抗酸化活性を測定し、フェノール性水酸基の導入によって抗酸化活性を獲得し、プレニル化によってその抗酸化活性が上昇することを明らかにした。

総括

本研究では、放線菌の生産するテルペノイドの生合成研究を通して、新たな生合成機構を提唱することができた。また、生合成研究から発見されたプレニル基転移酵素を利用して、新たなプレニル化化合物を創製することにも成功した。本研究の成果は、テルペノイドの構造多様性創出機構を解明する一助になると考えている。

(1)Ozaki, T.; Mishima, S.; Nishiyama, M.; Kuzuyama, T. J Antibiot (Tokyo) 2009, 62, 385.(2) Shindo, K.; Tachibana, A.; Tanaka, A.; Toba, S.; Yuki, E.; Ozaki, T.; Kumano, T.; Nishiyama, M.; Misawa, N.; Kuzuyama, T. Biosci Biotechnol Biochem 2011, 75, 505.

図 1 5-DMAIANの生合成経路

図 2 ラバンドシアニンの生合成経路

審査要旨 要旨を表示する

テルペノイドは炭素数5のイソプレン骨格を基本単位として生合成される化合物の総称である。テルペノイドは、その多様な構造ゆえに様々な生物活性を示し、医薬や農薬、香料など様々な用途で利用されてきた。本論文では、放線菌の生産する新規なテルペノイドの生合成研究を行うとともに、基質特異性が寛容なプレニル基転移酵素を利用して様々なプレニル化芳香族化合物を創成したもので、四章よりなる。

序論では、テルペノイドの生合成について既存の知見をまとめている。また、生合成研究を行うことの意義や、その結果を物質生産へと応用にすることについても展望を記述するとともに、各章における研究の目的について述べている。

第一章では、S. coelicolor A3(2)のゲノム上にプレニル基転移酵素遺伝子SCO7467、およびフラビン依存型モノオキシゲナーゼ(FMO)遺伝子SCO7468が並んで存在する機能未知遺伝子クラスターを見出し、その機能解析を行っている。SCO7467とSCO7468を異種放線菌Streptomyces lividans TK23に導入することで、SCO7467とSCO7468によって生合成される最終産物が新規化合物5-ジメチルアリルインドール-3-アセトニトリル(5-DMAIAN)であることを明らかにしている。続いて、SCO7467とSCO7468の組換えタンパク質の機能解析を行い、5-DMAIANの生合成経路を解明することにも成功している。第一章の研究によって、SCO7467がL-トリプトファンの5位をプレニル化する原核生物由来の初めてのプレニル基転移酵素であること、SCO7468が5-ジメチルアリルトリプトファンを5-ジメチルアリルインドール-3-アセタルドキシムに変換する新規のFMOであることが明らかにされた。

第二章では、放線菌Streptomyces sp. CL190の生産するラバンドシアニンの生合成研究を行っている。ラバンドシアニンは抗腫瘍活性やテストステロン5-αリダクターゼ阻害活性を示すことが報告されている化合物でフェナジンの骨格に窒素原子を介してプレニル基が結合した特徴的な構造を有している。類似のN-プレニル基を有する化合物は他の放線菌からも単離されていたが、それらの化合物に特徴的なN-プレニル基の生合成機構は明らかにされていなかった。また、ラバンドシアニンが有するプレニル基は分岐鎖モノテルペンが環化したシクロラバンデュリル基という特徴的な構造であるが、その生合成機構についても未解明であった。そこで、バイオインフォマティクスを利用して対象遺伝子を絞り込むとともに、各遺伝子の欠損株や組換えタンパク質を詳細に解析することで、ラバンドシアニンの全生合成経路を明らかにした。本章において発見されたシクロラバンデュリルジリン酸合成酵素は、テルペノイドの縮合と環化を同時に触媒する新規酵素である。また、本章では新たに発見したフェナジンのN-プレニル化酵素の機能も明らかにしている。

第三章では、アミノクマリン系抗生物質ノボビオシンの生合成に関与するStreptomyces niveus由来のNovQの機能解析を行い。NovQが4-ヒドロキシフェニルピルビン酸のプレニル化を触媒することを明らかにしている。さらに、NovQの基質特異性について詳細な解析を行い、その結果としてフェニルプロパノイドやフラボノイド、ジヒドロキシナフタレンにプレニル化活性を示すことにも成功している。第三章によりNovQがp-クマル酸などのフェニルプロパノイドをプレニル化する活性やフラボノイドのB環をプレニル化する活性を有する初めてのプレニル基転移酵素であることが明らかにされた。

第四章では、Cycloclasticus sp.由来のフェナンスレンジオキシゲナーゼを利用して置換ナフタレン類にフェノール性水酸基を導入することで、プレニル基転移酵素の基質を創出した。合成されたヒドロキシナフタレン類を基質としてプレニル化反応を検討し、結果として3種の置換ナフタレン類を出発物質として、10種のプレニル化誘導体を合成することに成功している。さらに第四章で合成した各化合物の抗酸化活性を測定し、フェノール性水酸基の導入によって抗酸化活性を獲得し、プレニル化によってその抗酸化活性が上昇することも明らかにしている。

以上、本論文はテルペノイドの構造多様性を創出する機構を明らかにし、さらには構造多様なテルペノイドの合成へと応用したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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