学位論文要旨



No 129191
著者(漢字) 中村,一成
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,カズナリ
標題(和) 放線菌Streptomyces griseusにおける黄色色素の生産制御機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 129191
報告番号 甲29191
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3896号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,康夫
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 講師 勝山,陽平
内容要旨 要旨を表示する

Streptomyces属をはじめとした放線菌は、多種多様な二次代謝産物を生産することで知られている。今日の抗生物質の約7割が放線菌由来であるなど有用化合物を数多く生産するため、放線菌は産業的にも関心の高い菌群である。過去の様々な研究により、これら二次代謝に関わる生合成遺伝子群や生合成経路は数多く報告されているが、その制御機構については不明な点も多い。また昨今のゲノム情報の蓄積やオーム解析の発展により、放線菌ゲノム中に含まれる生合成遺伝子群は数十にのぼり、かつ通常の培養条件においてそれらの多くは発現していないことが明らかにされた。二次代謝の制御機構を理解することで、通常発現していない生合成遺伝子群を活性化することも可能になると思われる。有用物質の増産や新規化合物の取得に向けて、二次代謝の制御機構の解明は今後益々重要になると考えられる。

所属研究室では長年に渡り、Streptomyces griseusの二次代謝制御に関して研究が行われてきた。S. griseusは抗生物質ストレプトマイシンをはじめ様々な二次代謝産物を生産するが、その1つに黄色色素グリキサゾン(GX)が含まれる。GXはフェノキサジノン骨格を有する分泌性の化合物で、生合成遺伝子群や生合成経路は所属研究室における過去の研究によって明らかにされている。また生産の有無を目視で確認できることから二次代謝制御研究のモデルとして解析が進められ、GXの生産制御機構は部分的に解明されていた。GX生合成遺伝子群に含まれSARP型経路特異的転写活性化因子をコードするgriRは、リン酸飢餓の刺激とグローバル転写因子AdpAのシグナルとを受けて発現し、GriRが生合成酵素をコードする遺伝子の転写を活性化することでGXが生産される。一方、GX生産能を失ったUV変異株の解析からgriZ遺伝子が発見された。griZはゲノム上でGX生合成遺伝子群から離れた位置に存在し、TetR型転写抑制因子をコードしている。UV変異株ではGriZの40番目のセリンがアラニンに置換する点変異が生じており、DNA結合活性に影響することが予想された。GriZは自身の遺伝子の上流反対向きに存在するオペロンgriUVWの発現を抑制しているが、griZ破壊株ではこのオペロンが過剰発現することでGX生産が抑制されると考えられた。しかし、griRの上流の制御機構やgriUVWによるGX生産抑制メカニズム、またこれらがいかに関係し合うかなどは不明であった。

さらに、GX生産制御の解析に用いられている株は研究室で長年継代を重ねた野生株(ADYP株)でありGX生産能を持つが、近年ゲノム解析に用いた野生株(ゲノム株)はGXをほとんど生産しない。両者はもともと同一の株であるため、植え継いでいく中でADYP株に生じた何らかの変異のために表現型が変化したと考えられる。GX生合成遺伝子群やgriZ付近の領域に変異は見出されなかったため、GX生産制御に関わる未知の因子に変異が生じていることが予想された。

このように、GX生産制御機構に関しては未解明の部分が多い。本研究では、二次代謝制御機構の1つのモデルとしてGXの生産制御機構の全体像を明らかにすることを目的とした。

1. GriRに関する解析

SARP型転写因子は、標的遺伝子のプロモーター領域に存在する複数回の直列反復配列へ結合し、RNAポリメラーゼ(RNAP)をリクルートすることで標的遺伝子の転写を活性化することが知られており、GriRも同様に標的遺伝子griCおよびgriJの上流へ結合することが示され、結合配列も推定されていた。DNase Iフットプリント実験によってGriRの結合位置を正確に決定し、griJ上流にはこれまで予想されていた数よりも多い5個のGriRが結合することを明らかにした。

2. GriZに関する解析

GriZは、griUVWオペロンを介してGX生産制御に関与すると推測されていたが、どの遺伝子がどのような機構で作用しているのか等、詳細は分かっていなかった。griZ破壊株ではgriUVWが過剰発現することでGX生産能が失われることから、griUVWいずれかの遺伝子の破壊によってGX生産能が回復すると推測された。griZU二重破壊株を作製したところ、GX生産能が回復し、GriZはgriUを介してグリキサゾン生産を抑制していると考えられた。また組換えGriZタンパク質を用いたゲルシフト実験の結果、S40A型GriZについてDNA結合活性が大幅に低下していることが分かった。さらに他のTetR型転写因子と同様にGriZがリガンドと結合しDNAから解離することを予想したが、GXや中間産物等はリガンドとして機能しなかった。

3. GriUに関する解析

前述の通り、破壊株の表現型解析から、griZはgriUを介してグリキサゾンの生産制御を行っていると考えられた。GriUは脱水素酵素とアノテーションされているが、相同性の高いタンパク質で実験的に解析された例はなく、N末端側が脱水素酵素のNAD結合領域と高い相同性を持つのみであり、実際にどのような機能を担っているか全く予想が出来なかった。griZ破壊株、griU破壊株、griUZ二重破壊株を用いて転写解析を行ったところ、griZ破壊株では生合成酵素をコードするgriCDEFG、griJIHの転写が失われていたが、griUZ二重破壊株では回復していた。一方、griRの転写は常に検出されており、GriUの作用点はgriRが転写されてからGriRが標的遺伝子を転写活性化するまでの間にあると推測された。

GriUの機能についてさらなる解析を行うため、大腸菌を用いて組換えGriUタンパク質を取得した。まずゲル濾過クロマトグラフィーによって溶液中で二量体化することを示した。次に、GriUとGriRを用いてgriCおよびgriJ上流域についてゲルシフト実験を行った。GriRのみを用いた場合では単一のシフトバンドが検出され、GriUのみを用いた場合ではシフトバンドは観察されなかったが、GriUとGriRを同時に用いた場合ではGriRの結合に由来するバンドよりも泳動の遅れたスーパーシフトバンドが新たに観察された。この結果はDNA-GriR-GriUの3者複合体の存在を示唆している。さらにS. griseusよりRNAPを粗精製し、GriR、GriUと共にゲルシフト実験に供した。RNAPとGriRのみを加えた場合には、GriR単独の場合よりも泳動度の遅れたスーパーシフトバンドが観察され、GriRがRNAPと結合していることが示唆された。しかしRNAP、GriR、GriU全てを加えた場合にはスーパーシフトはキャンセルされ、GriR単独の場合と近い位置にバンドが検出された。この結果、GriRはRNAPをリクルートするが、GriUがGriRと結合することでGriR-RNAP間の相互作用が阻害されることが示唆された。よって、GriUはGriRの転写活性化能の阻害を通してGXの生産を抑制していることが明らかになった(図1)。

4. ADYP株におけるGX過剰生産の原因遺伝子の同定

GX生産能の高いADYP株とGXをほとんど生産しないゲノム株との間でゲノム配列を比較し変異点を解析することで、GX生産制御に関わる新規な遺伝子を発見できると考えた。両株からゲノムDNAを抽出し、Genome Analyzerを用いて野生株ゲノムのリシーケンスおよびADYP株ゲノムのシーケンスを行ったところ、ADYP株において12ヶ所の変異候補が見出された。このうちORF内に存在しアミノ酸配列を変化させる変異候補は8ヶ所(7遺伝子)であった。これらについてキャピラリーシーケンサーを用いて塩基配列を決定したところ全てに変異が確認されたことから、ADYP株の表現型の原因遺伝子候補をこの7個とした。次に、それぞれの変異点を野生型へ戻したADYP株を作製し、表現型の観察を行った。6遺伝子については変異点を野生型に戻してもグリキサゾン生産能、形態分化能ともにADYP株と同様であったが、SGR1728遺伝子上に生じていた1塩基挿入変異を野生型に戻した株では、グリキサゾン生産能が著しく低下するとともに形態分化能が上昇し、ゲノム株と同様の表現型となった。この結果はADYP株の表現型がSGR1728遺伝子上の変異によるものであることを強く示唆している。SGR1728遺伝子は機能未知の膜タンパク質をコードしているが、ADYP株では1塩基挿入変異によるフレームシフトのため、翻訳産物のC末端側3分の1以降が異常なアミノ酸配列となる。アミノ酸配列からはSGR1728の機能は予測できないが、新規な機構によって二次代謝制御に関わっていると考えられる。

総括

本研究によって、二次代謝における重要な転写活性化因子SARPの活性を阻害するタンパク質が発見された。GriUのホモログは他の放線菌ゲノム中にも広く存在するため、二次代謝制御に関わるタンパク質として普遍的である可能性がある。またgriZ、SGR1728などGX生合成遺伝子群に含まれない遺伝子がGX生産制御に関わっていることが分かり、GX生産制御機構の全容解明の一助となるのみならず、二次代謝制御に関する知見を広げる研究成果であるといえる。

図1 GX生産制御機構のモデル

GriZが何らかの刺激を受けてDNAから解離するとGriUが発現し、GriUがGriRと結合することでGriR-RNAP間の相互作用を阻害し、GX生産を抑制する。

審査要旨 要旨を表示する

放線菌は多種多様な二次代謝産物の生産能を持つことで知られている。二次代謝産物の生合成遺伝子群や生合成経路に関する報告に比べると、生合成遺伝子の発現制御機構に関する報告は少ない。本論文はStreptomyces griseusが生産する黄色色素グリキサゾンの生合成制御機構に焦点を当て、二次代謝制御のモデルとして解析することを目的としている。本論文は序論全4章、本論全4章および総括から構成される。

序論第1章では放線菌について概説し、二次代謝産物の生産制御機構について今日までの知見をまとめている。また二次代謝産物の生合成遺伝子群の経路特異的転写活性化因子として放線菌ゲノム中に数多く見出されているSARP型転写因子に関しても詳述されている。序論第2章ではグリキサゾンに関して既存の知見について簡潔にまとめている。黄色色素グリキサゾンはS. griseusが生産する二次代謝産物であり、生合成遺伝子群、生合成経路が既に決定されている。生産制御機構も部分的に解明されており、微生物ホルモンA-factorとリン酸飢餓の刺激を受けてSARP型経路特異的転写因子GriRが発現し、生合成酵素をコードする一連の遺伝子を転写活性化することでグリキサゾンが生産される。さらに、生合成遺伝子群から離れた位置に存在するgriZおよびgriUVWオペロンもグリキサゾン生産制御に関わっているが、その機構は明らかにされていない。序論第3章では、所属研究室が保有する2種類のS. griseus野生株、ADYP株とゲノム株に関して表現型の違いについて述べ、その原因について推論している。ゲノム株と比較してADYP株は高いグリキサゾン生産能と若干低い形態分化能を有している。序論第4章では本論文の目的と構成を述べている。

本論第1章では、griR上流領域に対するAdpAの結合の有無の検討およびGriRの結合位置の決定を行っている。所属研究室におけるChIP-seq解析によりgriR上流領域にAdpAが結合する可能性が示唆されたが、本論文ではゲルシフト実験を用いてAdpAが結合しないことを示した。また、griCおよびgriJ上流領域におけるGriRの結合位置は前任者によって推定されていたが、本論文ではDNase Iフットプリント実験を行うことで結合位置を正確に決定した。特にgriJ上流に結合するGriRの個数は、これまで推定されていた4個ではなく、5個であることを見出した。

本論第2章では、griZに関する解析について述べている。griZに関して、転写解析を行いgriZ破壊株においてgriUVWオペロンの転写量が上昇していることを示した。また前任者によってGriZのリガンドがグリキサゾンであることが示唆されていたが、その可能性を否定した。そしてgriZ、griUの二重破壊株がグリキサゾン生産能を回復したことから、griUがgriZの下流にあってグリキサゾン生産制御に関わる遺伝子であることを示した。

本論第3章では、GriUに関する解析について述べている。転写解析やgriRの過剰発現実験の結果からGriUの作用点がgriR上流の制御機構と、griRが翻訳されてからgriC、griJの転写活性化を行うまでの過程の2ヶ所に存在し、特に後者のgriRの翻訳後制御が重要であることを明らかにした。そして組換えGriUタンパク質を用いたin vitro系における解析の結果、GriUが、DNAと結合しているGriRとタンパク質間相互作用しDNA-GriR-GriU 3者複合体を形成することで、GriR-RNAポリメラーゼ間の結合を妨げ、GriRの転写活性化能を阻害していることを示し、GriUがGriRに対する抗転写活性化因子であることを明らかにした。

本論第4章では、ADYP株の原因遺伝子がSGR1728であることを示している。ADYP株およびゲノム株の全ゲノム配列を解読し、7遺伝子8ヶ所の変異点を決定し、それら全てについて解析を行った結果、SGR1728がグリキサゾン生産能および形態分化能に関する原因遺伝子であることを見出した。

総括においては、本研究の結果を総括するとともに、今後の展望について述べている。

以上、本論文は放線菌S. griseusにおけるグリキサゾン生産制御機構に関する解析結果をまとめたものであり、学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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