学位論文要旨



No 129192
著者(漢字) 林,貴之
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,タカユキ
標題(和) 放線菌が生産するベンザスタチン類の生合成に関する研究
標題(洋)
報告番号 129192
報告番号 甲29192
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3897号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,康夫
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 准教授 作田,庄平
 東京大学 准教授 葛山,智久
 東京大学 講師 勝山,陽平
内容要旨 要旨を表示する

放線菌が生産する二次代謝産物としてベンザスタチン類が知られている。代表的なベンザスタチンであるvirantmycinは、塩素が結合している点、tetrahydroquinoline骨格を有する点を特徴とするアルカロイドである。一方で、Streptomyces sp. RI-18株(以下、RI-18株)が生産するベンザスタチン類、JBIR-67はindoline骨格を有している。tetrahydroquinoline骨格、indoline骨格を有する化合物の報告は珍しいにも拘らず、ベンザスタチン類は両方の骨格を持つ化合物を含んでいる。このことから、ベンザスタチン類の生合成経路、生合成酵素に興味が持たれた。また、ベンザスタチン類は抗ウィルス、抗真菌、抗酸化、ヒト細胞に対する低酸素応答誘導といった多数の生理活性を持つことが知られている。このことから、ベンザスタチン類をリード化合物とした類縁体合成の基礎として、生合成経路の解明およびベンザスタチン類高生産株の構築が重要だと考えた。そこで本研究では、RI-18株におけるベンザスタチン類の生合成経路、生合成酵素の解析を目標として研究を行った。

1、Streptomyces sp. RI-18株におけるベンザスタチン生合成遺伝子クラスターのin silico解析および生合成経路の推測

既知のベンザスタチン類の化学構造から、p-aminobenzoic acid(PABA)にgeranyl基が結合したgeranyl-PABAが初期の中間体として合成されていることが推測された。まず、ベンザスタチン類生合成遺伝子クラスターの取得を目的としてRI-18株のドラフトゲノムシークエンス解析を行った。RI-18株はベンザスタチンであるvirantmycin、JBIR-67、7-hydroxyl benzastatin Dの生産菌である。得られたゲノムシークエンスにおいて、prenyltransferase遺伝子およびPABA合成酵素遺伝子のゲノムスキャニングを行ったところ、この両者を含む遺伝子クラスター(bezクラスター)が見出された(図1)。このうち、ベンザスタチン生合成の主要な部分を担っていると考えられる遺伝子をbezA-Jと名付け、以下のような生合成経路を推測した(図2)。まず、PABA合成酵素であるBezHIがPABAを合成する。次に、prenyltransferaseであるBezFがPABAにgeranyl基を結合させgeranyl-PABAを合成する。さらに、修飾酵素であるBezABCEGJが修飾を行うことで、種々のベンザスタチン類を生産される。なお、BezA、BezBはmethyltransferase、BezC、BezDはP450 monooxigenaseと相同性を示した。BezG、BezJはそれぞれN-acetyltransferase、N-oxigenaseと相同性を示すことから、環化反応に関与すると考えられた。一方、virantmycinには塩素が結合しているにもかかわらず、既知のハロゲン化酵素と相同性を有する酵素遺伝子は存在していなかった。

2、ベンザスタチン生合成遺伝子クラスターの同定

実際の実験として、まずbezFの異種発現を試みた。Streptomyces lividansにおいてbezFを異種発現したところ、培地にPABAを添加した場合に化合物1を生産した。1を単離精製し構造決定を行った結果、geranyl-PABAであった。この結果より、BezFはPABAにgeranyl基を結合させる新規なprenyltransferaseであることが明らかになった(図2)。次に、bezA-Jのうち同一転写単位にコードされていると考えられたbezD-Jの異種発現を試みた。その結果、化合物6が生産された。JBIR-67標品と溶出時間、MS/MSスペクトルを比較した結果、6はJBIR-67であることが明らかになった(図2)。さらに、bezD-JとともにbezABCを発現させたところ、化合物7および化合物8が生産された。標品との比較により、これらはそれぞれ7-hydroxyl benzastatin Dおよびvirantmycinであることが明らかになった(図2)。

以上より、bezクラスターがベンザスタチン生合成遺伝子クラスターであることが明らかになった。また、geranyl-PABAをBezEGJが修飾することでJBIR-67が、BezABCEGJが修飾することで7-hydroxyl benzastatin Dおよびvirantmycinが合成されることが明らかになった。

3、ベンザスタチン生合成酵素遺伝子の機能解析

次に、ベンザスタチン修飾酵素であるBezABCEGJの機能解析を行った。まず、bezFに加えてbezA、bezB、bezCを様々な組合せで共発現させるプラスミドを作製し、形質転換株の代謝物を解析した(表グループ(1))。その結果、BezAがgeranyl-PABAの13位をmethyl化しmethyl-geranyl-PABA(2)を合成することが明らかになった(図3)。また、BezCがmethyl-geranyl-PABAの17位を水酸化し、hydroxyl-methyl-geranyl-PABA(3)を合成することが明らかになった(図3)。2、3は単離精製し構造決定を行った。

次に、bezA-J発現プラスミドから一つあるいは複数の修飾酵素遺伝子を除いたプラスミドを作製し、形質転換株の代謝物を解析した(表グルーブ(3))。同様にbezD-J発現プラスミドから修飾酵素遺伝子を除いたプラスミドを作製し解析した(表グルーブ(2))。その結果、BezBが化合物5をmethyl化することで7-hydroxyl benzastatin D(7)を合成することが示唆された(図3)。また、BezGがgeranyl-PABA(1)およびmethyl-geranyl-PABA(2)を5員環環化し、それぞれJBIR-67(6)、methyl-JBIR-67(4)を合成することが明らかになった(図3)。4は単離精製し構造決定を行った。BezEとBezJはそれぞれクロル化酵素と6員環合成酵素のいずれかであることが示唆された。

4、総括

本研究ではS. lividansにおける異種発現実験によりRI-18株のベンザスタチン生合成経路、酵素遺伝子の解析を行った。その結果、新規なベンザスタチン1、2、3、4、5を明らかにすることができた。特に1、2、3、4については高生産株を作製することに成功した。また、分岐した複雑な生合成経路が明らかになったことから、JBIR-67(6)は早い段階で分岐した最終産物であることが示された。生合成中間体としてクロル化した化合物が見出されなかったことから、7-hydroxyl benzastatin Dの水酸基がクロル基に置換されることでvirantmycinが合成されると推測された。

本研究により、ベンザスタチン生産に必要十分な生合成酵素遺伝子群が明らかになった。その結果、全く未知であったベンザスタチンのtetrahydroquinoline骨格、indoline骨格合成経路・酵素について重要な知見が得られた。また、既知のハロゲン化酵素と相同性を持たない新規なクロル化酵素の存在を明らかにすることができた。

図1 benzastatin 生合成遺伝子クラスター

図2 benzastatin 類の予想合成経路

表 各種異種発現株が生産するベンザスタチン

図3 本研究で示唆されたベンザスタチン生合成経路

化合物5は構造決定をしていないが、BezB(methyltransferase)を除くと7が合成されないこと、5の分子量が7よりmethyl基1つ分だけ小さいことから、このような構造(demethyl-7-hydroxyl benzastatin D)だと考えられた。本研究結果では化合物5への生合成経路が2通り示唆された。実際には3、4のいずれかが5の中間体であり、いずれかはシャント化合物だと考えられる。

BezEあるいはBezJを除いたプラスミドはベンザスタチン全体の生産量が減少し、7、8を生産しなかった。消去法からBezEとBezJの機能はそれぞれクロル化と6員環合成のいずれかだと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

ベンザスタチン類はテトラヒドロキノリン骨格、インドリン骨格、クロル基を有する点を特徴とする天然化合物であり、興味深い生理活性を有するものも報告されているが、その生合成機構はこれまでに明らかにされていなかった。本論文では放線菌Streptomyces sp. RI-18株におけるベンザスタチン生合成に着目し、ベンザスタチン生合成経路、遺伝子、酵素の解明を目的としている。本論文は全7章より構成される。

第一章では、天然物生合成研究の歴史的背景と意義、および生合成酵素について、これまでの知見をまとめている。天然物生合成研究の中でも原核生物由来二次代謝産物を対象にした生合成研究について詳しく述べており、本論文の研究意義、研究戦略が明示されている。

第二章では、研究対象とした天然化合物ベンザスタチンについてまとめている。ベンザスタチンの化学構造は既知の生合成機構では解釈できず、新規な生合成機構が存在していることを示した。

第三章では、RI-18株の予想ベンザスタチン生合成遺伝子クラスターの発見までの経緯を述べるとともに、生合成遺伝子の機能を予測している。ドラフトゲノムシークエンスを利用してゲノムスキャニングを行うことで、ベンザスタチン生合成遺伝子クラスターと予想される配列を見出した。クラスター中の生合成酵素遺伝子の機能予測を行うことで、ベンザスタチン生合成経路の推測を行った。

第四章では、ベンザスタチン生合成遺伝子クラスターの異種発現解析について述べている。異種発現系が確立されているStreptomyces lividansを用いて生合成遺伝子の異種発現解析を行い、第三章で着目した遺伝子クラスターが実際にベンザスタチン生合成遺伝子クラスターであることを明らかにした。また、10種類の酵素遺伝子によりベンザスタチン最終産物であるJBIR-67、7-hydroxyl benzastatin D、virantmycinが合成されることを示した。

第五章では、ベンザスタチン生合成における各酵素遺伝子の異種発現解析について述べている。10種類の酵素遺伝子について様々な組合せで共発現させるため、新たに22種類のベンザスタチン生合成遺伝子発現プラスミドを作製した。このプラスミドを用いた異種発現株の代謝物を解析することで、実際にベンザスタチン生産に関与している酵素遺伝子を特定した。また、異種発現により生産されるベンザスタチン中間体を解析することで、ベンザスタチン生合成経路および酵素機能を明らかにした。

第六章では、ベンザスタチン環化機構を中心としたより詳細な生合成経路の解析について述べている。生合成中間体の投与実験や新たな生合成遺伝子発現株の解析を行い、より詳細な生合成経路を明らかにした。また、ベンザスタチン生合成酵素として新規なベンザスタチン環化酵素およびクロル化酵素が機能していることを示した。

第七章では、本論文で明らかになったベンザスタチン生合成経路、酵素について考察している。また、本論文で用いた研究戦略の有効性と今後の展望について考察している。

以上、本論文は放線菌Streptomyces sp. RI-18株におけるベンザスタチン生合成に関する研究成果をまとめたものであり、学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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