学位論文要旨



No 129193
著者(漢字) 目黒,亜由子
著者(英字)
著者(カナ) メグロ,アユコ
標題(和) 放線菌由来ジテルペン合成酵素の探索と新規多段階環化機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 129193
報告番号 甲29193
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3898号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 教授 大西,康夫
 東京大学 准教授 作田,庄平
 東京大学 准教授 葛山,智久
内容要旨 要旨を表示する

テルペノイド (イソプレノイド) は、ステロイドやカロテノイドなどに代表される天然に55,000種以上の多様な構造の報告例がある化合物群であり、その構造の多様性ゆえに様々な生理活性を持つ化合物が存在する。ジテルペン化合物は、炭素20個の直鎖状ポリプレニルジリン酸geranylgeranyl diphosphate (GGDP) を基質とするテルペノイドであり、その中でも環状ジテルペン化合物は、GGDPがジテルペン合成酵素の触媒作用によって環化されて炭素骨格が形成された後、酸化や還元等の化学修飾を受けて生合成される。ジテルペン合成酵素は、GGDPを単環または多環といった多様な構造の環状テルペン化合物へと変換するための鍵酵素であり、他のテルペン合成酵素と同様、その反応機構によりclass I とclass IIの二種類に分類される。

これまで、ジテルペン合成酵素のほとんどが高等植物と真菌から単離され解析されている。一方2001年に最初の放線菌由来のジテルペン合成酵素が報告されて以来、現在では様々な原核生物から16種が得られているが、植物や真菌と比較してその数は未だ少ない。しかしながら、これまで多くの生理活性物質が放線菌から単離されてきたことを考えれば、放線菌には未だ発見されていないジテルペン合成酵素が多く潜在していると考えられる。そのような未同定ジテルペン合成酵素を発掘するためには、通常、アミノ酸配列を用いた相同性検索が利用されるが、ジテルペン合成酵素は全体的に配列の類似性が低く、相同性検索による効率的な発掘は容易ではない。また、反応機構の詳細な解析例は少ないのが現状である。そこで本論文では、新規ジテルペン合成酵素を効率よく探索する方法を開発し、発掘した酵素の機能を解析すること、また放線菌由来のジテルペン合成酵素CotB2を対象として、標識ラベル体を用いることによりその詳細な反応機構を解明することを目的とした。

第一章 放線菌由来ジテルペン合成酵素CotB2の反応機構

CotB2は、Streptomyces melanosporofaciens MI614-43F2から単離された原核生物由来で初めての5-8-5員環構造を持つジテルペン化合物cyclooctatin生合成の鍵酵素である。本酵素は、GGDPの環化と水酸化を触媒してcyclooctat-9-en-7-olを生成するジテルペン合成酵素である。CotB2の詳細な反応機構を解明するため、まず、GGDPの重水素ラベル体[9,9-2H2]GGDPを基質に用いたCotB2とのin vitro反応産物を、GC-MSと1H NMRにより解析した。その結果、[9,9-2H2]GGDPの2つの重水素原子が、CotB2が触媒する環化反応の過程で2つとも8位へ移動したことが判明したことから、CotB2環化反応において8位と9位の炭素-炭素間に組換えが起こったと考えた。続いて、cyclooctatinを生産する放線菌の培地に [U-13C6]glucoseを添加し、最終産物であるcyclooctatinのラベルパターンを13C NMRで分析した結果、CotB2が触媒する環化反応の過程で8位と9位の炭素-炭素間の組換えを含む反応機構が強く示唆された。さらにdecoupled TANGO-HMBCの測定により8位と10位の炭素が同一グルコース分子由来であることを証明することで、この推定反応機構の妥当性を示す結果を得ることができた。また、CotB2とGGDPとの反応を重水中で行った結果、環化反応の過程では重水素原子はcyclooctat-9-en-7-olに取り込まれず、環化反応の過程で水分子が関与した脱プロトン化とプロトン化は起こらないことが示唆された。以上の結果から、CotB2の反応機構について、10位から3位への分子内プロトン転位を介し、シクロプロパン環を持つ反応中間体を経由する環化機構を提唱した。(図1)

第二章 CotB2の変異酵素の機能解析

CotB2単独の結晶構造やCotB2とGGDPの基質アナログ体との複合体の結晶構造における活性中心ポケットの構造を基に、環化反応に寄与するCotB2の重要なアミノ酸残基の同定を試みた。最初に、class I ジテルペン合成酵素で保存されるmotifの一つである、aspartate-rich motif (110DDMD)の変異酵素を作製し、環化反応の進行に重要と考えられるアスパラギン酸残基(111D)を同定した。続いて、活性中心ポケット内に存在するアミノ酸残基を中心に様々な変異を導入した22種の変異酵素とGGDPとのin vitro反応産物をGC-MSで分析し、野生型CotB2が生成するcyclooctat-9-en-7-olと異なる複数の新規な反応産物の構造を決定した。その結果、3種類の変異酵素 (N103A, F149L, W186F)から計4種類の新規ジテルペン化合物の取得に成功した(図II)。さらに、新規化合物の構造に基づいて各変異酵素によるGGDPの環化反応機構を推定した。変異を導入したアミノ酸残基は図Iの推定環化反応の過程で生じると考えられる反応中間体(X)の7位のカルボカチオンの安定化に寄与しており、変異導入によってカチオンが安定に存在できなくなることで、cyclooctat-9-en-7-olまで反応が進行せず、より安定な各化合物が生成したと考えている。

第三章 放線菌由来新規ジテルペン環化酵素の機能解析

ヌクレオシド系抗生物質A-94964の生産菌であるStreptomyces sp. SANK60404株から新規ジテルペン合成酵素を見出すため、まず、比較的類似性の高いGGPP合成酵素を探索し、次いでその周辺配列を詳細に解析することでclass I ジテルペン合成酵素を2つ見出した (DtcycA, DtcycB)。GGDPとのin vitro反応産物の構造解析の結果、DtcycAからはcembrene Cのイソプロピリデン異性体 (1)とnephthenol (2)が、DtcycBからはnephthenolとcembrene A (3)に加えて15員環骨格の新規炭化水素化合物 (4)が得られた(図III(a))。以上の結果から、DtcycAとDtcycBは、GGDPからcembrane骨格を生成する原核生物由来の新規class I ジテルペン合成酵素であることが明らかとなった。一方、プロテアソーム特異的阻害剤Lactacystinの生産菌であるStreptomyces lactacystinaeus OM-6519株のゲノム解析から、メバロン酸経路遺伝子群、GGPP合成酵素、およびシトクロムP450遺伝子を含むクラスター中にclass I ジテルペン合成酵素(SlacycA)を見出した。GGDPを用いたin vitro反応産物の構造解析の結果、SlacycAは5-8-5員環骨格の新規ジテルペン化合物cyclooctat-7,10(14)-dieneを生合成する新しいタイプのジテルペン合成酵素であることを明らかにした(図III(b))。

総括

本研究では、標識ラベル体を用いた反応産物やトレーサー実験で得られた生産物をGC-MSやNMRで解析することで、ジテルペン合成酵素による詳細な環化反応機構を提唱することができた。また、ジテルペン合成酵素の活性中心ポケットに存在するアミノ酸残基に変異を導入することで、新規ジテルペン化合物の創製が可能であること、膨大なゲノムデータベースから新規ジテルペン合成酵素を発掘することで新規ジテルペン化合物を発見することができることを実証できたと考えている。

1) Ayuko Meguro, Takeo Tomita, Makoto Nishiyama, and Tomohisa Kuzuyama. Identification and Characterization of Bacterial Diterpene Cyclases that Synthesize the Cembrane Skeleton. ChemBioChem, DOI:10.1002/cbic.201200651.

図I. CotB2によるGGDPの環化反応機構

図II. 各CotB2変異酵素により生成する新規ジテルペン化合物の構造

図III. (a) DtcycAとDtcycB, (b) SlacycAによるGGDPの推定環化反応機構

審査要旨 要旨を表示する

テルペノイドはステロイドやカロテノイドなどに代表される多様な構造を持つ化合物群の総称であり、様々な生理活性をもつ化合物である。ジテルペン化合物はgeranylgeranyl diphosphate (GGDP)を基質とするテルペノイドであり、その中でも環状ジテルペン化合物は、GGDPがジテルペン環化酵素によって環化されて炭素骨格が形成された後、酸化や還元等の化学修飾を受けて生合成される。これまでジテルペン合成酵素のほとんどが高等植物と真菌から単離解析されてきたが、放線菌からの単離解析例は少ない。本論文は、放線菌由来で特異な5-8-5員環構造を持つジテルペンを合成するCotB2の反応機構の解析を行うとともに、放線菌からのジテルペン合成酵素の発掘を行い、それらの機能を解析したもので四章より構成される。

序論でテルペノイド及びジテルペン合成酵素についての概要を述べた後、第一章では、放線菌由来ジテルペン合成酵素CotB2の反応機構の解析結果について述べられている。CotB2は、Streptomyces melanosporofaciens MI614-43F2が生産する、原核生物由来で初めての5-8-5員環構造を持つジテルペンcyclooctatinの生合成において、GGDPの環化と水酸化を同時に触媒して中間体cyclooctat-9-en-7-olを生成するジテルペン合成酵素であり、5-8-5員環骨格を決定する鍵酵素である。GGDPの重水素ラベル体[9,9-2H2]GGDPとCotB2とのin vitro反応産物がGC-MSと1H NMRにより分析し、CotB2による環化反応の過程で [9,9-2H2]GGDPの重水素原子が2つとも8位へ移動したことが判明したことから、8位と9位の炭素-炭素間に組換えが起こったと考えられた。続いて、cyclooctatin生産の過程での13Cの取り込み実験による反応産物の分析の結果、環化反応の過程で8位と9位の炭素-炭素間の組換えが起こるという反応機構が強く示唆された。さらにdecoupled TANGO-HMBCの測定により8位と10位の炭素は同一グルコース分子由来と証明でき、これは推定反応機構を支持する結果であった。また、重水中でのCotB2とGGDPとの反応産物の分析の結果、環化反応の過程でCotB2のアミノ酸残基はプロトンの受渡しに直接関与しないことが示唆された。以上の結果から、CotB2による反応機構について、10位から3位への分子内プロトン転位を介し、シクロプロパン環を持つ未同定の反応中間体を経由する経路が提唱された。

第二章ではCotB2の変異酵素を作製し、それらの機能解析について述べられている。CotB2単独やCotB2/GGDPアナログ複合体の結晶構造に基づいて変異酵素が作製され、機能解析が行われた。活性中心ポケット近傍のアミノ酸残基を中心に様々な変異を導入した22種の変異酵素とGGDPとのin vitro反応産物をGC-MSやNMRで分析し、3種類の変異酵素 (N103A, F149L, W186F)から、野生型CotB2の反応産物とは異なる新規構造を持つ4つの主反応産物を単離し、その構造を決定した。環状構造や水酸基の位置が異なる4種類の反応産物の構造に基づいて各変異酵素によるGGDPの環化反応機構を推定している。変異を導入したアミノ酸残基は、第一章で提唱した反応中間体の7位や8位のカルボカチオンの安定化に寄与しており、変異導入によりカチオンが安定に存在できなくなり、cyclooctat-9-en-7-olまで反応が進行せずに各化合物が生成したものと結論している。

第三章では、放線菌由来新規ジテルペン環化酵素の発掘と機能解析について述べられている。Streptomyces sp. SANK60404のゲノム解析から、最初に比較的類似性の高いGGDP合成酵素が探索され、次いでその周辺配列を詳細に解析することで2種類のジテルペン合成酵素(DtcycA, DtcycB)を見出している。GGDPとのin vitro反応産物の構造解析の結果、DtcycAからcembrene Cのイソプロピリデン異性体とnephthenolが、DtcycBからnephthenolとcembrene Aに加えて15員環骨格の新規ジテルペンが得られ、DtcycAとDtcycBは、cembrane骨格を生成する原核生物由来の新規ジテルペン合成酵素であることが明らかにされた。一方、Streptomyces lactacystinaeus OM-6519のゲノム解析から、メバロン酸経路遺伝子群、GGPP合成酵素、およびシトクロムP450遺伝子を含むクラスター中にジテルペン合成酵素(SlacycA)が見出された。GGDPとのin vitro反応産物の構造解析の結果、SlacycAは5-8-5員環骨格の新規ジテルペンを生合成する新しいタイプのジテルペン合成酵素であることも明らかにしている。

以上、本論文は、既知の反応例からは推定できなかったジテルペン合成酵素の詳細かつユニークな環化反応機構が提唱するとともに、結晶構造に基づいた酵素の改変により新規ジテルペンの創製が可能であること、および膨大なゲノムデータベースから新規ジテルペン合成酵素を発掘することで新規ジテルペンの発見が可能であることを実証したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク