学位論文要旨



No 129194
著者(漢字) 林,到炫
著者(英字)
著者(カナ) イム,ドヒョン
標題(和) 糖質・アミノ酸関連酵素の立体構造に基づいた基質の認識・触媒機構の研究
標題(洋)
報告番号 129194
報告番号 甲29194
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3899号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伏信,進矢
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 特任教授 尾仲,宏康
 東京大学 准教授 永田,宏次
 東京大学 准教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

1. X線結晶構造解析によるThermotoga maritima MSB8由来GH51 α-L-アラビノフラノシダーゼの基質認識触媒機構の解明1)

ヘミセルロースの一種であるアラビノキシランはキシランを主鎖として多様な側鎖で修飾されており、セルロースとともに植物細胞壁に豊富に存在するバイオマスポリマーとして知られている。α-L-アラビノフラノシダーゼはキシラン主鎖にα-1,2、α-1,3、α-1,5結合で結合しているL-アラビノフラノースをエキソ型で切断し、ヘミセルロースの効率的な分解を促進するアクセサリー酵素の1つである。本研究では糖質加水分解酵素(GH)ファミリー51に属する高度好熱性細菌Thermotoga maritima由来α-L-アラビノフラノシダーゼ (Tm-AFase)のX線結晶構造解析を行なった。さらに、Tm-AFaseが4,6-dimethoxy-1,3,5-triazin-2-yl (DMT)基を導入した合成基質Xyl-β-DMTを効率良く切断してキシロオリゴ糖の合成反応を起こすという報告に基づき、DMT基とTm-AFaseのサブサイト+1の相互作用を明らかにすることを試みた。

大腸菌で発現させたTm-AFaseの組換え蛋白質を熱処理やカラムクロマトグラフィー等により精製、結晶化し、KEK-PFにてX線回折実験を行なった。 Tm-AFaseと最も高いアミノ酸配列相同性(配列同一性35%)を有する構造既知のGeobacillus sterarothermophilus由来のアラビノフラノシダーゼ(Gs-AFase)の立体構造をサーチモデルとして用いて分子置換法で位相を決定した。 基質フリーの構造とアラビノース及びキシロース複合体の構造を分解能1.8 ‐2.3 Aで決定した。Tm-AFaseの単量体は(α/β)8-barrelとβ-sandwich domainからなり、結晶格子中の非対称単位は六量体を形成していた。活性中心には活性中心残基(E172, E281)が保存されており、抗凍結剤として用いたエチレングリコール分子が結合していた。アラビノース複合体構造ではアラビノース分子がサブサイト-1、+2、+3に、結晶化バッファー由来のTris分子がサブサイト+1に結合していた。また、キシロース複合体構造では、キシロース分子がサブサイト+1に、Tris分子がサブサイト-1に結合していた。これらの基質の結合様式によりTm-AFaseのサブサイト+1はGs-AFaseより狭いが、より疎水的なスロット状の形状(Coin slot-like hydrophobic cavity)をとっていることが分かった。また、本研究ではAutomated dockingを用いて、DMT-Xylとの結合様式を推定した。その結果、DMT基はTm-AFaseと疎水性プラットフォームを強く形成しており、これらの結果からTm-AFaseの「Coin slot-like hydrophobic cavity」はDMT糖をドナーとアクセプター両方として受容できるような形状を取っていると考えられた。

2. 新規二機能性フラビン酵素Pseudomonas sp. AIU 813由来L-アミノ酸オキシダーゼ/オキシゲナーゼの二機能性反応機構に関する構造生物学的研究

Pseudomonas sp. AIU 813からL-アミノ酸オキシダーゼとして発見された本酵素は、その後オキシダーゼとしての酸化的脱アミノ反応とモノオキシゲナーゼとしての酸化的脱炭酸反応の両方を触媒する新規二機能性酵素L-アミノ酸オキシダーゼ/オキシゲナーゼ(L-AAOd/Og)であることが明らかになっている。また、この酵素にp-クロロ水銀安息香酸(pCMB)を添加することによってモノオキシゲナーゼ活性が減少し、オキシダーゼ活性が上昇することに着目して、変異体酵素L-AAOd/Og C254Iが作成された。L-AAOd/Og C254Iは、pCMBの修飾を受けず、高いオキシダーゼ活性のみをもつことが報告されている。我々は、アミノ酸配列の比較や系統樹解析を通してL-AAOd/Ogがオキシダーゼとモノオキシゲナーゼの活性を両方持つ新規のファミリーに属する可能性があると判断し、その立体構造を明らかにすることを目指した。また、L-AAOd/Ogの活性の転換を構造生物学的観点から解釈し、その転移メカニズムを明らかにすることを試みた。

大腸菌で発現させたL-AAOd/Ogの組み換え蛋白質を精製、結晶化し、KEK-PFにてX線回折実験を行った。構造既知の類似酵素との配列相同性が22%以下であるため、分子置換法は適用できず、Se-Met置換体を用いてその位相の決定を行った。沈殿剤としてPEG3350を用いてシッティングドロップ蒸気拡散法により結晶を作成した。リガンドフリーL-AAOd/Og及び3つのリガンド(Lys, Orn, Arg)との複合体構造を、最大分解能1.9 - 2.6 Aで決定した。L-AAOd/Ogは、結晶格子中四量体で存在しており、各単量体は FAD結合ドメイン、基質結合ドメイン、7つのα-ヘリックスが集まったHelicalドメインの3つのドメインで構成されていた。基質が結合すると予測される活性中心は、Trp235、Trp418、Phe416などの芳香環を持つ残基による疎水性ポケットが形成されており、またTrp516とPhe473、FADのフラビン環によって形成されたAromatic cageが基質との結合に重要な役割をしていた。3つの基質の結合様式に大きな違いはなく、各基質のアミノ基(-NH2)はAsp238や2つの水分子と、カルボキシル基(-CO2-)はArg102と相互作用をしていた。一方、活性転移の鍵であると予測される254番目のシステイン残基はAromatic cageを形成するTrp516の隣に位置していたため、この残基に変異が導入されることによって基質の結合様式が変わると予測された。共結晶法とソーキング法を用いたpCMB処理による構造の変化を調べたところ、C254とQ258が含まれるループがpCMBの修飾によって元の位置から約3 ~ 4 Aほどコンフォメーション変化を起こしていた。Q258はL-AAOd/Ogがオキシダーゼ反応を触媒するときに関わる水分子との相互作用をしている残基であるため、この残基が含まれるループのコンフォメーション変化は本酵素の活性転換機構に重要な影響を及ぼしていると考えられる。

3. 総括

本研究では、糖質加水分解酵素である好熱性細菌Thermotoga maritima MSB8由来α-L-アラビノフラノシダーゼ(Tm-AFase)及びアミノ酸関連酵素の一種である土壌細菌Pseudomonas sp. AIU 813由来L-リジンオキシダーゼ/オキシゲナーゼ(L-AAOd/Og)のX線結晶構造解析に成功した。第1章の対象酵素であったTm-AFaseは、最も高い耐熱性を持つアラビノフラノシダーゼであるが、本研究の構造解析によりその耐熱性機構が明らかになった。また、アラビノースやキシロースとの複合体構造解析及びAutomated dockingによりDMT糖との結合様式を解析した研究から、これからDMT糖を用いた新たなオリゴ糖合成にも利用されることが期待される。第2章では二機能性フラビン酵素L-AAOd/Ogのリガンドフリー構造、基質複合体構造やpCMB修飾構造を通して基質と酵素が利用する分子内チャンネルの作用機構、オキシゲナーゼからオキシダーゼへの活性転換機構を新しく提案することができた。これらの結果は、将来リジン検出及び定量のためのリジンセンサーなどの開発につながると期待される。

1) Im, D.-H., Kimura, K., Hayasaka, F., Tanaka, T., Noguchi, M., Kobayashi, A., Shoda. S., Miyazaki, K., Wakagi, T., Fushinobu, S. (2012) Crystal structures of glycoside hydrolase family 51 α-L-arabinofuranosidase from Thermotoga maritima, Biosci. Biotechnol. Biochem. 76: 423-428.

図1 Tm-AFaseとGs-AFaseの活性部位の分子表面図

図2 基質結合によるL-AAOd/Ogの触媒反応メカニズム

審査要旨 要旨を表示する

糖質はエネルギー源、構造糖質、複合糖鎖としての機能をもっており、タンパク質、脂質、核酸に並ぶ重要な生体物質の1つである。糖質加水分解酵素は、多様な形で存在する糖質を効率的に分解する酵素であり、近年バイオエタノールの酵素的生産に用いられるなど、注目されている。一方、アミノ酸関連酵素は生体内のアミノ酸代謝過程に関わる酵素であり、血中アミノ酸による疾病検出を行うために酵素を用いた定量法や、バイオセンサーの開発が進められている。本論文は、糖質・アミノ酸関連酵素の構造解析を行い、基質の認識・触媒反応機構を解明する研究であり、2章より構成される。

序論に続き、第1章では超好熱性細菌Thermotoga maritima MSB8由来α-L-アラビノフラノシダーゼ(Tm-AFase)のX線結晶構造解析について述べている。Tm-AFaseは、糖質加水分解酵素(GH)ファミリー51に属し、4,6-dimethoxy-1,3,5-triazin-2-yl (DMT)基を導入した合成基質Xyl-β-DMTを効率良く切断してキシロオリゴ糖の合成反応を触媒するという報告に基づき、DMT基とTm-AFaseのサブサイト+1の相互作用を明らかにすることを試みた。基質フリーの構造とアラビノース及びキシロース複合体の結晶構造を分解能1.8 ‐ 2.3 Aで決定した。アラビノース複合体構造ではアラビノース分子がサブサイト-1、+2、+3に、結晶化バッファー由来のTris分子がサブサイト+1に結合していた。また、キシロース複合体構造では、キシロース分子がサブサイト+1に、Tris分子がサブサイト-1に結合していた。これらの基質の結合様式によりTm-AFaseのサブサイト+1は狭いが、疎水的なスロット状の形状をとっていることが分かった。また、本研究ではautomated dockingを用いて、DMT-Xylとの結合様式を推定した。その結果、DMT基はTm-AFaseと疎水性プラットフォームを強く形成しており、これらの結果からTm-AFaseの+側のサブサイトはDMT糖をドナーとアクセプター両方として受容できるような形状を取っていることが明らかになった。

第2章では、土壌細菌Pseudomonas sp. AIU813由来のL-アミノ酸オキシダーゼ/オキシゲナーゼ(L-AAOd/Og)の構造解析及び活性転換機構について述べている。L-AAOd/Ogは、オキシダーゼとしての酸化的脱アミノ反応とモノオキシゲナーゼとしての酸化的脱炭酸反応の両方を触媒する新規二機能性酵素である。また、この酵素にp-クロロ水銀安息香酸(pCMB)を添加することによってモノオキシゲナーゼ活性が減少し、オキシダーゼ活性が上昇することに着目して、変異体酵素L-AAOd/Og C254Iが作成された。L-AAOd/Og C254IはpCMBの修飾を受けず、高いオキシダーゼ活性のみをもつことが報告されている。アミノ酸配列の比較や系統樹解析を通してL-AAOd/Ogがオキシダーゼとモノオキシゲナーゼの活性を両方持つ新規のサブファミリーに属する可能性があると判断し、その立体構造を明らかにすることを目指した。リガンドフリーL-AAOd/Og及び3種の基質(Lys, Orn, Arg)との複合体構造を、分解能1.9 - 2.6 Aで決定した。基質が結合すると予測される活性中心は、Trp235、Trp418、Phe416などの芳香環を持つ残基による疎水性ポケットが形成されており、またTrp516とPhe473、FADのフラビン環によって形成されたaromatic cageが基質との結合に重要な役割をしていた。一方、活性転移の鍵であると予測される254番目のシステイン残基はaromatic cageを形成するTrp516の隣に位置していたため、この残基に変異が導入されることによって基質の結合様式が変わると予測された。共結晶法とソーキング法を用いたpCMB処理による構造の変化を調べたところ、C254とQ258が含まれるループがpCMBの修飾によって元の位置から約3 ~ 4 Aほどコンフォメーション変化を起こしていた。Q258はL-AAOd/Ogがオキシダーゼ反応を触媒するときに関わる水分子と相互作用をしている残基であるため、この残基が含まれるループのコンフォメーション変化は本酵素の活性転換機構に重要な影響を及ぼしていることが分かった。

以上、本論文は糖質加水分解酵素Tm-AFaseとアミノ酸関連酵素L-AAOd/Ogの立体構造を解明し、基質との認識作用及び、活性転換機構を構造生物学的に解明したものであり、学術上、応用上貢献することが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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