学位論文要旨



No 129218
著者(漢字) 張,佳書
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,カショ
標題(和) 北京市における土地利用政策の展開過程(1949年-2009年) : 耕地保全を中心として
標題(洋)
報告番号 129218
報告番号 甲29218
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3923号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業・資源経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,武祝
 東京大学 教授 本間,正義
 東京大学 准教授 安藤,光義
 東京大学 講師 藤原,辰史
 東京大学 教授 田嶋,俊雄
内容要旨 要旨を表示する

北京市は岩手県を上回る約16,410km2の面積を有し、総面積の約10%を占める中心の市街区域とその周辺の広い農村地域から構成されている。近年では、北京市での都市開発の重心は徐々に郊外にシフトしてきている。北京市は中国の首都であり、都市建設において食糧生産が取り立てて重視されることはなかった。それにもかかわらず、北京市の耕地は依然として食糧生産の責任を持っている。そして、第2次産業及び第3次産業の発展を重点的に促進している北京市において、耕地が有する多くの機能の中で、生態環境を保護する効用は最も重要である。更に、耕地は北京市の農民にとって、収入を保証する根本であり、社会保障の側面における価値が依然として高い。そのため、耕地保全は北京市政府にとって重要な政策課題である。

一方、都市の拡張に伴って耕地から建設用地への転用も必然的に増加してきた。その結果、北京市における経済成長と都市化を保証するための耕地転用は、食糧安全及び生態環境を維持するための耕地保全との間で徐々に矛盾を引き起こしてきた。合理的な土地利用政策を制定し、そしてそれらの政策の実施によって、この矛盾をどのように解決できるのかという課題は重要だと考える。

本論文では、DSR(Driving Force -State-Response)モデルの枠組み及び制度変化理論に基づいて設定した動態的なモデルを用いて、1949年から2009年までの北京市耕地保全に関する土地利用政策の展開過程を3つの時期に分けて論じた。更に、耕地保全政策システムが第1期から第2期へ、そして第2期から第3期へ転換した要因及び各時期に北京市の都市化に伴う土地利用の歴史的変化と実態という点を踏まえながら、土地利用に関する政策の制定背景と実施成果を明らかにした。そして最後に、政策システムが新しい第4期に移行する可能性を分析した。具体的な結論は次の通りである。

第一に、先行研究の成果を踏まえた上で、独自の時期区分論を行った。1982年の都市総体計画の修正、1986年の「中華人民共和国土地管理法」の制定、1998年の「中華人民共和国土地管理法」の改正及び1999年の第1回目の土地利用総体計画の編成を4つのメルクマールと設定し、耕地保全政策の展開過程を1) 計画経済時代(1949-1981)、2) 計画経済から社会主義市場経済への転換期と社会主義市場経済の初期(1982-1997)、3) 社会主義市場経済時代(1998-2009)という3つの時期に分けた。その内、1982年から1986年まで、及び1998年から1999年までの2つの時期を過渡期として設定した。

第二に、DSRモデルの枠組みに基づいて、3つの時期の各時期における北京市土地利用政策体系の展開過程を明らかにした。

第1期の土地利用状況を示すキーワードは土地浪費である。この時期の土地利用政策体系には、土地浪費の制御に関する政策が多かった。そして、土地利用計画という概念が適用されず、都市総体計画のみが土地利用のあり方を規定していた。更に、耕地保全に関する特別な規定は制定されず、ただこれらの政策の中で触れられる程度に過ぎなかった。

第2期においては、都市部における国有地の使用権制度の改革に伴って、土地浪費の事例は少なくなった。一方、改革開放以来、北京市における耕地転用は第1期より近郊区で頻繁に発生した。そのため、北京市政府は、都市総体計画の中に土地利用に関する計画の内容を追加するようになり、多くの方面から耕地保全に対する特別な政策を制定していった。しかし、当該時期に公布された多くの土地利用政策は、違法事件に対応するために制定された政策であり、応急的な政策であったといえる。

第3期における北京市の土地利用状況には、都市開発と耕地保全政策の矛盾が存在しているだけではなく、農民の収入の向上や環境の改善ための耕地減少と耕地保全政策との矛盾も出てきた。また、この矛盾は近郊区から遠郊平野区に拡散していった。北京市政府は、このような矛盾を解決するために、土地利用総体計画の追加及び耕地占補平衡政策の実施などによって耕地保全政策システムを徐々に拡充していった。2005年以降、北京市における耕地面積の減少が緩和してきた点で、耕地保全政策システムは顕著な成果を得たといえる。

第三に、制度変化理論に基づいて、北京市政府による土地利用政策体系が、第1期から第2期へ、そして第2期から第3期へと転換する過程を明らかにした。

1979年以降、北京市に大きな変化が生じる。経済成長に伴い、耕地転用の事例が急激に多くなった。第1期の土地利用政策体系の中には、耕地保全に対する特別の政策が無かったため、耕地面積の減少を有効に制御することができなかった。北京市政府は、「より厳格に耕地転用を制限すべきか否か」という課題に対して、「耕地転用の制限が中央政府による北京市政府の業績評価に悪影響を与える可能性が高く、財政収入増大にとっても損失である」というコスト、と「耕地転用の制限が食糧の安全保障、環境保全及び社会安定の維持に貢献する」という便益を考えた上で、土地利用政策体系をより耕地保全を重視する方向へ転換させる必要性があると決断した。そして、1982年から1986年までの第1回の過渡期において土地利用政策体系を大きく転換させていった。

1992年に、全国の状況と同じく、北京市においても「開発区熱」が高まり、民間企業がリゾートのような開発区を名目として、耕地を転用する現象が頻繁に出てきた。その結果、第2期の耕地保全政策実施の効果は徐々に弱くなった。北京市政府にとって、「現在の土地利用政策体系を転換させて、より厳格に耕地転用を制限すべきか否か」という課題に関して、政府の財政収入という側面において、政策転換コストが第1回の転換時のそれよりも高いものとなっていた。これに加えて、中央政府が地方政府に与える業績評価、及びGDP増大による市民生活の向上という2つの側面に与える影響という点で、第1回の転換期と同様のコストが想定された。

しかし、1990年代末において、北京市における耕地転用にともなう耕地面積の減少はすでにさまざまな社会問題を引き起こしていた。更に、1993年以降の北京市の食糧生産量の急減も北京市政府に圧力をかけることになる。より厳格に耕地保全を重視するという方向に政策を転換させれば、社会安定の維持と食糧の安全保障という2つの重大な便益が獲得できるということが、徐々に北京市政府によって認識されるようになった。北京市政府は、政策転換の便益とコストを比較し、便益がコストより高いと決断した。その結果、1998年から1999年までの第2回の過渡期において、北京市政府は再び新しい土地利用政策体系へと転換させた。

第四に、1998年以降の第3期において、耕地転用の審査、耕地の占補平衡、基本農田保護及び違法事件に対する処罰などに関して多くの政策が形成され、北京市土地利用政策体系は徐々に充実するようになった。しかし、成績を得ると同時に、この政策システム自身は問題点を抱えている。すなわち、土地利用総体計画の実施を保証する法律が少なく、また耕地占補平衡政策において、耕地以外の他の農用地に対する規定が不十分であったことである。これらの問題点は、土地利用総体計画において規定された面積を超過して耕地から建設用地への転用が進んだり、あるいは良質な耕地を転用したのに地力の低い耕地を補充する行為などを引き起こした。その結果、北京市における耕地の面積と質を維持することは難しくなった。この事態を踏まえて、北京市政府をして第3期の耕地保全政策体系に対する大幅に改革を行わせ、第4期へ転換させる可能性も否定できない。

なお、第4期の耕地保全政策システムに対しては、次のように提案する。

都市総体計画と土地利用総体計画に関して、まず、従来の「先に都市総体計画を制定し、それを参考にした上で土地利用総体計画を制定する」という順序を変化させて、両者の制定時間をシンクロナイズしなければならない。そして、2つの計画の中に、いくつかの概念についての定義を統一した上で、土地利用総体計画の実施を確保するために、その法律の地位を強化し、監督管理に関する厳格な政策を制定しなければならないと考える。

耕地占補平衡政策に関して、まず、補充の対象を、耕地のみから農用地全体へ拡大すべきである。たとえ同一の面積を補充できないとしても、他の農用地を転用した際の補充政策は制定されなければならない。そして、農用地内部での地目の変換に関して、空間的配置の合理性に注目すべきである。耕地は園地や林地よりも平坦な地形と厚い土壌を必要とするため、地目変換を計画する際には、耕地を平野地域に優先的に配置して、園地と林地を山区に配置するのがよいだろう。また、占補平衡の目標は、量の維持から質の確保へ転換すべきである。既に制定された農用地の質の評価の規準を拡充し、各地域の状況に対する具体的な実施の方法を制定しなければならない。

しかし、過去2回の制度転換と異なり、第3期から第4期への転換に対して、北京市政府は、都市化の促進と耕地の保全とのバランスをとるだけではなく、耕地から他の農用地への転換も考慮に入れなければならない。そのため、第4期への転換は以前の2回と比べてより困難になると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、DSR(Driving Force -State-Response)モデルおよび制度変化理論に基づいて設定した動態的なモデルを用いて、1949年から2009年までの北京市耕地保全に関する土地利用政策の展開過程を3つの時期に分けて論じた。更に、耕地保全政策システムが第1期から第2期へ、そして第2期から第3期へ転換した要因及び各時期に北京市の都市化に伴う土地利用の歴史的変化と実態という点を踏まえながら、土地利用に関する政策の制定背景と実施成果を明らかにした。具体的な結論は次の通りである。

第一に、先行研究の成果を踏まえた上で、独自の時期区分論を行った。1982年の都市総体計画の修正、1986年の「中華人民共和国土地管理法」の制定、1998年の「中華人民共和国土地管理法」の改正及び1999年の第1回目の土地利用総体計画の編成を4つのメルクマールと設定し、耕地保全政策の展開過程を1) 計画経済時代(1949-1981年)、2) 計画経済から社会主義市場経済への転換期と社会主義市場経済の初期(1982-1997年)、3) 社会主義市場経済時代(1998-2009年)という3つの時期に分けた。その内、1982年から1986年まで、及び1998年から1999年までの2つの時期を過渡期として設定した。

第二に、DSRモデルの枠組みに基づいて、3つの時期それぞれにおける北京市土地利用政策体系の展開過程を明らかにした。第1期の土地利用政策においては、土地浪費の制御に関する政策が多かった。そして、土地利用計画という概念が適用されず、都市総体計画のみが土地利用のあり方を規定していた。第2期においては、北京市政府は、都市部における国有地の使用権制度の改革に伴って、都市総体計画の中に土地利用に関する計画の内容を追加するようになった。そして、耕地保全に対する特別な政策を制定していった。しかし、当該時期に公布された多くの土地利用政策は、応急的なものにとどまった。第3期における北京市の土地利用状況には、都市開発と耕地保全政策の矛盾にくわえて、農民の収入の向上や環境の改善を目的とする耕地減少と耕地保全政策との矛盾が反映していった。北京市政府は、これらの矛盾を解決するために、土地利用総体計画の追加及び耕地占補平衡政策の実施などによって耕地保全政策システムを徐々に拡充していった。

第三に、制度変化理論に基づいて、北京市政府による土地利用政策体系が、第1期から第2期へ、そして第2期から第3期へと転換する過程を明らかにした。第1期の土地利用政策体系には、耕地保全に対する特別の政策が無かったため、耕地面積の減少を有効に制御することができなかった。北京市政府は、「耕地転用の制限が中央政府による北京市政府の業績評価に悪影響を与える可能性が高く、財政収入増大にとっても損失である」というコスト、と「耕地転用の制限が食糧の安全保障、環境保全及び社会安定の維持に貢献する」という便益を考えた上で、土地利用政策体系をより耕地保全を重視する方向へ転換させる必要性があると決断した。そして、1982年から1986年までの第1回の過渡期において土地利用政策体系を大きく転換させていった。その後、1990年代の「開発区熱」の高まりは、第2期の耕地保全政策実施の効果を弱化させ、北京市における耕地転用にともなう耕地面積の減少はさまざまな社会問題を引き起こしていた。更に、1993年以降の北京市の食糧生産量の急減も北京市政府に圧力をかけることになる。より厳格に耕地保全を重視するという方向に政策を転換させれば、社会安定の維持と食糧の安全保障という2つの重大な便益が獲得できるという判断から、1998年から1999年までの第2回の過渡期において、北京市政府は再び新しい土地利用政策体系へと転換させた。

第四に、現段階(第3期)における土地利用政策の問題点を分析した。第3期においては、耕地転用の審査、耕地の占補平衡、基本農田保護及び違法事件に対する処罰などに関して多くの政策が形成され、北京市土地利用政策体系は徐々に充実するようになった。しかし、成績を得ると同時に、この政策システム自身は問題点を抱えている。すなわち、土地利用総体計画の実施を保証する法律が少なく、また耕地占補平衡政策において、耕地以外の他の農用地に対する規定が不十分であったことである。その結果、北京市における耕地の面積と質を維持することは難しくなった。この事態を踏まえれば、北京市政府が、今後、第3期の耕地保全政策体系に対する大幅な改革を行ない、第4期へと土地利用政策を転換させる可能性も否定できない。

以上、本論文では、中華人民共和国及び北京市政府の行政文書と統計資料及び現地での聞き取りにもとづいて、解放後60年間にわたる北京市政府の土地利用政策の変遷を整理し、現段階における政策課題を明らかにした。この分析成果は、学術上、応用上資するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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