学位論文要旨



No 129221
著者(漢字) 長谷川,文生
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,フミオ
標題(和) パルプ製造技術を利用したリグノセルロース系バイオマスからのエタノール生産
標題(洋)
報告番号 129221
報告番号 甲29221
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3926号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芋生,憲司
 東京大学 教授 鮫島,正浩
 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 大下,誠一
 東京大学 准教授 海津,裕
内容要旨 要旨を表示する

近年、化石資源代替や地球温暖化対策として、バイオエタノールが世界的に注目されている。しかし、現在生産されているバイオエタノールの原料は、サトウキビなどの糖とトモロコシなどのデンプンであり、食料との競合が問題として指摘されている。そこで、現在、第二世代バイオエタノールと呼ばれるリグノセルロースからのバイオエタノール製造に関する研究が世界的に進められている。中でも、環境負荷の少ない酵素糖化が期待されている。しかし、リグノセルロース、中でも木質バイオマスは、その堅固な構造やリグニンによる酵素の吸着などの影響で、単純な粉砕処理だけでは酵素糖化率が低く、十分な糖化率を得るためには適切な前処理を行う必要がある。現在、様々な前処理法が研究されているが、実用には至っていない。ところで、製紙産業では従来から木材からリグニンとヘミセルロースを除去しパルプを製造している。また、パルプ製造では使用した薬剤を廃液である黒液からエネルギーとともに回収している。これらの技術をそのまま活用できる点も、現在研究中の前処理技術と比べ大きなメリットとなる。したがって、パルプ製造技術は、木質バイオマスの酵素糖化前処理として有効な技術であると考えられる。また、現在の日本におけるパルプ生産設備の稼働率は約70%であり、稼働率を90%まで上げると280万tのパルプの増産が可能である。パルプ製造、黒液からの薬品、エネルギー回収などの技術を活用しリグノセルロースからのエタノール生産を製紙工場に併設したエタノール製造設備で行うことは、日本における第二世代バイオエタノールの実用化を大きく促進すると考えられる。そこで、本研究ではパルプ製造技術を利用したエタノール生産の評価を行い、日本における第二世代バイオエタノールの実用化の促進に資することを目的とする。

第1章では、リグノセルロースからのバイオエタノール生産の研究開発の現状、パルプ製造技術、日本におけるパルプ生産の現状と課題を整理することにより、本研究の位置づけを行った。

第2章では、高基質濃度での糖化発酵実験によりクラフトパルプの酵素糖化特性を把握し、製紙工場に併設したエタノール製造設備の構築しクラフトパルプを原料としたエタノール生産のエネルギー収支を評価した。クラフトパルプは、200g/Lという高い基質濃度でも十分な酵素糖化性を持ち、一般に発酵液のエタノール濃度として目標とされる濃度である5%より高い発酵液中のエタノール濃度が得られることが確認された。エタノール生産のエネルギー収支に関しては、3種のパルプに対して2つの基質濃度を設定した合計6つのシナリオに関して評価した。エタノール製造では余剰蒸気が発生するため、製紙工程で余剰蒸気を使用し、A重油使用量を削減することが可能であることが確認された。エタノールと余剰蒸気を生産物とみなした場合、未漂白パルプを原料したシナリオでは、エネルギー回収率が30%を超えた。基質濃度200g/Lでは、基質濃度100g/Lに比べ、蒸留工程での蒸気使用量を大きく削減できたが、エタノール収量が低くなったため、基質濃度によるエネルギー収支の差はほとんど見られなかった。

第3章では、エタノール製造の生産性向上のため、糖化残渣中に残存する酵素の再利用を検討した。そのために、糖化残渣中に残存する酵素活性の評価法を提案し、評価法の妥当性を検証した。調製した糖化残渣の一部を、セルロース(Avicel)に加え、そのグルコース精製速度から糖化残渣中の酵素活性を評価した。その結果、糖化残渣中には糖化率70%で初期添加酵素活性の70%が、糖化率99%でも初期酵素活性の22%が残渣中に残存していることが確認された。この結果はLeeらの実験結果や、Gregg と Saddlerによる報告と合致する結果であった。また、本研究で提案した方法の妥当性を検証するために、糖化残渣に糖化されたセルロースを補う基質と失われた活性を補う酵素を添加し、酵素糖化を行った。糖化残渣を利用した糖化反応でも、新規の基質と酵素での反応と同様の糖化率が得られた。以上より、本研究で提案した糖化残渣に残存する酵素活性の評価法は妥当であると考えられる。

第4章では、第3章での結果をもとに、糖化残渣に残存する酵素再利用を組み込んだ糖化プロセスを構築し、糖化発酵実験を行った。また、糖化発酵実験の結果を基に、この糖化プロセスを組み込んだエタノール生産のエネルギー収支と二酸化炭素削減効果を評価した。糖化発酵実験では各サイクルのグルコース濃度は安定しており、本研究で提案した糖化残渣中に残存する酵素活性の評価法は高基質濃度で酵素糖化を行った糖化残渣からの酵素回収でも有効であることが確認された。また、5サイクルの通算で、糖化率は90%を超え、生成グルコースあたりの酵素使用量は半減した。エタノール生産のエネルギー収支の評価では、酵素の再利用による酵素使用量削減により、酵素製造時の消費電力の削減、糖化率上昇と酵素製造の原料の削減によるエタノール原料の増加によるエタノール収量の向上が確認された。その結果、エネルギー収支は大幅に改善され、エネルギー回収率は37%となった。二酸化炭素削減は、エタノールによるガソリン代替だけでなく、余剰蒸気によるA重油代替も二酸化炭素削減で大きな比率を占めることが確認された。余剰蒸気の有効利用という点でも、エタノール製造設備を製紙工場に併設することは大きな意味があると考えられる結果であった。また、糖化残渣に残存する酵素を再利用し、酵素使用量を削減することは、二酸化炭素削減にも大きな効果があることが確認された。本研究で構築した糖化残渣に残存する酵素再利用を組み込んだ糖化プロセスは、酵素糖化後に固液分離を行い、固形分のみを酵素糖化に戻すという簡便な方法ではある。しかし、この糖化プロセスを利用することにより、糖化率を大きく向上させるとともに酵素使用量を半減させることが可能であり、結果として、エタノール製造のエネルギー収支を大幅に改善し、二酸化炭素削減効果を大きく高めることが確認された。したがって、この糖化プロセスは非常に有効な糖化プロセスであるとが考えられる。

第5章では、パルプ製造技術を利用したリグノセルロースからのエタノール生産に関して、本研究で得られた知見を次のようにまとめた。(1)クラフトパルプは高基質濃度でもエタノール生産に十分は酵素糖化性を持ち、発酵阻害がなかった。酵素糖化時の基質濃度200g/Lとすると、発酵後のエタノール濃度が一般的に目標とされている5%(w/v)を越えた。(2)製紙工場にエタノール製造設備を併設した場合、エタノール生産で発生する余剰蒸気を製紙工程で利用できるためエネルギーの有効活用が可能であった。(3)酸素晒クラフトパルプ(OKP)はリグニン含有率が低いため、酵素糖化後の残渣を酵素糖化工程に戻し、残渣中の未糖化の基質と残存する酵素を有効に再利用することが可能であった。この糖化方法を利用するとエタノール収率は大幅に改善され、酵素使用量も半減した。その結果、エタノール生産のエネルギー回収率は37%となった。(4)エタノール生産による二酸化炭素削減効果は、エタノールのガソリン代替効果だけでなく、余剰蒸気利用によるA重油代替効果も大きいことが確認された。(5)日本の現在のパルプ製造設備の稼働率は70%程度であり、これを90%にあげることで、約280万tのパルプの増産が可能である。この余剰生産能力を利用してエタノール生産を行うと約125万kLのエタノールが生産可能である。これらの知見から、パルプ製造技術を利用したリグノセルロースからのエタノール生産に関して、次の結論を述べた。製紙工場にエタノール生産設備を併設し、クラフトパルプ製造技術や黒液からの薬品エネルギー回収技術などのパルプ製造技術を利用してリグノセルロースからエタノール生産を行うことは、リグノセルロースからのエタノール生産の有望な選択肢であると考えられる。特に、300万t近いパルプの余剰生産能力を持つ日本においては、パルプ製造技術を利用したリグノセルロースからのエタノール生産は、第2世代バイオエタノールを実用へと導く有望な技術であると考えられる。

本研究は以上の結論を持って、日本における第二世代バイオエタノールの実用化の促進に資するものであると考える。

審査要旨 要旨を表示する

近年、化石資源代替や温室効果ガス排出削減策として、バイオエタノールが注目されている。本研究では、日本における第二世代バイオエタノールの実用化促進を目的とし、パルプ製造技術を利用したリグノセルロース系バイオマスからのエタノール生産の可能性を検討した。ケミカルパルプの一種であるクラフトパルプを基質として高基質濃度での糖化発酵実験を行い、その実験結果をもとにクラフトパルプを原料としたエタノール生産のエネルギー収支を評価した。得られた結果から、パルプ製造技術を利用したエタノール生産の課題を抽出し、それを解決する技術的方法を検討した。

論文は5章で構成されている。第1章では、リグノセルロースからのバイオエタノール生産の研究開発の現状、パルプ製造技術、および日本におけるパルプ生産の現状と課題を整理することにより、本研究の位置づけを行った。

第2章では、100g/Lおよび200g/Lという高基質濃度での糖化発酵実験によりクラフトパルプの酵素糖化特性を把握し、製紙工場に併設したエタノール製造設備を想定して、クラフトパルプを原料としたエタノール生産のエネルギー収支を評価した。この結果から、高基質濃度でのエタノール収量と糖化酵素製造工程でのエネルギー消費が解決すべき課題であることを明らかにした。酵素製造はコスト面でも大きい負担となっている。そこで酵素消費量の削減法を検討した。クラフトパルプはリグニン含有率が低いため、未糖化の基質を含む糖化残渣を酵素糖化工程に戻して繰り返し糖化を行っても、リグニンの蓄積の影響が少ないと考えられること、また糖化残渣中には酵素が残存しているという研究例があることから、糖化残渣を酵素糖化工程に戻し、未糖化の基質と残存する酵素を再利用することが有効であるとの考えに至った。第3章以降でこの糖化プロセスの評価を行った。

第3章では、糖化残渣中に残存する酵素活性の評価法を提案し、評価法の妥当性を検証した。調製した糖化残渣の一部をセルロースに加え、そのグルコース生成速度から糖化残渣中の酵素活性を評価した。その結果、糖化残渣中には糖化率70%で初期添加酵素活性の70%が、糖化率99%でも初期酵素活性の22%が残渣中に残存していることが確認された。これは既往の研究報告と合致する結果であった。また、本研究で提案した方法の妥当性を検証するために、糖化残渣に糖化されたセルロースを補う基質と失われた活性を補う酵素を添加し、酵素糖化を行った。糖化残渣を利用した糖化反応でも、新規の基質と酵素での反応と同様の糖化率が得られた。以上より、本研究で提案した糖化残渣に残存する酵素活性の評価法は妥当であると考えられる。

第4章では、第3章での結果をもとに、糖化残渣を酵素糖化工程に戻し、未糖化の基質と残存する酵素を再利用する糖化プロセスを構築し、糖化発酵実験を5サイクル行った。また、糖化発酵実験の結果を基に、この糖化プロセスを組み込んだエタノール生産のエネルギー収支と二酸化炭素削減効果を評価した。糖化発酵実験では各サイクルのグルコース濃度が安定していた。また、5サイクルの通算で、糖化率は90%を超え、生成グルコースあたりの酵素使用量は半減した。エタノール生産のエネルギー収支の評価では、酵素の再利用による酵素使用量削減により、酵素製造時の消費電力の削減、糖化率上昇と酵素製造の原料の削減によるエタノール原料の増加によるエタノール収量の向上が確認された。その結果、エネルギー収支が大幅に改善され、二酸化炭素削減効果を高めることが確認された。

第5章では、本研究で得られた知見を次のようにまとめた。1)クラフトパルプは高基質濃度でもエタノール生産に十分は酵素糖化性を持ち、発酵阻害がなかった。2)酸素晒クラフトパルプはリグニン含有率が低いため、酵素糖化後の残渣を酵素糖化工程に戻し、残渣中の未糖化の基質と残存する酵素を有効に再利用することが可能であった。3)エタノール生産で消費される蒸気は、黒液から生産される蒸気で賄うことが可能であり、更に余剰蒸気利用が得られる。4)日本の現在のパルプ製造設備の稼働率は70%程度であり、これを90%にあげることで、約280万tのパルプを増産でき、これより約125万kLのエタノールが生産可能である。

以上のように,本研究では第二世代バイオエタノールの生産法としてパルプ製造技術を用いることを提案し、そのエネルギー評価を定量的に行った。また残存する糖化酵素の再利用を提案し、その効果を実証したものであり、高い独創性を持つ。実験結果の多くは新たな知見であり、本研究は学術上貢献するところが少なくないと考えられる。よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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