学位論文要旨



No 129222
著者(漢字) 金,仙女
著者(英字)
著者(カナ) キン,センジョ
標題(和) 分光分析を利用した野菜付着生菌数の非破壊評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 129222
報告番号 甲29222
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3927号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大下,誠一
 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 芋生,憲司
 東京大学 准教授 牧野,義雄
 東京大学 准教授 海津,裕
内容要旨 要旨を表示する

食生活の多様化がすすむ現在、野菜の消費者ニーズは高品質で安全な農産物・食品へ向かう傾向にある。生鮮野菜の鮮度低下や劣化の早さは、食品の多量廃棄(農林水産省,2009)や消費量の低下を引起す深刻な問題である(津志田,2003)。さらに食生活の簡便化、健康志向に伴い、一人当たりの野菜消費量全体では、減少傾向で推移しているが、サラダを食べている傾向が増えている(農林水産省,2010)。一方、野菜は土壌に接触することが多いため、微生物に汚染されやすい食材である。生鮮野菜の腐敗の原因は種々あるが、主なものは微生物汚染によるもので、生鮮野菜には一般生菌数が103 CFU/g~107 CFU/g付着しており、この増殖は品質劣化の一因であり、腐敗に至る(Beuchat,1996)と同時に、野菜の鮮度にも関わっている。そのため、農産物が生産されて消費者の口に入るまでのすべての段階で衛生的に管理されることが重要であり、適切な品質管理が求められている。従って、衛生的に野菜を管理する解決策としては、収穫後、野菜の品質評価技術の開発が期待されている。

葉菜に付着した微生物は葉表面に多く存在すると考えられる。一方、葉の表皮組織にはUV-B(280~320nm)の紫外光を吸収する機構があり、表皮組織を透過するUV-Bは10%以下であるとされている(寺島, 2001)。そこで、葉表面の情報を検出するには、分光反射スペクトルの利用が有効と考えられる。この分光分析により野菜の表面に付着した一般生菌数を評価できれば、一般に利用されている標準平板菌数測定法(SPC)の問題点である破壊検査をせず、生鮮野菜の一般生菌による汚染状況をリアルタイムで評価し、衛生的な管理技術の基礎となることが期待される。

本研究では、市販されている生鮮野菜の一般生菌数の経時変化を測定し、生鮮野菜の表面一般生菌数と葉表面の分光反射スペクトルとの関係を検討し、一般生菌数を非破壊的に推定するモデルを提案すること目的とした。

本論は6章から構成され、第1章では序論、第2章で既往の研究における問題点の抽出および解決策と本研究の目的を記した。

第3章は、ホウレンソウ葉の分光スペクトルと葉表面付着生菌数との相関関係について検討した。このため、分光反射スペクトルを吸光度に変換し、さらにデータの前処理として二次微分をした。単回帰法による吸光度二次微分スペクトル(250nm~490nm) と一般生菌数との相関関係と並行して、部分最少二乗(PLS)回帰分析法による一般生菌数の推定を行った。単回帰結果では、250nm~490nm全波長域で,相関係数の絶対値が0.5以上であり、高い相関関係を示した。よって、単回帰法による一般生菌数の吸収波長の精査は難しい。PLS回帰モデルによる結果、潜在変数(LV)が4のときにCalibrationは相関係数R=0.95、RMSEC 0.19 CFU/g, Cross-Validationには相関係数R=0.94,RMSCVC 0.26 CFU/gであり、予測精度が高いモデルが構築された。これらの方法で評価を行うことで、一般生菌が持つATPの吸収波長域を精査する手法を提案した。さらに、スコア値とローディングの検討により、吸光度二次微分スペクトルとも対応している292nmの吸収波長が一般生菌数に関係することが推定された。一方、430nm~470nm付近のローディングの重みが高い結果であるが、恐らくはクロロフィルに関すると考えられます。

第4章では、ホウレンソウ葉のクロロフィル含有量について検討を行った。第3章では、高い精度のモデルが構築されたが、モデルの作成に寄与した430nm~470nm付近の波長帯の吸収物質が一体クロロフィルで間違いないかの問題点を解決するために、ホウレンソウ葉の分光スペクトルからクロロフィル含有量の推定モデルを構築し、第3章と同じ解析方法をもちいて、スコア値とローディングの検討による、ホウレンソウ葉の生体内におけるクロロフィルの吸収極大を精査することを目的とした。葉の吸光度二次微分値とクロロフィル含有量のPLS回帰分析により、潜在変数(LV)が2のときにCalibrationでは相関係数r=0.93、RMSEC= 0.08mg/g , Cross-Validationについては相関係数r=0.90, RMSECV=0.10mg/g という結果から高い推定モデルが得られた。さらに、スコア値とローディングの検討により、吸光度二次微分スペクトルとも対応している466nmの吸収波長がクロロフィルに関係することが推定された。従って、第3章での回帰モデルに寄与が高い430nm~470nmはクロロフィルの吸収であることが裏付けられる。

第5章では、野菜の一般生菌数を推定する手法を実用化するために、教務用に流通されるカットレタスを用いて、第3章で示した評価手法を用いて検討した。PLS回帰分析により、吸光度および一般生菌数の検量線の作成、推定精度の検証を行った結果第3章で得られた結果潜在変数(LV)が7のときにCalibrationは相関係数R=0.98、RMSEC 0.18 CFU/g, Cross-Validationには相関係数R=0.53,RMSCVC 1.07 CFU/gであり、一般生菌数の検量線の作成には高い相関関係である。しかし、Cross-Validationから一般生菌数を予測するには、RMSCVCが 1.07 CFU/gとなって、一般生菌数を推定すると予測値が実際値の十分の一か百倍となり、比較的に精度が低く、正確に一般生菌数を予測する結果には至らない。この原因は、カットレタスは袋済みのものであり、複数の品種が混ざっていること、実験の測定には毎回同じ部位の測定が不可能だった点が挙げられる。

第6章は、本論分で得られた結論を総括し、また、分光分析を利用した野菜に付着一般生菌数を非破壊的に推定する手法の利点・問題点を占示し、今後の課題を述べた。

以上、本論文では、生鮮野菜の付着菌数について分光反射スペクトルを用いる方法を利用した非破壊評価について検討した。品種を揃えたホウレンソウでは、高い相関関係である推定モデルが構築された。しかし、カットレタスでは、Cross-Validationによるモデルの精度は低いため、一般生菌数の推定には至らなかった。さらに、それぞれの実験における一般生菌数の推定に寄与している波長域は、ホウレンソウ葉における実験では292nm、カットレタスにおける実験では306nmであることが示唆された。また、既往の研究において、ATPはpH7で259nmに吸収極大を示すことが知られ、生体内において吸収極大が純物質のそれに比べて長波長側にシフトする現象は一般的に認められており、10~50nmほどシフトするといわれていることを確認した。

審査要旨 要旨を表示する

食生活の多様化が進む現在、消費者ニーズは高品質で安全な農産物・食品へ向かう傾向にある。生鮮野菜の鮮度低下や劣化の早さは、食品の多量廃棄や消費量の低下を引起す深刻な問題である。一方、生鮮野菜には一般生菌数が103 CFU/g~107 CFU/g付着しており、この増殖は鮮度低下の一因であると同時に腐敗に至る原因となっている。そのため、農産物が生産されて消費者に渡るまでのすべての段階で、衛生的かつ鮮度低下を抑止する品質管理が重要であり、品質評価技術の開発が期待されている。葉菜に付着した微生物は葉表面に多く存在する。そこで、葉表面の情報検出には、分光反射スペクトルの利用が有効と考えられる。この分光分析により野菜の表面に付着した一般生菌数を評価できれば、従来の標準平板菌数測定法が長時間を要することや破壊検査であることなどの問題を克服して、リアルタイムでの評価が可能となり、衛生的な管理技術の基礎となることが期待される。

本研究では、市販されている生鮮野菜の一般生菌数を経時的に測定し、葉表面一般生菌数と分光反射スペクトルとの関係を検討し、一般生菌数を非破壊的に推定するモデルを提案すること目的とした。

第1章では序論、第2章では研究の背景と目的と題し、日本における野菜の消費量と農産物の鮮度評価に関する既往の研究について概説した。先行研究では、鮮度に関わる農産物の内容物に関する研究を中心に説明した。分光分析を利用した野菜の鮮度評価法については、非破壊評価の研究例が少ないため、類似した研究として試料の破壊を伴う分光分析による評価を例示した。

第3章では、ホウレンソウ葉の分光スペクトルと葉表面に付着した一般生菌数との相関関係について検討した。PLS回帰モデルによる結果、潜在変数(LV)が3のときにCalibrationでは相関係数R=0.95、RMSEC 0.19 CFU/g、Cross-Validationでは相関係数R=0.94、RMSCVC 0.26 CFU/gとなり、予測精度が高いモデルが構築された。さらに、さらに、スコア値とローディングを詳細に検討した結果、292nmの吸収波長が一般生菌数に関係することが推定された。また、この波長は、吸光度二次微分スペクトルとも対応していることが示された。一方、442nm付近のローディングの重みが高いことから、クロロフィルによる吸収の影響が考えられた。

第4章では、ホウレンソウ葉の一般生菌数の推定モデルに寄与した波長がクロロフィルと関連すること確認するため、ホウレンソウ葉のクロロフィル含有量を実測し、分光スペクトルからクロロフィル含有量の推定モデルを構築した。その結果、葉の吸光度二次微分値とクロロフィル含有量のPLS回帰分析により、潜在変数(LV)が2のときにCalibrationでは相関係数r=0.93、RMSEC= 0.03mg/g、Cross-Validationでは相関係数r=0.88、RMSECV=0.06mg/g という精度の高い推定モデルが得られた。さらに、このモデルにおけるスコア値とローディングの検討の結果、吸光度二次微分スペクトルとも対応している438nm付近の吸収波長がクロロフィルに関係することが推定された。従って、第3章で得た一般生菌数推定モデルで寄与が認められた442nm付近における吸収がクロロフィルによるとの考察が支持された。

第5章では、前章までの推定手法を用いて、現在流通しているカット野菜への適用の可能性を検討した。カット野菜製造工場からサンプルを得て、第3章で示した評価手法を用いて検討した。PLS回帰分析により、吸光度および一般生菌数の推定モデルを作成した結果、潜在変数(LV)が7のときにCalibrationでは相関係数R=0.98、RMSEC= 0.18 CFU/g、Cross-Validationでは相関係数R=0.53、RMSCVC= 1.07 CFU/gとなり、一般生菌数の推定モデルは高い相関関係が認められた。しかし、Cross-Validationによるモデルの精度の検討結果、一般生菌数の予測値の変動幅が大きく、現場で製造されている収穫日や品種が異なる野菜が混在したカット野菜に適用するには、課題が残された。しかし、同一収穫日の野菜に揃えてカット野菜を製造するなどの改善が施されれば、本研究で提案したモデルが適用できると考えられる。

以上、本論文では、葉表面の分光情報を利用して生鮮野菜に付着した一般生菌数の非破壊評価モデルを構築し、さらにこのモデルに寄与する特有の波長領域と対応する物質を特定してモデルの信頼性を示したものであり、学術上・応用上貢献することが少なくないと考えられる。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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