学位論文要旨



No 129225
著者(漢字) 前田,啓
著者(英字)
著者(カナ) マエダ,ケイ
標題(和) 木材の腐朽進行過程における密度・強度分布変化の解析とそのモデル化
標題(洋)
報告番号 129225
報告番号 甲29225
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3930号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 稲山,正弘
 東京大学 教授 佐藤,雅俊
 東京大学 准教授 信田,聡
 東京大学 准教授 和田,昌久
内容要旨 要旨を表示する

構造材の性質を考える中で、重要な性質は熱的性質、強度的性質など様々なものが考えられる。その中で構造物は長期間使用することが多いため、長期間経過することに伴う劣化は無視することができない。木質構造物の強度劣化に大きな影響を与える因子は腐朽と蟻害である。木質構造物を利用する上で、腐朽発生による強度劣化のもたらす影響は非常に大きく、現在木材の腐朽に関しての研究は強度に関しても幅広くなされている。その一方で、構造物に腐朽が生じた際の腐朽進行とその結果として生じる倒壊挙動の両者を検討した研究はこれまでにあまり例を見ない。

そこで本研究では、腐朽進行に伴う構造物の倒壊シミュレーション手法構築を最終目的とした。このためには、腐朽進行に伴う強度物性の変化をシミュレートする必要がある。そこで、本論文では腐朽進行に伴う木材の密度、強度変化の解析を試み、その知見をもとに腐朽進行のモデル化に取り組んだ。

【木材繊維方向への腐朽に伴う密度変化の評価】

腐朽進行のモデル化の第一段階として、繊維方向への強制腐朽試験を行い、腐朽進行に伴い密度分布がどのように変化するのかを調べた。強制腐朽試験の条件はJIS Z2101(2009)に従い褐色腐朽菌、白色腐朽菌を用いた。培養瓶内に試験体を設置する際、褐色腐朽菌の場合のみプラスチックメッシュシートを培地と試験体の間に挟んだ。

腐朽試験終了後、X線デンシトメトリーを用いて繊維方向における密度分布を推定した。腐朽材の密度分布の経時変化の様子は褐色腐朽菌と白色腐朽菌の場合で異なり、褐色腐朽菌の場合は培地近傍が最も早く腐朽が進行したのに対して、白色腐朽菌の場合は培地近傍の重量減少がみられず、そこから少し離れた部分が最も腐朽が進行した場所となった。

白色腐朽菌の試験条件では腐朽時に木材と培地が直接接していため、褐色腐朽菌の場合よりも吸水しやすいと考えられる。実際、試験体の水分量も褐色腐朽菌の場合より多く、培地近傍においては特に高含水率と推定される。白色腐朽菌の場合に培地近傍で腐朽が進行しなかったのは、この高含水率が腐朽菌の活動が妨げられたためであると推測された。

【腐朽材の強度分布】

強度分布と密度分布の間にどのような関係がみられるのかを評価するため、圧縮強度と引張強度に関して以下の2点についての検討を行った。

1. 強度と密度の関係性

両者の関係を評価するために、密度既知の小試験片を腐朽材から作成し、強度試験を行って密度と強度の関係を調べた。その結果、圧縮強度と試験体の平均密度の間には強い相関がみられたが、引張強度に関しては破壊部分の平均密度との間の相関は認められなかった。

2.強度分布と密度分布の関係性

圧縮強度分布については、密度分布に上で得られた密度と圧縮強度の関係式を適用することで得られる圧縮強度分布との比較を試みたところ、両者には良い相関がみられ、密度分布によって圧縮強度分布を評価することが可能であると推定された。

引張強度分布については密度分布との比較が試みられたが、平均密度に関しては小試験体を用いた時と同様、両者の間には特に関係性が見いだせなかった。しかし、X線透過画像の最小値の分布と引張強度分布を評価したところ、平均密度の場合と異なり引張強度分布が低下している部分で最小値の分布も低下していた。この結果から、引張強度を推定する際には材内のばらつきについても評価する必要があることが示唆された。

【腐朽進行のモデル化】

以上の知見をもとに、腐朽進行のモデル化を試みた。今回のモデル化において、腐朽進行は密度分布の変化として表現され、腐朽速度は含水率に依って決まることとした。最初に実行したシミュレーションでは、水分拡散係数として培地を用いて行った木材の吸水試験から得られた値としたが、得られた密度分布は実際の密度分布とは大きく異なる結果となった。

このシミュレーションにおける吸水量は実際の吸水量と比べてあまりにも多く、これがシミュレーションによって実際の密度分布を表現できなかった原因と考えられた。これは、用いた水分拡散係数が過大なものであったということなので、次に水分移動に腐朽菌が影響を与えると仮定して水分拡散係数を減じた新たなシミュレーションを行った。この結果得られた密度分布は実際の密度分布とよく一致していた。しかし褐色腐朽菌の場合は、吸水量の増加の仕方が実験結果と一致していなかった。そこで褐色腐朽菌の場合のみ、培地から木材への水分移動速度が一定量以下となる条件を加えてシミュレーションを試みたところ、水分量に関しても実験結果とよく一致するようになった。

このシミュレーション結果から求めた圧縮強度分布は実験で求めた圧縮強度分布との間に直線関係がみられ、圧縮強度についてもこのシミュレーションで評価することが可能であると分かった。

一方でこのシミュレーション結果から算出した引張強度分布では、実際の圧縮強度分布を表わすことができなかった。そこで密度のばらつきを評価するために密度の分散と重量残存率の関係を調べたところ、重量残存率が80%を切るまでは重量減少に伴って密度の分散が大きくなる結果が得られた。この結果を組み込んで再び引張強度分布を求めたところ、組み込む前に比べると引張強度を評価することができるようになった。

【腐朽進行の異方性評価】

得られた腐朽モデルを繊維方向以外への腐朽にも拡張するため、腐朽進行の異方性についての検討を行った。その結果、褐色腐朽菌の場合は繊維方向の腐朽が最も早く進行し、接線、放射方向の腐朽進行は腐朽材ごとのばらつきが大きかった。接線、放射方向への腐朽を受けた材のうち、特に腐朽が進行していたものはエポキシ樹脂で封鎖していた木口面から侵入していたものが多かった。木口面からの侵入が無かった場合の腐朽速度は繊維方向の10分の1程度であった。白色腐朽菌の場合は接線方向や放射方向への腐朽試験では重量減少は見られなかった。

【腐朽材のCT画像による評価】

腐朽進行のばらつきを評価するため、腐朽材のCT画像を作製した。その結果、腐朽試験に用いた褐色腐朽菌、白色腐朽菌のいずれの場合も、乾燥処理前には収縮等の腐朽を示唆するものは見つけることが出来なかった。

一方で乾燥処理後の腐朽材については、褐色腐朽菌の場合は密度の低下に先んじて収縮が生じていることがわかった。白色腐朽菌の場合、乾燥前のCT画像内で年輪構造がわからないほど含水率が高い部分では乾燥後の密度が低下していなかった。

審査要旨 要旨を表示する

木材を利用する上で腐朽に代表される生物劣化による強度低下は非常に重要な問題である。従来、これに対しての研究は、使用環境下での劣化程度の診断が主体で有り、現象把握的なものがほとんどであった。そこで本研究では腐朽進行に伴う木材の密度、強度変化を演繹的に推定できないかをその最終目標においた。しかしながら、これまで腐朽に伴って木材の強度がどのように低下していくかを詳しく調べた研究はなかった。そこで本論文では腐朽進行に伴う木材の密度、強度の経時変化を詳細に調べ、その知見をもとに腐朽進行のモデル化に取り組んだ。

第1章は序論であり、本研究の位置づけを明確にした。

第2章では繊維方向への褐色腐朽菌、白色腐朽菌を用いた強制腐朽試験を行い、腐朽進行の速度ならびに腐朽進行に伴い密度分布がどのように変化するのかを調べた。試験終了後、X線デンシトメトリーを用いて繊維方向における密度分布を測定し、密度の減少率によって腐朽の進行度合いを判断した。褐色腐朽菌では培地近傍から急速に腐朽が進行したのに対して、白色腐朽菌では培地近傍における密度減少がみられず、そこから少し離れた部分で腐朽が進行した。白色腐朽では培地近傍で高含水率となり腐朽菌の活動が妨げられたためであると結論づけた。

第3章では腐朽材の強度と密度との間の関係を検討した。圧縮強度は試験体の平均密度との間に強い相関がみられた。そこでこの関係を使って腐朽試験体の圧縮強度分布の経時的変化の推定を試みたところ、試験体の密度分布から圧縮強度分布が時間と共にどのように変化するかを推定することができた。一方で、引張強度は破壊部分の平均密度との間に相関は認められなかった。また、引張強度を推定する際には材内のばらつきについても評価する必要があることが示唆された。すなわち腐朽材の引張強度は密度減少だけからは推定できず、別の強度劣化メカニズムを仮定する必要があることが明らかとなった。

第4章では腐朽進行のモデル化を試みた。モデル化において、腐朽の進行を密度の低下で表現することとし、腐朽速度は含水率に依って決まるものと仮定した。これにいくつかの付帯条件を付けることにより、シミュレーションの結果得られた密度分布の経時的変化を実際の密度分布とよく一致させることができた。また、これらの研究で境界条件等を適切に設定することで、腐朽在中の水分量分布の経時的変化に関しても実験結果とよく一致させることが可能となった。

さらに密度分布のシミュレーション結果から推定した圧縮強度分布は実験で求めた強度分布を良く再現することができた。

第5章では得られた腐朽モデルを繊維方向以外への腐朽にも拡張するため、腐朽試験体の長軸方向がそれぞれ木材の異方性軸に合致させた試験体を用いて強制腐朽試験をおこなった。得られた試験体をX線CTスキャンを用いて解析し、腐朽進行の異方性について調べた。その結果、褐色腐朽菌の場合は繊維方向の腐朽が最も早く進行し、接線方向、放射方向への腐朽では、木口面からの侵入が無かった場合、腐朽速度は繊維方向の10分の1程度であった。また、腐朽材ごとのばらつきが大きく、接線・放射方向への腐朽が進行したものでは、エポキシ樹脂でシールしていた木口面から腐朽菌が侵入していたものが多かった。白色腐朽菌では接線方向、放射方向への腐朽試験では腐朽はほとんど進行せず、重量減少は見られなかった。また、褐色腐朽菌では密度の低下に先んじて木材の収縮が生じていることを明らかにした。

第6章は総括である。

以上本研究は、これまであまり明確でなかった木材の腐朽の進行に関して、方向別の進行速度ならびに腐朽過程での経時的強度低下現象を詳細に解明したもので、学術上、応用上貢献するところは非常に大きい。よって審査委員一同は、本論文が、博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク