学位論文要旨



No 129228
著者(漢字) 林,靜怡
著者(英字)
著者(カナ) リン,チンイ
標題(和) ケイ酸系木材保護塗料の開発と有効性の検証
標題(洋)
報告番号 129228
報告番号 甲29228
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3933号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 稲山,正弘
 東京大学 特任教授 安藤,直人
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 准教授 信田,聡
 東京大学 教授 佐藤,雅俊
内容要旨 要旨を表示する

前言

建築・建材に木材を利用するにあたり耐久性の信頼性向上は重要なテーマである。木材の改質に関するWPC技術は現在、含浸型と混練型の二つに大別されて定義されている。含浸型WPC技術の一例として、木材にシリコーン樹脂を減圧法で注入した圧縮バットを製造することがあるが、同様にシリケート溶液が撥水性塗料として木材表面を改質する可能性についての検討は不十分な状態である。ケイ酸塩が木材組織で浸潤する機構はケイ酸の球状体が木材の導管や導管壁孔を経由し、細胞内腔の細胞壁に付着・沈殿し、細胞内腔を埋めることによって木材繊維をケイ化することである。ケイ化された木材は表面硬度、耐水性と生物劣化に対する抵抗能力が向上することが示されている。従来、「トポ化学」として知られ、ケイ酸塩系水溶液を用いて木材に注入、あるいは含浸することによって、木材表面でゾル・ゲル反応を起こし、木材の無機・有機共複合物を作成することができ、さらにその複合物における耐久性能が検証された。木材塗装の歴史が長く、塗料の選択と塗装作業の仕組みは様々である。例えば、古跡・文化財を塗装する際には顔料や植物油塗料が使用されている。近年、木質建材の長期間使用を検討するため、材料の使用期間とメンテナンス効率の向上が重視され、塗装で木材を保護することが一層期待されている。

第1章 塗料成分と塗装法

本実験で用いた水性ケイ酸塩系塗料の主成分はジメチルシリコーン樹脂にアミン類シランカップリング剤と触媒を加え、カルボキシル基を中和・二重結合を解消させ、オルガノキシシランを加えたものである。ケイ素がSi-O-Si結合で木材表面にポリシロキサン層を形成することによって浸透型、半浸透型と塗膜型塗料を作成した。

SiOR +(COO)-・(NH4)+ + 樹脂

→ SiOH + (NH3) + (R)+ + (樹脂主鎖---COO)- + H2O

→ SiOH + (樹脂主鎖---COO) - + (NH4)++ ROH↑

→ 樹脂主鎖---COOSiO + (NH4)+・(OH)-

→ 樹脂主鎖---COOSiO + (NH3)↑ + H2O↑

木材表面で塗料の固形量が塗装法と塗料性質に関わる。メンテナンスする際に定量塗布が確保するためケイ酸塩系塗料の性質を確認し、塗装方法は合成繊維刷毛で2回塗りとまとめた。

第2章 耐候性能試験

塗装材でも木材原色を表現し、木目をアピールしたいなどの需要を満足させるため、透明塗装の光劣化防止に関する研究ニーズは高いと言えよう。透明塗装の耐候性に関する研究はまだ少ないが、木材の樹種と下地処理によって差があることが証明され、さらに塗膜の耐水性、剥離率、及び紫外線吸収剤の濃度は木材表面での保護効果に大きな影響を与えることも明らかにされている。本小節では紫外線吸収剤を入れた透明無色の変性ケイ酸塩系樹脂塗料(塗膜型S1、浸透型S2)および撥水度が向上できるシリコーンオイルを添加した半浸透型ケイ酸塩系塗料を用い、ケイ酸塩系塗料の高撥水効果を活かし、長期耐用性を検証するために、耐候促進試験で塗装材表面と光劣化挙動について実験的研究を行った。本章のまとめは以下である:

1)スギ材の光劣化挙動について

スギ材の光劣化について、初期に材面でのやけを発生し、その後呈色物質の分解と溶脱による材料の白色化を発生した挙動を明らかにした。発色団の生成は耐候試験開始から約65時間内で、その後表面溶脱による材面の白色化、割れ・ひびの発生および春材部の凹陥、繊維の剥離などの劣化問題を生じた。

2) 水性ケイ酸塩塗料の光耐候性について

本実験で用いた水性ケイ酸塩系塗料は2種類である。紫外線吸収剤の添加量は同様のうえ、耐候操作を行った後、塗膜なしのケイ酸塩塗料は光劣化に対する保護効果は得られず、無処理材と同程度の劣化現象を示した。即ち、光劣化環境下では塗膜のないケイ酸塩塗料は期待できない。一方、塗膜ありのケイ酸塩塗料は良い耐候性を示し、実験後の劣化指数値と撥水度はほぼ油性塗料と同程度に評価された。透明水性ケイ酸塩系塗料について、建材・建築への使用に対しては適切な仕様が肝要である。

3) 水性ケイ酸塩塗料の耐水効果について

塗膜型ケイ酸塩系塗料に形成した塗膜の透湿抵抗が高く、溶脱操作を行った結果では塗膜の剥離がなく、湿潤環境での使用性が良好といえる。さらにシリコーンオイルを添加した半浸透型塗料は耐水性・耐溶脱性能が良好で、高撥水性塗料として使用されているフッ素樹脂とほぼ同程度な結果を示した。ここで、シリコーンオイルの添加することによってより耐水効果ができると証明された。

第3章 防蟻性能試験

現在、薬剤塗布以外の塗装処理がまた防腐・防蟻処理として認められてないが、本研究ではシロアリへの忌避効果を検討し、水性ケイ酸塩系塗料が新たな蟻害対策方法として検証試験を行った。ケイ素樹脂はそれぞれの耐久性能が異なるが、ケイ素の固形量と添加物によって防蟻効果が認められている。さらに官能基と触媒の交換・入替えすることによって、ケイ酸塩系水溶液に処理された木材はホウ酸処理とほぼ同程度の高い耐蟻性能を持つことが示された。本章ではケイ酸塩系水溶液の防蟻性能を考慮し、木材保護塗料として開発された水性ケイ酸塩系塗料の実用性を検討した。ケイ素が木材表面での浸潤機構とシリケート結合を重ねることによって塗料を作製し、さらに添加成分を変えながら、室内試験と屋外試験で木材の繊維方向によって水性ケイ酸塩系塗料による白蟻食害防止効果について実験的検証を行った。室内試験で建築へ大きい損害を与えるイエシロアリが試験対象とし、無毒性塗装材の防蟻性能試験を行った。具体的な試験法が規範されてないため、JIS K1571「木材保存剤―性能基準および試験方法」に記載した試験法と木材乾燥時間を準処し、多回な予備試験結果をまとめ、木材の重量減少率と食害状況で塗装の防蟻効果を判定した。さらに屋外試験で寸法安定剤に処理された実大試験体が地中に設置し、長期間の観測による試験体の物理劣化と生物劣化状況が確認でき、塗装の実用性を検討した。

スギ材に対して、ケイ酸塩塗料で塗布することによって防蟻効果が向上できる。浸透型塗料に塗装された木口面と塗膜型塗料はケイ素の固形量が多く、添加剤として殺虫成分をいれた試験体の重量減少率が低減することから、十分な塗料固形量を確保することと少量の殺虫剤を添加することで、ACQ処理とほぼ同程度の効果が得られた。

さらに宮崎の屋外試験場で1年間の暴露試験結果により、ケイ酸塩系塗料に処理された試験体の表面で生物劣化が発生せず、木材の材積がよく維持することが分かった。これからケイ酸塩塗料の屋外での使用も期待できると考えられる。

第4章 耐久期間推定

木造建築の使用耐久期間の推定は固定資産評価基準における木造家屋経年減点補正率基準が参考され、線形モデルによって使用年限を推測する。しかし、寿命実態調査データを分析する際に、経年別減失率の推定方法は正規分布、対数正規分布、あるいはワイプル分布などの関数モデルや確率パラメータが提唱されている。近年、ビッグデータという大量なデータを利用し、各アルゴリズムのパラメータによって検証対象の使用性能や経年変化など予測することができる技術が開発されている。木質材料は生産ラインの上流から下流まで、建材の性質、生産条件、使用条件などのデータが統合し、新しい動的な確率モデルによって材料の耐用性がより精密にコントロールでき、材料の信頼性が一層に向上できる。本研究で提案した確率モデルはロジスティック回帰分析である。第2、3章の試験データを用い、ケイ酸塩系塗料が気候劣化による耐蟻性能について、使用期間1年間として劣化する確率を試算した。

・モデル試算

1. データ分類

例:防蟻試験結果では15%~25%程度の試験体は表面から内部に侵食され、空孔が観察された場合が多い。30%以上の重量減少になった場合、材料強度が不健全になる恐れがある。50%以上の重量減少した試験体は厳しく破損し、柔らかい春材部分がほとんど食害されたと観察された。

2. 信頼度予測に関する制御値の設定

ケイ酸塩塗料の防蟻試験結果について信頼度予測に関する制御値の設定し、R値を算定する。ACQに処理された試験体10体の平均実験結果を母数として、各種処理をされた試験体の平均重量減少率の比較値でランキングする。

3. 各因子間の相関性整理(略)

4. 計算値:

無処理Pr[EF]=0%、含浸型Pr[EF]=64%、塗膜型Pr[EF]=100%となる。即ち、ケイ酸塩塗料はt=30日、A=L5、塗布量0.019g/cm2の条件下、無処理木材より防蟻効果の信頼度は0%から64%に上げることは可能で、さらに少量の殺虫剤やトッピング剤を加えたら大幅に防蟻効果向上できることを証明された。

5. 予測

使用期間1年間内に、無処理材の蟻害発生確率が100%、含浸型ケイ酸塩系塗料試験体は36%、塗膜型ケイ酸塩系塗料は0とした。モデルの推測は暴露試験の結果と一致した。今後新たな研究データを加え、モデルの精度向上することが期待する。

結論

本研究では注目する要素は以下である:

1. 水性変性ケイ酸塩系塗料

シリコーン塗料のメンテナンス性が改良し、耐用性能の良い水性塗料の成分が確認した。

2. 塗料で木材を保護する

木材表面の光劣化防止及び撥水性向上することによって、割れや変形などの劣化防止ができる。さらにケイ酸塩系塗料の防蟻効果が証明され、建材への使用が期待できる。

3. 動的な耐久期間推定モデル

ケイ酸塩系塗料に処理された木材の耐久性が検証され、今後今まで累積した木質建築・建材の生産、使用データを活用し、材料の性質と使用条件を考え、より精密な耐久期間が推測でき、木質材料の信頼性が向上できる。

図1 劣化指数Kと材面の撥水度

(S:ケイ酸塩系塗料、NC:水性セルロース塗料、U:油性ウレタン塗料)

図2. 室内試験法の設置とスギ材の重量減少率

審査要旨 要旨を表示する

木材はセルロース、ヘミセルロース、およびリグニンで組成される生分解性の高分子化合物であり、樹種によって含まれる微量な成分の違いがあり、劣化因子に対する抵抗性が異なっている。木材の耐久性とは防腐・防蟻性及び耐候性能を含め、当初の木材強度が持続する時間の長短である。即ち、水分、酸素、光、生物劣化などの因子を抑制することは、長期間にわたる木材利用、建築や土木などの実際の場面で当たって重要と言える。実際使用においては耐久性に優れるヒノキ等や密度の高い外材、あるいは薬剤による木材保存処理が幅広く使用されている。一方で、既存建築物のメンテナンスによる耐久性向上を図るには塗装手段が有力である。

本研究では、ガラス系塗料などの名称で商品が販売されているケイ酸塩系撥水塗料に着目した。それらは、主にコンクリート表面用撥水性保護塗料として使用され、主成分はナトリウムメチルシリコネート水溶液やメチルシリコーンなどである。木材用に関しての知見は限られており、ケイ酸塩系塗料の建築・建材への使用の妥当性を検証することを本研究の目標とした。塗料として使用する際の木材改質効果、加工の利便性、塗装効率、コストなどの実用性に関する課題を克服するように塗料成分を調整し、それらの有効性を実験的に検証している。

論文の構成については、第1章の序論に続き、第2章では塗料の開発経緯を述べ、新しく開発した3種類のケイ酸塩系塗料のイエシロアリに対する忌避効果を確認している。第3章では塗料としての塗布量と塗膜厚さについて塗装速度、圧力と下地木材の含水率などの影響因子を検討している。第4章では防水試験及び耐候試験(ウェーザーメータ、野外試験)を行い、3種類のケイ酸塩系塗料のそれぞれの性能を明らかにした。

実験では基本となった有機複合系セラミック樹脂にシリコーンオイル等を添加し、防蟻性能と撥水性能の向上を図り、木材表面に対し浸透型、半浸透型、塗膜型の3種類の水性ケイ酸塩系塗料を開発した。開発した塗料は、下塗りと上塗りの2回塗装を原則としている。耐蟻性能試験では、イエシロアリの飼育巣の表土の上に塗装を施したスギの試験体を設置し、無塗装の木材との食害を比較している。木材の耐蟻性はヒノキ、スギ、スプルースの順で高いことが知られているが、本塗料による塗装処理によってスギで重量減少率を約50%低下させること、さらに塗料に殺虫成分であるエトフェンプロクスを添加することにより、加圧注入によるACQ処理木材と同等の高い耐蟻性能を得ている。塗装によって耐蟻性能を向上させることができると言うことは、既存建物の改修時に現場処理できる方法として特筆され、水性ケイ酸塩系塗料の特徴である無毒性、無臭性、速乾性に加え、シロアリに対する忌避効果が認められることを明らかにした。外壁塗装を前提とした光耐候性を確認するために、ウェザーメーターによる劣化促進試験を行っている。木材表面の変色(やけ)、白色化、ひび、割れなどの劣化現象の観察の結果、浸透型、半浸透型では効果が得られないが、塗膜型については実験後の試験体についても一般的に用いられている油性塗料と同程度の結果を示している。

実験結果を通じて木材塗料として用途を内装用に限れば、水性ケイ酸塩系塗料の優れた性能、すなわち無毒性、無臭性、速乾性、施工性、保管性が確認され、木材表面の撥水性、防汚性、着色を付与できることが確認された。屋外用については、塗膜型のものが良好な結果が得られ、さらに耐蟻性、光劣化防止に効果があることから、今後の実用化について開発の方向性を与える基礎データーが得られている。

以上本論文は、水性ケイ酸塩系塗料を木材用に改良し、新しいタイプの塗料としてその塗膜性能、木材の耐用性向上に寄与する効果を実験研究として明らかにした実績が高く評価され、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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