学位論文要旨



No 129229
著者(漢字) 遠藤,了慶
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,リョウケイ
標題(和) ナノ材料を複合化したポリビニルアルコールの構造および特性解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 129229
報告番号 甲29229
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3934号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 教授 岩田,忠久
 東京大学 特任教授 木村,実
 東京大学 准教授 竹村,彰夫
 東京大学 准教授 和田,昌久
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景、目的

ポリビニルアルコール(PVA)は、結晶状態ではポリエチレン(PE)と同様に平面ジグザグ構造をとることから、その理論弾性率はPEと同等の250GPaの値をとることが報告されている。また、平衡融点は約250℃と見積もられており、PEよりも約100℃も高いため、耐熱性を兼備した高強度、高弾性率素材としての期待が高い。

屈曲性高分子の代表例であるPEでは、分子設計や紡糸・延伸の最適化により超延伸が可能となり、高強度、高弾性率化が達成された。しかしPVAは、有する水酸基によって、分子間あるいは分子内水素結合による架橋構造により塑性変形性が低く、PEと同等の高強度、高弾性率は達成されていない。従って、PVAの高強度、高弾性率化を達成するには、新しい手法の導入が必要となる。

また、近年の、世界的な環境、資源、エネルギー問題が顕在化する中では、強度や弾性率等の性能だけではなく、偏光特性や導電性、難燃性などの機能を兼備した高分子材料の需要が高まっている。PVAの本来の性能を損なわない上で、特定の機能を付与することができれば、多様化する社会需要に対応可能な新素材の開発に繋がると考えられる。

本研究では、PVAの高強度・高弾性率化、ならびに高機能化に向けた新たな手法として、ナノ材料との複合化技術に着目した。PVAは湿式成型を基本とするので、水を共通媒体とし、PVA水溶液とナノ材料の水分散液を混合して新規ナノ複合化物を調製することにより、添加したナノ材料をPVA基材中に均一分散できる可能性が高い。その結果、少量のナノ材料添加でPVAの高強度・高弾性率・高機能化が期待できる。また、PVA繊維製造過程においてナノ複合化の効果がどのように発現するのかは明らかにされていない。そこで本研究では、水溶液を共通媒体としたPVAのナノ複合化技術により、PVAの高性能・高機能化を検討し、得られた複合化物の構造と物性発現機構について解析することを目的とした。

「TEMPO酸化セルロースナノファイバー(TOCN)の複合化によるPVA繊維の構造及び物性解析に関する研究」

PVA水溶液とTOCNの水分散液を混合し、湿式紡糸によりPVA/TOCN複合繊維を得た(TOCN:PVA重量比率は1:100で固定)。得られた繊維の延伸倍率と力学物性について調べたところ、高延伸倍率領域において、PVA単独繊維に比して高い弾性率を示した(図1)。PVA/TOCN複合繊維は、高延伸倍率領域において分子全体の配高度を示す複屈折率が増加しており、その結果、弾性率の向上に寄与していると結論できた。PVA/TOCN複合繊維の結晶部の分子鎖はPVA単独繊維とほぼ同程度であったことから、この複屈折率の上昇はPVAの非晶部の配向が寄与している。これは、PVAの非晶部とTOCNの相互作用によるもので、延伸過程において効率的に応力伝達が行われ、結果として非晶部PVA分子が引き延ばされる作用によると推測された。

「TEMO酸化セルロースナノファイバー(TOCN)の複合化によるPVAフィルムの偏光膜特性変化に関する研究」

PVA/TOCN複合未延伸フィルムを100~140℃で熱処理したフィルムの、水中における強度を調べたところ、PVA単独フィルムに比べて高い値を示した。水中での強度は、主に水を吸収して膨潤する非晶部の特性に支配されることから、TOCNがPVAの非晶部の耐水性を向上していると推測された(図3)。PVA/TOCN複合繊維の場合と同様、延伸による非晶部の配向が期待されたため、所定の温度のヨウ素染色溶液中で延伸し、偏光フィルムとしての可能性を検証した。しかし、市販の偏光フィルムの性能範囲に留まることが分かった(図4)。偏光フィルムを作製する過程においては、PVAとヨウ素分子を同時に配向させる必要があるために、延伸は水中で行われるが、その際に、PVAの非晶部とTOCNとの相互作用が弱くなり、PVA/TOCN複合繊維で見られたような非晶部を引き伸ばすのに必要な応力伝達ができず、分子配向が促進できなかったものと考えられた。

「モンモリロナイト(MTM)の複合化によるPVA繊維の耐熱・難燃化に関する研究」

PVA水溶液とMTMの水分散液を混合し、湿式紡糸により繊維化してPVA/MTM複合繊維を得た(MTM:PVA重量比率は12:100に固定)。PVA/MTM複合繊維の力学強度はPVA単独繊維に比べて低下したが、その耐熱性(高温での弾性率保持率)ならびに難燃性が向上することが明らかになった。PVA/MTM複合繊維の高次構造解析により、MTMの長軸が繊維軸方向に配向し、ナノ分散状態を維持しているためにPVAの結晶が微細化された構造を有していた。MTMに挟まれたPVA分子は束縛され、温度上昇に伴う分子運動性が抑制され、耐熱性が向上したものと推測された。また、PVA基材中のMTMが、燃焼時の固体内での分解ガスの拡散や輻射熱伝達を抑制するBlocking層として作用するために、難燃性が向上したと考えられた(図6)。

「ナノ金属微粒子複合化によるPVA繊維の機能化に関する研究」

PVA分子骨格内の水酸基が種々の金属イオンと錯体を形成することを利用し、繊維内部に導電性を有する硫化銅(CuxS)ナノ微粒子を微細に形成させる検討を行った(図7)。膨潤状態にあるPVAに銅イオン(Cu2+)を付与し、繊維内部にて[PVA-OH・・・Cu2+]錯体を形成させ、次いで、硫化物イオン(S2-)で処理することで、繊維内部の銅イオンをCuxSとして繊維内部に均一に析出させることが出来た。得られたPVA/CuxS複合繊維は、CuxSのナノサイズ効果もあり、数μm程度のCuxS練り込み繊維と比較して、少量の複合量で、高い導電性を示した(図8)。

図1 延伸倍率と弾性率の関係

図2 延伸倍率と複屈折率の関係

図3 延伸温度と熱水切断温度の関係

図4 透過率と偏光度の関係

図5 PVA及びPVA/MTM複合繊維の構造モデル

図6 燃焼時におけるMTMの分解ガス拡散抑制効果

図7 PVA繊維中でのナノ微粒子形成方法

図8 硫化銅複合量と導電性の関係における粒子のサイズ効果

審査要旨 要旨を表示する

ポリビニルアルコール(PVA)は、結晶状態では平面ジグザグ構造をとることから、その理論弾性率は250GPaの値となることが報告されている。また、平衡融点は約250℃で、耐熱性を兼備した高強度、高弾性率素材として期待される。同じく屈曲性高分子の代表であるポリエチレンでは、分子設計や紡糸・延伸の最適化により超延伸が可能で、高強度、高弾性率化が達成された。しかし、PVAは無数の水酸基によって、分子間あるいは分子内水素結合による架橋構造により塑性変形性が低く、ポリエチレンと同等の高強度、高弾性率は達成されていない。従って、PVAの高強度、高弾性率化を達成するには、新しい手法の導入が必要となる。

また、近年の世界的な環境、資源、エネルギー問題が顕在化する中では、強度や弾性率等の性能だけではなく、偏光特性や導電性、難燃性などの機能を兼備した高分子材料の需要が高まっている。PVAの本来の性能を損なわないで、特定の機能を付与することができれば、多様化する社会需要に対応可能な新素材の開発に繋がる。

そこで本研究では、PVAの高強度・高弾性率化、ならびに高機能化に向けた新たな手法として、ナノ材料との複合化技術に着目した。PVAは湿式成型を基本とするので、水を共通媒体とし、PVA水溶液とナノ材料の水分散液を混合して新規ナノ複合化物を調製することにより、添加したナノ材料をPVA基材中に均一分散できる可能性が高い。その結果、少量のナノ材料添加でPVAの高強度・高弾性率・高機能化が期待できる。また、PVA繊維製造過程においてナノ複合化の効果がどのように発現するのかは明らかにされていない。したがって、水溶液を共通媒体としたPVAのナノ複合化技術により、PVAの高性能・高機能化を検討し、得られた複合化物の構造と物性発現機構について解析することを目的とした。

まず、PVA水溶液とTEMPO酸化セルロースナノフィブリル(TOCN)の水分散液を混合し、湿式紡糸によりPVA/TOCN複合繊維を得た(TOCN:PVA重量比率は1:100で固定)。得られた繊維の延伸倍率と力学物性について調べたところ、高延伸倍率領域において、PVA単独繊維に比して高い弾性率を示した。PVA/TOCN複合繊維は、高延伸倍率領域において分子全体の配高度を示す複屈折率が増加しており、その結果、弾性率の向上に寄与していると結論できた。PVA/TOCN複合繊維の結晶部の分子鎖はPVA単独繊維とほぼ同程度であったことから、この複屈折率の上昇はPVAの非晶部の配向が寄与していると考えられる。これは、PVAの非晶部とTOCNの相互作用によるもので、延伸過程において効率的に応力伝達が行われ、結果として非晶部PVA分子が引き延ばされる作用によると考えられる。

続いて、PVA/TOCN複合未延伸フィルムを100~140℃で熱処理したフィルムの、水中における強度を調べたところ、PVA単独フィルムに比べて高い値を示した。水中での強度は、主に水を吸収して膨潤する非晶部の特性に支配されることから、TOCNがPVAの非晶部の耐水性を向上していると推測された。PVA/TOCN複合繊維の場合と同様、延伸による非晶部の配向が期待されたため、所定の温度のヨウ素染色溶液中で延伸し、偏光フィルムとしての可能性を検証した。しかし、市販の偏光フィルムの性能範囲に留まることが分かった。偏光フィルムを作製する過程においては、PVAとヨウ素分子を同時に配向させる必要がある。延伸は水中で行われるが、その際に、PVAの非晶部とTOCNとの相互作用が弱くなり、PVA/TOCN複合繊維で見られたような非晶部を引き伸ばすのに必要な応力伝達ができず、分子配向が促進できなかったものと考えられた。

PVA水溶液とナノクレーであるモンモリロナイト(MTM)の水分散液を混合し、湿式紡糸により繊維化してPVA/MTM複合繊維を得た(MTM:PVA重量比率は12:100に固定)。PVA/MTM複合繊維の力学強度はPVA単独繊維に比べて低下したが、その耐熱性(高温での弾性率保持率)ならびに難燃性が向上することが明らかになった。PVA/MTM複合繊維の高次構造解析により、MTMの長軸が繊維軸方向に配向し、ナノ分散状態を維持しているためにPVAの結晶が微細化された構造を有していた。MTMに挟まれたPVA分子は束縛され、温度上昇に伴う分子運動性が抑制され、耐熱性が向上したものと推測された。また、PVA基材中のMTMが、燃焼時の固体内での分解ガスの拡散や輻射熱伝達を抑制するBlocking層として作用するために、難燃性が向上したと考えられた。

さらに、PVA分子骨格内の水酸基が種々の金属イオンと錯体を形成することを利用し、繊維内部に導電性を有する硫化銅(CuxS)ナノ微粒子を微細に形成させる検討を行った。膨潤状態にあるPVAに銅イオン(Cu2+)を付与し、繊維内部にて[PVA-OH・・・Cu2+]錯体を形成させ、次いで、硫化物イオン(S2-)で処理することで、繊維内部の銅イオンをCuxSとして繊維内部に均一に析出させることが出来た。得られたPVA/CuxS複合繊維は、CuxSのナノサイズ効果もあり、数ミクロン程度のCuxS粒子練り込み繊維と比較して、少量の複合量で、高い導電性を示した。

以上のように、PVAとTOCNをはじめとするナノ材料との複合化により、従来法では得られないPVAを基材とする機能繊維、機能フィルムの創成につながる基礎的知見を得ることができた。また、その機能発現機構を、ナノ材料と基材であるPVA非晶領域分子との相互作用によって説明することができた。これらの研究成果は、学術的にも応用-実用化技術としても重要である。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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