学位論文要旨



No 129231
著者(漢字) 辻川,誠
著者(英字)
著者(カナ) ツジカワ,マコト
標題(和) 木造軸組工法建築物の耐震診断の改良手法の提案と実践
標題(洋)
報告番号 129231
報告番号 甲29231
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3936号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 稲山,正弘
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 特任教授 安藤,直人
 東京大学 准教授 信田,聡
 東京大学 准教授 井上,雅文
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

木造建築物の耐震診断において、診断の対象として最も多いのが木造住宅である。その中でも大部分を占めるのが、木造在来軸組構法住宅である。耐震診断や耐震改修が必要とされる建物の多くで、ラスボード(ア)7mmが利用されているため、ラスボード壁の耐力の評価如何で耐震診断及び補強計画が大きく変わってしまう。そのため、ラスボード壁の耐力を適切に評価して耐震診断を行う方法を確立する必要がある。また、石膏ボード壁についても現行法とは異なる小さな釘が使用されている。そこで、実際の既存木造住宅で使われている仕様で作成したラスボード壁と石膏ボード壁の水平加力実験を行い、力学的な特徴を把握し耐震診断における評価方法を提案することとした。また、木造建築物の耐震診断においては、柱接合部の引き抜き耐力が耐震診断結果に大きな影響をあたえるが、現行の耐震診断指針では柱接合部仕様により一義的に定められた係数を用いて診断を行うことになっている。しかしながら実際の建物では平面的な耐力壁の位置や建物の階高によって柱接合部に加わる力は変わる。これらを正しく評価して耐震診断が出来るような柱接合部低減係数の算出方法を提案した。そして提案した手法を用いて実建物の耐震診断を行い、その有効性を確認した。

第2章 既存木造建物における耐震診断法の改良評価手法の提案

1.ラスボード壁の水平加力実験

ラスボード壁と石膏ボード壁について、既存木造住宅で実際に使用されているボード厚及びボードの取り付け釘の仕様で、面材全面張りの壁と壁の上下に面材の張られていない部分を持つタイプの壁、そして面材の開口の有無や、開口の大きさの異なる壁など、合計10体の試験体(例として図1に試験体1と試験体7の姿図を示す)を作成し水平加力実験を行い、その耐力及び破壊性状を明らかにした。そして実験で得られた結果を用いて、壁の耐力の内、軸組のみの耐力と取り付け面材のみの耐力とに分解したものを一覧表として示した。これを利用して、面材と軸組そして面材の開口形状との組み合わせにより、これらの壁の耐力算出方法を提案した(図2)。

2.N値計算法の逆算による柱接合部低減係数の算定法の提案

既存木造建築物の場合、柱頭柱脚接合部はカスガイや釘打ち程度であり、柱の引き抜き力に対して引き抜き耐力が不十分な接合方法となっていることが一般的である。このため、壁の耐力を決定するためには柱接合部の接合状態に応じて、適切な低減係数を算定する必要がある。そこで、この低減係数を算出する方法として、表1に示すようなN値計算法の逆算による柱接合部低減係数の算定法を提案することとした。この方法では耐力壁を設置する平面的及び立面的な位置に応じた引き抜き力の違いを考慮出来ると共に階高の違いや柱接合部に設置する金物の強度に応じた接合部低減係数を算出できることに特徴がある。また、合わせて基礎仕様の違いを考慮するため、基礎の浮き上がり抵抗力より基礎の低減係数を算出し、その影響を考慮することとした。現行の耐震診断指針での柱接合部仕様により一義的に定められた係数の曖昧さを排し接合部低減係数の明確化が計れると共に、無駄のない耐震補強計画が可能になると考える。

第3章 木造幼稚園の耐震診断、耐震改修への改良評価手法の実践

図3は第2章2.で提案したN値計算法の逆算による柱接合部低減係数の算定法を木造幼稚園の耐震診断と耐震改修に適用した事例である。この建物は2階床が縁甲板張りとなっており、床水平構面の剛性が低い。このため各鉛直構面毎にゾーンニングを行い、各ゾーン毎にその耐震性を表す上部構造評点を算出し、その最小値をもって建物の診断結果とする方法により耐震診断を行った。また、本建物には鉄骨方杖及び丸鋼ブレースが柱の中間部に取り付けられており、部材の破壊性状から、これら部材の影響を考慮した耐震診断を行った。このことは、既存木造建築物には耐震診断指針で想定されていないような耐力要素が付加されていることがあり、破壊性状を考慮しながら診断方法を提案していく必要があることを意味する。そして既存木造幼稚園は木造住宅に比べ階高が大きい特徴を有する。第2章2.で提案したN値計算法の逆算による柱接合部低減係数の算定法により耐力壁の位置の違いや階高が大きくなった影響を考慮した接合部低減係数を適切に算出することが可能となったと考える。耐震改修設計においては、2階床水平構面の補強、耐力壁及びバットレスの増設、基礎の補強などを中心に計画している。ここでは、提案した柱接合部低減係数の算定法を使用することにより、補強耐力壁の柱接合部に使用する接合金物の耐力値そのものを直接的に接合部低減係数に反映することが出来た。これは、現行の耐震診断指針で接合部仕様間の中間的な耐力を持つ接合部金物の耐力を正確に評価していない問題を解決することに繋がると考える。また、耐震診断において、鉄骨方杖の評価方法として両端ピンの方杖としてモデル化して解析したが、鉄骨方杖の取り付き状態及び周辺部材の仕様をより詳細に考慮した、剛性マトリックス法を使用したモデル化方法を提案した。

第4章 結論

本研究では、現状の耐震診断実務において、木造建築物の耐震診断指針であるところの2004年版木造住宅の耐震診断と補強方法で耐震診断を行う場合に生じる問題点及び疑問点を改善する方法を見いだしたいという考えで進めてきた。このなかでラスボード壁のように、壁耐力における取り付け面材の耐力への寄与度が小さい耐力要素についての診断上の取り扱い方法について提案することが出来た。また、柱接合部の仕様による壁耐力の低減係数の算出方法について、耐力壁の設置位置及び接合部耐力に応じた、より精度の高い計算方法を提案した。そして、この柱接合部の低減係数算出方法を実際の耐震診断に適用して、その有効性を示すことが出来たと考える。

図1 試験体の例

図2

表1 【柱接合部低減係数の算定】

図3

審査要旨 要旨を表示する

提出された学位請求論文は、木造軸組工法建築物の耐震診断において、現在用いられている耐震診断法で十分に評価できていない部分について、改良評価手法を提案し、実際の建物に適用し実践した内容となっており、4章からなる。

第1章序論では、現在用いられている日本建築防災協会の耐震診断法の問題点を抽出している。耐震診断や耐震改修が必要とされる建物の多くでラスボード7mm厚が利用されているにもかかわらず、現行の診断法ではこれが耐震性能評価に含まれていないために、ほとんどの建物で耐震性能が過小評価されてしまうことを指摘している。また、現行の診断法では柱接合部仕様により一義的に定められた低減係数を用いることになっているが、実際の建物では平面的な耐力壁の位置や建物の階高や連層か単層かによって柱接合部に加わる力が変わるために、これらを含んだ評価としなければならないことを指摘している。そこで、主としてこれらを改良した耐震診断評価手法の提案を行い、実際の建物に適用し検証することを本研究の目的としている。

第2章では、既存木造住宅における耐震診断法の改良手法を提案している。

まず第1節において、ラスボード壁の水平加力実験を行って壁耐力を導いている。ラスボード壁と石膏ボード壁について既存木造住宅で実際に使用されているボードの取り付け釘の仕様で、開口の有無や開口の大きさの異なる合計10種類の試験体を作成し、水平加力実験を行い、それらの耐力及び破壊性状を明らかにした。そして実験で得られた結果を用いて面材と軸組そして面材の開口形状の組み合わせにより、これらの壁の耐力算出方法を提案した。

第2節においては、階高や連層などを含めた改良型の柱接合部低減係数の算定法を提案している。この方法では耐力壁を設置する平面的及び立面的な位置に応じた引き抜き力の違いを考慮出来ると共に、階高の違いや柱接合部に設置する金物の強度に応じた接合部低減係数を算出できることに特徴がある。また、あわせて基礎仕様の違いを考慮するため、基礎の浮き上がり抵抗力より基礎の低減係数を算出し、その影響を考慮するような改良評価手法についても提案した。

第3章では、実在する木造幼稚園建物の耐震診断および耐震改修への本改良評価手法の適用についてまとめたものである。

第2章2節で提案した柱接合部低減係数の算定法を木造幼稚園の耐震診断と耐震改修に適用した事例である。2階床が縁甲板張りとなっており、床水平構面の剛性が低いため各鉛直構面毎にゾーニングを行い診断を行った。また、鉄骨方杖及び丸鋼ブレースが取り付けられており、部材の破壊性状から、これら部材の影響を考慮した耐震診断を行った。このことは、既存木造建築物には耐震診断指針で想定されていないような耐力要素が付加されていることがあり、破壊性状を考慮しながら診断方法を提案していく必要があることを意味する。そして既存木造幼稚園は木造住宅に比べ階高が大きい特徴を有しており、第2章2節で提案した柱接合部低減係数の算定法により耐力壁の位置の違いや階高が大きくなった影響を考慮して接合部低減係数をより適切に算出できることが示された。耐震改修設計においては、2階床水平構面の補強、耐力壁及びバットレスの増設、基礎の補強などを中心に計画している。ここでは、提案した算定法を使用することにより、基礎の補強による耐力増強や、補強耐力壁の柱接合部に使用する接合金物の耐力値そのものを直接的に接合部低減係数に反映できることが示された。これは、現行の耐震診断指針において接合部仕様表に掲載されていない接合金物の低減係数を正しく評価できない問題を解決するものである。

第4章では、本論文における提案評価手法についての考察および適用に際しての注意点についてまとめている。

以上本論文は、木造軸組工法建築物の耐震診断において現在用いられている耐震診断法で十分に評価できていない部分について、これまでなされていなかったラスボードに対する水平加力実験を行って耐力を評価できるようにし、さらに柱接合部や基礎についての改良評価手法を提案したもので、それらを実際の建物に適用し実践して有用性を実証できたことが高く評価され、木質構造における耐震評価の分野において学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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