学位論文要旨



No 129243
著者(漢字) 高杉,征樹
著者(英字)
著者(カナ) タカスギ,マサキ
標題(和) 核内ミトコンドリア遺伝子の組織および性依存的なDNAメチル化制御
標題(洋)
報告番号 129243
報告番号 甲29243
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3948号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 准教授 山内,啓太郎
 東京大学 准教授 後藤,康之
 東京大学 准教授 田中,智
内容要旨 要旨を表示する

緒言

哺乳類ゲノム上には可変的なDNAメチル化修飾を受ける領域が広範に存在しており、様々な細胞機能の調節に関わっている。これまで細胞の分化や癌化など、遺伝子発現パターンの変化が全ての常染色体に及ぶような場合において、DNAのメチル化パターンもゲノム全体に渡って書き換えられている事が明らかにされている。一方で、ミトコンドリア機能と性差という、いずれも薬理作用や疾患との関わりの深い重要な問題をDNA機能と関連づけて理解する試みにおいては、それぞれmtDNAや性染色体といった特定の一部のDNA領域が注目を集め、常染色体上の可変的DNAメチル化修飾による制御はほとんど調べられてこなかった。同一個体中の異なる細胞種・組織はmtDNAや性染色体を含めて基本的に同じ配列のDNAを有していながら、ミトコンドリア機能には組織および性依存性が認められており、それらの制御には、大部分の核内ミトコンドリア遺伝子をコードしている常染色体の可変的DNAメチル化修飾が関わっている可能性が考えられる。

そこで本論文第一章では、まずマウスの肝臓、脳、心筋の比較から核内ミトコンドリア遺伝子の組織依存的DNAメチル化修飾の網羅的同定と、同定されたT-DMRs(Tissue-dependent and differentially methylated regions)のプロファイリングを行った。第二章では核内ミトコンドリア遺伝子であるHsd3b5とCyp17a1を含む6つの遺伝子について性依存的DNAメチル化修飾状態を詳細に調べ、さらにそれらの性依存的DNAメチル化修飾状態の形成メカニズムについても解析を行った。

第一章 核内ミトコンドリア遺伝子の組織依存的DNAメチル化修飾の解析

ミトコンドリアに含まれるmtDNAはその傷害の受けやすさから、疾患発症機序解明の観点から注目を浴びてきたが、一方で近年ではミトコンドリアを構成するタンパクの大部分が核内DNAにコードされている事が明らかにされてきた。mtDNAと異なり、核内DNAはエピジェネティック制御下にある。ミトコンドリア機能は組織・細胞種により異なっており、その基本的な代謝機能の高低の他、肝臓では特に高い解毒機能を有するなどの差異が認められている。核内ミトコンドリア遺伝子情報のエピジェネティック制御に基づく組織依存的な利用がミトコンドリア機能の組織依存性を支えている可能性が考えられる。しかしながらこの可能性のゲノムワイドなエピジェネティック解析による検討はこれまでなされてこなかった。

そこで、マウスの肝臓、脳、心筋のDNAメチル化プロファイルをD-REAM法により解析し、核内ミトコンドリア遺伝子の転写開始点近傍のT-DMRの網羅的同定を行った所、899個の核内ミトコンドリア遺伝子中636遺伝子にT-DMRが存在する事が明らかにされた。転写開始点下流領域のT-DMRにおける低メチル状態は遺伝子発現と相関しており、これらのT-DMRが核内ミトコンドリア遺伝子の発現制御に関わっている事が示唆された。

第二章 性依存的DNAメチル化修飾とその形成メカニズムの解析

細胞機能や薬理作用、疾患の発症率には性差が存在しており、応用上の観点からもその分子生物学的な理解を進める事は重要である。これまでは主に性染色体や性ホルモンの働きによる性差の説明が試みられてきた。一方で最近では、性染色体以外でも非常に多くの遺伝子の発現が性依存的である事が明らかにされている。

肝臓では、薬物代謝に関わる酵素群の発現に性差が生じている事が良く知られている。肝臓のこうした性差の形成には、性依存的な成長ホルモンの分泌パターンが重要であるが、成長ホルモンの作用がDNAメチル化修飾を性依存的に制御している可能性は調べられてこなかった。

そこで、性依存的メチル化状態のスクリーニング解析から明らかにされた、核内ミトコンドリア遺伝子であるHsd3b5とCyp17a1を含む6つの遺伝子の性依存的メチル化状態について、それらが成長ホルモンによる制御を受けている可能性を調べた。解析したDNA領域において、性差は16週齢時点では認められたが、成長ホルモンの分泌パターンに性差が確立し始める4週齢時点では認められず、その後主に一方の性で徐々に低メチル化が進んで行く事でメチル化状態の性差が形成される事が明らかにされた。雄マウスに成長ホルモンを持続的に投与し、血中成長ホルモン濃度の変動パターンを雌に近づけさせると、本来雄で優勢な低メチル化変化は抑制され、逆に本来雌で優勢な低メチル化変化は促進された。性依存的、および性非依存的な進行性の低メチル化変化が、de novo DNAメチル化酵素の発現低下に引き続き起こっており、かつそれらの領域におけるメチル化状態は肝臓の再生を通じて元のレベルに維持されていない事から、進行的な低メチル化はde novo DNAメチル化酵素の発現低下の寄与を受け、低メチル化の起こる領域の一部が成長ホルモンにより制御されており、その事が肝臓における性依存的なDNAメチル化状態の形成に重要である事が示唆された。

総合討論

本研究より、核内ミトコンドリア遺伝子のDNAメチル化修飾は組織や性、年齢といった要素に依存した制御を受けている事が明らかにされた。さらに本研究は、核内ミトコンドリア遺伝子を含め、DNAメチル化修飾の性差がde novo DNAメチル化酵素の発現低下に伴うDNAメチル化修飾維持能力の低下を受けて徐々に形成されていく可能性を示唆した。

ヒトの年齢依存的な多くの疾患において、ミトコンドリア機能の異常が報告されている。加齢に伴いDNAに変異が蓄積していく事以外に、本研究で明らかにされたメチル化可変領域の制御の変化や差異が、疾患の発症リスクに影響を与えている可能性も考えられる。可変的なDNAメチル化制御を受け得る領域は大多数の核内ミトコンドリア遺伝子に存在しており、それらは成長ホルモンのような外的刺激に影響され得るものであるので、特定の環境物質に晒されなどした場合に望ましくない結果をもたらすようなメチル化変化が惹起される事も十分考えられる。本研究で明らかにされた核内ミトコンドリア遺伝子の可変的DNAメチル化修飾領域、及びそのメチル化制御メカニズムは、ミトコンドリアが関係する疾患を含めた多くの生命現象を理解する上で重要な役割を果たす事が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

エピジェネティクスは長期的なゲノム制御機構で、多様な細胞の表現型の分子基盤である。ミトコンドリア機能は組織・細胞種により異なっており、例えば、肝臓では特に高い解毒機能を有するなどの差異が認められている。ミトコンドリアを構成するタンパク質の大部分が核内DNAにコードされている。本論文は、ミトコンドリアタンパク質をコードするゲノムDNA領域はエピジェネティクス支配であるのか否か、また、常染色体のゲノム利用で性差が存在するのか否かに焦点を当て、DNAメチル化解析を中心に研究したものである。

DNAメチル化は主なエピジェネティクス機構の1つである。ほ乳類では、遺伝子領域には細胞の種類によってDNAのメチル化状態が異なる、DNAメチル化可変領域(組織・細胞依存的メチル化可変領域、tissue-dependent and differentially methylated region; T-DMRと略)が存在する。T-DMRsがメチル化されているとクロマチン構造が凝縮し、その結果、複製が遅れたり、遺伝子領域にT-DMRsが存在する場合は、遺伝子がサイレントになることが知られている。

第一章では、ミトコンドリア機能がエピジェネティクス制御下にあることを明らかにしようとしたもので、マウスの肝臓、脳、心筋の比較から核内ミトコンドリア遺伝子の網羅的T-DMRs解析が行われた。マウスの肝臓、脳、心筋を対象に、899個のミトコンドリア構成・機能タンパク質遺伝子領域について核DNAメチル化プロファイルを解析した結果、636遺伝子にT-DMRsが存在する事が明らかになった。すなわち、主に核にコードされたミトコンドリア遺伝子の中で、薬物代謝に関与する遺伝子群は肝臓において低メチル化であるのに対して、脳や心臓では高度にメチル化されているなど、ミトコンドリアの組織特異的な機能がDNAメチル化レベルで制御されていることが明らかになったのである。解析する細胞と組織の種類が増えればT-DMRs数はさらに増加する。したがって、ミトコンドリア機能はエピジェネティクス制御下にあると結論できる。

第二章では核内ミトコンドリア遺伝子Hsd3b5とCyp17a1を含む6つの遺伝子について、DNAメチル化状態に性差が存在することを発見している。解析したT-DMRsにおいて、16週齢時点で性差が認められた。興味深いことに、4週齢時点では認められず、その後に徐々にメチル化の差異が広がることが判明した。この時期は、成長ホルモンの分泌パターンに性差が生じる時期と一致する。そこで雄マウスに成長ホルモンを投与し、雌型の成長ホルモンパターンを模倣した結果、雌様のDNAメチル化状況が誘導されることが明らかとなった。性依存的DNAメチル化の違いが、de novo DNAメチル化酵素の発現と関連していることも、肝臓の再生実験を通じて示唆された。

本研究で明らかにされたミトコンドリア遺伝子T-DMRs情報が、疾患の発症メカニズム解明に有用であることは間違いない。従来、ミトコンドリアDNAにはメチル化シトシンは存在しないことから、ミトコンドリア機能のエピジェネティクス制御の関与については否定的であった。本研究結果は従来の概念を覆すもので、ミトコンドリア機能はエピジェネティクス制御下にあることが明らかになった。ヒトの年齢依存的な多くの疾患において、ミトコンドリア機能の異常が報告されている。ミトコンドリアに含まれるmtDNAはその傷害の受けやすさから、疾患発症機序解明の観点から注目を浴びてきた。ここで明らかになった核にコードされたミトコンドリア遺伝子には、ミトコンドリアDNA修復系も含まれる。したがって、加齢に伴いDNAに変異が蓄積していくこともエピジェネティクス制御の異常で説明可能となった。大多数の核のミトコンドリア遺伝子に存在するT-DMRsには、成長ホルモンを含む細胞外因子に影響され得るものがあることも示された。細胞機能や薬理作用、疾患の発症率に性差が見られる場合、少なくとも性ステロイドホルモン以外の因子の関与も考慮する必要があることを示している。

本研究で明らかにされた核内ミトコンドリア遺伝子の可変的DNAメチル化修飾領域、及びそのメチル化制御メカニズムは、ミトコンドリアが関係する疾患を含めた多くの生命現象を理解する上で重要な役割を果たす事が期待される。これらの発見は遺伝子制御の基礎として重要であるばかりでなく、病態モデル作成にも新たな視点を提供している。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク