学位論文要旨



No 129246
著者(漢字) 西村,鷹則
著者(英字)
著者(カナ) ニシムラ,タカノリ
標題(和) 哺乳類の卵成長における減数分裂能獲得機構の解析
標題(洋)
報告番号 129246
報告番号 甲29246
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3951号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内藤,邦彦
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 教授 眞鍋,昇
 東京大学 准教授 田中,智
 東京大学 准教授 杉浦,幸二
内容要旨 要旨を表示する

序論

哺乳類の卵母細胞は、第一減数分裂前期で分裂を停止した状態で、卵巣内でその体積を大きく増加させる(卵成長)。卵成長を終えた卵母細胞(成長卵)は、ホルモン刺激や体外培養により、停止していた減数分裂を再開し、第二減数分裂中期まで分裂を進行させる。しかし卵成長の途中にある卵母細胞(成長途上卵)は、たとえその直径が成長卵の90%に達していても減数分裂を再開することができない。卵成長の過程で減数分裂再開の能力(減数分裂能)を獲得することは自明だが、その詳細な分子機構は不明である。そこで本研究ではこの機構の解明を目指し、成長途上卵が減数分裂を再開しない原因を分子レベルで明らかにすることを目的とした。哺乳類の卵巣には成長途上卵が成長卵に比べて極めて多量に存在しており、その利用が優良な家畜生産へ貢献するものと期待されている。そこで本研究では、大型の哺乳類であり家畜としても優良なブタの卵母細胞をモデルに検討を行った。

第1章 ブタ成長途上卵のMPFとMPF活性制御因子の機能

卵母細胞の減数分裂の再開には、CDC2とCyclin BからなるM期促進因子(MPF)や、MOSを最上流とするMAPキナーゼカスケードの活性化が重要とされているが、成長途上卵ではこれらが活性化しないことや、活性に必要な構成因子の不足が確認された。そこでin vitroで合成したmRNAを成長途上卵の細胞質に注入することによりCyclin B、CDC2、MOSの強制発現を行った。その結果、CDC2を発現させた場合でのみ減数分裂の再開が誘起され、MOSやCyclin Bではなく、CDC2の不足が減数分裂を再開しない原因の一つであることが示された。しかし、CDC2を強制発現した場合でも減数分裂再開率が成長卵と比較し低かったことからその他の要因が存在すると考えられた。そこで次にMPF活性制御に重要であるCDC2のリン酸化に着目した。抑制的リン酸化部位の脱リン酸化酵素CDC25Bやリン酸化酵素WEE1Bを、それぞれmRNAやアンチセンスRNA注入により強制発現、発現抑制した結果、減数分裂再開が誘起され、さらにCDC2強制発現とCDC25B強制発現、もしくはWEE1B発現抑制を同時に行うと成長卵に匹敵する減数分裂再開率が得られた。以上から、ブタ成長途上卵ではMPFの構成因子であるCDC2が不足すること、およびその抑制的リン酸化により減数分裂の再開が積極的に抑制されていることが示された。

第2章 ブタ成長途上卵のPKA活性とその制御機構

CDC25BやWEE1BはいずれもcAMP依存性タンパク質リン酸化酵素(PKA)によって活性を制御されることが知られており、第1章の結果は、成長卵ならば減数分裂再開時に低下するcAMP濃度やPKA活性が、成長途上卵では低下せずに維持されていることを示唆している。そこで成長途上卵のcAMP濃度とPKA活性を測定した結果、cAMP濃度は成長卵と同様に低下したのに対して、PKA活性は低下せず維持されたままであった。さらに、成長途上卵のPKA活性を阻害したところ減数分裂の再開が誘起され、これとCDC2強制発現を同時に行うと成長卵に匹敵する高い減数分裂再開率が得られた。この結果は第1章の結果とよく一致しており、CDC2の抑制的リン酸化による減数分裂再開の抑制は、成長卵ではcAMP依存的に低下するPKA活性が、成長途上卵ではcAMP非依存的に維持されるためであり、卵成長の段階によってPKA活性制御機構が異なることを示唆している。そこで次に成長途上卵がcAMP非依存的にPKA活性をもつ原因を検討した。PKAは触媒サブユニット(PKA-C)と、これに結合してその活性抑制や局在制御を行う制御サブユニット(PKA-R)によって構成される。PKA-Rの機能は一般的にはcAMP濃度によって変化するため、PKA-Rの発現不足はcAMP非依存的なPKA活性化、および局在異常を起すと考えられる。そこでまずPKA活性維持の原因がPKA-Rの不足による可能性を考え、ブタ卵に発現する2種のPKA-R(PKA-R1、PKA-R2)をクローニングし、これらの機能を成長卵で確認した後に成長途上卵に強制発現を行った。しかしどちらの強制発現によってもPKA活性の低下や減数分裂再開は認められず、PKA-Rの不足がPKA活性維持の原因ではないことが示された。一方、PKAの局在異常がcAMPの応答性やPKA活性の変化を誘起することが知られている。そこで続いてPKAとEGFPの融合タンパク質の発現による局在解析を行った。その結果、成長卵では、減数分裂再開前には細胞質に局在していたPKA-CがPKA-R2と共に減数分裂再開直前に核内に移行した。これに対し、成長途上卵ではこのような変化は確認されず、細胞質に局在し続けていた。そこで成長途上卵のPKA-R2を強制的に核に移入させたが、減数分裂の再開に影響はなかった。一方でPKA-R1の強制核移入では減数分裂再開が誘起され、成長卵と成長途上卵ではPKA-Cの制御に機能しているPKA-Rが異なっていることが示唆された。以上より、ブタ成長途上卵の減数分裂再開はcAMP非依存的なPKA活性によって抑制されるが、この活性は制御サブユニットの不足によるものではなく、機能するPKA-Rやその局在制御が卵成長の段階によって異なることに起因することが示唆された。

第3章 ブタ成長途上卵におけるAKAPの発現と機能

PKAはそれ自体に局在シグナルを持たず、PKA-Rに結合するアンカータンパク質(A-kinase anchor protein; AKAP)によって局在が制御される。そこで成長卵と成長途上卵のPKA制御や減数分裂能の相違にはAKAPの相違が関与していると考えた。AKAPは50種以上が存在し、それぞれ固有の局在を示すが、ブタ卵母細胞に発現するAKAPは不明である。そこで、まずFar western blotting法を応用してブタ卵母細胞に発現するAKAPを網羅的に検出し、それらによるPKA活性や局在の制御、及び減数分裂再開における機能について解析した。検出された複数種のAKAPの分子量から予測されるAKAP遺伝子をクローニングし、ブタ卵母細胞に発現するAKAPとしてAKAP1、AKAP5、AKAP7αの3種を同定した。これらの機能を解析するため、まずPKA活性を高め減数分裂再開を抑制した成長卵に対し各AKAPの発現抑制を行った。その結果、AKAP5を抑制した場合にのみ減数分裂を再開することが明らかとなった。この時、卵全体のPKA活性は影響されないが、PKA-R2の核内への移入が早期に誘起されており、APAP5がPKAの細胞質局在を制御することが示された。そこで次に成長途上卵に対し同様に各AKAPの発現抑制を行ったところ、AKAP5に加えてAKAP7αを抑制した場合に減数分裂が再開した。この時、やはり卵全体のPKA活性は影響されず、対照区では細胞質のみに存在するPKA-R1がこれらAKAPの抑制によって核内にも存在するようになった。成長卵ではPKA-R1にはこのような変化は見られなかった。以上から、成長卵ではAKAP5によるPKA-R2の細胞質局在制御を介して減数分裂の再開が抑制されること、また成長途上卵ではAKAP5に加えてAKAP7αが、PKA-R1の細胞質局在を制御して減数分裂再開を抑制していることが示唆された。これらの結果は酵素活性を持つPKA-Cの局在を制御するPKA-Rが成長段階によって異なるという第2章の結果を支持している。これらのPKA-RはPKA-Cと結合することで減数分裂再開を抑制していると考えられたため、各PKA-Rの機能阻害を行ったところ、成長卵ではPKA-R2、成長途上卵ではPKA-R1を特異的に阻害したときに減数分裂が再開した。以上の結果は、成長卵と成長途上卵とで機能するAKAPやPKA-Rが異なり、この違いこそが成長段階によるPKAの活性や局在の相異の原因であり、成長途上卵が減数分裂を再開できない原因であると考えられた。

総括

本研究より、ブタ成長途上卵ではCDC2の不足とPKA機能の制御に伴うCDC2活性の抑制という2つのMPF抑制により減数分裂を再開しないことが明らかとなった。生理的には卵成長の過程で予期しない減数分裂の再開が起こってしまうことを、2つのMPF抑制機構で強力に抑制していると考えられる。また成長卵と成長途上卵とではPKAの局在に機能するAKAPやPKA-Rが異なる可能性が示され、卵成長過程でPKAの制御機構が切り替わることが示唆された。以上本研究によって、CDC2発現の増加と機能するPKA-R/AKAPの切り替えが、ブタ卵成長の減数分裂能獲得の本質であるという全く新しい知見を見出すことができた。

審査要旨 要旨を表示する

哺乳類卵は、第一減数分裂前期で分裂を停止した状態で、卵巣内で体積を大きく増加させる(卵成長)。卵成長を終えた成長卵(FO)は、ホルモン刺激や体外培養により減数分裂を再開するが、卵成長の途中にある成長途上卵(GO)は、たとえその直径がFOの90%に達していても減数分裂を再開できない。この卵成長の過程で減数分裂再開の能力を獲得する詳細な分子機構は不明である。本研究はブタ卵を材料とし、この機構を分子レベルで明らかにすることを目的としたものである。

第一章では、減数分裂の再開に重要な、CDC2/Cyclin B複合体のM期促進因子(MPF)や、MOSを最上流とするMAPキナーゼカスケードに着目し、GOではこれらの活性に必要な構成因子が不足していることを確認した。そこでCyclin B、CDC2、MOSの合成mRNAをGOの細胞質に注入して強制発現した結果、CDC2を発現させた場合にのみ減数分裂の再開が誘起され、CDC2の不足が減数分裂を再開しない原因の一つであることを示した。しかし、CDC2を強制発現しても減数分裂再開率がFOと比較し低かったので、次にMPF活性制御に重要なCDC2のリン酸化に着目した。抑制的リン酸化部位の脱リン酸化酵素の強制発現やリン酸化酵素の発現抑制をした結果、減数分裂再開が誘起され、さらにこれらの処置とCDC2強制発現を同時に行うとFOに匹敵する減数分裂再開率が得られた。以上より、ブタGOではCDC2の不足と、その抑制的リン酸化によりMPF活性を低く維持し、減数分裂の再開を積極的に抑制していることが明らかとなった。

第二章では、CDC2の抑制的リン酸化部位に働く酵素の活性を制御するcAMP依存性キナーゼ(PKA)に注目し、FOでは体外培養によりcAMP濃度とPKA活性が低下するが、GOではcAMP濃度のみ低下しPKAは高活性が維持されることを示した。このGOのPKA活性を阻害すると減数分裂が再開したことから、GOの減数分裂はcAMP非依存的に維持されるPKA活性が抑制しており、卵成長の段階によってPKA活性制御機構が変化することを示唆した。そこで次にGOのPKA活性制御に焦点を当て、その活性抑制や局在制御を担う制御サブユニット(PKA-R)について、発現量と細胞内局在の両面から解析した。まず、ブタ卵に発現する2種のPKA-R(PKA-R1、-R2)をクローニングし、これらをGOに強制発現したが、PKA活性の低下や減数分裂再開は認められず、PKA-Rの不足がPKA活性維持の原因ではないことを示した。一方、細胞質に局在するPKA-R2は、FOでは減数分裂再開直前に核内に移行するがGOでは細胞質に局在し続けていた。そこでGOのPKA-R2にNLSを付加し強制的に核に移入させたが減数分裂の再開に影響はなかった。これに対しPKA-R1の強制核移入では減数分裂再開が誘起され、FOとGOではPKA-Cの制御に機能しているPKA-Rが異なっていることを示唆した。以上より、ブタGOの減数分裂再開はcAMP非依存的なPKA活性によって抑制されるが、この活性は制御サブユニットの不足ではなく、機能するPKA-Rやその局在制御が変化することに起因することが示唆された。

第三章では、PKA-Rに結合し局在を制御するアンカータンパク質(AKAP)に注目した。まずFar western blotting法を応用して、多数知られるAKAPのうちブタ卵に発現するAKAPを網羅的に検出し、AKAP1、AKAP5、AKAP7αの3種を同定した。次に各AKAPの発現抑制とPKA-Rの局在解析により機能を検討し、FOではAKAP5によるPKA-R2局在制御、またGOではAKAP5に加えてAKAP7αによるPKA-R1の局在制御が減数分裂再開を抑制していることを示した。これらのPKA-Rの局在がPKA-Cとの結合を介して減数分裂再開を抑制していると考え、各PKA-Rの結合阻害を行ったところ、FOではPKA-R2、GOではPKA-R1を特異的に阻害したときに減数分裂が再開することを確認し、FOとGOとで機能するAKAPやPKA-Rの種類が異なり、これこそが成長段階によるPKAの活性や局在の相異、ひいては減数分裂再開の能力の相違の原因であることを見いだした。

以上、本研究によって、「CDC2発現の増加や機能するPKA/AKAPの切り替えこそが、ブタ卵の成長過程における減数分裂再開の能力獲得の本質である」という全く新しい知見を見出すことができた。本研究の成果は哺乳類卵の成長過程におけるMPF活性制御に新たな知見を提供し、卵成長の生理機構の理解に貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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