学位論文要旨



No 129247
著者(漢字) 唄,花子
著者(英字)
著者(カナ) バイ,ハナコ
標題(和) 反芻動物の着床期における転写因子GATAの発現と機能に関する研究
標題(洋) Studies on the expression and potential role of GATA transcription factors in ruminants during the peri-implantation period
報告番号 129247
報告番号 甲29247
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3952号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 今川,和彦
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 内藤,邦彦
 東京大学 准教授 高橋,伸一郎
 東京大学 准教授 田中,智
 東京大学 准教授 杉浦,幸二
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

哺乳類の妊娠・着床期において、受精卵の約半数は子宮へ着床する前に死滅してしまい、妊娠は成立しない。家畜動物の受胎率も、肉用牛、乳用牛ともに停滞/低下が続いているのが現状である。現在、妊娠・着床過程における研究は主にマウスをモデルに行われている。飼育や繁殖、遺伝子改変などが容易であり、データも蓄積されている点で非常に優れているためである。しかし、マウスの胚(受精卵)は受精後すぐに子宮への着床が始まり、その間に起こる個々の現象を捉えることは難しい。一方で、反芻動物の着床は、ゆっくりと進行する。例えばウシの場合、受精卵は約8日目に孵化するが、接着することなく子宮腔内を遊走し、13-14日頃には伸長を始める。接着が開始される19-20日頃になると、栄養膜細胞は子宮腔内全体を覆うほど著しく増殖する。また、マウスやヒトと比べ、子宮への浸潤度は緩やかである。

私は、以上の点から、妊娠・着床過程、特に胚盤胞の子宮内膜との子宮内コミュニケーションや接着過程の研究において反芻動物は優れたモデルとなりうると考えている。しかし、研究にあたり、ウシの栄養膜細胞における遺伝子発現の知見はあまりなかった。そこで、ウシの栄養膜細胞における遺伝子発現を調べるため、ウシ栄養膜細胞CT-1および非栄養膜細胞MDBK(ウシ腎臓由来細胞株)を用いてDNAマイクロアレイを行った。その結果、ウシ栄養膜細胞CT-1特異的に発現する転写因子GATAを見出した。

転写因子GATAファミリーは、GATA1~GATA6からなり、それぞれが発生過程において重要な役割を果たす。Gata2、Gata3遺伝子ノックアウトマウスを用いた研究では胎盤特異的遺伝子の発現低下をもたらすが、致死に至るのは胎生10日頃であり、初期(着床前)の栄養膜細胞の発達には関与しないと考えられてきた。しかしながら、近年、GATA3が栄養膜細胞の分化および遺伝子発現制御に関与すると報告された。そこで、本研究では、反芻動物の着床期胚における転写因子GATAの発現を精査するとともに、ウシ栄養膜細胞における機能解析を行った。

第1章

Expression of GATA1, GATA2, GATA3 in Ruminants During the Peri-Attachment Period

反芻動物の着床期におけるGATA1, GATA2, GATA3の発現

第1章では反芻動物の着床期胚における転写因子GATAの発現を精査することを目的として研究を行った。着床期のウシ胚(妊娠17日、20日、22日、それぞれ着床前・着床時・着床後)およびヒツジ胚(妊娠15日、17日、21日、それぞれ着床前・着床時・着床後)におけるGATA1、GATA2, GATA3、IFNT の発現をRT-PCR法、Real-time PCR法およびウエスタンブロッティング法により解析した。着床期のウシ胚においてGATA1、GATA2、GATA3、IFNTのmRNA発現が確認できた。GATA2、GATA3 mRNAはIFNT mRNAと同様に、着床前の胚では高い発現を示し、着床後には低下していた。一方、GATA1 mRNAの発現は着床後に増加していた。同時期のヒツジ胚においても、これらmRNAおよびタンパクは同様の発現動態を示した。また、同日齢のヒツジ子宮・胚の組織切片を用いてGATA1、GATA2, GATA3の発現を免疫染色法にて確認した。これらのタンパクは着床期ヒツジ胚の栄養膜細胞に局在していた。GATA1、GATA3は核に、GATA2は核および細胞質の両方に存在していた。続いて、GATA1発現コンストラクト(pSG5-Gata1)を作製し、ウシ栄養膜細胞F3へ導入することにより、GATA1の発現がGATA2、GATA3 mRNAの発現に与える影響を調べた。その結果、pSG5-Gata1導入によりF3細胞における内在性GATA2 mRNAの発現が低下した。このことから、GATA2の発現はGATA1により抑制されることが示唆される。

反芻動物の着床期においてGATA因子の発現が確認できたことから、これらの転写因子が反芻動物の栄養膜細胞においても着床前に何らかの働きを担うことが示唆される。特に、栄養膜細胞におけるGATA1の発現については、反芻動物、他の動物とも報告のない新知見である。

第2章

Involvement of GATA Factors in the Regulation of Bovine Interferon Tau Gene Expression

GATA2, GATA3のIFNTの遺伝子発現制御への関与

第2章では、反芻動物の着床期に転写因子GATA2、GATA3がIFNT遺伝子発現に与える影響を検討した。まず、IFNTを発現するウシ栄養膜細胞CT-1およびIFNTを発現しない非栄養膜細胞(EF, oCG, MDBK, Bie, EEC, STR)を用いてGATA1、GATA2, GATA3およびIFNT mRNA発現を検証した。また、GATA2およびGATA3発現コンストラクト(pSG5-Gata2, pSG5-Gata3)を作製し、ウシIFNT遺伝子の発現調節領域を組み込んだルシフェラーゼ・レポーター(IFNT-reporter)とともに、ウシ非栄養膜細胞EF (耳由来繊維芽細胞)に強制発現し、IFNT遺伝子の転写活性に与える影響を検討した。その結果、pSG5-Gata2、pSG5-Gata3導入によりIFNT遺伝子の転写活性が上昇した。これは、GATA2、GATA3の発現が非栄養膜細胞においてIFNT遺伝子発現環境を誘導しうることを示唆している。また、クロマチン免疫沈降(Chromatin immunoprecipitation, ChIP)法により、CT-1細胞における内在性のGATA2、GATA3のIFNT遺伝子上流域への結合状態を確認した。その結果、CT-1細胞におけるIFNT遺伝子の発現調節領域およびオープンリーディングフレーム (Open Reading Frame; ORF)領域にGATA2およびGATA3の結合が確認できた。また、IFNT遺伝子上流域に存在するGATA結合サイトに変異を入れたところ、GATAによるIFNT遺伝子の転写活性の上昇効果は見られなくなった。さらに、GATA2 siRNAおよびGATA3 siRNA をCT-1へ導入し、GATA2、GATA3の発現を抑制した条件下で、CT-1細胞における内在性IFNTの発現を確認した。その結果、GATA2のsiRNA導入によりCT-1細胞における内在性IFNT mRNA発現も低下した。このことから、これら因子はIFNT遺伝子の発現調節領域に存在するGATA結合サイトを介してIFNT遺伝子の転写を調節することにより発現調節を行うことが示された。

【総括】

本研究では、反芻動物の着床期における胚・栄養膜細胞における転写因子GATA1, GATA2, GATA3の発現を明らかにした。また、転写因子GATA2、GATA3は反芻動物の妊娠認識物質であるIFNT遺伝子の栄養膜細胞特異的な発現制御に関与することも明らかにした。

これらは、ウシ栄養膜細胞の性質およびIFNT遺伝子発現制御を明らかにする上で有用な知見である。特に、反芻動物の栄養膜細胞においては、GATA1、GATA2、GATA3が共発現していることから、これらはより複雑に相互作用しながら機能し、栄養膜細胞の遺伝子発現および遺伝子発現環境の調節に関与すると考えられる。本研究では、反芻動物の妊娠認識に必須であるIFNT遺伝子への発現制御への関与を明らかにしたが、GATA因子は他の栄養膜細胞特異的な因子群も調節していると考えている。妊娠の成立には個々の遺伝子発現調節はもちろん、多くの栄養膜細胞因子群が正常に発現・機能することが重要である。したがって、今後これら因子が妊娠・着床期においてどのように哺乳動物共通あるいは反芻動物特異的な働きを持つかを明らかにすべきだと考える。

審査要旨 要旨を表示する

妊娠・着床過程、特に胚盤胞の子宮内膜との子宮内コミュニケーションや接着過程の研究において反芻動物は優れたモデルとなりうると考えていた。しかし、研究にあたり、ウシの栄養膜細胞における遺伝子発現の知見はあまりなかった。そこで、ウシの栄養膜細胞における遺伝子発現を調べるため、ウシ栄養膜細胞CT-1および非栄養膜細胞MDBK(ウシ腎臓由来細胞株)を用いてDNAマイクロアレイを行った。その結果、ウシ栄養膜細胞CT-1特異的に発現する転写因子GATAを見出した。

転写因子GATAファミリーは、GATA1~GATA6からなり、それぞれが発生過程において重要な役割を果たす。Gata2、Gata3遺伝子ノックアウトマウスを用いた研究では胎盤特異的遺伝子の発現低下をもたらすが、致死に至るのは10.5 日-11.5日であり、初期(着床前)の栄養膜細胞の発達には関与しないと考えられてきた。しかしながら、近年、GATA3が栄養膜細胞の分化および遺伝子発現制御に関与すると報告された。そこで、本研究では、反芻動物の着床期胚における転写因子GATAの発現を精査するとともに、ウシ栄養膜細胞における機能の解析を行った。

第1章では反芻動物の着床期胚における転写因子GATAの発現を精査することを目的として研究を行った。着床期のウシ胚(妊娠17日、20日、22日、それぞれ着床前・着床時・着床後)およびヒツジ胚(妊娠15日、17日、21日、それぞれ着床前・着床時・着床後)におけるGATA1、GATA2, GATA3、IFNT の発現をRT-PCR法、Real-time PCR法およびウエスタンブロッティング法により解析した。着床期のウシ胚においてGATA1、GATA2、GATA3、IFNTのmRNA発現が確認できた。GATA2、GATA3 mRNAはIFNT mRNAと同様に、着床前の胚では高い発現を示し、着床後には低下していた。一方、GATA1 mRNAの発現は着床後に増加していた。同時期のヒツジ胚においても、これらmRNAおよびタンパクは同様の発現動態を示した。また、同日齢のヒツジ子宮・胚の組織切片を用いてGATA1、GATA2, GATA3の発現を免疫染色法にて確認した。これらのタンパクは着床期ヒツジ胚の栄養膜細胞に局在していた。GATA1、GATA3は核に、GATA2は核および細胞質の両方に存在していた。続いて、GATA1発現コンストラクト(pSG5-Gata1)を作製し、ウシ栄養膜細胞F3への導入により、GATA1の発現がGATA2、GATA3 mRNAの発現に与える影響を調べた。その結果、pSG5-Gata1導入によりF3細胞における内在性GATA2 mRNAの発現が低下した。このことから、GATA2の発現はGATA1により抑制されることが示唆される。

反芻動物の着床期においてGATA因子の発現が確認できたことから、これらの転写因子が反芻動物の栄養膜細胞においても着床前に何らかの働きを担うことが示唆される。特に、栄養膜細胞におけるGATA1の発現については、反芻動物、他の動物とも報告のない新知見である。

第2章では、反芻動物の着床期に転写因子GATA2、GATA3がIFNT遺伝子発現に与える影響を検討した。まず、IFNTを発現するウシ栄養膜細胞CT-1およびIFNTを発現しない非栄養膜細胞(EF, oCG, MDBK, Bie, EEC, STR)を用いてGATA1、GATA2, GATA3およびIFNT mRNA発現を検証した。また、GATA2およびGATA3発現コンストラクト(pSG5-Gata2, pSG5-Gata3)を作製し、ウシIFNT遺伝子の発現調節領域を組み込んだルシフェラーゼ・レポーター(IFNT-reporter)とともに、ウシ非栄養膜細胞EF (耳由来繊維芽細胞)に強制発現し、IFNT遺伝子の転写活性に与える影響を検討した。その結果、pSG5-Gata2、pSG5-Gata3導入によりIFNT遺伝子の転写活性が上昇した。これは、GATA2、GATA3の発現が非栄養膜細胞のIFNT遺伝子発現環境を誘導しうることを示唆している。また、クロマチン免疫沈降(Chromatin immunoprecipitation, ChIP)法により、CT-1細胞における内在性のGATA2、GATA3のIFNT遺伝子上流域への結合状態を確認した。その結果、CT-1細胞におけるIFNT遺伝子の発現調節領域およびORFにGATA2およびGATA3の結合が確認できた。また、IFNT遺伝子上流域に存在するGATA結合サイトに変異を入れたところ、GATAによるIFNT遺伝子の転写活性の上昇効果は見られなくなった。さらに、GATA2 siRNAおよびGATA3 siRNA をCT-1へ導入し、GATA2、GATA3の発現を抑制した条件下で、CT-1細胞における内在性IFNTの発現を確認した。その結果、GATA2のsiRNA導入によりCT-1細胞における内在性IFNT mRNA発現も低下した。このことから、これら因子はIFNT遺伝子の発現調節領域に存在するGATA結合サイトを介してIFNT遺伝子の転写を調節することにより発現調節を行うことが示された。

本研究により、反芻動物の着床期における胚・栄養膜細胞において転写因子GATA1, GATA2, GATA3の発現を明らかにした。また、転写因子GATA2、GATA3は反芻動物の妊娠認識物質であるIFNT遺伝子の栄養膜細胞特異的な発現制御に関与することも明らかにした。

これらは、ウシ栄養膜細胞の性質およびIFNT遺伝子発現制御を明らかにする上で有用な知見である。特に、反芻動物の栄養膜細胞においては、GATA1、GATA2、GATA3が共発現していることから、これらはより複雑に相互作用しながら機能し、栄養膜細胞の遺伝子発現および遺伝子発現環境の調節に関与すると考えられる。本研究では、反芻動物の妊娠認識に必須であるIFNT遺伝子への発現制御への関与を明らかにしたが、GATA因子は他の栄養膜細胞特異的な因子群も調節していると考えている。妊娠の成立には個々の遺伝子発現調節はもちろん、多くの栄養膜細胞因子群が正常に発現・機能することが重要である。したがって、今後これら因子が妊娠・着床期においてどのように哺乳動物共通あるいは反芻動物特異的な働きを持つかを明らかにすべきだと考える。

よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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