学位論文要旨



No 129252
著者(漢字) 貴田,大樹
著者(英字)
著者(カナ) キダ,タイキ
標題(和) 血管組織における胆汁酸受容体TGR5およびFXRの機能
標題(洋)
報告番号 129252
報告番号 甲29252
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3957号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾崎,博
 東京大学 教授 西原,真杉
 東京大学 教授 桑原,正貴
 東京大学 准教授 山内,啓太郎
 東京大学 准教授 堀,正敏
内容要旨 要旨を表示する

[背景・目的]

胆汁酸はコレステロールの異化による代謝物であり、両親媒性の分子構造を有する。そのため、胆汁酸は腸管において脂質をミセル化することで、腸管壁からのその吸収を促進する役割を担う。胆汁酸は肝細胞で合成された後、胆嚢に一旦貯蔵され、腸管へと分泌される。腸管に分泌された胆汁酸の約5%は糞便とともに排泄されるが、残りの大部分は腸肝壁から再吸収され、門脈を介して再び肝臓へと輸送される。このような胆汁酸の輸送経路は腸肝循環と呼ばれる。

脂質の吸収を促進する作用に加え、近年では胆汁酸のシグナル分子としての役割が注目されている。これまでに、Gタンパク質共役型受容体であるTGR5および核内受容体であるfarnesoid X receptor(FXR)が胆汁酸受容体であることが明らかになっている。TGR5は全身の組織に発現が認められる一方、FXRは肝臓や消化管など腸肝循環経路を構成する組織での発現が多い。これらの受容体は共に糖や脂質の代謝や炎症反応の制御に関与することが報告されているため、代謝性疾患や炎症性疾患の新たな治療ターゲットとして注目されている。

胆汁酸は腸肝循環経路のみならず、全身の循環血中にも漏れ出る。そのため、血管組織は恒常的に血中の胆汁酸に暴露されていると言える。また、血管組織もFXRとTGR5を発現することが報告されている。これらのことから、血中の胆汁酸が血管組織のFXRやTGR5の活性化を介して血管組織の機能に影響を与える可能性が考えられる。しかし、血管組織における胆汁酸受容体の役割についての報告は少なく、これまでにその全容は明らかになっていない。そこで、本研究は胆汁酸受容体TGR5およびFXRの活性化が血管組織の機能に与える影響を明らかにすることを目的とした。

[結果]

1)TGR5の刺激は内皮細胞のNO産生を促進し、単球の接着を抑制する

TGR5と最も親和性の高い胆汁酸であるtaurolithocholic acid(TLCA)を処置すると、ウシ大動脈内皮細胞(bovine aortic endothelial cells、BAEC)およびヒト臍帯静脈内皮細胞(human umbilical vein endothelial cells、HUVEC)の一酸化窒素(NO)産生量が有意に増加した。この反応はsiRNAによるTGR5の遺伝子発現抑制によって解除された。また、HUVECにおいてTLCAは内皮細胞型NO合成酵素(eNOS)のリン酸化(ser1177)レベルを上昇させた。さらにTLCAはHUVECにおいてAktのリン酸化(ser473)を引き起こし、細胞内Ca(2+)濃度([Ca(2+)]i)を上昇させた。TLCAによるNO産生量およびeNOSのリン酸化レベルの増加はphosphoinositide 3-kinase(PI3K)の阻害剤LY294002やCa(2+)チャネル阻害剤La(3+)の前処置、または細胞外液中のCa(2+)除去によって有意に抑制された一方、protein kinase A(PKA)の阻害剤(PKA inhibitory peptide、PKAi)の前処置では抑制されなかった。続いてTGR5刺激による内皮細胞のNO産生量の増加が内皮細胞の炎症反応に与える影響を検討した。HUVECにおいて、TLCAの処置はTNF-α刺激による接着分子VCAM-1の発現量増加を抑制し、ヒト単球系細胞株であるU937の接着数を減少させた。また、TLCAはTNF-α刺激によるNF-κB p65サブユニットの核内移行を抑制したことから、NF-κBの活性を阻害したことが示唆された。TLCAによるこれらの抑制効果はNOSの阻害剤であるNG-monomethyl-L-arginine(L-NMMA)の処置によって解除された。またマウス腸間膜の小静脈においても、TLCAの処置はlipopolysaccharide刺激による単球の接着数の増加を抑制し、この抑制効果はL-NMMAによって解除された。

2)TGR5の刺激は内皮細胞の透過性を抑制する

BAECにおいてTLCAの処置は経内皮電気抵抗値(transendothelial electrical resistance、TER)を増加させた。また、TLCAはthrombin刺激によって増加したBAECに対するdextranの透過量を減少させた。この効果はsiRNAによるTGR5の遺伝子発現抑制によって解除された。これらの結果から、TGR5の刺激が内皮細胞のバリア機能を亢進することが示唆された。TLCAによるdextran透過量の減少はPKAiおよびRac1の阻害剤であるNSC23766の前処置によって解除された。また、TLCAはBAECの細胞内cAMP量を増加させた。免疫染色によって内皮細胞の形態に与えるTGR5刺激の影響を検討したところ、TLCAの処置は細胞辺縁でのactin線維の重合を引き起こした。さらにTLCAはthrombin刺激による細胞中央でのactin重合(stress fiberの形成)、細胞間隙の拡大を抑制した。マウス耳介組織において、croton oilの塗布による色素漏出と浮腫の形成はTLCAを皮内に後処置することで有意に抑制された。さらにvascular endothelial growth factor(VEGF)の皮内投与による色素漏出と浮腫の形成も、TLCAを同時に皮内投与することによって有意に抑制された。

3)FXRの長期刺激は平滑筋のNOへの感受性を低下させる

ウサギ腸間膜動脈にFXR作動薬であるGW4064を1、4、7日間処置すると、高濃度K+、norepinephrine、endothelin-1による収縮反応は変化しなかった一方、substance Pによる内皮依存性弛緩反応が時間依存的に抑制された。別のFXR作動薬である6α-ethyl-chenodeoxycholic acidを7日間処置した場合も同様に内皮依存性弛緩反応が有意に抑制された。また、GW4064を7日間処置するとCa2+イオノフォアであるionomycinによる内皮依存性弛緩反応も有意に抑制された。GW4064を7日間処置しても、腸間膜動脈の平滑筋細胞および内皮細胞の形態的変化やアポトーシスは観察されなかった。内皮細胞を除去した血管標本において、GW4064を7日間処置するとNO供与体であるsodium nitroprussideによる弛緩反応が抑制された。このとき、無刺激時およびsodium nitroprusside刺激時における内皮除去標本の平滑筋細胞内cGMP量が有意に減少していた。また、内皮除去血管標本にGW4064を7日間処置しても、膜透過性cGMP類似体である8-Br-cGMPによる弛緩反応は変化しなかった。NOの刺激によるcGMP産生反応を担う酵素であるsoluble guanylyl cyclaseのαおよびβサブユニットのmRNA発現量は、GW4064を7日間処置しても変化しなかった。

[考察]

本研究は血中の胆汁酸に着目し、循環器系に対するその作用を検討した初めての報告である。本研究により、胆汁酸は血管内皮細胞のTGR5を刺激することで、NO産生量の増加によって単球の接着を抑制すること、また透過性抑制能を強化することが明らかになり、これらの機構が炎症性疾患の新たな治療標的になり得ることが示唆された。さらに胆汁酸は血管平滑筋細胞のFXRを長期的に刺激することで、NOへの感受性が低下し、内皮依存性弛緩反応が抑制されることが明らかになり、この現象が肝疾患に併発する循環器障害の病態に関わる可能性が示唆された。今後、これらの胆汁酸受容体の機能の解明が進み、これらを標的にした各疾患の治療法開発が進むことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

胆汁酸は肝臓・胆管・腸管・門脈で構成される腸肝循環経路内に大量にプールされており、脂質を乳化して腸管壁からの吸収を促進する物質として古くから知られている。近年、この脂質乳化作用だけでなく、胆汁酸が細胞応答を引き起こすシグナル分子として機能することがわかってきた。例えば、胆汁酸受容体として発見されたTGR5やFXRの活性化を介して、胆汁酸が糖や脂質の代謝を制御することが報告されている。

胆汁酸は腸肝循環経路のみならず、全身血中にも大量に存在することが分かっている。つまり、血管の内側を覆う血管内皮細胞は、常に高濃度の胆汁酸に暴露されている。興味深いことに、血管組織においてもTGR5とFXRの発現が確認されている。そこで、本研究は胆汁酸受容体TGR5やFXRの刺激が血管組織の機能に与える影響について検討した。

【結果】

1)TGR5の刺激は内皮細胞のNO産生を促進し、単球の接着を抑制する

高血圧や高脂血症において、刺激を受けた内皮細胞は表面に接着分子を発現する。これが血管への単球の接着、蓄積を促し、動脈硬化症を引き起こす要因となる。一方で内皮細胞はNOを産生して単球の接着を防ぐ機能を持ち合わせており、この機能の維持と強化が動脈硬化症を防ぐ上で重要である。本項目ではTGR5の刺激が内皮細胞のNO産生と単球の接着反応に与える影響を検討した。炎症刺激を与えた内皮細胞にTGR5作動薬を処置すると、接着分子の発現量が減少し、単球の接着数が減少した。この現象はTGR5刺激が内皮細胞のNO産生を促進し、炎症促進性の転写因子NF-κBの活性を抑えることで起こることが分かった。また、TGR5の刺激は細胞内Ca(2+)濃度の上昇とserine/threonine kinaseであるAktの活性化を引き起こし、これらを介してNO合成酵素(eNOS)を活性化し、NO産生を促すことが分かった。さらにTGR5作動薬のマウスへの投与は、炎症刺激を与えた際に観察される腸間膜血管壁への単球の接着を、NO産生依存的に抑制することが明らかとなった。

2)TGR5の刺激は内皮細胞の透過性を抑制する

内皮細胞は通常、血液成分が血管外に漏出するのを防ぐバリアとしての機能をもつ。しかし、炎症が起こると内皮細胞が刺激されて透過性が亢進する。その結果、血漿成分や炎症細胞が組織に漏出して炎症反応がさらに加速されるため、内皮細胞の透過性の制御は炎症反応を制御する上で非常に重要な反応である。本項目では、内皮細胞の透過性にTGR5の刺激がどのような影響を与えるか検討した。内皮細胞にTGR5作動薬を処置すると、細胞骨格のactin線維が細胞辺縁で重合することで細胞間結合が強化され、透過性が抑制された。この反応はTGR5の刺激によってセカンドメッセンジャーであるcAMPの産生量が増加し、Rho GTPaseであるRac1が活性化することで引き起こされることが明らかとなった。さらにTGR5作動薬の投与は、マウス皮膚において炎症刺激によって起こる血管漏出と浮腫を抑制した。

3)FXRの長期刺激は平滑筋のNOへの感受性を低下させる

内皮細胞は様々な生理活性物質を産生して平滑筋の収縮・弛緩反応を制御する。その中でも、内皮細胞が産生するNOによる平滑筋の弛緩反応は血圧や血流量の制御に重要である。本項目ではFXRの長期的な刺激が血管組織の収縮・弛緩反応に与える影響を検討した。ウサギ腸間膜動脈にFXR作動薬を7日間処置すると、血管の収縮反応は変化しなかった一方、内皮依存性弛緩反応が減弱した。この現象はFXRの長期刺激によって平滑筋細胞内のcGMP産生量が低下することで、内皮細胞が産生するNOへの感受性が低下することによって引き起こされることがわかった。

【考察】

以上の結果から、1)血管内皮細胞におけるTGR5の刺激はAktの活性化と細胞内Ca2+濃度の増加を介してeNOSを活性化させ、NO産生量を増加する。またこれによって内皮細胞への単球の接着が抑制される、2)血管内皮細胞におけるTGR5の刺激は細胞内cAMPの増加、PKA、Rac1を介して血管透過性の抑制し炎症反応を抑制する、3)血管平滑筋細胞におけるFXRの長期刺激が細胞内cGMP産生量を減少させることでNOに対する感受性を低下させ、内皮依存性弛緩反応を抑制する、の3点が明らかとなった。

以上を要約すると、本研究は血中の胆汁酸に着目して循環器系に対するその作用を検討し、TGR5とFXRが胆汁酸のシグナル分子としての多様な作用を担う重要な因子であることが明らかにしたものであり、学術上寄与するところは少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文に値するものと判断した。

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