学位論文要旨



No 129257
著者(漢字) 張替,香生子
著者(英字)
著者(カナ) ハリカエ,キョウコ
標題(和) XX精巣化性腺を用いた哺乳類の性分化機構に関する研究
標題(洋) Studies on the mechanism of the mammalian sex determination with XX masculinized gonads
報告番号 129257
報告番号 甲29257
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3962号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 九郎丸,正道
 東京大学 教授 前多,敬一郎
 東京大学 准教授 田中,智
 東京大学 准教授 杉浦,幸二
 東京大学 准教授 金井,克晃
内容要旨 要旨を表示する

哺乳類において、性腺の性決定は、その後の生殖器の発達や繁殖行動に非常に重要な役割を果たす。性腺は胎生期に未分化な状態で発生し、精巣の支持細胞であるセルトリ細胞と卵巣の顆粒層細胞の起源は全く同一である。性染色体でXYを持つ個体は、精巣決定遺伝子であるSRY遺伝子を発現し、このSRY遺伝子が様々な精巣特異的な下流因子の発現を誘導することで、未分化な性腺は精巣へと分化する(図、"XY"中の青線)。一方、XX個体での卵巣の性分化については、未だに解明が遅れている。現在まで、幾つかの卵巣特異的な因子が発見されているが、卵巣分化におけるそれらの役割や、卵巣決定因子の存在、そして最も重要なことに、どのように卵巣が分化するかに関しては謎に包まれている(図、"XX"中の赤線)。

そこで本研究では、ウシおよびマウスの自然発生的なXX精巣化性腺を用いることにより、卵巣の性決定/分化を中心として、哺乳類における新規の性分化機構を明らかにすることに挑戦した。第1章では、XX型の性染色体を持ちながらも、性腺において完全な精巣への分化が認められるウシ・フリーマーチン個体について報告する(図、"XX精巣"中のセルトリ様細胞の存在)。フリーマーチン症は、偶然にXY個体と双子として生まれたほぼ全てのXX個体におこる繁殖疾患であり、SRY遺伝子は認められない。このような自然発生的でかつ完全なXX精巣化は、未知の抗精巣/卵巣決定因子の存在を強く支持するものであり、同時に、卵巣に想定以上の性的可塑性が存在することを示唆する。そこで、第2章では、マウス・Sry強制発現卵巣の解析を通じ、性分化期後においても、顆粒層細胞の一部に性的未分化性を保持し続けている細胞群が存在することを明らかにした。この実験において、卵巣性決定/分化が高い性的可塑性を持ちつつ不均一に起こることを世界に先駆けて示した(図、"XX"中のオレンジ線)。同時に、推定される抗精巣/卵巣因子候補の抽出にも成功した(図、"XX"中のオレンジの囲み)。また、予想通り、性的未分化性を保持する顆粒層細胞群や抗精巣/卵巣因子は、XX精巣化へ深く関わることが示唆された(図、"XX精巣"中のオレンジから青へ移行する線)。これらXX精巣化の原因やその過程の更なる解明は、ヒトや家畜の性分化異常症・繁殖疾患の理解に大きな役割を果たす。そこで第3章では、マウスにおける自然発生的なXX精巣化性腺を用い、XX精巣化過程における詳細な形態学的解析および網羅的な遺伝子解析を行った。その結果、卵巣内の卵胞が段階的に退行し、精巣特異的な索様構造へと分化転換する様子が明らかとなった。さらにこの過程において、卵巣因子の発現減少、精巣因子の段階的な発現上昇が認められた(図、"XX精巣"中の青い囲み)。このようなSry非存在下での精巣形成過程における精巣因子の発現パターンは、正常なXY精巣形成過程とは全く異なっており、今まで哺乳類では報告されていない新規の経路であることが明らかとなった。一方で、哺乳類を除く脊椎動物間で広く保存された精巣形成機序と酷似しており、本結果は脊椎動物の精巣決定において最も重要な"コア・カスケード"の解明へとつながる可能性を秘めている。

遺伝的に全く変異のない、自然発生的なXX精巣化性腺を用い、哺乳類の性分化機構の解明を試みた点で、本研究は非常に独創的でユニークであると言える。新規の卵巣決定・分化様式の発見、新規の精巣分化様式の発見、性分化異常症・繁殖疾患の原因および過程の解明など、本研究は今後の性分化研究に重要な役割を果たし、広く影響をもたらすと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

哺乳類において、性腺の性決定は、その後の生殖器の発達や繁殖行動に非常に重要な役割を果たす。性腺は胎生期に未分化な状態で発生し、精巣の支持細胞であるセルトリ細胞と卵巣の顆粒層細胞の起源は全く同一である。性染色体でXYを持つ個体は、精巣決定遺伝子SRY遺伝子を発現し、このSRY遺伝子が様々な精巣特異的な下流因子の発現を誘導することで、未分化な性腺は精巣へと分化する。一方、XX個体での卵巣の性分化については、幾つかの卵巣特異的な発現を示す遺伝子が知られている。このように、哺乳類の性は遺伝子によって厳しく制御されている。しかし、一方で、XXの性染色体を持ちながらも、雄性化が認められるXX雄性化性腺の存在が知られている。XX雄性化については、現在まで形態学的な記載のみが報告され、その詳細な原因や、発生過程については未だに解明されていない。また、そもそも、XX雄性化は、XX卵巣への正常な発生が妨げられた結果と考えられるが、卵巣が胎生期にどのように分化するのか、また、どのような因子が関与するのか、に関しては謎に包まれている。

そこで本研究では、第一章と第三章について、ウシおよびマウスの自然発生的なXX精巣化性腺を用いることにより、形態学的および網羅的な遺伝子解析による研究を行っている。第一章は、XX型の性染色体を持ちながらも、性腺において雄性化の報告が存在するウシ・フリーマーチン個体について報告したものである。フリーマーチン症は、偶然にXY個体と双子として生まれた90%以上のXX個体におこる繁殖疾患であり、獣医畜産領域において非常に大損失となる。申請者が、免疫組織化学法による解析を行ったところ、フリーマーチン性腺にセルトリ細胞、ライディッヒ細胞、筋様細胞を認めた。よって、XX精巣であることが明らかとなった。そこで第三章では、XX精巣化へと至る過程を詳細に解析するため、マウスにおける自然発生的なXX精巣化性腺を用い、時系列毎に詳細な形態学的解析および網羅的な遺伝子解析を行っている。その結果、何らかのTGF-βシグナル因子や、アンドロゲンに曝露され、卵巣内の卵胞が退行し、精巣特異的な索様構造へと分化転換する様子が明らかとなった。さらにこの過程において、卵巣因子の発現減少、精巣因子の発現上昇が認められた。また、精巣因子の発現パターンが、正常なXY精巣形成過程とは全く異なっており、今まで哺乳類では報告されていない新規の経路であることが明らかとなった。一方でこのXX精巣形成機序は、哺乳類を除く脊椎動物間で広く保存された精巣形成機序と酷似しており、本結果は脊椎動物の精巣決定において最も重要な"コア・カスケード"の解明へとつながる可能性を秘めている。また、XX精巣化において発現上昇する新規精巣因子の同定を試みているが、これら因子に関しては、XY精巣形成においても、進化的に保存された非常に重要な役割を担う可能性がある。

第二章では、初期卵巣分化様式を解明するため、卵巣内における性的未分化な細胞の動態を観察している。性的未分化な細胞の可視化にあたり、Sryを任意の時期に強制発現可能なマウスの卵巣について、時系列的にSRY依存的なSOX9誘導能の解析を行っている。その結果、1)SRY依存的なSOX9誘導能が性的未分化性を反映していること、2)卵巣の分化が胎齢11日から12日にかけて、頭側から尾側に起こること、3)卵巣髄質領域に、性的未分化な細胞が初回卵胞形成まで残存し続けること、を明らかにした。この実験において、卵巣性決定/分化が高い性的可塑性を持ちつつ不均一に起こることを世界に先駆けて示した。同時に、未分化性消失は抗精巣/卵巣分化因子の発現によると考えられるが、マイクロアレイにより、これら候補の抽出にも成功した。

第一章から第三章までを総合すると、髄質領域に性的可塑性/未分化性を保持し続ける卵巣が、アンドロゲン等の雄性環境下に曝されると、抗精巣/卵巣分化因子の発現が消失し、卵巣全域で性的未分化性を再獲得し、進化的に保存された環境依存的な精巣形成機序を用い、XX精巣化へと至ることが明らかになった。遺伝的に全く変異のない、自然発生的なXX精巣化性腺を用い、哺乳類の性分化機構の解明を試みた点で、本研究は非常に独創的でユニークであると言える。新規の卵巣決定・分化様式の発見、新規の精巣分化様式の発見、性分化異常症・繁殖疾患の原因および過程の解明など、本研究は今後の性分化研究に重要な役割を果たし、広く影響をもたらすと考えられる。これらの研究成果は、獣医学学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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