学位論文要旨



No 129262
著者(漢字) 吉村,和敏
著者(英字)
著者(カナ) ヨシムラ,カズトシ
標題(和) Bifidobacteriumによるマウスの腸管出血性大腸菌O157:H7感染死抑制メカニズムの解明
標題(洋)
報告番号 129262
報告番号 甲29262
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3967号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山田,章雄
 東京大学 教授 久和,茂
 東京大学 教授 関崎,勉
 東京大学 准教授 芳賀,猛
 東京大学 准教授 平山,和宏
内容要旨 要旨を表示する

腸管出血性大腸菌(Enterohaemorrhagic Escherichia coli: EHEC)は、下痢症や出血性大腸炎を引き起こす重要な食品媒介性の腸管感染症原因菌である。EHECには様々な血清型があることが知られているが、血清型がO157:H7のものが、わが国において最も頻繁に分離されている。乳幼児や高齢者はE. coli O157:H7に対する感受性が高く、腸炎だけではなく、溶血性尿毒症症候群(Hemolytic uremic syndrome: HUS)などの重篤な症状を起こしやすいことが知られており、EHECの産生する志賀毒素(Stx)、特に、Stx2がHUSなどの重篤な症状に深く関わっていることが知られている。腸管感染症の治療には、抗菌薬が使用されるが、抗菌薬の使用は、EHECのStxの産生を促進することから、新しい治療法や予防法が検討されている。EHEC感染の予防に、BifidobacteriumやLactobacillusなどのprobioticsの効果が期待されており、様々な動物モデルを用いた研究がなされている。Bifidobacteriumは乳幼児腸内細菌叢の最優勢細菌群であることから、特に、乳児のEHEC感染予防に効果的であると考えられる。本研究では他の菌の影響を排除することができる無菌マウス(GF)を用いE. coli O157:H7感染防御能を有するBifidobacteriumを選抜し、感染防御の機構を明らかにすることを試みた。

第1章では、GFマウスに6菌種、9菌株のBifidobacteriumを経口投与して作出したノトバイオート(GB)マウスにE. coli O157:H7 44(Rf)(E. coli 44(Rf))を感染させ、Bifidobacteriumの感染死抑制効果を比較する実験を実施し、Bifidobacteriumの菌種や菌株の違いによって、E. coli 44(Rf)に対するマウスの感染死抑制効果に違いがあることを示した。特に、同じ菌種・亜種であっても、B. longum subsp. infantis JCM1222T(B. infantisT)はマウスのE. coli 44(Rf)感染死抑制効果を持たない一方で、B. longum subsp. infantis 157F-4-1(B. infantis 157F)は、E. coli 44(Rf)のマウス腸内への定着を阻止できなかったものの、感染死を抑制する効果を持っていた。B. infantis 157Fは、盲腸内でのE. coli 44(Rf)のStx2産生を抑制するとともに、盲腸内腔から血中へのStx2の移行を直接的に妨げることによって、ノトバイオートマウスのE. coli 44(Rf)感染死を抑制することができたと考えられた。

第2章では、BifidobacteriumがEHECの定着を阻止しないにもかかわらずマウスの感染死を抑制するメカニズムを明らかにすることを目的とし、Stx2の体内移行をBifidobacteriumが抑制するメカニズムおよびマウス盲腸内でBifidobacteriumがE. coli 44(Rf)のStx産生を抑制するメカニズムを解明するために、以下の実験を行った。

B. infantis 157FによるStx2の体内移行抑制が、マウス腸管における特定の遺伝子発現変化を反映している可能性を探るため、B. infantis 157F定着マウスの盲腸および結腸組織に与える影響をトランスクリプトミクスやプロテオミクスの手法を用いてB. infantisTと比較評価した。その結果、遺伝子発現レベルにおいて、B. infantis 157Fを投与したマウスでは、B. infantisTを投与したマウスと比較して、盲腸組織のCol16a1の発現が有意に高くなっていたが、結腸ではTtll3を含む18遺伝子の発現が抑制されていた。Col16a1の詳細な役割は現在のところ不明であるが、Stx2の血中への移行阻止において重要な役割を果たしていると考えられた。一方、結腸におけるTtll3の発現抑制はチューブリンのターンオーバーの抑制につながると推測された。また、タンパク質発現レベルでも、B. infantis 157Fはアクチンやチューブリンなどのタンパク質発現に影響を与えており、それらのターンオーバーを抑制し、盲腸および結腸組織の細胞を安定化させることで、Stx2の血中への移行を阻止していることが推察できた。

第3章では、マウス盲腸内におけるB .infantis 157FによるE. coli 44(Rf)のStx産生抑制メカニズムの解明を試みた。GFマウス盲腸内容物をエタノール沈殿法によって低分子分画と高分子分画に分画し、それぞれを培地に添加してE. coli 44(Rf)の培養を行ったところ、高分子分画がE. coli 44(Rf)のStx2産生に重要であった。高分子分画には、多糖とタンパク質が含まれるが、B. infantis 157F単独投与マウスとB. infantisT単独投与マウスの盲腸内容物中のタンパク質を2次元電気泳動法によって比較したところ、両者に差が見られなかったため、高分子分画に含まれる物質の中でも多糖がE. coli 44(Rf)のStx2産生に重要な役割を果たしていると考えられた。そこで、GFマウス盲腸内容物中の多糖を、酸性多糖、アルカリ性多糖、不溶性多糖に分画し、各分画に対するBifidobacteriumおよびE. coli 44(Rf)の分解性状を調べた。E. coli 44(Rf)は全ての多糖分画を分解できたが、試験した全てのBifidobacteriumはアルカリ性多糖、不溶性多糖を分解できず、酸性多糖については、E. coli 44(Rf)感染死抑制効果を持つB. infantis 157FとB. longum subsp. longum NCC2705だけが分解できた。さらに、GFマウス盲腸内多糖のうち、アルカリ性多糖、不溶性多糖の量は一定のままで、酸性多糖の量だけを減らし、E. coli 44(Rf)を嫌気的に培養した結果、E. coli 44(Rf)の菌数に影響はなかった一方で酸性多糖量の減少とStx2濃度の減少には相関が見られた。また、B. infantisTとB. infantis 157F単独投与マウスの盲腸内酸性多糖量を比較すると、後者のほうが有意に少なかった。したがって、B. infantis 157Fはマウス盲腸内の酸性多糖を消費し、E. coli 44(Rf)と競合することにより、E. coli 44(Rf)のStx2産生を抑制していると考えられる。

以上の結果から、Bifidobacterium菌株がマウスのE. coli 44(Rf)感染死を抑制するメカニズムの第一として、盲腸および結腸組織におけるアクチンあるいはチューブリンのターンオーバーを抑制することで、腸管腔から体内へのStx2移行を抑制すると考えられた。また、その機構については不明であるが、盲腸におけるCol16a1の発現量の上昇もStx2移行阻害に何かの形で関与していることが考えられる。第2のメカニズムとしては、Bifidobacteriumがマウス盲腸内の酸性多糖を競合することによってE. coli 44(Rf)のStx2産生を抑制することが挙げられる。本研究の結果は、E. coli O157:H7感染予防に対するBifidobacteriumの有用性を示し、プロバイオティクスとして利用できるBifidobacterium菌株の選抜や新たな有用遺伝子の探索などにつながると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

申請者から提出された博士論文について平成25年1月10日(木)農学部7号館A棟405号室において審査委員会を開催し、論文の内容について審査した。審査委員は獣医学専攻の久和茂、関崎勉両教授、芳賀猛、平山和宏両准教授ならびに山田章雄教授で構成し、山田教授が主査を務めた。

申請者は第1章において、腸管出血性大腸菌(Escherichia coli O157:H7, EHEC)の無菌マウス(GF)における致死的感染モデルを用いて、BifidobacteriumがEHEC感染にどのような影響を与えるかを検討した。Bifidobacterium 6菌種9株をGFマウスに事前投与した結果、B. longum subsp. infantis 157F-4-1 (B. infantis 157F)ならびにB. longum subsp. longum NCC2705 (B. longum NS)が EHEC によるGFマウスの致死的感染に対し防御効果を示すことを明らかにした。しかし前者と同一の亜種であるが異なる株B. longum subsp. infantis JCM1222T (B. infantisT)ならびに後者と同一亜種であるが異なる株であるB. longum subsp. longum JCM1217T (B. longumT) にはこのような防御効果は認められなかった。申請者は更にこの防御効果はEHECによる志賀毒素Stx2産生の抑制および、産生されたStx2の体内移行を阻害することによるものであることを明らかにした。また、感染防御効果は、従来その関与が示唆されている有機酸を介しているわけではないことも明らかにした。

第2章ではStx2の体内移行の阻害の機構を明らかにすることを目的とし、腸管組織における宿主遺伝子発現と蛋白質発現を、それぞれB. infantis 157FとB. infantisTを投与したGFマウスでオミックス解析により比較した。腸管組織は盲腸と結腸に分けて解析した。マイクロアレイ解析の結果、盲腸においてはCol16a1の転写がB. infantis 157Fにおいて有意に上昇していることが明らかになった。Col16a1の発現上昇はリアルタイムPCRでも確認できた。一方、結腸においては18遺伝子の転写がB. infantis 157Fにおいて有意に低下していた。Col16a1はXVI型コラーゲンのα鎖をコードする遺伝子であるが、この遺伝子の発現上昇がどのようにB. infantis 157Fによる感染防御と関わるかは明らかではない。しかし、盲腸において唯一この遺伝子の発現に差が認められたことはこの遺伝子がB. infantis 157F防御能に関与している可能性がある。

結腸で発現低下の認められた18遺伝子の多くは機能の不明なものが多いが、Ttll3はチューブリンにグリシンを結合させる酵素であることから、細胞骨格系の関与が疑われた。プロテオーム解析からは同様に細胞骨格系パスウエイに関連の深い蛋白質発現が感染防御能を示すB. infantis 157F投与マウスに認められた。これらの成績から、B. infantis 157Fの投与によりアクチンやチューブリンなど細胞骨格系の蛋白質発現が抑制され腸管上皮細胞のタイトジャンクションが安定化することにより、Stx2の血液中への取り込みが抑制されるものと申請者は考察している。

申請者は第3章で、なぜB. infantis 157Fを投与したマウスでEHECからのStx2酸性が低下しているかの解明を試みた。はじめにマウス腸管内にStx2産生の促進あるいは抑制を促す物質が存在する可能性を検討するために、GFマウスの腸管内容物抽出液の存在下でEHECを培養し、Stx2の産生量を測定した。GFマウスの腸管内容物抽出液が存在するとStx2産生量が有意に上昇したことから腸管内容物にはEHECからのStx2産生を促進する物質があると考えられた。この物質が蛋白質である可能性および、B. infantis 157FとB. infantisTとの間で蛋白質発現に差がある可能性を検討するために、B. infantis 157FとB. infantisTを投与したマウスの腸管内容物から調整した蛋白質分画を二次元電気泳動に供した。二次元電気泳動で得られるスポットの数及び位置に両者で相違は認められなかった。次に腸管内容物をエタノール沈殿にて高分子と低分子の分画に分け、それぞれのStx2産生への影響を調べたところ、高分子分画にStx2産生増強活性が認められた。この分画は多糖を多く含むことから多糖を更に酸性、アルカリ性、不溶性の3分画に分け、その活性を見たところ、酸性多糖分画にStx2産生増強嚢が認められた。またこれらの分画を再び混合し、混合物中でEHECを培養したところ酸性多糖の量に依存してStx2産生が変化することを明らかにした。次にGFマウスの腸管内容物から調整した多糖分画を用い、BifidobacteriumおよびEHECの分解活性を比較したところ、BifidobacteriumではEHECの感染防御効果を示した株のみが酸性多糖を分解できること、その他の多糖はいずれの菌も分解しないことが明らかになった。EHECはいずれの分画も分解した。更にB. infantis 157FとB. infantisTを投与したマウスの腸管内容物中の多糖を定量したところ、EHEC感染防御能を示すB. infantis 157Fを投与したマウスでは酸性多糖の量が有意に低かった。これらの成績から申請者は、EHECによるStx2産生は酸性多糖の存在により増強されるが、感染防御能を示し菌株を事前に投与すると酸性多糖を競合的に消費するため、EHECによるStx2産生が抑制されると考察した。

以上の成績は腸管出血性大腸菌症において腸内細菌の特定の株が発症予防を司ることを示しており、今後プロバイオティクスを用いた腸管出血性大腸菌症の予防・治療に重要な知見を提供するものである。よって、審査委員一同は本論文が東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻の博士(獣医学)の学位論文として十分価値があると認めた。

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