学位論文要旨



No 129269
著者(漢字) ロドリゲス,セバスティアン
著者(英字) RODRIGUEZ,SEBASTIAN
著者(カナ) ロドリゲス,セバスティアン
標題(和) ゴールデンハムスターの黒質線条体系における1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine (MPTP)と6-hydroxydopamine (6-OHDA)の毒性発現に関する病理学的研究
標題(洋) Pathological study on the toxicity of 1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine (MPTP) and 6-hydroxydopamine (6-OHDA) upon the nigrostriatal dopaminergic system of the golden hamster
報告番号 129269
報告番号 甲29269
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3974号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 教授 久和,茂
 東京大学 教授 堀,正敏
 東京大学 准教授 内田,和幸
内容要旨 要旨を表示する

パーキンソン病(PD)のモデル作製に用いられる1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine (MPTP)と6-hydroxydopamine (6-OHDA)は、 いずれもドーパミン神経細胞を選択的に傷害する。腹腔内(ip)あるいは皮下(sc)投与されたMPTPは血液脳関門(BBB)を通過して、脳に到達し、グリア細胞のmonoamine oxidase B (MAO-B)により1-methyl-4-phenylpyridinum (MPP+)へと代謝される。MPP+はドパミントランスポーター(DAT)を介してドパミン神経細胞に侵入し、これを傷害する。一方、MPTPの一部はBBBを構成 する血管内皮細胞のMAO-BによってもMPP+へと代謝される。脳実質外で産生されたMPP+はBBBを通過できないので、BBBはMPTPの神経毒性に対する最初の防御機構であると考えられている。MPTPの神経毒性には動物種差が存在し、マウスではC57/BL6の感受性が高い。これに対し、 ゴールデンハムスター(GH)は抵抗性であると報告されている。このような動物種または系統 によるMPTP抵抗性の相違の機序については十分解明されていない。一方、BBBを通過出来ない6-OHDAをラットやマウスの線条体に片側性に投与すると、黒質緻密部のドーパミン細胞の 脱落と、線条体ドーパミン神経の神経線維減少がおこるとされている。しかし、GHの6-OHDAに対する神経毒性についてはこれまで報告がない。そこで、本研究ではMPTPと6-OHDAのGHにおける神経毒性の機序についてそれぞれ検討した。

第一章では、GHのMPTP抵抗性に関する機序を検討した。8週齢の雌GH(90~130g)(n=6)にMPTP 20 mg/kg を2回あるいは4回、2時間毎にip投与した。投与5日後にGHを安楽殺して、脳を採取した。線条体と中脳黒質についてチロシンヒドロキシラーゼ(TH)とGFAPに対する 免疫染色を実施し、それぞれの陽性領域あるいは陽性細胞数を測定した。また、MPTP投与 により誘導されるsubventricular zone(SVZ)のアポトーシスを調べるため、TUNEL染色も 行った。次いで雌および雄のGHにMPTP(6.9 mg/kg)あるいはMPP+(0.8 mg/kg)を脳室内(icv)に単回投与した。投与5日後に安楽殺して、上記と同様の検討を行った。さらに雌GHにMPP+ (0.8 mg/kg)をicv単回投与し、投与1日後に安楽殺、脳についてTUNEL染色を行った。

MPTP をipまたはicv投与したGHの線条体と中脳黒質でTHとGFAPの陽性領域およびTH細胞数にそれぞれ変化は認められなかった。MPP+を投与したGHでも同様であった。また、SVZ においてもTUNEL陽性細胞数の有意な増加は認められなかった。さらに、MAO-Bの発現を調べたところ、アストロサイトに加えてBBBを構成する血管内皮細胞も陽性であった。すなわち、BBBより前にまたはBBBでMPTPがMPP+に変わったため、BBBを通過できず、神経毒性が発現されないことがGHのMPTP抵抗性に関連すると考えられた。また、GHの場合はBBBを構成する 血管内皮細胞がMPTP神経毒性に関わる最初のメカニズムである可能性が高いと考えられた。 しかしながら、icv投与したMPP+に対する抵抗性に関与する因子については特定できなかった。

第二章では、6-OHDA投与に対するGHの感受性を検討した。10週齢~12週齢の雄GHの線条体に6-OHDA(20 μg/2 μl)を単回投与して、投与3日後から21日後まで経時的に解剖した。線条体と中脳黒質について、THとDATに対する免疫染色を行い、陽性領域あるいは陽性細胞数を調べた。その結果、投与側の線条体ではTHおよびDAT陽性領域は反対側と比べて、投与3日、5日、7日、15日、21日後でそれぞれ少なかった。しかし、投与15日、21日後には弱いながらも回復する傾向がみられた。中脳黒質ではTH陽性細胞数は反対側と比べて、7日、15日、21日後で少なかった。すなわち、GHに6-OHDAを線条体内投与すると、投与側の中脳黒質でTH陽性細胞とDAT陽性細胞が投与後7日より消失することが明らかになった。中脳黒質でみられたTH陽性細胞の減少は、6-OHDAの逆行性輸送により生じたと考えられた。また、黒質のDAT陽性 細胞の減少は線条体より遅れて生じたことから6-OHDAは、線条体のDAT陽性軸索より取り込まれると推測された。さらに、線条体でTHおよびDAT陽性領域が若干回復したことから6-OHDAのDAT神経傷害は可逆性と推測された。

第三章では、GHにおける6-OHDA感受性を特定する際の炎症反応の役割を明らかにするため、6-OHDAと同時に抗炎症薬を投与し、DA神経の傷害を調べた。雄のGHの線条体に6-OHDA (20 μg/2 μl)とミノサイクリン(MINO)(45 mg/kg, ip)、6-OHDAとプレドニゾロン(Pred) (2 mg/kg, sc)あるいは6-OHDAとミノサイクリン+プレドニゾロン(MINO+Pred)を投与した。 コントロール群(CONT)には6-OHDAのみを投与した。5日後に線条体のIba-1、TH、GFAP陽性領域および中脳黒質のIba-1、TH、GFAP陽性細胞数を調べた。また、RT-PCR法により各種 サイトカイン(IL-1β, IL-4, IL-6, IL-10, INF-α, INF-γ, TNF-α)、一酸化窒素合成酵素(NOS)および神経保護因子(BDNF, GDNF)の発現量を調べた。その結果、MINO、PredあるいはMINO+Predを処置したGHの線条体と中脳黒質では、CONTと比較してIba-1陽性領域が有意に減少した。 しかし、Pred処置の線条体ではCONTと比べTH陽性領域が有意に多かった。いずれも群でもGFAP陽性領域はCONTと同レベルであった。Predの線条体と中脳黒質ではCONTと比較してTNF-α、iNOS、BDNFおよびGDNFの発現量が低かった。一方、MINOとMINO+PredではCONTと比べて、各種サイトカイン、NOS、神経保護因子の発現量に差は認めなかった。以上より、Predの投与により6-OHDAによるIba-1陽性細胞の増加とTH陽性領域の減少が抑制された。この現象はTNF-αとiNOSの発現抑制に起因すると考えられた。すなわち、6-OHDAを投与されたGHではTNF-αとiNOSがDA細胞傷害に重要な役割を果たしていると考えられた。

今回の一連の研究により、GHにおけるMPTP抵抗性に関与する因子としてBBBを構成する血管内皮細胞内MAO-Bの役割が示唆された。また、GHは6-OHDAに対しては感受性であること、ラットと比較すると6-OHDA投与後より短期間に神経変性と炎症反応を示すことも明らかに なった。本研究の成果によりGHはPDの発病メカニズム、進行、神経系での免疫反応を研究 する上で、非常に有用なモデルになると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

パーキンソン病(PD)のモデル作製に用いられる1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine (MPTP)と6-hydroxydopamine (6-OHDA)は、ドーパミン(DA)神経細胞を選択的に傷害する。感受性系統のマウスに投与されたMPTPは血液脳関門(BBB)を通過して、脳内のグリア細胞でmonoamine oxidase B (MAO-B)により1-methyl-4-phenylpyridinum (MPP+)へと代謝される。MPP+はドパミントランスポーター(DAT)を介してDA神経細胞に侵入しこれを傷害する。一方、MPTPの一部はBBBを構成する血管内皮細胞のMAO-BによってもMPP+へと代謝される。脳実質外で産生されたMPP+はBBBを通過できないので、BBBはMPTPの神経毒性に対する最初の防御機構であると考えられている。一方、ゴールデンハムスター(GH)はMPTP抵抗性であると報告されている。また、BBBを通過出来ない6-hydroxydopamine (6-OHDA)をラットとマウスの線条体に片側性に投与すると、黒質緻密部のDA細胞または神経線維の減少~消失がおこるとされている。しかし、GHの6-OHDAに対する神経毒性についてはこれまで報告がない。そこで、本研究ではMPTPと6-OHDAのGHにおける神経毒性の機序について検討した。

第一章では、GHのMPTP抵抗性に関する機序を検討した。8週齢の雌GH(n=6)にMPTP 20 mg/kg を2回あるいは4回、2時間毎にip投与し、5日後に安楽殺して脳を採取した。線条体と中脳黒質についてチロシンヒドロキシラーゼ(TH)とglial fibrillary acidic protein (GFAP)に対する免疫染色を実施し、陽性領域あるいは陽性細胞数を測定した。また、MPTP投与により誘導されるsubventricular zone (SVZ)のアポトーシスを調べるため、TUNEL染色も行った。次いで雌および雄のGHにMPTP (6.9 mg/kg)あるいはMPP+(0.8 mg/kg)を脳室内(icv)に単回投与した。投与5日後に安楽殺して、上記と同様の検討を行った。さらに雌GHにMPP+ (0.8 mg/kg)をicv単回投与し、投与1日後に安楽殺、TUNEL染色を行った。

MPTP をipまたはicv投与したGHの線条体と中脳黒質でTHとGFAPの陽性領域およびTH細胞数にそれぞれ変化は認められなかった。MPP+を投与したGHでも同様であった。また、SVZにおいてもTUNEL陽性細胞数の有意な増加は認められなかった。さらに、MAO-Bの発現を調べたところ、BBBを構成する血管内皮細胞が陽性であった。すなわち、BBBより前にまたはBBBでMPTPがMPP+に変わったため、BBBを通過できず、神経毒性が発現されないことがGHのMPTP抵抗性に関連していると考えられた。BBBを構成する血管内皮細胞がMPTP神経毒性に関わる最初のメカニズムである可能性が高いと考えられた。しかしながら、icv投与したMPP+に対する抵抗性に関与する因子については特定できなかった。

第二章では、6-OHDA投与に対するGHの感受性を検討した。10週齢~12週齢の雄GHの線条体に6-OHDA(20 μg/2 μl)を単回投与して、3日から21日後まで解剖した。線条体と中脳黒質について、THとDATに対する免疫染色を行い、陽性領域あるいは陽性細胞数を調べた。

投与側の線条体ではTHおよびDAT陽性領域は反対側と比べて、投与3日後より減少した。中脳黒質ではTHおよびDAT陽性細胞数は反対側と比べて、7日より減少した。黒質のDAT陽性細胞の減少は線条体より遅れて生じたことから6-OHDAは、線条体のDAT陽性軸索より取り込まれ、TH及びDAT陽性細胞の減少は、6-OHDAの逆行性輸送により生じたと考えられた。

第三章では、GHの6-OHDA感受性と炎症反応の関係を調べるため、6-OHDAと抗炎症薬を同時に投与し、DA神経の傷害を調べた。雄のGHの線条体に6-OHDA (20 μg/2 μl)とミノサイクリン(MINO)(45 mg/kg, ip)、6-OHDAとプレドニゾロン(Pred)(2 mg/kg, sc)あるいは6-OHDAとミノサイクリン+プレドニゾロン(MINO+Pred)を投与した。コントロール群(CONT)には6-OHDAのみを投与した。5日後に線条体のIba-1、TH、GFAP陽性領域および中脳黒質のIba-1、TH、GFAP陽性細胞数を調べた。また、RT-PCR法により各種サイトカイン(IL-1β, IL-4, IL-6, IL-10, INF-α, INF-γ, TNF-α)、一酸化窒素合成酵素(iNOS)および神経保護因子(BDNF, GDNF)の発現量を調べた。

MINO、PredあるいはMINO+Predを処置したGHの線条体と中脳黒質ではIba-1陽性領域が有意に減少した。しかし、Pred処置の線条体ではCONTと比べTH陽性領域が増加した。いずれも群でもGFAP陽性領域はCONTと同レベルであった。Predの線条体と中脳黒質ではTNF-α、iNOS、BDNFおよびGDNFの発現量がCONTと比較して、有意に減少した。MINOとMINO+Predでは各種サイトカイン、iNOS、神経保護因子の発現量にCONTの有意差は認められなかった。Predの投与により6-OHDAによるIba-1陽性細胞の増加とTH陽性領域の減少が抑制された。この現象はTNF-αとiNOSの発現抑制に起因すると考えられた。すなわち、6-OHDAを投与されたGHではTNF-αとiNOSがDA細胞傷害に重要な役割を果たしていると考えられた。

今回の一連の研究により、GHはMPTPに抵抗性であり、この機構としてBBBを構成する血管内皮細胞内MAO-Bが重要であると考えられた。また、GHは6-OHDAに感受性であることが示された。6-OHDAは線条体のDAT陽性軸索で取り込まれ、逆行性に黒質TH陽性細胞を傷害すると推測された。さらに、GHに6-OHDAを投与すると、TNF-αとiNOSの発現が増加し、DA細胞あるいは神経線維が減少することが分かった。

本研究で得られた一連の知見は、 MPTPまたは6-OHDAを投与したGHがパーキンソン病の優れたモデルになりうる可能性を示しており、パーキンソン病研究に非常に重要な情報を提供するものと考えられた。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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