学位論文要旨



No 129272
著者(漢字) 一ノ瀬,聡太郎
著者(英字)
著者(カナ) イチノセ,ソウタロウ
標題(和) キネシンスーパーファミリーモーター分子KIF3による神経細胞内物質輸送の制御機構の研究
標題(洋) The mechanism of regulation of intracellular transport via KIF3 motor protein in neurons
報告番号 129272
報告番号 甲29272
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4005号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,繁男
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 准教授 神野,茂樹
 東京大学 講師 栗原,由紀子
 東京大学 講師 吉田,知之
内容要旨 要旨を表示する

In neurons, N-cadherin plays an important role in synaptogenesis and synaptic plasticity. Recent studies have demonstrated that N-cadherin is transported along microtubule by KIF3, which is a member of kinesin superfamily proteins (KIFs) composed of KIF3A, KIF3B, and KAP3. However, the regulation of this transport is still unknown. Here I show that the phosphorylation of Ser 689 of KIF3A by Protein Kinase A (PKA) regulates the binding of KIF3 to N-cadherin. N-cadherin was observed as globular particles in dendrites of cultured hippocampal neurons. Transfection studies using N-cadherin-GFP revealed that N-cadherin-GFP containing particles were transported mainly distally in dendrites. To clarify the mechanism how KIF3-N-cadherin binding is regulated, I focused on the phosphorylation of KIF3. I identified the phosphorylation of Ser 689 of KIF3A in vivo, and identified PKA as a kinase responsible for Ser 689 phosphorylation in vitro. The phosphomimic KIF3A mutant (S689E) showed strong binding activity to N-cadherin and caused the enlargement of spine head in the transfected neurons. On the other hand, when the unphosohorylated KIF3A mutant (S689A) was transfected to the neurons, KIF3-N-cadherin binding was weakened and the size of the spine heads was decreased. These findings indicate the molecular mechanisms that N-cadherin transport is regulated via KIF3 phosphorylation by PKA, which underlies synapse development.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、シナプスの形成に必要なN-cadherinの輸送が、プロテインキナーゼA(PKA)によるKIF3Aのリン酸化によって制御されていることを分子生物学的手法を用いて示したものであり、下記の結果を示している。

1. 海馬初代培養細胞内において、培養開始後5日後、12日後、19日後に、KIF3AによるN-cadherin輸送を観察したところ、樹状突起ではシナプス形成に応じてN-cadherinの輸送が上昇していた。

2. 細胞分画法を用いて、N-cadherinを輸送しているKIF3AとしていないKIF3Aを分画し、リン酸化されたKIF3Aの割合を調べたところ、N-cadherinを輸送しているKIF3Aの方がよくリン酸化されていた。そこで、このリン酸化部位を特定するために全脳から精製したKIF3Aのリン酸化部位を質量分析にて解析したところ、689番セリンのリン酸化を同定した。

3. 689番セリンのリン酸化を担うキナーゼを同定するため、大腸菌から発現、精製したKIF3Aを数種類のキナーゼと反応させリン酸化レベルを調べた。その結果KIF3AはPKA・PKC・RSK・CaMKIIによってリン酸化されることが示された。さらに、各々のキナーゼのリン酸化部位を質量分析により定量分析し、PKA、PKC、RSKの3種類が689番セリンをリン酸化し、CaMKIIはこの部位をリン酸化していなかった。また、3種類のうちPKAによるリン酸化が最も優位であった。

4. 大脳初代培養細胞をforskolinにより刺激したところ、刺激後の時間経過とともにKIF3Aのリン酸化の上昇がみられたことから、細胞内でもKIF3AはPKAによってリン酸化されていることが示された。

5. 689のセリンのリン酸化がシナプス形成にどのような影響を及ぼすか調べるために、KIF3Aの疑似リン酸化変異体(S689E)および、疑似脱リン酸化変異体(S689A)を海馬初代培養細胞で発現させたところ、S689Eではスパインヘッドの肥大化が観察された一方で、S689Aでは糸状の構造物が観察され、統計上はスパインの長さは変わらないが、幅がS689Eでは長く、S689Aでは短いことが観察された。また、S689EではN-cadherinがスパインヘッドにも局在するのに対し、S689AではN-cadherinはスパインヘッド内には局在しないことから、KIF3Aの689番セリンのリン酸化によって、N-cadherinを正常にスパインヘッドまで運ぶことができシナプスが形成されることが示された。

6. KIF3Aの689番セリンのリン酸化によってKIF3AとN-cadherin間の結合がどのように変化するかをin vitroでの結合実験により調べ、S689AよりもS689Eのほうがより強く結合しているという結果を得た。このことから、KIF3Aの689番セリンのリン酸化により、KIF3AとN-cadherinとの結合が上昇することが分かった。

以上の結果より、PKAがKIF3Aの689番セリンをリン酸化することにより、KIF3AとN-cadherinとの結合が上昇し、その結果KIF3AはN-cadherinをスパインヘッドまで輸送してシナプス形成を促進するというモデルを示した。本研究は、未知の部分が多い神経細胞内物質輸送の制御メカニズムを解明するために、高精度のリン酸化部位解析とキナーゼの同定および神経細胞内輸送の可視化を行い、荷物認識部位のリン酸化による制御モデルを提唱しており、学位の授与に値する内容であると考えられる。

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