No | 129279 | |
著者(漢字) | 駒野,清香 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コマノ,サヤカ | |
標題(和) | 食後睡眠時の嗅皮質からのトップダウン入力による嗅球顆粒細胞の除去 | |
標題(洋) | Top-down inputs from the olfactory cortex in postprandial sleep period promote elimination of granule cells in the olfactory bulb | |
報告番号 | 129279 | |
報告番号 | 甲29279 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第4012号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 機能生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 嗅覚一次中枢の嗅球では、抑制性介在ニューロンの顆粒細胞が生涯にわたり新生している。げっ歯類では、毎日、全顆粒細胞数の約1%もの細胞が新生しているが、その半分は生まれてから一ヶ月以内にアポトーシスにより除去される。所属研究室において、顆粒細胞の除去が、食事後、特に食事後の睡眠時に促進されることが見出された。しかしながら、この時、どのようなメカニズムで顆粒細胞の除去が促進されるのかは不明であった。一方、所属研究室において、深い睡眠段階である徐波睡眠中に、嗅覚二次中枢の嗅皮質が、錐体細胞の同期発火で生じる同期的なトップダウン入力を遠心性線維を通じて嗅球の顆粒細胞へ送っていることが明らかとなった。そこで私は、食後睡眠時の同期的なトップダウン入力が、この時間に生じる顆粒細胞の除去の促進に関与しているかを調べた。 まず私は、嗅皮質の電気刺激実験によってこの可能性を検討した。麻酔下のマウスにおいて、遠心性線維が多く走行する嗅皮質第3層に、睡眠時に見られる同期的なトップダウン入力を模した電気刺激を行ったところ、嗅球でアポトーシスを起こしている顆粒細胞数がおよそ2倍に増加した(図1)。この結果は、嗅皮質からの同期的なトップダウン入力が、嗅球の顆粒細胞の除去に関与することを示唆している。 次に、食後睡眠時に促進される顆粒細胞の除去に、生理的におこる嗅皮質からのトップダウン入力が関与しているかを検討した。所属研究室のこれまでの方法に準じ、マウスを1日のなかで4時間だけ餌を与える食餌制限下で飼育し、マウスの食餌行動とその後の睡眠行動が再現性よく観察できるようにした。このマウスにおいて、自由行動下の嗅皮質・嗅球からの細胞外電位記録と、嗅皮質への薬液投与を行い、食後睡眠時の同期的なトップダウン入力が阻害された場合に、嗅球の顆粒細胞の除去が抑制されるかを調べた。GABAA受容体アゴニストのムシモールを食後の睡眠行動がおこる直前に嗅皮質に投与すると、食後睡眠時の同期的なトップダウン入力の頻度は10分の1程度にまで抑制され、アポトーシスを起こしている顆粒細胞数は2分の1になり、食事前の水準まで抑制されていた(図2 A,B,D)。 また、アセチルコリン入力は覚醒状態の維持に関与すると考えられている。嗅皮質を同期的なトップダウン入力の発生しにくい覚醒様状態にするため、アセチルコリン受容体のアゴニストであるカルバコールを嗅皮質に投与すると、食後睡眠時の同期的なトップダウン入力の頻度は5分の1程度になり、アポトーシスを起こしている顆粒細胞数は2分の1になった(図2 C,E)。これらの結果より、食後睡眠時に増加する嗅球顆粒細胞の除去には、嗅皮質からの同期的なトップダウン入力が重要な役割を果たすことが示された。 さらに、感覚入力依存的な顆粒細胞の除去にも嗅皮質からの同期的なトップダウン入力が関与しているかを検討した。顆粒細胞の生死の運命付けは、嗅覚入力に影響を受けている。嗅覚入力を遮断すると嗅球の顆粒細胞の除去が大きく亢進し、食餌制限下のマウスでは、この現象が食餌時間に特異的に観察されることがわかっていた。感覚入力依存的な顆粒細胞の除去の増加にも嗅皮質からの同期的なトップダウン入力が関与しているかを調べるため、嗅覚入力を遮断したマウスの嗅皮質にムシモールを食餌時間帯に投与して同期的なトップダウン入力を抑制すると、嗅球でアポトーシスを起こしている顆粒細胞数が2分の1に抑制された。この結果より、感覚入力依存的な顆粒細胞の除去も、嗅皮質からの同期的なトップダウン入力によって引き起こされることが示唆された。 以上の結果より、食後睡眠時の嗅皮質から嗅球への同期的なトップダウン入力は、嗅球の顆粒細胞の除去に重要な役割を果たすことが示された。本研究により、これまで明らかになっていなかった、嗅球顆粒細胞の除去を直接的に促進するシグナル機構の本態が示された。さらに、従来研究の進んでいなかった、睡眠時の嗅皮質の神経活動の機能的意義について、嗅球の顆粒細胞の除去を引き起こすという生理機能を見出した。 海馬では、徐波睡眠時の同期発火は覚醒経験時に発火したニューロンの再発火によって構成され、これが神経回路の改変に寄与して覚醒時の経験の記憶を強化すると考えられている。このような海馬での仮説の類推と本研究の成果により、以下のようなモデルを立てている。覚醒探索行動時や食餌時、動物はえさや周囲の匂いをよく嗅いでいる。この時、嗅覚入力を受けた顆粒細胞は何らかのタグ付けが行われ、嗅覚入力を受けなかった顆粒細胞にはタグがつかない(図4A)。その後の食後睡眠時には、覚醒経験時の匂い情報処理に関わった嗅皮質の錐体細胞が同期発火し同期的なトップダウン入力が嗅球へ送られる。この時、覚醒時に嗅覚入力を受けタグづけされた顆粒細胞は生き残り嗅球神経回路に組み込まれ、覚醒時に嗅覚入力を受けずタグづけされなかった顆粒細胞は除去される(図4B)。このような機構により、覚醒時の嗅覚入力を伴う経験に基づき、その後の睡眠時に嗅球神経回路を改変することで、覚醒時に経験した匂いの記憶の強化を行っているのではないか、と推測している。 図1.嗅皮質への同期的なトップダウン入力を模した刺激により、嗅球でアポトーシスの指標であるactive caspase-3陽性の穎粒細胞数が増加した。 図2.嗅皮質への薬液投与により同期的なトップダウン入力を抑制すると、嗅球の穎粒細胞のアポトーシスが減少した。 A.嗅皮質と嗅球の局所脳波において、同期的なトップダウン入力の指標であるsharp-wave(SPW,矢印)が、ムシモール投与によりほとんど見られなくなった。B.嗅皮質と嗅球で同期的に見られたSPWの頻度が、ムシモール投与群では大きく抑制されていた。C.嗅皮質と嗅球で同期的に見られたSPWの頻度が、カルバコール投与群では大きく抑制されていた。D.食餌後、何も投与していない群(青)とvehicle投与群(ピンク)では、食餌前(紫)と比較して嗅球の顆粒細胞のアポトーシスが増加していた。しかし、ムシモール投与群(水色)では顆粒細胞のアポトーシスはvehicle投与群と比較して2分の1に減少し、食餌前と同程度であった。E.カルバコール投与群でも、対照群と比較して顆粒細胞のアポトーシスが2分の1に減少した。 **: p<0.01、***: p<0.001 図3.嗅覚入力を遮断したマウスの嗅皮質へのムシモール投与により同期的なトップダウン入力を抑制すると、嗅球の顆粒細胞のアポトーシスが減少した。 A.嗅覚入力を遮断したマウス嗅皮質と嗅球で、食後睡眠時に同期的に見られたSPWの頻度が、ムシモール投与により大きく抑制された.B.嗅皮質へのムシモール投与により、食後の顆粒細胞のアポトーシスがvehicle投与群と比較して約2分の1に減少した。 図4.覚醒-睡眠時における嗅球顆粒細胞除去の2stage model A.覚醒時、探索行動や食餌時に一部の顆粒細胞は投射ニューロンである僧帽/房飾細胞から興奮性入力を受ける(上部の顆粒細胞)僧帽/房飾細胞は嗅皮質の錐体細胞へ出力し、錐体細胞は経験した匂いの情報を一時的にためておく。B.その後の睡眠時、嗅皮質の錐体細胞は同期発火し、嗅球の顆粒細胞へ同期的なトップダウン入力を送る、この時、覚醒時に興奮性入力を受けた顆粒細胞は生き残り嗅球神経回路に組み込まれるが、受けなかった顆粒細胞(下部の顆粒細胞)は除去される。 M/T:僧帽/房飾細胞;GC:顆粒細胞;Py:錐体細胞 | |
審査要旨 | 本研究は、嗅覚一次中枢の嗅球において食餌後の睡眠時に促進される、抑制性介在ニューロンの顆粒細胞の除去の要因として、嗅覚二次中枢である嗅皮質からの遠心性線維を介した同期的なトップダウン入力の影響を検討したものであり、下記の結果を得ている。 1.麻酔下のマウスにおいて、嗅球へ投射する遠心性線維が多く走行する嗅皮質第3層に、睡眠時に見られる同期的なトップダウン入力を模した電気刺激を行った。これにより、嗅球でアポトーシスを起こしている顆粒細胞数が約2倍に増加することを見出した。この結果は、嗅皮質からの同期的なトップダウン入力が、嗅球の顆粒細胞の除去に関与することを示唆している。 2.自由行動下のマウスにおいて、食餌後に嗅皮質へGABAA受容体アゴニストのムシモールを投与することにより、食後睡眠時の嗅皮質から嗅球へのトップダウン入力を抑制した。これにより、嗅球でアポトーシスを起こしている顆粒細胞が約2分の1に減少することを見出した。この結果は、嗅皮質からのトップダウン入力が、食後睡眠時に促進される嗅球顆粒細胞の除去に関与することを示唆している。 3.睡眠時の嗅皮質から嗅球への同期的なトップダウン入力の形成には、嗅皮質におけるアセチルコリン入力の減少が重要であると考えられている。自由行動下のマウスにおいて、食餌後に嗅皮質へアセチルコリン受容体アゴニストのカルバコールを投与することにより、食後睡眠時の嗅皮質から嗅球へのトップダウン入力を抑制した。これにより、嗅球でアポトーシスを起こしている顆粒細胞が約2分の1に減少することを見出した。この結果は、アセチルコリン入力の減少により形成される嗅皮質からのトップダウン入力が、食後睡眠時に促進される嗅球顆粒細胞の除去に関与することを示唆している。 4.顆粒細胞の生死の運命付けは、嗅覚入力に影響を受けている。鼻腔閉塞による嗅覚入力遮断により、食後睡眠時に見られる嗅球顆粒細胞の除去は大きく促進され、また除去の生じるタイミングが早まる。鼻腔閉塞した自由行動下のマウスにおいて、食餌後に嗅皮質へムシモールを投与することにより、食後睡眠時の嗅皮質から嗅球へのトップダウン入力を抑制した。このとき、嗅球でアポトーシスを起こしている顆粒細胞は減少しなかった。一方、食餌開始直前に嗅皮質へムシモールを投与したところ、嗅球でアポトーシスを起こしている顆粒細胞が約2分の1に減少した。この結果は、食餌の早い時間の嗅皮質からのトップダウン入力が、嗅覚入力遮断で生じる嗅球顆粒細胞の除去の大幅な促進と除去のタイミングの前倒しに関与することを示唆している。 以上、本論文はマウス嗅皮質における電気刺激や薬液投与による、嗅球への同期的なトップダウン入力の操作を用いた解析より、嗅皮質から嗅球への同期的なトップダウン入力が、食後睡眠時に促進される嗅球顆粒細胞の除去に重要な役割を果たすことを明らかにした。本研究により、これまで明らかになっていなかった、嗅球顆粒細胞の除去を直接的に促進するシグナル機構の本態が示された。さらに、従来研究の進んでいなかった、睡眠時の嗅皮質の神経活動の機能的意義について、嗅球の顆粒細胞の除去を引き起こすという生理機能を見出した。 嗅球顆粒細胞の除去は、嗅球神経回路の改変に重要であると考えられている。また、睡眠時に生じる神経回路の改変は、直前の覚醒経験時に得られた情報の記憶を長期化する役割を持つと考えられている。本研究は、これまで未知に等しかった、動物の覚醒-睡眠行動に伴い生じる嗅球神経回路改変のメカニズムと意義の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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