学位論文要旨



No 129281
著者(漢字) 平,理一郎
著者(英字)
著者(カナ) ヒラ,リイチロウ
標題(和) 随意運動中のマウス運動皮質における神経細胞機能クラスターの時空間ダイナミクス
標題(洋) Spatiotemporal Dynamics of Functional Clusters of Neurons in Mouse Motor Cortex During a Voluntary Skilled Movement
報告番号 129281
報告番号 甲29281
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4014号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 岡部,繁男
 東京大学 准教授 坂井,克之
 東京大学 准教授 小西,清貴
 東京大学 講師 大久保,洋平
内容要旨 要旨を表示する

序論

類似した運動に関係する神経細胞のクラスター化は、大脳皮質運動野の神経細胞構築上の主要な特徴である。例えば腕や手指による到達運動や描画運動の選好方向は空間的近傍の神経細胞で似ている傾向がある。そうした類似の選好方向を有する運動野の近傍細胞同士は神経活動の相関が大きく、共通入力および再帰的シナプス結合を反映していると考えられる。これらの知見のほとんどは電気生理学的実験によって得られたものであるが、この方法ではクラスターを構成する神経細胞の数や空間的なサイズを単一神経細胞の解像で明らかにすることは難しい。

近年、2光子カルシウムイメージング法によって、走行、グルーミング、舌運動、ヒゲ運動関連活動が、覚醒マウスの運動野に適用され、ファインスケール(<100μm)の神経細胞の機能的分布が明らかになってきた。分布の多くはソルトペッパー状でクラスターを持たないが、走行とグルーミングにおいては100μm程度のクラスター化が観察された。しかし、例えば到達運動、描画運動、レバー引き運動などの前肢運動課題関連細胞のファインスケールの分布は2光子カルシウムイメージングを用いては調べられていない。また、課題関連細胞の活動の空間的分布がどのように時間的に変化するかもわかっていない。さらに、もしファインスケールの機能クラスターがあるならば、それらの前肢運動における役割は何か?機能クラスターが運動実行に決定的に影響しているならば、クラスターを構成する神経細胞集団はクラスター外のそれよりも正確な運動情報を有している可能性がある。

これらの問題を解決するため、我々は頭部固定マウスでの自己誘導性レバー引き課題を開発し、課題遂行中にin vivo 2光子カルシウムイメージングを用いてマウス大脳皮質運動野を観察した。ムシモール注入実験によりこの課題に関連することを確かめた吻側前肢運動野(Rostral Motor Area, RFA)と尾側前肢運動野(Caudal Motor Area, CFA)の二つの領域において、運動時に機能クラスターが存在することがわかった。さらにクラスター内に存在する運動関連細胞はクラスター外のそれよりも正確な運動情報を有することが示された。

方法

実験には野生型マウスおよびChR2トランスジェニックマウスを用いた。頭部固定用チャンバーを装着したマウスを課題訓練開始前日からイメージング実験までの間、体重が通常の85%を下回らないように一日1mlを上限として給水制限した。課題の訓練は、1日あたり1時間とし合計8-9セッション行った。マウスはレバーを3秒間以上待機位置に維持しその後自発的に設定時間の間レバーを引き続けると水報酬4μlを得た(図1)。設定時間は成功率とともに段階的に長くなるようにプログラム化され、訓練終了日およびイメージング実験時には平均600ms程度となった。報酬の直後には強いソレノイドの力によってレバーは強制的に待機位置に戻され、2秒間固定された。待機位置維持時間が3秒未満あるいはレバー引き時間が設定時間未満の場合には報酬は与えられず、ソレノイドの力も与えられなかった(図1)。課題制御にはLabVIEWを使用した。イメージング実験の当日には、イソフルレン麻酔下マウスの観察領域直上の頭蓋骨除去手術を施し、カルシウム蛍光指示薬OGB-1 (Oregon-Green 488 BAPTA-1) 1mM を大脳皮質2/3層に注入した。ガラス窓を設置し、1時間の回復期間後、課題遂行中のイメージングを開始した。2光子励起にはチタンサファイアレーザー(830nm、2-40mW)を用いた。平均313 ms/frameのスキャンスピードで1領域あたり10-30分間画像を取得した。観察領域であるRFAとCFAはChR2トランスジェニックマウスを用いた光刺激と微小電気刺激で前肢領域であることを別個体のマウスにおいて同定した領域であり、フラビン蛍光イメージングによって前肢感覚領域との重複の無い領域とした。データ解析はImageJとMatlabを使用した。取得したXYT画像の揺れを取り除くため、ImageJプラグインTurboregによるフレーム単位の補正と隠れマルコフモデルを用いた各ラインの補正を行った。半自動的なROI抽出後、ROI中の蛍光強度の平均を算出し、ゆるやかな蛍光強度変化の影響を除くため各値から周辺30秒の値の8パーセンタイル値を除き、画面上の血管位置の蛍光強度をバックグラウンド値として、ΔF/F0を算出した。この値の歪度が0.3より大きいROIを活動的な神経細胞とみなし、それ以降の解析対象とした。課題関連細胞はこのうち、課題関連期間(成功トライアルのレバー引き開始1.5秒前から2秒後までの期間)のΔF/F0値が待ち期間(レバーがセット位置に戻って2秒後から、レバー運動が再び始まる時間の2秒前までの期間)のΔF/F_0値よりも有意に高い細胞とした(p < 0.05; ウィルコクソンの符号順位和検定)。課題関連細胞を、成功時レバー引き運動中に蛍光強度のピークがあるもの(Pull細胞)、成功時レバー引き運動の終了後にそれがあるもの(Post-Pull細胞)とその他(Other細胞)に分類した(図2)。ただし、より正確なピーク時間の評価のため、20 Hzにリサンプリングする際、ROI位置のフレーム内の位置を考慮に入れ、またOGB-1の減衰時定数1秒を差し引いた。神経活動の空間的なクラスターの指標として、Eg (Geometric Energy)を導入した。

ここでFiは0-1の間の値に規格化された各細胞の蛍光強度であり、添え字は課題関連細胞のそれぞれに与えられた番号である。さらに、ΔEg を Eg-Eg 、ただし、 Eg=-<FiFj> (<>は細胞ペアについての平均)と定義した。この値は活動している細胞が空間的近傍にあるほど値はマイナス値を取る。Pull細胞のクラスターを評価するため、イメージング領域中で、Pull細胞5個以上を含み、Pull細胞以外の課題関連細胞や非課題関連細胞を含まない円領域をクラスター領域と定義した。さらにクラスター領域のうち、内部に含まれるPull細胞数が最大で直径も最大であるような円をPrimary Clusterと定義した。Primary Clusterに含まれるPull細胞をPrimary-Clustered細胞(図4、黒色)、それ以外のクラスター領域に含まれる細胞をOther-Clustered細胞(図4、緑色)、クラスター領域に含まれないPull細胞をNon-Clustered細胞(図4、青色)と定義した。単一神経細胞あるいは神経細胞集団がレバーの位置情報を有しているかどうかを調べるため、以下の線形モデルを使用した。

ここでLはレバーの位置、aは係数、bは切片、Xは3フレーム過去までの情報を含む神経細胞集団の活動、εはノイズである。これによりレバーの位置を神経細胞集団の活動により予測し(Cross-Validation)、予測されたレバーとの相関係数を神経細胞集団が持つレバーの位置情報として比較に用いた(図5)。

結果

課題遂行中の2光子カルシウムイメージングにより、マウス大脳皮質運動野の神経活動を可視化することに成功した(図2)。Pull細胞と、Post-Pull細胞が同一画面上に存在することがわかった(図2、右)。クラスターに関する解析についてはRFAとCFAには大きな質的差を認めなかったので、解析結果はまとめて示した。機能クラスターの有無を調べるために、ΔEgを計算し、ROIの位置でシャッフルしたデータとの比較により、下位5パーセンタイル以下を有意水準とした場合、30%程度のイメージング領域においてΔEgが引き運動時に有意に低い値となった(図3)。これは引き運動時に神経細胞の活動がクラスター化していることを示す。

この結果により引き運動時にピークを有するPull細胞がクラスター化していることが予想される。実際、Pull細胞間の距離は有意に小さかった。クラスター化している Pull細胞がレバーの位置情報を正確に反映しているか検討するため、Pull細胞をクラスター化傾向にしたがって分類した(方法を参照)。Primary Clusterの直径は70μm程度であり,平均8.3個のPull細胞から構成された.Primary Clustered細胞はNon-Clustered細胞と比較して、単一細胞レベルでも複数細胞レベルでもレバーの位置情報をより正確に持っていた(図5)。

考察

本研究では自己誘導性のレバー引き運動時に機能クラスターが存在することが示され、クラスター内に存在する神経細胞集団がレバーの位置情報をより正確に有していることが初めて明らかにされた。レバー引き運動時に見られた機能クラスター内の神経細胞集団がレバーの位置情報をより正確に持つのはなぜか?クラスター内神経細胞の方が、クラスター外神経細胞よりも、神経活動が有意にみられるトライアルの割合(ATR; Active Trial Rate)が高かった。また、ATRは神経活動の相関と正の相関があることも示された。本研究ではシナプス結合の有無までは調べていないが、こうした高いATRと相関をもつ機能クラスターは、多くの共通入力あるいは再帰的シナプス結合を有していることが予想される。クラスターを構成する神経細胞集団はそうした密な相互作用によって随意的な運動をより正確に反映すると考えられる。

図1

図2

図3

図4

図5

審査要旨 要旨を表示する

本研究はマウスの大脳皮質運動野第2/3層における神経細胞の機能的クラスターの有無とその運動に対する意義を明らかにするため、2光子カルシウムイメージグ法と頭部固定マウスの運動課題を構築・開発し、神経集団活動の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. ChR2遺伝子導入動物を用いた光刺激法によってマウスの大脳において2つの運動野(RFAおよびCFA)が同定された。また、この二つの領野は皮質内微小電気刺激法(ICMS)によって確かめられた。

2. 頭部固定マウスのレバー引き運動課題を構築した。課題は、3秒以上の待機時間後に、約0.6秒間レバー引き運動を持続すると報酬である4μlの水が与えられるというものである。課題訓練期間中(8-9セッション)、マウスはレバー引き運動の継続と3秒以上の待ち時間を学習した。RFAあるいはCFAのムシモール注入によって成功数が減少することが示された。

3. レバー引き運動課題中にカルシウム蛍光指示薬OGB-1を用いた2光子カルシウムイメージングを行い、マウス運動野(RFAおよびCFA)の神経活動を得た。歪み補正と半自動的ROI取得によって、50個程度の神経細胞蛍光変化を同時に記録することに成功した。

4. カルシウムイメージングと電気生理学的記録(cell-attached recording)を同時に行うことによって、蛍光上昇率が神経発火活動とよく相関することが示された。

5. レバー引き運動課題において、課題関連活動を示す細胞が見出された。レバー引きに同期して蛍光を上昇させる神経細胞(Pull細胞)と、レバー引き直後に蛍光を上昇させる神経細胞(Post-pull細胞)が分類された。

6. Pull細胞の蛍光上昇率は運動の継続時間と有意な相関を示すものが割合が多く、Post-pull細胞のそれは、感覚関連活動、リッキングと有意な相関を示すものの割合が多いことが示された。

7. 近傍の細胞が同時に活動する程度を示すパラメータである「幾何学的エネルギー」を導入し、これを用いた解析によって、約40%のイメージング領域における課題関連細胞が運動実行中に近傍細胞の活動を有意に上昇させることが示された。またこれによりPull細胞がクラスターを構成していることが予想されるが、実際に、Pull細胞の最近傍細胞がPull細胞である確率が細胞の位置をシャッフルしたものと比較して有意に高いことが示された。

8. 5つ以上のPull細胞の円状の集積の程度を解析したところ、約8個の細胞からなる直径70μm程度のクラスターが指定された。個々のイメージング領域で最大数のPull細胞を含むクラスター内のPull細胞と、クラスター内に存在しないPull細胞がそれぞれPrimary clustered 細胞、Non-clustered 細胞と分類された。Primary clustered 細胞はNon-clustered 細胞よりも、同等の細胞体間距離においても高い相関を有していた。

9. 線形モデルおよびTreebaggerを用いて、細胞集団がレバーの軌道をどの程度予測できるかを検討したところ、同じ細胞数間の比較で、Primary clustered 細胞集団の方が、非Primary clustered 細胞集団よりも、予測の精度が高いことが示された。これは一つ一つの細胞で比較しても同様であった。

10. Primary clustered 細胞はATR(活動を示すトライアルの割合)がNon-clustered 細胞よりも大きく、ATRとレバー軌道の予測の精度の関係に正の相関関係があることが示された。すなわち、クラスターの内部は各トライアルにおいて頻繁な活動を示すことによってレバー情報をより正確に有していると考えられた。

以上、本論文はマウスの運動野第2/3層において、運動中の2光子カルシウムイメージング法を開発することにより、機能的クラスターの存在が示された。さらに、クラスター内に存在する細胞がレバーの軌道情報をより正確に有することが示された。この実験系は光遺伝学的手法やパッチクランプ法等との融合によりさらなる発展が見込まれ、哺乳類の大脳皮質運動野における局所回路研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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