No | 129283 | |
著者(漢字) | 宮﨑,秀幹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤザキ,ヒデキ | |
標題(和) | リンパ管形成における血小板由来増殖因子の役割 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 129283 | |
報告番号 | 甲29283 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第4016号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | リンパ管は血管と共に体液の恒常性維持や免疫系の機能に重要な役割を果たしており、その機能不全はリンパ浮腫を引き起こす。また腫瘍において形成されるリンパ管はがん細胞のリンパ節転移における転移経路ともなるため、その形成機構の解明は重要な研究課題である。リンパ管の発生は胎生期に静脈から起こり、その分化はリンパ管内皮細胞への分化能を獲得した静脈血管内皮細胞にリンパ管形成のマスター因子であるProx1転写因子が発現することによって誘導される。Prox1が発現した細胞では血管内皮増殖因子受容体(VEGFR) 2やVE-cadherin等の血管内皮細胞マーカーの発現が低下し、VEGFR3やpodoplanin等のリンパ管内皮細胞マーカーの発現が上昇する。こうした細胞が静脈から出芽して近傍のリンパ管内皮細胞の増殖などを亢進する作用を持つVEGF-Cを発現している部位に向けて遊走し、集まって初期リンパ嚢を形成し、これらが次第に吻合・伸長して全身のリンパ管を形成するのである。Prox1のノックアウトマウスではリンパ管形成が完全に欠失し、致死となることが知られているが、これはリンパ管内皮前駆細胞がVEGF-Cへの走化性を獲得できず、静脈からの出芽が起こらないためとされている。またProx1は成体のリンパ管内皮細胞においても、VEGFR3などの複数のチロシンキナーゼ受容体群の発現を調節することでリンパ管の形質維持やリンパ管新生を制御していることが報告されている。本研究では、チロシンキナーゼ型受容体の一つ血小板由来増殖因子受容体(PDGFRβ)と、これを介した血小板由来増殖因子(PDGF)シグナルについて、リンパ管形成における機能と発現機構の解明を行った。 PDGFは巨核球や血小板、内皮細胞などにより産生されるシグナル分子で、その受容体PDGFRは主に間葉系細胞に発現し、これを介したシグナルにより細胞の増殖や運動性が制御されている。血管内皮細胞にはPDGFRの発現は通常は見られないが、血管形成においては血管内皮細胞周囲への壁細胞の遊走を調節することで、成熟血管の形成に関与しているとされている。一方でリンパ管内皮細胞には血管内皮細胞と異なりPDGFRの発現が通常は見られ、これを介したシグナルがリンパ管形成を亢進させるという報告が既に複数なされている。 本研究ではヒト皮膚由来リンパ管内皮細胞(HDLEC)を用い、この細胞にPDGFRの二つのサブクラスのうちの一つであるPDGFRβが発現しており、リガンドであるPDGF-BB刺激によって細胞内シグナルの活性化が認められることを示した。さらにこの発現がProx1のノックダウンによって低下すること、すなわちPDGFRβの発現はProx1によって維持されていることを示した。また、chamber migration assayによる解析から、Prox1の発現を低下させることでリンパ管内皮細胞のPDGF-BBへの走化性が抑制されること、すなわちProx1がPDGFRβの発現を介してリンパ管内皮細胞の運動性を制御している可能性が示唆された。 in vivoマウスモデルを用いたPDGFシグナルの機能解析については既に複数の報告がなされているが、これらの論文ではPDGFシグナルの阻害剤として特異性の低いimatinib(Gleevec)が用いられていること、いずれも腫瘍性のリンパ管新生における解析であり、炎症性のリンパ管新生について評価したものがないことなど未検討な点がいくつか残されていた。そこで本研究では、まずマウスにチオグリコレートの腹腔内投与を繰り返すことで人工的に慢性無菌性腹膜炎を引き起こし、腹腔側の横隔膜に炎症性リンパ管新生を誘導するマウスモデルを作成し、これにimatinibの腹腔内投与を行うことで横隔膜における炎症性リンパ管新生が有意に抑制されることを示した。次に腫瘍性リンパ管新生について、より特異的なPDGFシグナルの阻害剤としてPDGFRβ/Fcキメラタンパク質を用いてPDGFシグナルの関与を検討した。PDGFRβ/Fcキメラタンパク質を産生するヒト膵癌細胞(BxPC-3)をレンチウィルスを用いて作製し、これをヌードマウスの皮下に移植して、腫瘍内のリンパ管新生について検討した。Fcタンパク質を発現する陰性対照群の腫瘍と比較して、PDGFRβ/Fc産生群の腫瘍では腫瘍内のリンパ管新生が有意に抑制されていることが示された。これらの結果から、PDGFRβは既に報告されている複数のチロシンキナーゼ型受容体と同様に、Prox1の下流でリンパ管の形成を制御している因子の一つであることが示唆された。 Prox1はリンパ管形成のマスター因子としてリンパ管内皮細胞において多彩な遺伝子の発現調節を担っているが、これはProx1単独で行っている訳ではない。リンパ管内皮細胞には他にもCOUP-TFIIやSox18、Ets-2といったさまざまな転写因子が発現しており、これらが共役因子としてProx1と協調的、あるいは抑制的に働くことで複数のリンパ管新生シグナルを調節しているのである。Prox1はリンパ管内皮細胞のほか視神経や肝臓実質細胞などにも発現しているが、こうしたさまざまな転写因子が形成するネットワークの存在がリンパ管内皮細胞特異的な遺伝子群の発現調節を可能にしていると考えられている。 PDGFRβの発現をProx1と共に調節する共役因子の候補として、本研究では転写因子Netに注目し、検討を行った。NetはEtsファミリーと呼ばれる約30種よりなる転写因子ファミリーの一つで、Ets-2などこのファミリーに属するいくつかの遺伝子についてはリンパ管内皮細胞においてProx1と協調的にリンパ管内皮細胞特異的な遺伝子群の発現調節に関与している可能性が示唆されている。NetはEtsファミリーの中では唯一、ノックアウトマウスにリンパ管形成異常が報告されている遺伝子であり、またin vitroの過剰発現系でProx1との結合性が報告されているため、Ets-2と同様にリンパ管内皮細胞内でProx1の共役因子としてリンパ管形成に関与している可能性が示唆される。 本研究でも、HDLECにおいてNetが発現していることが示された。また293T細胞を用いた過剰発現系で既報の通りNetがProx1と結合性を示すこと、Etsドメインを欠いたNetの変異体ではこの結合性が失われることが示された。これらの結果から、私はNetがリンパ管形成においてProx1と結合することで何らかの役割を果たしている可能性があると考え、まずNetのリンパ管新生に対する効果について、前述のマウス炎症性リンパ管新生モデルを用いて個体レベルで検討した。Netを発現するアデノウィルスを腹腔内投与したマウスではLacZを発現するアデノウィルスを投与した対照群と比較して有意に横隔膜のリンパ管新生が亢進していた。そこで、このNet発現によるリンパ管形成の亢進がリンパ管内皮細胞におけるいずれのシグナル経路を介したものか検討するため、HDLECにNetを発現するアデノウィルスを感染させてProx1下流のリンパ管新生因子の受容体の発現について検討した。PDGFRβはNetの強制発現によって発現が上昇することが示されたが、FGFR3、Tie-2の発現には明らかな上昇は見られなかった。VEGFR3の発現はNetの強制発言によてむしろ低下した。一方、HDLECにおいてNetの発現をノックダウンするとPDGFRβの発現が低下することも明らかになった。以上の結果から、リンパ管内皮細胞においてNetはPDGFRβの発現維持に必要であり、Netのリンパ管形成に対する効果はPDGFRβの発現調節を介していることが示唆された。これらの実験結果から、NetがProx1と結合し、PDGFRβの発現を亢進させることでリンパ管形成を促進させている、というモデルが考えられる。 リンパ管の形成機構は特に癌のリンパ行性転移の治療標的として重要と考えられている。本研究の結果からは、PDGFRβならびにその上流で発現を調節していると考えられる転写因子Netは、リンパ管形成における新たな分子標的の候補遺伝子の一つになりうると考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は体液の恒常性維持に重要な役割を果たし、様々な病気の病態に関与しているリンパ管の形成について血小板由来増殖因子(PDGF)シグナルが関与しているとの報告に基づき、リンパ管内皮細胞におけるPDGF受容体(PDGFR)の発現調節機構と成体リンパ管形成におけるその意義について検討を加えたものであり、以下の結果を得ている。 1.Semi-quantitative RT-PCRによる解析の結果、ヒト皮膚由来リンパ管内皮細胞(HDLEC)にはPDGFRのサブタイプの一つであるPDGFRβが発現しており、PDGF-BBシグナルに対する応答性を有することが示された。 2.siRNA transfectionによる解析で、HDLECにおけるPDGFRβの発現はリンパ管形成のマスター因子と考えられている転写因子Prox1による制御を受けており、 chamber migration assayにおいてProx1の発現を調節することで、PDGFシグナルによるリンパ管内皮細胞の運動性の亢進が制御されることが示された。 3.in vivoのマウス実験モデルにおいて、imatinib腹腔内投与によるPDGFRの阻害が横隔膜の炎症性リンパ管新生を抑制することが示された。また、レンチウィルスベクターシステムを用いてBxPC-3ヒト膵癌細胞にPDGFシグナルを特異的に阻害するPDGFRβ/Fcキメラ蛋白を産生させることにより、ヌードマウスに移植した腫瘍内におけるリンパ管新生が抑制されることが示された。 4.このリンパ管内皮細胞におけるPDGFRβの発現を制御する際にProx1の共役因子として機能する転写因子の候補として、Etsファミリー転写因子の一つであり、ノックアウトマウスにおいてリンパ管形成異常が報告されているNet/Elk-3がHDLECにおいて発現していることをsemi-quantitative RT-PCRにより示した。 5.アデノウィルスの腹腔内投与によりマウスにNetを過剰発現させることで、慢性腹膜炎モデルにおける横隔膜の炎症性リンパ管新生が有意に亢進することが示された。 6.in vitro培養下でHDLECにアデノウィルスを用いNetを過剰発現させることで、成体のリンパ管形成に関与しているとされるチロシンキナーゼ型受容体群のうち、PDGFRβの発現が特異的に亢進することが示された。このことからはNetが個体レベルでリンパ管形成を亢進させる機序として、リンパ管内皮細胞においてProx1によるPDGFRβの発現制御に関与している可能性が示唆された。 以上、本論文は成体におけるリンパ管形成にPDGFシグナルが関与しているという報告に基づいて、その受容体であるPDGFRβのリンパ管内皮細胞における発現調節にProx1とNetが関与していること、また実際にこれらの発現を調節することでリンパ管形成が抑制されることを明らかにした。これらはがんの転移を初めとしたさまざまな病気の病態に関与するリンパ管形成機構の解明および治療への応用に重要な示唆を与えるものであり、学位の授与に値するものであると考える。 | |
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