学位論文要旨



No 129287
著者(漢字) 石井,洋
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,ヒロシ
標題(和) サルエイズモデルにおける細胞傷害性Tリンパ球の標的抗原と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 129287
報告番号 甲29287
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4020号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高柳,広
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 講師 川名,敬
内容要旨 要旨を表示する

細胞傷害性Tリンパ球(CTL)はヒト免疫不全ウイルス(HIV)複製抑制において中心的な役割を担っている。HIV自然感染においては、感染後に誘導されるCTLによるウイルス複製抑制が不十分であり、結果として慢性的なウイルス血症が持続する。よってCTLによるHIV複製制御を目的とする際には、単にウイルス特異的CTLを誘導するということではなく、HIV複製抑制に対してより効果的なCTLを選択的に誘導するということが重要となる。CTLのウイルス複製抑制能は、感染細胞への結合能や傷害能に加え、標的抗原の提示効率が影響されると考えられている。また、感染宿主個体内においては多様なCTLが存在し、個体レベルで相互に影響し合っている可能性が考えられる。これらを踏まえ本研究では、サル免疫不全ウイルス(SIV)感染サルエイズモデルを用いて、個体内で誘導されるCTL反応の標的抗原と、ウイルス複製抑制に関わる機能との関連性について解析した。

1.ワクチンによるウイルス曝露後CTL反応への影響の解析

これまでに私の所属する研究室において、SIVの構造タンパクであるGagを主抗原とするDNAプライム・センダイウイルス(SeV)ベクターワクチン接種によって、SIV複製制御に至るビルマ産アカゲザルの一群を同定してきた。これらのサルは主要組織適合遺伝子複合体クラスI(MHC-I)ハプロタイプ90-120-Iaを共有しており、Gagを標的とする2つのエピトープ特異的CTL(Gag(206-216)特異的CTL、Gag(241-249)特異的CTL)がSIV複製制御に重要な役割を担っていることが示唆されてきた。ワクチンによりワクチン抗原特異的CTLメモリーが誘導されている個体において、SIV曝露後にはワクチン抗原特異的CTL反応だけではなく、その他のSIV抗原特異的CTL反応が誘導されることも考えられる。そこでこのMHC-Iハプロタイプ90-120-Ia共有サル群をモデルとして、ワクチンによるCTL誘導がウイルス曝露後のCTL反応やSIV複製抑制へ与える影響を解析した。

具体的には、非ワクチン接種群(n = 6)、Gagタンパク発現SeVベクターワクチン接種群(Gagワクチン接種群[n = 5])に加え、CTLエピトープを含むオリゴペプチドとEGFPとの融合タンパクであるGag(202-216)-EGFPもしくはGag(236-250)-EGFPのみを発現するワクチン接種群(Gag(202-216)-EGFPワクチン接種群[n = 5]、Gag(236-250)-EGFPワクチン接種群[n = 6])のSIVチャレンジ実験の比較解析を行った。その結果、SIV曝露後急性期において、Gagワクチン接種群ではGag(206-216)特異的CTL反応およびGag(241-249)特異的CTL反応双方の効率のよい誘導が見られたが、Gag(202-216)-EGFPワクチン接種群ではGag(206-216)特異的CTL反応が優位に誘導され、Gag(241-249)特異的CTL反応誘導の遅延が認められた。またワクチンによってGag(206-216)特異的CTLを誘導した個体(Gagワクチン接種群およびGag(202-216)-EGFPワクチン接種群)では、Gag(206-216)特異的CTLからのエスケープ変異(Gag L216S)の早期選択が認められ、この変異選択がGag(206-216)特異的CTLによるウイルス複製抑制に大きく影響を及ぼすことも示唆された。一方Gag(236-250)-EGFPワクチン接種群では、SIV曝露後急性期においてGag(241-249)特異的CTL反応が優位に誘導され、Gag(206-216)特異的CTL反応誘導の遅延が認められた。この群ではGag(206-216)特異的CTLからのエスケープ変異選択の遅延も認められ、メモリー由来のGag(241-249)特異的CTL(ワクチン抗原特異的CTL)とナイーブ由来のGag(206-216)特異的CTL(非ワクチン抗原特異的CTL)とが協調的に働いていることが示唆された(図1)。これらの結果は、多様性に富むHIVに対するCTL誘導型エイズワクチン開発における、抗原選択の論理基盤となる重要な知見であると考えられる。

2.SIV感染慢性期におけるCTL反応の網羅的解析

宿主個体内において誘導されているCTLの標的抗原とCTLの性質、またそれがウイルス複製制御に及ぼす影響を解析するため、SIV感染サル31頭の感染慢性期サンプルを用いて、特定のMHC-I拘束性エピトープに依存しない抗原特異的CTL反応の網羅的解析を行った。個体内における各抗原特異的CTL反応をSIV複製制御個体と非制御個体との間で比較することによって、CTL反応とウイルス複製制御との関連性を解析した。また、CTLは分化段階によって様々なメモリーフェノタイプが存在し、フェノタイプによって細胞の自己増殖能や細胞傷害活性、サイトカイン産生能などの機能が異なることが知られている。HIV感染症においても、持続的な抗原刺激によってウイルス特異的CTL中のエフェクター分画の割合が増加することが報告されているが、CTLの標的抗原との関連性については不明である。そこでCTLの機能評価の一つの指標として、各抗原特異的CTL集団内におけるセントラルメモリー(CM)、エフェクターメモリー(EM)分画の割合を解析し、CTLの標的抗原と機能との関連性についても解析した。

PBMC中における各抗原特異的CTL頻度をSIV複製制御群と非制御群との間で比較した結果、SIV複製制御群においてはGag特異的CTLが、非制御群においてはEnvのN末側半分(Env-N)、Tat、Rev特異的CTLが高い頻度を示していた。また、メモリー分画毎に各抗原特異的CTL頻度を解析した結果、Gag特異的CTL頻度における差異は主にCM-CTL頻度の寄与によるものであり、逆にEnv-N、Tat、Rev特異的CTL頻度における差異は主にEM-CTL頻度の寄与によるものであることが示唆された。これらの結果は、CTLの標的抗原およびフェノタイプの違いと、SIV複製制御・病態進行との関連性を示すものである。本研究はSIV複製制御に結びつく有効なCTLの標的抗原・フェノタイプの特定に貢献するものであり、HIV複製制御に結びつく知見であると考えられる。

また興味深いことに、各抗原特異的CTL集団内におけるメモリー分画の割合を比較したところ、Env-N特異的CTLは他のウイルスタンパク抗原特異的CTLと比較して有意にEM分画の割合が高いことが示された(図2)。今後、これらの機序を詳細に解析することによって、CTLの性質とウイルス複製抑制能との関連性の解明の一助となることが期待される。

図1 単独エピトープ特異的CTL誘導ワクチンによるウイルス曝露後のCTL反応への影響とエスケープ変異選択によるウイルス複製抑制パターンへの影響

図2 各抗原特異的CTL集団内におけるエフェクターメモリー(EM)分画の割合

審査要旨 要旨を表示する

本研究はHIV複製制御に対して中心的な役割を担う細胞傷害性Tリンパ球(CTL)について、サルエイズモデルにおいて誘導されている抗原特異的CTL反応とウイルス複製制御との関連性を明らかにするため、以下2つの解析を試みたものである。

1. ワクチンによるウイルス曝露後のCTL反応への影響の解析

予防ワクチン接種がウイルス曝露後のCTL反応やウイルス複製制御へ与える影響を明らかにするため、異なる抗原ワクチン接種サル群間におけるエピトープ特異的CTL反応やウイルス動態を解析し、下記の結果を得ている。

1-1 自然感染において2つの優位なエピトープ特異的CTL反応(Gag(206-216)特異的CTLおよびGag(241-249)特異的CTL)が誘導されるようなMHC-Iハプロタイプ90-120-Iaを有するアカゲザル個体において、ワクチンにより一方のエピトープ特異的CTLのみをあらかじめ誘導すると、SIV感染急性期にワクチン抗原特異的CTL反応が優位に誘導され、非ワクチン抗原特異的CTL反応の誘導が抑制されることを示した。したがって、抗原選択的なワクチン接種によって、ウイルス曝露後急性期における抗原特異的CTL反応の優位性に影響を与えることを示唆した。

1-2 ワクチンによってあらかじめGag(206-216)特異的CTL反応を誘導した個体では、Gag(206-216)特異的CTLからのエスケープ変異(Gag L216S変異)の早期選択が観察された。一方でGag(241-249)特異的CTL反応のみを誘導した個体ではエスケープ変異の早期選択が見られなかったことから、エスケープ変異選択への影響を考慮したワクチン抗原選択の重要性を示唆した。

1-3 CTL反応動態と血漿中ウイルス量の低下量より、ワクチンによってGag(241-249)特異的CTL反応のみをあらかじめ誘導した群では、メモリー由来のワクチン抗原(Gag(241-249))特異的CTLのみならず、ナイーブ由来の非ワクチン抗原(Gag(206-216))特異的CTLがウイルス複製抑制に寄与していることが示唆された。また、抗原選択的なワクチン接種により、ウイルス複製抑制に対する2つのエピトープ特異的CTLの協調パターンに影響を及ぼすことを示唆した。

2. SIV感染慢性期におけるCTL反応の網羅的解析

ウイルス感染個体内で誘導されているCTL反応の標的抗原とウイルス複製制御との関連性を明らかにするため、SIVmac239感染アカゲザル慢性期サンプルを用いて、特定のMHC-I拘束性エピトープに依存しない抗原特異的CTL反応の網羅的解析を行い、下記の結果を得ている。

2-1 SIV複製制御群ではGag特異的CTL頻度が、逆に非制御群ではEnvのN末側半分(Env-N)、Tat、Rev特異的CTL頻度が高い傾向が見られ、CTLの標的抗原の差異によってウイルス複製制御との関連の仕方が異なることを示唆した。

2-2 各抗原特異的CTLのメモリーフェノタイプを解析した結果、Env-N特異的CTLが他の抗原特異的CTLと比較して有意にエフェクターメモリー分画の割合が高いことを示した。このことから、感染個体内において誘導されているCTLの標的抗原とメモリーフェノタイプとの間に関連性が存在することを示唆した。

2-3 SIV複製制御群ではGag特異的セントラルメモリーCTL頻度が高い傾向が見られ、逆に非制御群ではEnv-N、Tat、Rev特異的エフェクターメモリーCTL頻度が高い傾向が見られた。セントラルメモリーCTL頻度の増加は長期的なウイルス複製制御状態を、エフェクターメモリーCTL頻度の増加はウイルス血症による持続的な抗原刺激を反映していることが考えられ、ウイルス複製制御に対してGag特異的CTLの寄与が大きく、Env-N、Tat、Rev特異的CTLの寄与が小さいことを示唆した。

以上、本論文はサルエイズモデルにおける抗原特異的CTL反応とウイルス複製制御との関連性における新たな知見を示すものであり、CTL誘導型予防エイズワクチン開発における抗原選択の重要性を示し、今後のワクチン開発の論理基盤となる知見であると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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