学位論文要旨



No 129289
著者(漢字) 伊藤,慎治
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,シンジ
標題(和) レヴィー小体病の生前病理診断に向けた臨床病理学的検討
標題(洋)
報告番号 129289
報告番号 甲29289
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4022号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 畠山,昌則
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 准教授 渡部,徹郎
 東京大学 講師 高澤,豊
 東京大学 講師 清水,潤
内容要旨 要旨を表示する

中枢性運動障害を来す錐体外路疾患で、末梢自律神経障害も伴うパーキンソン病(PD)や、認知症原因の2割を占め、アルツハイマー病(AD)に次ぐ重要度を持つ変性性認知症であるレヴィー小体型認知症(DLB)に関する研究は、その患者数の多さと長期に亘る医療費負担から、社会的急務とされている。これらの疾患は、レヴィー小体の中枢神経系、末梢自律神経系への出現を病理学的特徴とし、それらに基づく認知機能障害、運動障害、自律神経障害を呈する疾患群、即ちレヴィー小体病(LBD)として、国際的に認知されるようになってきた。LBDには、PD、認知症を伴うPD(PDD)、DLB、純粋自律神経不全症(PAF)が含まれる。

LBD患者において、末梢自律神経障害を主徴とするPAF以外のLBDでも、高率に自律神経障害を認めることは、古くから知られていた。自律神経障害は、患者の生活の質に影響するため、この基礎研究は重要である。しかし、LBDにおける運動障害の研究に比して、自律神経障害に関する病理学的検討は、我々の施設からの検討を含めても、多くなかった。近年、画像診断等のモダリティ利用により自律神経障害の評価法が進歩し、高感度αシヌクレイン免疫染色の開発と相まって、その病理学的裏付けが捉えられるようになった。これにより、中枢神経障害に先行する自律神経障害を病理学的に捉え、早期診断に生かそうとする試みが、生検を中心に行われつつある。

我々は、まず第1章で、東京都健康長寿医療センター高齢者ブレインバンク連続開頭剖検例を用いた末梢自律神経系分布臓器におけるレヴィー病理、特に消化管(下部食道)に着目して、評価を行った。続く第2章では、前章の内容を受けて、末梢自律神経分布臓器のレヴィー病理評価の臨床的有用性を確認するため、LBD患者における消化器系外科検体を用いたレヴィー病理を検索した。消化管の剖検材料、臨床外科材料におけるレヴィー病理を検索し、生前診断における臨床病理学的有用性を示すことが、本論文の目的である。

第1章 連続開頭剖検例を用いた末梢自律神経系に関するレヴィー病理の検討

<背景>LBDにおいて、末梢自律神経系レヴィー病理の検討は、中枢神経系の検索に比して、必ずしも十分とは言えない。レヴィー病理の標的とする末梢自律神経系の中で、近年注目を集めている臓器が、腸管である。LBDにおける腸管神経系レヴィー病理の詳細、中枢神経系との関連についての体系的研究は、我々の施設での研究を含め、少数のみである。我々は、205連続開頭剖検例全例の末梢自律神経系支配を受ける諸臓器と中枢神経系のレヴィー病理好発部位に、高感度αシヌクレイン免疫染色を施行し、レヴィー病理検索を行った。

<方法>組織材料は、東京都健康長寿医療センター病院・研究所で2008年10月~2012年3月までに得られた連続開頭剖検例205例の脳、脊髄、末梢自律神経支配を受ける諸臓器(交感神経節、心臓左室前壁、下部食道、副腎、上腕皮膚)を用いた。臨床情報は、診療録より収集した。剖検時、半脳は凍結、残り半脳を、20%中性緩衝ホルマリン固定して検索した。末梢自律神経支配を受ける諸臓器として、交感神経節、心臓、食道、皮膚を剖検時に採取し、凍結側半脳の組織評価用採取部位と共に、4%パラホルムアルデヒドで固定後、パラフィン包埋・薄切した。通常染色、特殊染色、免疫組織化学染色を施行し、組織学的評価を行った。副腎は、全身剖検ルーチン検索臓器として、10%緩衝ホルマリンで固定後、薄切、各種染色を行った。固定後の半脳を肉眼観察後、各検索部位を切出、薄切、染色した。脳・脊髄に関して、通常染色は、ヘマトキシリン&エオジン(H&E)染色とクリューバー・バレラ染色を施行、免疫染色にはVentana自動免疫染色装置を使用して、抗リン酸化αシヌクレイン単クローン抗体(pSyn#64)、抗リン酸化αシヌクレイン多クローン抗体(PSer129)、抗リン酸化ニューロフィラメント抗体(SMI31)、抗チロシンヒドロキシラーゼ抗体(TH)、抗ユビキチン抗体を用いた。レヴィー病理以外の神経変性型老年関連病理評価のため、抗リン酸化タウ抗体(AT8)、抗アミロイドβ抗体(Aβ11-28)を用いた。レヴィー病理評価に関して、東京都健康長寿医療センター高齢者ブレインバンクレヴィー小体ステージ分類を用いた。また、各標本のレヴィー病理を半定量的に評価するため、pSyn#64における染色性のグレード評価を行った。

<結果>連続開頭剖検例の死亡時年齢は、51-104歳(平均82±9.2[SD]歳)、男性129例、女性76例であった。組織学的に、交感神経節、心臓左室前壁脂肪織内神経束、食道Auerbach神経叢、副腎髄質では、神経細胞質内または神経突起内にH&E染色でレヴィー小体が観察可能な症例があり、加えて、皮膚真皮層神経束にもpSyn#64陽性レヴィー神経突起が観察された。連続開頭剖検例205例中、末梢自律神経系支配を受ける諸臓器では48例(23%)、中枢神経系では69例(34%)、中枢神経系または末梢自律神経系では75例(36.6%)に、何れかの評価部位においてレヴィー病理を認めた。末梢自律神経系支配を受ける諸臓器では、皮膚、副腎、食道、心臓、交感神経節の順にレヴィー病理検出頻度が増加した。また、末梢自律神経系レヴィー病理陽性48例中6例(13%)は、末梢自律神経系だけにレヴィー病理を認めた。中枢神経系・末梢自律神経系いずれかにレヴィー病理を認めた75例中、31例(41%)が食道レヴィー病理陽性であった。食道レヴィー病理の出現と、頑固な便秘症状、パーキンソン症状との間に有意な相関を認めた。LBDにおいて、症候性の有無と食道レヴィー病理出現との間に、有意な相関を認めた。

<結論>末梢自律神経系支配を受ける諸臓器では、様々な頻度でレヴィー病理を認め、特に食道は高率にレヴィー病理を検出できる臓器である。食道レヴィー病理出現は、自律神経症状(頑固な便秘)やパーキンソン症状といった臨床症状と有意な相関があった。食道に代表された消化管は、臨床症状とレヴィー病理を結び付ける重要な臓器の一つであり、消化管のレヴィー病理の有無を検索することは、LBDの生前臨床診断に応用できる可能性が示された。

第2章 消化器系外科材料を用いたレヴィー小体病生前診断に関する検討

<導入>前章での検討から、LBD患者における皮膚、副腎、食道、心臓、交感神経節では、レヴィー病理が観察され、生前診断におけるレヴィー病理検索対象となり得ることが示された。既に皮膚生検や副腎剖検材料のレヴィー病理検索の有用性が指摘されているが、生前診断においては、生検では少量の神経線維のみがレヴィー病理検索評価対象となり、陽性率向上が課題であった。我々は、過去の侵襲的外科手術により採取された既往消化器系外科検体を後方視的に検索することで、非侵襲的にこれらの課題を解決できるのではないかと考えた。LBD患者に消化器系外科手術の既往がある場合、外科材料の検索がLBD診断の補助となり得るかどうか検討した。

<方法>東京都健康長寿医療センターで2007年~2011年に消化器系外科手術を受けた1030人中、LBDの臨床診断名を持つ症例を抽出した。対照は、網羅的にレヴィー病理の有無を確認した開頭剖検例で、且つ既往消化器系外科材料を有する14例とした。臨床症状は診療録より収集した。20%緩衝ホルマリンで最低24時間固定された外科検体の既往パラフィンブロックを用いて薄切した。通常染色としてH&E染色、免疫組織化学染色として、Ventana自動免疫染色装置を使用して、一次抗体にpSyn#64、PSer129、SMI31、THを用いて染色し、レヴィー病理を検索した。

<結果>LBDと臨床診断され、消化器系外科手術歴を持つ症例は、8人が該当した。年齢は76-86歳(平均83±4.0[SD]歳)、男性5人、女性3人であった。8人のLBD患者は、レヴィー小体型認知症6人、認知症を伴うパーキンソン病2人であった。何れの症例も自律神経症状を有していた。切除標本の部位として、胃3例、十二指腸1例、小腸2例、結腸2例、胆嚢2例(重複を含む)であった。LBD患者8人中6人(75%)において、pSyn#64陽性レヴィー病理が外科手術検体中に確認された。そのうち3例は、H&E染色でレヴィー小体の存在が確認された。レヴィー病理は、Meissner粘膜下神経叢、Auerbach筋間神経叢、漿膜下神経束に認められた。加えて、レヴィー病理は、LBD発症7年前(胃)、2年前(胆嚢)の手術検体でも検出可能であった。対照14例は、死亡時年齢69-96歳(平均82±7.3[SD]歳)、男性7例、女性7例。全例、臨床的にLBDと診断されていなかった。対照例の内10例は剖検材料と既往外科検体何れもレヴィー病理を認めなかった。残り4例は、中枢神経系または末梢自律神経系にレヴィー病理を認めたが、既往外科検体にはレヴィー病理を認めなかった。

<結論>LBD症例に消化器系外科手術の既往がある場合、既往外科検体のレヴィー病理を検索することは、LBD臨床診断における補助となり得る。

消化管の剖検材料、臨床外科材料を用いたレヴィー病理検索により、以下が明らかとなった。

1.末梢自律神経系支配を受ける諸臓器において、皮膚、副腎、食道、心臓、交感神経節の順にレヴィー病理の出現頻度が増加する。

2.末梢自律神経系にレヴィー病理が限局して中枢神経系にはそれを認めない症例や、その逆の症例が存在する。

3.下部食道はレヴィー病理の好発部位であり、PDでは全例レヴィー病理陽性である。

4.食道レヴィー病理の出現は、便秘やパーキンソン症状の有無と相関する。

5.レヴィー小体病発症前後の消化器系外科検体に高感度αシヌクレイン免疫染色を施行して、消化管レヴィー病理を検出することができる。

6.消化器系外科検体を用いたレヴィー病理検索は、レヴィー小体病生前診断の補助となり得る。

以上、剖検例を用いて中枢神経系・末梢自律神経系レヴィー病理に関する系統的検索を行い、そのデータを基に、消化器系外科材料レヴィー病理検索による、LBD生前診断への臨床応用可能性を提示した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、アルツハイマー病に次いで多い、認知症疾患であるレヴィー小体型認知症を含むレヴィー小体病に関して、その病理学的特徴とされる中枢神経系・末梢自律神経系へのレヴィー病理出現を、無症候例を含めた高齢者連続開頭剖検例を用いて網羅的に解析したもので、下記の結果が得られている。

1.連続開頭剖検例205例中、末梢自律神経系支配を受ける諸臓器で48例(23%)、中枢神経系で69例(34%)、中枢神経系または末梢自律神経系で75例(36.6%)に、レヴィー病理を認めた。即ち、80代高齢者の3人に1人程度の割合でレヴィー病理の存在が確認された。

2.末梢自律神経系分布臓器において、交感神経節・心臓・食道・副腎では、組織学的に神経細胞質内または神経突起内にレヴィー小体が観察された。皮膚では、免疫染色を用いて、レヴィー神経突起が観察可能であった。

3.末梢自律神経系支配を受ける臓器の内、皮膚、副腎、食道、心臓、交感神経節の順でレヴィー病理検出頻度が増加した。レヴィー病理は、臓器別出現頻度に勾配がある。

4.末梢自律神経系レヴィー病理陽性48例中6例(13%)は、末梢自律神経系(交感神経節、心臓)にレヴィー病理が限局していた。消化管にレヴィー病理が限局した症例は無かった。

5.中枢神経系・末梢自律神経系いずれかにレヴィー病理を認めた75例中、31例(41%)が食道レヴィー病理陽性であり、食道レヴィー病理の出現は、頑固な便秘症状、パーキンソン症状との間に有意な相関を認めた。

これら剖検例を用いた検討から、消化管レヴィー病理陽性率が高い点、臨床症状との相関、生検可能部位としての消化管の有用性を見出し、その臨床応用として、消化器系外科材料を用いた臨床病理学的検討を行い、以下の結果を得ている。

1.レヴィー小体病患者8人中6人(75%)の発症前既往外科手術検体に、高感度αシヌクレイン免疫染色で消化管レヴィー病理が確認された。

2.レヴィー病理は、Meissner粘膜下神経叢、Auerbach筋間神経叢、漿膜下神経束といった、各深さの神経叢・神経束に認められた。これは、生検よりも外科検体を用いた場合、検出感度が向上する可能性を示す結果である。

3.レヴィー病理は、レヴィー小体病発症7年前、2年前、発症当年の手術検体で検出可能であった。

上記の結果より、レヴィー小体病患者に消化器系外科手術の既往がある場合、既往外科検体のレヴィー病理を検索することは、レヴィー小体病臨床診断における補助となり得ることを明らかにした。

以上、本論文は、現在まで殆ど明らかにされていない、無症候例を含めた高齢者における中枢神経系・末梢自律神経系のレヴィー病理分布を詳細に解析し、レヴィー病理進展経路の一端を明らかにした。加えて、消化管レヴィー病理の高出現頻度に着目することで、消化管生検によるレヴィー小体病生前病理診断への可能性を示した。研究対象が高齢者であること、外科既往症例の剖検による検討は未だ成されていないこと等、今後検討されるべき課題はあるものの、レヴィー病理進展メカニズムの解明、レヴィー小体病早期診断に重要な貢献を成す点が高く評価され、学位の授与に値するものと考えられた。

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