学位論文要旨



No 129293
著者(漢字) 髙橋,慧
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ケイ
標題(和) エボラウイルスRNA合成酵素の活性に影響する宿主因子の同定
標題(洋) Identification of Host Factors that Affect the Ebola Virus RNA Polymerase Protein
報告番号 129293
報告番号 甲29293
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4026号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,知恵子
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 准教授 大海,忍
 東京大学 講師 奥川,周
 東京大学 教授 岩本,愛吉
内容要旨 要旨を表示する

マールブルグウイルスと共にフィロウイルス科に属するエボラウイルスは、ヒトを含む霊長類に感染し、重篤な出血熱を引き起こす。現在、Zaire, Sudan, Ivory Coast, Bundibugyo, Restonの5種に分類されている。中でもZaireのヒトへの病原性は極めて高く、その致死率は時に90%にも達する。1976年、スーダン南部のNzara及びコンゴ共和国 (旧ザイール)北部のYambukuにおいて、エボラウイルスは初めてその存在が報告された。それ以降、エボラ出血熱は中央及び西アフリカを中心に散発的な発生を繰り返し、2012年5月までに2,299人の感染と1,540人の死亡が報告されている。2012年の夏には、ウガンダ共和国でエボラ出血熱が発生し、50名以上の死者が報告されている。一方、2008年から2009年にかけて、フィリピン共和国において、ヒトに対して低病原性のRestonがヒトやブタに感染していた事が確認された。さらに、近年、インドネシアに棲息するオランウータンが、エボラウイルスおよびマールブルグウイルスに対する特異的抗体を有することが報告された。これらのことから、アフリカ大陸以外の地域においてもエボラ出血熱が発生する可能性が示唆された。しかし、エボラウイルスが有する病原性の高さから、感染性ウイルスを使用した研究は世界で約40基しか稼働していないbiosafety level 4 (BSL4)施設を使用しなければならず、その研究は十分に進展していない。そのため、エボラ出血熱に対する予防法及び治療法は、現在に至るまで確立されていない。今後、エボラウイルスの増殖機構の詳細を明らかにする事で、予防法ならびに治療法を確立することができると考えられる。

エボラウイルスが宿主細胞で増殖する際、様々な宿主因子を必要とする。ウイルスの細胞侵入にはNiemann-pick C1やT-cell immunoglobulin and mucin domain 1等が重要な役割を担う。また、ウイルス粒子の出芽には、Nedd4、VPS4やTsg101などの宿主蛋白質が関与している。しかし、宿主細胞内へ侵入した後、どのような宿主因子を利用してウイルスゲノムの転写あるいは複製が行われているかについては分かっていない。そこで本研究では、エボラウイルスゲノムの転写及び複製に関わる宿主蛋白質の同定と、ウイルス増殖環におけるその作用機構の解明を目的とした。

エボラウイルスゲノムの転写・複製は、ウイルス核蛋白質 (NP)、VP35、VP30、 L蛋白質、およびウイルスゲノムRNAから構成されるヌクレオキャプシドが担う。ヌクレオキャプシドを構成するウイルス蛋白質のうち、L蛋白質はRNA依存性RNAポリメラーゼとして機能する。そこで、L蛋白質と相互作用する宿主蛋白質の中から、エボラウイルスゲノムの転写・複製に関わる因子の同定を試みた。初めに、FLAGタグを付加したL蛋白質を用いてpull down assay を行い、L蛋白質と物理的に相互作用する宿主因子を得た。それら宿主因子を質量解析法によって同定した結果、65種類の宿主蛋白質を同定した。次に、質量解析により同定した宿主蛋白質の中から、siRNAを用いて、ウイルスRNA ポリメラーゼの活性に影響を及ぼす宿主蛋白質を同定した (siRNA screening)。ウイルスRNAポリメラーゼ活性の測定には、その活性をレポーター蛋白質の発現量で評価するminigenome assayを用いた。その結果、エボラウイルスのRNAポリメラーゼ活性を有意に低下させる宿主因子として、10種類の宿主蛋白質を同定した。同定した宿主蛋白質の中から、ホスホジエステル結合の切断及び再結合を介して核酸のねじれ構造を解消するDNA Topoisomerase 1 (TOP1)に着目した。

L蛋白質を発現する細胞において、TOP1がL蛋白質と相互作用するかどうかを免疫沈降法によって検証したところ、TOP1とL蛋白質との共沈降が確認された。エボラウイルスゲノムの転写・複製が細胞質で行われるのにも関わらず、核に局在するTOP1とL蛋白質の相互作用が確認されたことから、次に、細胞内のどこでTOP1とL蛋白質が相互作用するのかを蛍光顕微鏡法により解析した。その結果、L蛋白質発現細胞において、TOP1は核だけでなく細胞質にも局在する事が分かった。更に、ヌクレオキャプシドを構成する蛋白質であるNP、VP35、VP30をL蛋白質と共に発現させると、TOP1はエボラウイルスゲノムの転写・複製の場であるinclusion bodyに局在し、L蛋白質と共局在した。しかし、L蛋白質以外のヌクレオキャプシド構成蛋白質を発現する細胞では、TOP1は細胞質に認められなかった。これらの結果から、L蛋白質存在下では、TOP1が細胞質に局在し、細胞質においてL蛋白質と相互作用する事が示された。

次にTOP1のホスホジエステル結合の切断能及び再結合能がエボラウイルスゲノムの転写・複製に関与するかどうかを調べた。まず、TOP1の核酸切断能の関与について検討した。siRNAを用いてTOP1の発現を抑制し、その後siRNA非感受性の野生型TOP1蛋白質を発現させたところ、ウイルスRNAポリメラーゼの活性は著しく回復した。しかし、TOP1の発現を抑制した後に、核酸切断能力を欠損した変異TOP1を発現させたところ、ウイルスRNAポリメラーゼの活性は殆ど回復しなかった。次に、TOP1の核酸再結合能がエボラウイルスゲノムの転写・複製に関与するかどうかを調べるため、核酸再結合を特異的に阻害する薬剤 であるCPT-11を用いて、ウイルスRNAポリメラーゼの活性に与える影響を調べた。その結果、CPT-11の濃度依存的に、エボラウイルスのウイルスRNAポリメラーゼ活性は低下した。これらの結果から、TOP1の核酸切断能及び再結合能がエボラウイルスゲノムの転写・複製に関与する事が示された。

今度は、VP30遺伝子欠損エボラウイルスを用いて、TOP1の発現抑制がウイルス増殖に影響を与えるかどうかを調べた。VP30遺伝子欠損エボラウイルスは、VP30遺伝子をレポーター遺伝子に置き換えた変異エボラウイルスゲノムを持つウイルスであり、VP30蛋白質を発現する細胞では増殖できるが、VP30蛋白質を発現していない細胞では増殖しない。VP30発現細胞において、siRNAを用いてTOP1の発現を抑制すると、VP30欠損エボラウイルスの増殖は有意に抑制された。以上の結果より、TOP1はL蛋白質と細胞質において相互作用すること、また、ホスホジエステル結合の切断能及び再結合能を介してエボラウイルスゲノムの転写・複製、ならびにウイルス増殖に関わる事が示された。

また、siRNA screeningの結果から、Peroxiredoxin 1 (PRDX1)あるいは Vimentin (VIM)の発現が抑制された細胞でも、エボラウイルスのRNAポリメラーゼ活性が低下することが明らかとなった。しかし、これら宿主因子とL蛋白質との物理的な相互作用を免疫沈降法によって確認することは出来なかった。

本研究により、エボラウイルスゲノムの転写・複製を担う宿主因子として、TOP1を同定した。エボラウイルスゲノムの非翻訳領域にTOP1が認識しうるRNA配列が存在する事、さらに、TOP1の核酸切断能及び再結合能がエボラウイルスゲノムの転写・複製に関与する事から、TOP1はエボラウイルスのゲノムRNAを直接認識し結合すると考えられる。また、PRDX1はエボラウイルスと同じ非分節型マイナス鎖一本鎖RNAをゲノムに持つ麻疹ウイルスにおいても、ゲノムRNAの転写・複製に関わる宿主因子であることが報告されている事、VIMはエボラウイルスゲノムの転写・複製の場であるinclusion bodyに局在する宿主蛋白質であることから、これらの宿主因子もエボラウイルスゲノムの転写・複製に関わる宿主因子であることが示唆される。

今後、エボラウイルスの増殖環における上記宿主因子の作用機序を更に解析する必要があるが、本成果はエボラ出血熱に対する有効な治療薬を開発するための一助となると考えらえる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ヒトを含む霊長類に感染し、重篤な出血熱を引き起こすエボラウイルスのゲノム転写・複製に関わる宿主因子の同定を目的とした。エボラウイルスのRNAポリメラーゼと相互作用する宿主蛋白質を質量解析法にて同定し、次に、エボラウイルスゲノムの転写・複製をレポーター遺伝子の発現により評価出来る実験系であるmini-genome assayを用いて、その発現抑制によりエボラウイルスのRNAポリメラーゼ活性が低下する宿主蛋白質を同定したものであり、下記の結果を得ている。

1. エボラウイルスのNAポリメラーゼであるL蛋白質と相互作用する宿主蛋白質を同定する為、アミノ末端にFLAGタグを付加したL蛋白質をbaitとしたpull down assayを行った。その後、質量解析法によりL蛋白質と共沈降した宿主蛋白質を同定した。その結果、65種類の宿主蛋白質を同定した。これら65種類の宿主蛋白質の内、質量解析におけるbackgroundと考えられる宿主蛋白質を除いた上で、質量解析法における"確からしさ"の指標であるMascot socreを元に18種類の宿主蛋白質を候補宿主蛋白質として選別した。これら18種類の宿主蛋白質に対応するsiRNAを用いて、その発現を抑制する事でエボラウイルスのRNA ポリメラーゼの活性が低下する宿主蛋白質の同定をmini-genome assayを用いて行った。その結果、DNA topoisomerase 1 (TOP1)、Peroxiredoxin (PRDX-1)、Vimentin (VIM)の発現が抑制された細胞においてエボラウイルスのRNA ポリメラーゼの活性が認められた。

2. L蛋白質を発現する細胞において、TOP1がL蛋白質と相互作用するかどうかを免疫沈降法によって検証したところ、TOP1とL蛋白質の共沈降が確認された。次に、細胞内のどこでTOP1とL蛋白質が相互作用するのかを蛍光顕微鏡法により解析した。その結果、L蛋白質を発現する細胞においてTOP1は核だけでなく、細胞質にも局在する事が分かった。更に、エボラウイルスのヌクレオキャプシドを構成する蛋白質であるNP、VP35、VP30をL蛋白質と共に発現させると、TOP1はエボラウイルスゲノムの転写・複製の場であるinclusion bodyに局在し、L蛋白質と共局在した。これらの結果からTOP1は細胞質でL蛋白質と相互作用する事が示された。

3. siRNAを用いて内在性のTOP1の発現を抑制し、その後siRNA非感受性の野生型TOP1を発現させた所、エボラウイルスRNAポリメラーゼの活性は著しく回復した。しかし、TOP1の発現を抑制した後に、核酸切断能を欠損した変異TOP1を発現させたところ、エボラウイルスRNA ポリメラーゼの活性は殆ど回復しなかった。また、TOP1による核酸再結合を特異的に阻害する薬剤 であるCPT-11を用いて、TOP1の核酸再結合能のエボラウイルスRNAポリメラーゼ活性への関与を調べた。その結果、CPT-11の濃度依存的に、エボラウイルスのウイルスRNAポリメラーゼ活性は低下した。これらの結果から、TOP1の核酸切断能及び再結合能がエボラウイルスゲノムの転写・複製に関与する事が示された。

4. エボラウイルスゲノムの内、ウイルスゲノムの転写・複製に必要なウイルス蛋白質であるVP30の遺伝子をレポーター遺伝子に置き換えた変異エボラウイルスゲノムを持つウイルスであるVP30遺伝子欠損エボラウイルスを用いて、TOP1の発現抑制がエボラウイルスの増殖に影響を与えるかどうかを調べた。その結果、VP30発現細胞においてTOP1の発現を抑制すると、VP30欠損エボラウイルスの増殖は有意に抑制された。この結果から、TOP1はエボラウイルスの増殖にも関わる事が示唆された。

5. Peroxiredoxin 1 (PRDX1)、及び、 Vimentin (VIM)の発現が抑制された細胞でも、エボラウイルスのRNAポリメラーゼ活性が低下することが示された。しかし、これら宿主蛋白質とL蛋白質との物理的な相互作用を免疫沈降法によって確認することは出来なかった。

以上、本論文はエボラウイルスのRNAポリメラーゼと相互作用する宿主蛋白質を質量解析により同定し、それら宿主蛋白質の中からエボラウイルスゲノムの転写・複製に関わる事が示唆されるDNA topoisomerase 1を同定した。本研究はこれまで未知に等しかった、エボラウイルスゲノムの転写・複製に関わる宿主蛋白質及びその転写・複製機構の解明に大きな貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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