No | 129294 | |
著者(漢字) | 中根,拓 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカネ,タク | |
標題(和) | エイズモデルにおけるウイルス特異的非中和抗体に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 129294 | |
報告番号 | 甲29294 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第4027号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. 背景 米国においてエイズ症例の報告がなされてから30年以上経つ現在、ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus type 1, HIV-1)感染者数は3,400万人と推定され、年間180万人がエイズ(AIDS: 後天性免疫不全症候群)によって死亡していると考えられている。新規感染者数の増加を抑制するための手段としてエイズワクチン開発は重要な意義を持つ。この中で、ワクチンによる液性免疫誘導の対象として、ウイルス特異抗体の有する中和活性以外のエフェクター活性に近年関心が集まっている。特にタイで実施されたカナリアポックスベクタープライムに続きリコンビナントエンベロープタンパク質gp120でブーストを行ったRV144の臨床試験が一定水準の感染防御効果を呈し、感染防御に対するHIVエンベロープへの結合抗体の寄与の可能性が強く示唆されている。 中和活性を有さない結合抗体の作用機序の一端として抗体介在性のエフェクター活性が挙げられる。HIV/SIV結合抗体は試験管内でエフェクターとの共培養時に抗体依存性細胞介在性ウイルス複製抑制能(ADCVI)を呈することが報告されており、個体内においてもHIV-1/SIV感染初期からADCVI活性を有する結合抗体が誘導され、感染急性期および慢性期血漿が呈するADCVI活性と血漿中ウイルス量が逆相関することが示されている。しかし、結合抗体とウイルス複製抑制の因果関係については、サルエイズモデルにおいて中和活性を有さない結合抗体を経粘膜感染成立前に粘膜部位に投与した受動免疫実験による部分的な感染阻止が一例報告されるに留まり、ワクチンによる免疫誘導でもっとも想定される抗体の全身性の特に血中分布がウイルス感染経過に及ぼす影響、とりわけ自然感染でみられる経粘膜感染の成立以後のウイルスの複製制御における影響は明らかではない。 当研究室では、SIV感染サルエイズモデルにおいて、抗SIVポリクローナル中和抗体の感染7日後の経静脈の受動免疫により個体レベルの長期にわたるウイルス複製制御が生じ、その作用として抗体のFc領域依存的なウイルス粒子の樹状細胞への取り込み亢進を介したウイルス特異的T細胞の機能亢進が生じる可能性を明らかにしている。そこで本研究では、サルエイズモデルにおいて、中和活性を有さない非中和結合抗体を感染7日後に経静脈で受動免疫を行い、個体レベルでの感染経過に及ぼす影響の検証を行った。本研究は、中和抗体の感染後受動免疫によって観察されたウイルス複製制御における中和活性の必要性に加え、中和抗体と比してワクチンでの誘導がより現実的な非中和結合抗体の全身性の分布が感染成立後の個体内のウイルス感染経過に対し観察可能なレベルで影響し得るかという点につきの評価を試みるものである。 2.結果 2.1抗SIV非中和結合抗体が示したSIV結合性及び抗ウイルス活性 受動免疫に用いる抗SIV非中和結合抗体を得る目的で、SIVmac239チャレンジを行ったアカゲサルの慢性期血漿より、Protein Gによりポリクローナル抗体をアフィニティー精製し、中和活性が検出限界以下であった10個体由来のポリクローナル抗体(非中和抗体)を得た。 非中和抗体に含まれる感染性ウイルス粒子に結合性を示す抗SIV抗体の確認を目的として、ウイルス脂質二重膜を保持可能な界面活性剤非存在下でSIVmac239感染性粒子への結合性を検証する粒子ELISA系を新規に確立した。粒子ELISAでSIVへ結合性を示す抗体の有無を検証した結果、100μg/m1の抗体濃度において、中和抗体のOD450nmにおける吸光度は、非感染個体より精製を行ったコントロール抗体が示した吸光度を上回るOD値を示し、本法が抗SIV抗体の存在を示すと考えられた。非中和抗体は中和抗体の吸光度に比して高度あるいは同程度のOD値を示した抗体と、より低度のOD値を示した抗体の二群が得られた。 本法がSIV粒子表面に存在するエンベロープタンパク質への抗体の存在比を反映しているかを検証する目的で、SIV各タンパク質の直鎖抗原に対するウェスタンブロットを非中和抗体を一次抗体として行った。その結果、ウェスタンブロットで結合抗体の存在比が低いことが示された抗体の反応性は粒子ELISAでのOD値も低く、粒子ELISAがポリクローナル抗体中の抗SIV結合抗体の存在比を反映することが認められた。 次に、SIVmac239感染サルT細胞株(HSC-F)とサル由来末梢血単核球(PBMC)を上記抗体の存在下で7日間共培養し、上清中の構造タンパク質p27濃度を測定しADCVI活性を評価した。その結果、非中和結合抗体カクテルはコントロール抗体に比して0.1および1.Omg/m1のいずれの濃度で97%以上のADCVI活性を示すことを確認した。抗体濃度1mg/mlは、アカゲサルの血液量を300m1と概算した際の、300mgの投与抗体の血中抗体濃度に相当し、受動免疫直後の血中抗体濃度と同程度の濃度において非中和結合抗体はin vitroでのウイルス複製抑制能を有することを確認した。加えて、粒子ELISAで示された非中和結合抗体の存在比とADCVI活性が類似する傾向が示され、確立したEHSA系が感染性粒子あるいは感染細胞への抗体の結合性を反映することが示唆された。 2.2サルエイズモデルにおける非中和結合抗体の感染後受動免疫実験 SIV結合能およびin vitroでの複製抑制能を確認した非中和結合抗体が、サルエイズモデルにおいて感染急性期に全身性に存在することで感染経過に及ぶ影響を検証する目的に非中和結合抗体の受動免疫実験を行った。計11頭のアカゲサルにSIVmac239を経静脈接種し、感染7日後に非中和結合抗体カクテルないし非感染個体由来コントロール抗体300mgの経静脈投与を実施した。非中和結合抗体投与群および対照群はSIVmac239チャレンジ後にピーク、セットポイント期と共に典型的な高レベルのウイルス血症を呈し、群間の血漿中ウイルス量はチャレンジ後より24週に渡り有意な差を示さなかった(感染後12週においてp=0.61)。CD4陽性T細胞数も感染後24週に亘り両群の細胞数の推移には差は認められず(感染後12週においてp=0.87)、感染後12週でのCD28陽性CD95陽性セントラルメモリーCD4陽性T細胞数およびTotalメモリーCD4陽性T細胞数についても、非中和結合抗体投与群は対照群と比較して有意な差を認めなかった(p=0.52、p=0.75)。 抗体投与前後の急性期の血漿を用いたSIV各抗原に対するウェスタンブロットを行った結果、非中和結合抗体受動免疫群特異的に、抗体投与後2週にわたり抗SIVエンベロープ抗体が血漿中に存在する状況にあったことが示された。非中和結合抗体投与によるウイルス特異的細胞性免疫の誘導の有無を明らかにする目的で、感染慢性期におけるウイルス特異的CTLレベルを検証した結果、感染後26-30週での各タンパク質の特異CTLレベルの幾何平均は両群間において有意な差を示さなかった(Env:p=0.87、Gag:p=0.84)。さらに変異ウイルスの選択圧に対して、非中和結合抗体投与が直接的あるいは細胞性免疫の誘導を介して間接的に影響を及ぼした可能性を検証することを目的に、慢性期血漿中ウイルスRNAの塩基配列を解析し、ウイルスゲノムに蓄積された変異について検証した結果、群特異的なアミノ酸変異は観察されなかった。 3.考察 SIV非中和結合抗体はin vitroにおいてSIV粒子結合性とADCVI活性を示した一方、サルへの感染後受動免疫では持続感染阻止能を示さなかったことから、感染が成立した状況における非中和結合抗体の全身性の分布はウイルスの複製制御に影響を及ぼすには不十分である可能性が高いという重要な知見が得られた。加えて、感染成立後のSIV特異的中和ポリクローナル抗体の受動免疫による長期にわたるウイルス複製抑制効果において、抗体の中和活性が必要であることが新たに示された。本ウイルス複製抑制機序として、樹状細胞へのウイルス粒子取り込み増加によるウイルス特異的T細胞への抗原提示亢進機能と、その結果として高機能性ウイルス特異的CD4陽性T細胞の誘導が示されている。樹状細胞へのウイルス粒子取り込み増加は非中和結合抗体においても成立可能であるが、本研究で得られた知見を鑑みると、抗体による抗原提示細胞への抗原取り込み亢進単独ではウイルス複製制御において不十分であり、中和抗体によって、ウイルス特異的T細胞誘導に関与するCD4陽性T細胞をウイルス感染から防御することが、感染成立後のウイルス複製抑制の機序において重要な可能性が高いことが示唆された。 本研究は、非中和抗体のSIV感染成立後のウイルス複製制御への寄与はほとんど無いということを初めて明らかにし、感染成立後のウイルス複製制御においては感染急性期のCD4陽性T細胞の破綻を防ぐことの重要性を提示した。一方で、本結果はワクチンによる誘導対象としての非中和結合抗体の有用性を全面的に否定するものでは無く、粘膜局所における感染前の分布がサルエイズモデルにおいて感染リスクを一定度低下させること、エイズワクチンRV144の臨床試験において感染リスクの低下とエンベロープタンパク質への抗体の結合性が相関しその寄与が示唆されていることから、非中和結合抗体誘導の局所での感染防御への関与については今後の研究課題である。本研究成果は有効な免疫反応の選択的誘導を必要とするエイズワクチン開発において重要な知見を提供するものである。 | |
審査要旨 | 本研究はエイズワクチンによる液性免疫誘導の対象として関心が集まっている中和活性を有さないウイルス特異抗体について、感染成立以後のウイルス複製に対する影響を明らかにするため、SIV感染サルエイズモデルにおいて感染急性期に非中和結合抗体の受動免疫を行い、非中和結合抗体が個体レベルでの感染経過に及ぼす影響の検証を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.SIVmac239慢性感染アカゲサル群の血漿を用いて網羅的な中和活性の評価を行い、中和活性が検出限界以下であった10個体由来血漿より非中和ポリクローナル抗体を精製した。感染性ウイルス粒子に結合性を示すSIV特異的抗体の確認を目的として、ウイルス脂質二重膜を保持可能な界面活性剤非存在下でSIVmac239感染性粒子への結合性を検証する粒子ELISA系を新規に確立し、精製した非中和ポリクローナル抗体のウイルス粒子結合性を検証した。 2.非中和結合抗体のin vitroでのウイルス複製抑制能の検証のため、抗体依存性細胞介在性ウイルス抑制能(ADCVI)の評価系を樹立し、精製した非中和結合抗体のADCVI活性を検出した。ELISAで高い結合性を示した非中和結合抗体は高いADCVI活性を示す傾向があった。 3.SIV感染感染7日後に非中和結合抗体ないし非感染個体由来コントロール抗体300mgの経静脈投与を行ったところ、非中和抗体投与群特異的に抗体投与後2週にわたりエンベロープ特異抗体が血漿より検出された。非中和抗体投与群は対照群と同様の持続的なウイルス血症を呈し、群間の血漿中ウイルス量およびCD4陽性T細胞数はチャレンジ後より24週に亘り有意な差を示さなかった。また、感染後12週時点でのCD28陽性CD95陽性セントラルメモリーCD4陽性T細胞数についても両群に有意な差を認めなかった。 4.感染慢性期におけるウイルス抗原(Gag、Pol、Vif、Vpx、Vpr、Tat、Rev、Nef、Env)特異的CTLレベルは両群間において有意な差を示さなかった。慢性期血漿中ウイルスRNAの塩基配列を解析しウイルスゲノムに蓄積された変異について検証した結果、群特異的なアミノ酸変異は観察されず変異ウイルスの選択圧に対して、非中和結合抗体投与が直接的あるいは細胞性免疫の誘導を介して間接的に影響を及ぼした可能性は低いことが考えられた。 以上、本論文はSIV感染サルエイズモデルにおける非中和結合抗体の感染急性期受動免疫実験から、非中和抗体のSIV感染成立後のウイルス複製制御への寄与はほとんど無いことを初めて明らかにした。この結果は、エイズワクチン開発において重要な知見を提供するものであると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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