学位論文要旨



No 129295
著者(漢字) 野村,拓志
著者(英字)
著者(カナ) ノムラ,タクシ
標題(和) サルエイズモデルにおけるMHC-Iハプロタイプと病態進行の相関および潜伏感染動態に関する研究
標題(洋)
報告番号 129295
報告番号 甲29295
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4028号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森屋,恭爾
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 川口,寧
 東京大学 講師 紙谷,尚子
内容要旨 要旨を表示する

ヒト免疫不全ウイルス (HIV) によるHIV感染者数は今日でも増加傾向にある。抗HIV薬剤による治療が行われるようになったことで、AIDSの発症の遅延が可能となったが、持続感染症であるHIV感染症の病態の進行を抑えるためには抗HIV薬を服用し続ける必要がある。現段階において有効な予防エイズワクチンは実用化されていないが、HIV感染時の血中ウイルス量を減少させ、AIDS発症までの期間を延長する予防ワクチンの開発により、HIV感染リスクを軽減し、集団中の伝播を抑制できると考えられる。

HIV感染症およびサル免疫不全ウイルス (SIV) 感染症においては、感染急性期に有効な中和抗体応答は認められず、ウイルスは排除されずに慢性持続感染が成立し、最終的に宿主はAIDS発症に至る。一方でウイルス特異的CTL応答は、一定のウイルス複製制御への寄与を示し、血中ウイルス量は急性期のピークからセットポイント期の水準までに抑制される。ウイルスの構造タンパク質であるGagに対するCTLはウイルス複製制御に大きく関わる事が示されている。CTLの反応性はMHC-Iの遺伝子型に大きく影響される。MHC-Iの遺伝子型とHIV-1の病態進行の関連が報告されている。同様に、SIV感染アカゲザルエイズモデルにおいても、MHC-I遺伝子型と病態進行が相関することが報告されている。しかし、MHC-Iをハプロタイプレベルでの共有する群を用いた解析は殆ど行われておらず、所属研究室では共有群の樹立が進められていた。

そこで私は、SIVに感染したMHC-Iハプロタイプ90-120-Ia (A、6 頭) 、90-010-Ie (E、6 頭) 、90-120-Ib (B、4 頭) または90-088-Ij (J、4 頭) をそれぞれ共有するミャンマーおよびラオス起源の4つのビルマ産アカゲサル群の比較解析を行った (第一章) 。

血漿中ウイルスRNA量、IFN-γ産生SIV抗原特異的CTLレベル、血漿中ウイルスRNAの遺伝子配列を継時的に解析した結果、多くの個体はセットポイント期に高い持続的なウイルス血症を呈し、4 年以内にエイズ発症に至った。A共有群の6 頭中2 頭は一時血漿中ウイルスRNA量を検出限界以下まで抑制した。他群では、全ての個体が高いセットポイント期の血中ウイルス量を示した。特にJ共有群では、長期の経過観察を行った4 個体のうち3 個体が1 年以内の早期にAIDS発症に至った。感染急性期においては各群間の血中ウイルス量に有意な差は認められなかったが、セットポイント期では、A共有群では低く、J共有群では高く、E・ B共有群では中間の値をとる傾向がみられた。感染後6 ヵ月における多群検定では、A共有群はJ共有群より有意に低い値を示した。病態の進行を示す指標であるCD4陽性T細胞数の減少についてもA共有群で減少が小さく、J共有群で減少が大きかった。感染早期である感染後3 ヵ月および感染慢性期である感染後1 年のCTL応答を評価したところ、A共有群はGag特異的CTL応答を示した。A・E・B共有群はNef特異的CTL応答を示した。SIV全抗原に対する特異的CTL応答の和に各群間で有意な差はみられなかったが、A共有群は他群に対し高いGag特異的CTL応答を示した。続いて感染後1 年の血漿中ウイルスRNAからウイルスゲノムを増幅し、アミノ酸置換変異体数を解析比較した。SIV全タンパクにおけるアミノ酸変異数に大きな差は認められなかったが、A共有群は他群に対しGagにおけるアミノ酸変異数が多かった。これらの結果からA共有群は、SIV感染に対してGag特異的CTL応答が強い複製抑制圧を示していることが示唆された。

本研究は、ビルマ産アカゲザルSIV感染エイズモデルにおける病態進行がMHC-Iハプロタイプの遺伝子型に相関することが示すものである。A共有個体群は強いGag特異的CTL応答を示し、セットポイント期の血中ウイルス量が低く、病態進行が遅かった。一方で、J共有個体群はセットポイント期の血中ウイルス量が高く、病態進行が早い傾向が認められた。これらから、MHC-Iハプロタイプ共有ビルマ産アカゲサル群SIV感染モデルは、CTL応答がAIDS発症に及ぼす影響等の解明に貢献しうることに加え、ワクチン等の評価モデルとしても有用であると考えられる。

A共有群はGagおよびNef特異的CTL応答を強く示し、他群よりもセットポイント期のウイルス量が少ない傾向がある。所属研究室で開発中のGag発現センダイウイルスベクターを用いたCTL誘導型予防エイズワクチンを接種したA共有群は、強いGag特異的CTL応答を示し、特に優位に誘導されるGagドミナントエピトープであるGag(206-216)、Gag(241-249)およびGag(367-381)に対するCTL応答はウイルス複製制御に強く寄与すると考えられている。多くの個体は感染後、血中ウイルス量を検出限界未満に抑制するが、過去の研究によると、感染慢性期にCTL逃避変異体が選択され増殖することで、最終的にAIDSを発症する個体が存在する。このように複製制御個体間においてもCTL逃避変異の蓄積による病態進行の可能性があるものの、その進行に関与する要因は不明である。

そこで私は、長期間にわたってSIV複製を制御しているA共有群 (11 頭) における感染慢性期のウイルスゲノムの検出・解析を試みた (第二章) 。さらに、ウイルス特異的CTL応答を経時的に解析し、その遷移とウイルスゲノム変異解析結果との関連を検討した。

SIV複製制御個体由来のCD4陽性T細胞から得られたプロウイルスのgag塩基配列を解析したところ、変異が認められないグループI (6 個体) と、CTL逃避変異を含む数多くの変異が認められるグループII (5 個体) に二分された。各SIV抗原特異的CTL応答の評価を行った結果、感染後早期では両群ともにGagおよびNef特異的CTLが優位であり、グループIでは感染後2 年でもこの傾向は変わらなかった。しかしグループIIでは感染からの時間の経過に従い、Gag特異的CTL応答が消退する傾向がみられた一方で、GagおよびNef以外の抗原特異的CTL応答が認められた。感染後2 年以降の経過観察により、グループIIの4 個体においてCTL逃避変異体による血中ウイルス量の再出現がみられたが、グループIではみられなかった。これらの結果から、グループIの複製制御状態はグループIIと比較してより安定であると考えられた。

本研究は、MHC-IハプロタイプA共有SIV複製制御個体において、プロウイルスゲノムにおける変異蓄積と、CTL応答パターンの変化が関連することを示し、変異蓄積が認められないグループIはより安定した複製制御状態にある事が示唆された。HIVまたはSIV感染症におけるウイルスの完全な排除は、将来的な治療の最終目標である。低レベルのウイルス複製の持続を減少させ、CTL逃避変異の蓄積を抑制し、宿主のCTL応答の有効性を保持させることは、ウイルスの完全な排除あるいは機能的排除の実現に必要な課題である。このようなSIV複製制御個体におけるウイルス逃避変異の選択・増殖および宿主免疫応答のメカニズムの解明は、HIV感染症の治癒を目指した治療法や、AIDS発症の完全な防御を目標としたCTL誘導型予防エイズワクチンの開発の前進に寄与すると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ビルマ産アカゲザルにおけるサル免疫不全ウイルス (SIV) 感染後の病態進行およびCTL応答と、MHC-Iハプロタイプの遺伝子型の関連を解析し、モデルの妥当性を検証した。さらにSIV複製抑制個体を用いて複製制御の動態を詳細に解析し、複製制御群におけるプロウイルスゲノム変異と、CTL応答パターンの変化および病態進行の関連の解析を試みた。

1. SIVに感染したMHC-Iハプロタイプ90-120-Ia (A、6 頭) 、90-010-Ie (E、6 頭) 、90-120-Ib (B、4 頭) または90-088-Ij (J、4 頭) をそれぞれ共有する4つのビルマ産アカゲサル群の比較解析を行ったところ、セットポイント期の血中ウイルス量は、A共有群では低く、J共有群では高く、E・B共有群では中間の値をとる傾向がみられ、病態の進行を示す指標であるCD4陽性T細胞数の減少についてもA共有群で減少が小さく、J共有群で減少が大きかった。

2. A共有群は他群に対し高いGag特異的CTL応答を示した。血漿中ウイルスRNAからアミノ酸置換変異体数を解析比較したところ、A共有群は他群に対しGagにおけるアミノ酸変異数が多かった。これらの結果からA共有群は、SIV感染に対してGag特異的CTL応答が強い複製抑制圧を示していることが示唆された。

3. これらの結果より、ビルマ産アカゲザルSIV感染エイズモデルにおける病態進行がMHC-Iハプロタイプの遺伝子型に相関することが示すものである。A共有個体群は強いGag特異的CTL応答を示し、セットポイント期の血中ウイルス量が低く、病態進行が遅かった。一方で、J共有個体群はセットポイント期の血中ウイルス量が高く、病態進行が早い傾向が認められた。

4. MHC-IハプロタイプA共有SIV複製制御個体由来のCD4陽性T細胞から得られたプロウイルスのgag塩基配列を解析したところ、変異が認められないグループI (6個体) と、CTL逃避変異を含む数多くの変異が認められるグループII (5個体) に二分された。

5. 各SIV抗原特異的CTL応答の評価を行った結果、感染後早期では両群ともにGagおよびNef特異的CTLが優位であり、グループIでは感染後2 年でもこの傾向は変わらなかった。しかしグループIIでは感染からの時間の経過に従い、Gag特異的CTL応答が消退する傾向がみられた一方で、GagおよびNef以外の抗原特異的CTL応答が認められた。

6. 感染後2 年以降の経過観察により、グループIIの4 個体においてCTL逃避変異体による血中ウイルス量の再出現がみられたが、グループIではみられなかった。これらの結果から、グループIの複製制御状態はグループIIと比較してより安定であると考えられた。

以上、本論文はビルマ産アカゲザルSIV感染エイズモデルにおける病態進行がMHC-Iハプロタイプの遺伝子型に相関し、モデルとしての妥当性を示すものである。MHC-Iハプロタイプ共有ビルマ産アカゲサル群SIV感染モデルは、CTL応答がAIDS発症に及ぼす影響等の解明に貢献しうることに加え、ワクチン等の評価モデルとしても有用であると考えられる。また、MHC-IハプロタイプA共有SIV複製制御個体において、プロウイルスゲノムにおける変異蓄積と、CTL応答パターンの変化が関連することを示し、変異蓄積が認められないグループIはより安定した複製制御状態にある事が示唆された。HIVまたはSIV感染症におけるウイルスの完全な排除は、将来的な治療の最終目標である。低レベルのウイルス複製の持続を減少させ、CTL逃避変異の蓄積を抑制し、宿主のCTL応答の有効性を保持させることは、ウイルスの完全な排除あるいは機能的排除の実現に必要な課題である。このようなSIV複製制御個体におけるウイルス逃避変異の選択・増殖および宿主免疫応答のメカニズムの解明は、HIV感染症の治癒を目指した治療法や、AIDS発症の完全な防御を目標としたCTL誘導型予防エイズワクチンの開発の前進に寄与すると考えられる。

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