No | 129296 | |
著者(漢字) | 細谷,仁美 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ホソヤ,ヒトミ | |
標題(和) | 金粒子―ファージ―リポソームのナノスキャフォールドを用いた薬剤の癌への特異的送達 | |
標題(洋) | Targeted delivery of therapeutics to cancer using gold-phage-liposome nanoscaffolds | |
報告番号 | 129296 | |
報告番号 | 甲29296 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第4029号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 癌とは、体の一部の細胞が遺伝子変異などによって自律性を失って増殖したもので、正常組織を圧排したり浸潤したりして機能を失わせる。癌に起因する死亡者数は世界レベルで見ても年々増えており、2008年には760万人とすべての死亡者の13%を占めている。2009年現在、日本では癌による死亡は34万人と死因の第一位となっている。癌の治療法としては、主に手術・化学療法・放射線治療があり、それぞれの癌の状態に応じて、1つあるいは複数を組み合わせた治療法が選択される。従来の化学療法では、低分子化合物である抗癌剤を全身投与し、癌細胞の増殖の阻止や殺作用を期待するが、抗癌剤は正常組織にも到達し、正常細胞にも作用するため、副作用が避けられない。副作用には脱毛・白血球抑制・吐き気など抗癌剤一般に共通のものと、アントラサイクリン系のドキソルビシンによる心機能障害など各抗癌剤に特有のものがあり、いかに癌への抑制効果を保持しながら副作用を軽減させるかが大きな課題となっている。このように抗癌剤を腫瘍組織に集積させることによって、正常組織へのダメージを少なくするという考え方から生まれてきたのが、ドラッグデリバリーの概念である。 抗癌剤を腫瘍組織に特異的に集積させるためには、腫瘍組織が正常組織と異なる性質を用いる必要がある。腫瘍組織においては、一般的に血管が未熟で内皮細胞間の隙間が大きく、正常血管では漏れないような高分子化合物も組織に漏出することが可能である。また腫瘍組織はリンパ管の発達が未熟であるため、一度漏出した物質が回収されず集積しやすいという特徴を有する。このような腫瘍組織特異的な特徴は「血管透過性と滞留性亢進(Enhanced Permeability and Retention: EPR)効果」と呼ばれており、特定のサイズを持つ高分子化合物(ナノ粒子)は正常組織よりも腫瘍組織において特異的に集積する性質を持つ。この効果を利用してリポソームやミセルなどのナノ粒子が臨床応用に向けて開発されている。例えば、ドキソルビシン内包リポソームは既に臨床においても卵巣癌、カポジ肉腫、再発性乳癌に使用されている。 ドラッグデリバリー研究のもう一つの方向性として、腫瘍組織において特異的に発現しているタンパク質を標的として抗癌剤を腫瘍組織に集積させようという試みがなされている。こうした癌特異的に発現する分子を標的として腫瘍組織への集積を狙う場合、標的とする分子(例えば抗体やペプチド)を同定しなければならないが、これらの分子のスクリーニングは個体レベルで行うことが望ましい。なぜなら、多くの抗癌剤は血中より全身投与されるため、培養状態で癌細胞に親和性が高い分子でも全身循環系から癌細胞に集積できなければ良い標的分子とはなれないからである。そのような問題を解決する手段として、in vivo ファージディスプレイは全身循環系からのアクセスを考慮した、最も簡便で効率的なスクリーニング方法である。標的とする分子は既知である必要はなく、ファージライブラリーを全身投与し、目的とする組織に特異的に集積するペプチドを同定することが可能である。このようにして同定されたペプチドをリポソームなどのナノ粒子に組み込むことにより、抗癌剤を内包したナノ粒子をEPR効果に加えてさらに腫瘍組織に特異的に集積させることができることが期待されている。 しかし、抗癌剤内包リポソームを使った研究から、リポソームを腫瘍組織へ集積させるだけでは、制癌効果には不十分である可能性が指摘されている。集積したリポソームは抗癌剤を徐々にしか放出しないので、抗癌剤の濃度が上がらず、期待されたほどの効果が出ていないとの報告がある。このような問題点を解決するために、集積したリポソームに外部から光や熱などの刺激を加えることによって内包した抗癌剤を放出させ、一時的に抗癌剤の濃度を局所的に上げることで制癌効果を増幅させる試みがなされている。 以上のように、癌へのドラッグデリバリーの分野はまだ発展途上にあり、特に腫瘍組織へ集積したナノ粒子から外部刺激によって抗癌剤を放出させる手法の開発はまだ始まったばかりである。そこで私は本研究において、腫瘍組織へ集積し、集積後に温熱療法によって抗癌剤の放出を促進させることのできる、温度感受性リポソーム・金ナノ粒子・ファージの複合体(金粒子-ファージ-リポソーム ナノスキャフォールド)を作成し、その効果を調べた。まず、金ナノ粒子は直径約36 nmのものを作成し、温度感受性リポソームは直径約115-125 nmのものを作成した。リポソームには、蛍光マーカーであるカルセインや抗癌剤であるドキソルビシン、核磁気共鳴画像法(magnetic resonance imaging: MRI)の造影剤であるマグネビストを内包させた。このリポソームは、温度感受性試験で42℃以上において内包物を放出することが分かった。次に、以前報告された、金ナノ粒子とファージをイミダゾールを介して自己組織化(self-assembly)で結合させるという手法を応用し、金ナノ粒子、ファージ、リポソームとイミダゾールを加えるだけという方法で金粒子-ファージ-リポソーム ナノスキャフォールドを作成した。一晩後には、三次元のハイドロゲル様の構造が観察された。このナノスキャフォールドは、530 nm付近に吸収ピークを持つ金ナノ粒子単体とは異なり、近赤外付近(650 nm ~ 950 nm)にも吸収ピークを示し、近赤外レーザー光によって熱を産生することが観察された。レーザー光による温度上昇は、照射の時間、レーザー光の強度とナノスキャフォールドの濃度に依存した。また、このナノスキャフォールドは、表面増強ラマン散乱(Surface-enhanced Raman Scattering: SERS)のスペクトラムで、1263 cm-1と1327 cm-1において特徴的なシグナルが観察された。これらのシグナルは、それぞれ単体では観察されないため、ナノスキャフォールドの同定に有用であると考えられる。 乳癌の中で、エストロゲン受容体(ER)、プロジェステロン受容体(PR)、2型上皮増殖因子受容体(HER2)の発現が見られないものは、トリプルネガティブ乳癌と呼ばれ、その予後は他のタイプの乳癌に比べて悪いことが知られている。また、ホルモン療法が使用できないため、治療の選択も限られてくる。このトリプルネガティブ乳癌をターゲットとするファージとしてchicken tumor virus no.10 regulator of kinase-like protein (CRKL)結合ファージが以前報告されている。このファージが発現しているペプチドはβインテグリンと似た配列を有しており、CRKLタンパク質に親和性がある。トリプルネガティブ乳癌のモデルであるEF43.fgf-4細胞由来の癌にこのCRKL結合ファージを用いて作成したナノスキャフォールド(CRKL標的ナノスキャフォールド)を投与すると、EPR効果以上に癌へ集積することが観察された。ナノスキャフォールドが集積した腫瘍に低出力の近赤外レーザー光を照射すると、腫瘍の場所に限局して温度上昇が起こることが温度プローブとMR温度マッピングによって観察された。また、産生された熱は温度感受性リポソームの放出を促進することが示された。このCRKL標的金粒子-ファージ-リポソーム ナノスキャフォールドとそれに続くレーザー照射(ナノスキャフォールド光温熱療法)は、従来のリポソームのみの治療に比べて制癌作用が高いことが明らかになった。 以上の結果から、金粒子-ファージ-リポソーム ナノスキャフォールドは、EPR効果とファージの表面に発現されたペプチドにより腫瘍組織に集積し、近赤外レーザー光をあてることで局所的に温度上昇を誘導し、温度感受性リポソームから抗癌剤の放出を促進させることが可能であることが明らかとなった。 今後の課題としては、レーザー光の条件を腫瘍の種類や進行度、場所によって最適化することが挙げられる。ナノスキャフォールドの腫瘍への集積効果は腫瘍組織での標的分子の発現量や新生血管の量と状態に依存すると考えられるので、MRIなどでナノスキャフォールドの集積量をモニターし、レーザー光の用量を決定するのが望ましい。将来的には、レーザー光の照射による温度モニタリングをリアルタイムに行い、効果を確認しながら治療を行えるようなシステムの構築が有用であると考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は、抗癌剤の全身への副作用を軽減させ、その効果を腫瘍組織に限局させることを目的として、腫瘍ホーミングペプチドを発現させたファージによって腫瘍組織へ集積し、集積後に低用量の近赤外レーザー光を照射することによって、内包された抗癌剤を放出するという、金粒子-ファージ-リポソーム ナノスキャフォールドの作成を行ったものであり、下記の結果を得ている。 1.以前報告のある、金ナノ粒子とファージをイミダゾールを介して自己組織化させる(self-assembly)という方法を応用し、これに温度感受性リポソームを組み込むことによって、金粒子-ファージ-リポソーム ナノスキャフォールドを作成した。このナノスキャフォールドは、近赤外領域に吸収ピークを呈し、内包された温度感受性リポソームの温度応答性が保たれることが示された。 2.腫瘍ホーミングファージとして以前同定された、CRKL結合ペプチドを発現したファージを用いて作成されたナノスキャフォールド(CRKL-targeted nanoscaffold)は、マウスのトリプルネガティブ乳癌のモデルであるEF43.fgf-4細胞及びヒト前立腺癌のモデルであるDU145細胞に、コントロールのナノスキャフォールドと比べて、よく取り込まれることが観察された。 3.CRKL-targeted nanoscaffoldをEF43.fgf-4の皮下腫瘍モデルに尾静脈を介して投与すると、24時間後にコントロールのナノスキャフォールドと比較して、腫瘍に多く集積することが示された。 4.ナノスキャフォールドをアガロースゲルに組み込み、近赤外レーザー光を照射すると、レーザー照射と共に、熱を産生し、照射を終えるとクールダウンが起こることが示された。リポソームのみでは発熱しないことが観察された。 5.ナノスキャフォールドをEF43.fgf-4の皮下腫瘍モデルに投与し、24時間後に腫瘍部分に近赤外レーザー光を照射すると、腫瘍部分に限局して温度が上昇し、温度感受性リポソームが放出されることが分かった。 6.このナノスキャフォールドとレーザー光照射を組み合わせたnanoscaffold photothermal therapyは、EF43.fgf-4の皮下腫瘍モデルにおいて、リポソーム単独投与群と比較して、腫瘍抑制効果があることが示された。 以上、本論文は、金粒子-ファージ-リポソーム ナノスキャフォールドの腫瘍集積効果と近赤外レーザー光による発熱、およびそれに誘発されたリポソームからの薬剤の放出を明らかにした。本研究は、抗癌剤の効果を腫瘍局所に集中させ、全身への副作用を軽減させるものとして、将来の癌治療に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものを考えられる。 | |
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