学位論文要旨



No 129298
著者(漢字) 山川,奈津子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマカワ,ナツコ
標題(和) 病原体センサーと内因性リガンドの相互作用解明
標題(洋) The interactions of pathogen sensors with endogenous ligands
報告番号 129298
報告番号 甲29298
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4031号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 准教授 秋山,泰身
 東京大学 准教授 本田,賢也
内容要旨 要旨を表示する

【序文】

哺乳類をはじめとする多細胞生物は,日常的に様々な病原体にさらされている.そのため,外界から侵入してくる病原体に対して選択的に応答し,最前線で防御反応を誘導する「病原体センサー」は,生物の生存において重要な役割を担っている.複数のファミリーが報告されている病原体センサーのうち,本研究ではToll様受容体(Toll-like receptor, TLR)に着目した.近年,TLRは感染症への関与に加え,肥満,自己免疫疾患などの非感染性炎症性疾患などの病態にも関わっていることが明らかになり始めている.TLRは病原体由来の分子だけではなく,核酸,脂肪酸などの代謝産物も内因性リガンドとして恒常的に認識している.ところが,代謝異常による内因性リガンドの増加など,何らかの原因により過剰な炎症反応が誘導され,それが不可逆的になると自己免疫疾患などの非感染性炎症性疾患へと導かれてしまう.これまで,内因性リガンドとTLRの相互作用や,非感染性炎症性疾患が誘導される詳細なメカニズムはあまり報告されていなかった.そこで本研究では2つの病原体センサーおよび関連分子と内因性リガンドの相互作用に着目した.第1章TLR4 1塩基多型とリガンドの相互作用では,ヒトTLR41塩基多型がリガンドに対するTLR4の応答にどのような影響を与えるのか検討を行った.第2章MD-1と脂質の相互作用では,B細胞においてTLR4のLPS応答に関与することが知られているRP105/MD-1に着目し,これまでその機能やリガンドがほとんど報告されていなかったRP105/MD-1の機能解明に向けた研究を行った.特に,RP105/MD-1が内因性リガンドと会合し,B細胞リンパ腫の誘導に関わっている可能性について検討を行った.

第1章 ヒトTLR4 1塩基多型とリガンドの相互作用

【背景】TLR4/MD-2は,大腸菌をはじめとするグラム陰性菌の細胞膜の構成成分であるリポ多糖(Lipopolysaccharide, LPS)を認識する.TLR4がMD-2を介してリガンドのLPSと結合すると,リガンド依存的なTLR4/MD-2の二量体化を誘導し,TLR4/MD-2二量体が細胞内へ移行することでシグナルが伝達される.ヒトTLR4は複数の一塩基多型が報告されているが,特にD299GおよびT399Iに関する研究報告は多い.しかし,TLR4の細胞表面における発現やリガンド刺激に対する応答などに関して,異なる結論を主張している報告が混在しており,一塩基多型がTLR4の応答へ与える影響の詳細はこれまでわかっていなかった.そこで本研究では,ヒトTLR4の2つの一塩基多型がTLR4を介する応答へ与える影響を調べるために,細胞表面での発現,リガンドとの結合,TLR4/MD-2二量体の形成,NF-κBの活性化について検討を行った.

【方法】NF-κBの活性を検証するために,レポーター遺伝子を含んだプラスミドpNFκB-hrGFPをBa/F3細胞へ遺伝子導入し,ヒトTLR4(野生型,D299G, T399IおよびD299G/T399I), ヒトMD-2およびヒトCD14を過剰発現させた.これらの細胞を用いてTLR4の細胞表面における発現や,複数のリガンド刺激に対するTLR4の応答を比較した.また,精製TLR4/MD-2を用いて,TLR4とMD-2およびリガンドとの結合,リガンド刺激によるTLR4/MD-2の二量体化について,TLR4野生型と多型の比較を行った.

【結果】2種類の抗ヒトTLR4モノクローナル抗体を用いて,Ba/F3細胞表面におけるTLR4の発現量を比較したところ,既存の抗体(HTA125)ではTLR4 (D299G/T399I) の発現をほぼ確認できなかった (図1).しかし,当研究室で新たに樹立した抗体(TF901)を用いたところ,TLR4 (D299G/T399I) も野生型TLR4と同程度に細胞表面に発現していることがわかった (図1).また,精製TLR4/MD-2を用いてTLR4とMD-2,リガンドとの結合アッセイを行ったところ,野生型TLR4と一塩基多型の間に大きな違いは見られなかった.しかし,TLR4/MD-2過剰発現細胞にlipid Aで刺激を加えたところ,TLR4 (D299G/T399I) の方が野生型よりもNF-κBの活性が若干低下した.lipid Aよりも活性の弱いリガンドであるmonophosphoryl lipid A (MPL)で細胞を刺激したところ,TLR4 (D299G/T399I) の活性化はさらに弱くなり,野生型との違いがより大きくなった.また精製TLR4/MD-2を用いてnative-PAGEを行い,リガンド刺激により誘導されるTLR4/MD-2の二量体化を比較したところ,lipid Aで刺激した場合にTLR4 (D299G/T399I)の二量体化誘導は野生型よりも低下していた.そして,MPLで刺激を行った場合にはTLR4 (D299G/T399I)の二量体をほとんど確認できなかった.

同様に,TLR4に対して活性の弱いリガンドと考えられている飽和脂肪酸を用いて検討を行ったが,野生型TLR4とTLR4 (D299G/T399I)の間で,TLR4/MD-2と脂肪酸との結合やNF-κBの活性化における大きな違いは見られなかった.

【考察・結論】ヒトTLR4/MD-2 (D299G/T399I) は細胞表面における発現量,またTLR4とMD-2およびリガンドとの結合について,野生型と大きな違いは見られなかった.2種類の抗ヒトTLR4抗体により細胞表面TLR4の染色結果が異なった点,結晶構造解析の報告と合わせて,TLR4/MD-2 (D299G/T399I) はMD-2やリガンドとの結合に直接の影響は与えないが,局所的な構造変化が起こっていると推察される.それによりTLR4/MD-2多型では二量体誘導効率が低下し,シグナル伝達も弱くなったと考えられる.今後,TLR4の活性化を検証するための新たな実験系を構築し,内因性リガンドの探索および検証を行う必要がある.

第2章 MD-1と脂質の相互作用

【背景】 当研究室ではTLR4に類似した構造を持つRP105およびRP105に会合するMD-1を同定した.B細胞において,抗RP105抗体がRP105/MD-1へ結合するとその細胞増殖を強く誘導する.またB細胞におけるTLR4/MD-2のLPSへの応答に,RP15/MD-1が関与することも報告されていた.よってこれまで,RP105/MD-1はTLR4/MD-2と同様,自然免疫における機能を持つと考えられてきたが,RP105/MD-1を介したシグナル伝達の詳細な機構やRP105/MD-1の具体的なリガンドなどはわかっていなかった.そこで本研究ではRP105/MD-1が内因性リガンドを認識し,非感染性炎症性疾患の誘導に関与している可能性に着目し,モデルマウスを作製して解析を行った.

【方法】自己免疫疾患様の症状が比較的軽いモデルマウス,B6 lpr/lpr(B6-lpr)マウスをバックグラウンドとして,MD-1もしくはRP105欠損マウスと交配させた.生後半年から1年ほど表現型を観察し,解析を行った.また,マウスに見られた表現型の原因を追究するため,native-PAGEにより精製MD-1と結合するリガンド候補分子の探索および機能解析も行った.リガンド候補分子の既知受容体を細胞表面に発現させたM12細胞を構築し,MD-1による受容体の細胞内移行について検証を行った.

【結果】B6-lpr MD-1-/-マウスおよびB6-lpr RP105-/-マウスはB6-lprマウスよりも死亡率が高く,脾臓やリンパ節の腫大も見られた(図2).また,特にB6-lpr MD-1-/-マウスは肝臓へのB細胞の浸潤や,モノクローナルなB細胞の増殖などが確認されたことより, B6-lprマウスやB6-lpr RP105-/-マウスよりもB細胞リンパ腫を発症しやすい傾向にあることがわかった.そこで,B細胞リンパ腫発症の詳細なメカニズムを知るために,MD-1と結合するリン脂質をnative-PAGEにより探索したところ,リゾリン脂質の1つであるスフィンゴシン1リン酸 (S1P)とMD-1が会合することがわかった.

【考察】 B6 MD-1-/-マウスではリンパ腫が誘導される傾向は見られていないことから,Fasを介したアポトーシスが誘導されない状況下(B6-lprマウス)でMD-1を欠損させると,リンパ腫が誘導されやすくなることが示唆された.またS1Pの受容体であるS1P1やS1P2は,それぞれ細胞増殖およびアポトーシスに関与することがわかっている.S1P,MD-1がS1P1やS1P2およびRP105を介してB細胞リンパ腫を抑制するメカニズムについて,現在検討を続けている.

図1.細胞表面におけるTLR4の発現

図2.各マウスの脾臓の重量

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,自然免疫応答において病原体を認識する分子として知られる「病原体センサー」の非感染性炎症性疾患における役割を明らかにするため,内因性リガンドとの相互作用解析を試みたものであり,下記の結果を得ている.

第1章 TLR4 1塩基多型とリガンドの相互作用

1.ヒトTLR4/MD-2を過剰発現させたBa/F3細胞において,新規抗ヒトTLR4モノクローナル抗体(TF901)を用いて細胞表面におけるTLR4の発現量を検討したところ,ヒトTLR4 (D299G/T399I) は野生型ヒトTLR4と同程度に細胞表面へ発現していることが示された.

2.TLR4とMD-2の会合およびMD-2とリガンドの結合にTLR4 (D299G/T399I) は影響を与えないことが,精製TLR4/MD-2を用いた結合アッセイにより示された.

3.精製TLR4/MD-2を用いてnative-PAGEを行ったところ,リガンド刺激により誘導されるTLR4/MD-2の二量体が,ヒトTLR4 (D299G/T399I) は野生型ヒトTLR4よりも減少することが示された.特に活性の弱いリガンドのMonophosphoryl lipid A (MPL) で刺激を加えた場合に,ヒトTLR4 (D299G/T399I) は野生型ヒトTLR4と比較し,二量体形成能が大きく低下することが示された.

4.ヒトTLR4/MD-2を過剰発現させたBa/F3細胞に,NF-κBの活性を検出するために,NF-κB結合配列を有するプロモーターの下流にレポーター遺伝子hrGFPを接続したプラスミドを遺伝子導入したところ,ヒトTLR4 (D299G/T399I) は野生型ヒトTLR4よりも,リガンド刺激により誘導されるNF-κBの活性が低下することが示された.特にMPLで刺激を加えた場合,TLR4/MD-2二量体化の結果と同様に,TLR4 (D299G/T399I) におけるNF-κBの活性化は野生型TLR4よりも大きく低下することが示された.

5.飽和脂肪酸であるパルミチン酸,ミリスチン酸およびラウリル酸はヒトTLR4 (D299G/T399I) および野生型ヒトTLR4のリガンド結合部位に結合できることが,native-PAGEにより示された.

第2章 MD-1と脂質の相互作用

1.RP105/MD-1はTLR4/MD-2に類似した分子であるが,そのリガンドや機能はこれまであまり報告されていなかった.自己免疫疾患様の症状が比較的軽いB6 lpr/lprマウスにおいて,RP105やMD-1を欠損させたマウスの表現型解析や免疫グロブリン遺伝子のクローナリティー確認PCRを行ったところ,B6 lpr/lpr MD-1-/-マウスはB6 lpr/lprマウスやB6 lpr/lpr RP105-/-マウスと比較して,B細胞リンパ腫を発症しやすい傾向が示された.

2.精製MD-1を用いてnative-PAGEを行ったところ,MD-1はリゾリン脂質の1つであるスフィンゴシン1リン酸(S1P)と結合することが示された.

3.N末端にHAタグを付加したS1P受容体過剰発現細胞を用いて,リガンド刺激による受容体の細胞内移行実験を行ったところ,MD-1はS1P受容体1を細胞内へ移行させることが示された.

以上,本論文は病原体センサーと内因性リガンドの相互作用解析を行うことにより,2つのことを明らかにした.1つはヒトTLR4の1塩基多型が,特に活性の弱いリガンドで刺激した際の,TLR4の二量体化形成に影響を与えていて,下流のシグナル伝達を低下させることを明示した.もう1つはTLR関連分子であるMD-1を欠損させたB6 lpr/lprマウスは,B細胞リンパ腫を発症しやすくなる傾向が見られることを示した.本研究はこれまで未知に等しかった,非感染性炎症疾患における病原体センサーの役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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