学位論文要旨



No 129300
著者(漢字) 吉本,豊毅
著者(英字)
著者(カナ) ヨシモト,トヨキ
標題(和) 肺および消化管に発生するカルチノイド腫瘍の起源・性質の解明 : microRNAの網羅的発現解析による層別化・特徴的分子の探索
標題(洋)
報告番号 129300
報告番号 甲29300
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4033号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 医科学研究所 教授 村上,善則
 東京大学 教授 瀬戸,泰之
 東京大学 教授 中島,淳
 医科学研究所 教授 山梨,裕司
 東京大学 准教授 崔,永林
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

近年、神経内分泌腫瘍(NET; neuroendocrine tumor)の罹患数は世界中で増加しており、疾患としての重要性が非常に高まっている。高分化型の神経内分泌腫瘍であるカルチノイドは、全身に発生しうる腫瘍で、セロトニンをはじめとする様々な生理活性物質を産生・分泌する能力をもつ。組織学的にも、リボン状・索状などの増生を示す形態学的所見と、クロモグラニン・シナプトフィジンなどの神経内分泌マーカー陽性という免疫組織化学的所見が特徴的である。

microRNAは小分子RNAの一種であり、遺伝子発現のepigneticな調節を通じて、発生、分化、増殖、形態形成などの生命現象に深く関与している。各種腫瘍での発現解析は現在盛んに行われているが、これまでカルチノイドとmicroRNAの関係を論じた報告は少ない。

【目的】

本研究の目的は、肺および消化管に発生するカルチノイド腫瘍の性質をmicroRNA発現の観点から捉え、各臓器の正常組織、腺癌、小細胞癌などと比較することにより、腫瘍の発生・由来および生物学的性質を明らかにすること、およびカルチノイドに特徴的なmicroRNAを抽出してその役割・機能を明らかにすることである。

【結果】

(1)FFPE(Formalin-fixed paraffin-embedded)検体を用いたmicroRNAの発現解析

本研究では、稀な腫瘍であるカルチノイドの過去のFFPE検体がmicroRNA解析に利用可能かどうか、検証するところから始めた。FFPE検体と新鮮凍結検体との間でmicroarrayを用いてmicroRNA発現の相関を検討した。その結果、一部のmicroRNAで解離は見られるが、大半のmicroRNAでは良好な相関関係を確認でき、FFPE検体でもmicroRNAが保持されていることを示した。これによりFFPE検体を用いて検討することの妥当性が確認できた。また解離の見られたmicroRNAの一群を抽出し、そのうち3種のmicroRNAでqRT-PCRを行ったところ解離を確認できたため、この一群はその後のクラスター解析から除外することとした。同時にvalidation目的のqRT-PCRで用いる内在性コントロールの検討・選択も行った。

(2)カルチノイド腫瘍とその他の組織のクラスター解析

次に、カルチノイド腫瘍とその他の組織のクラスター解析を、2種の異なるアプローチを用いて行った。

4臓器のカルチノイド腫瘍と正常組織、および肺、胃、直腸の腺癌組織についてmicroRNAの発現パターンの比較検討を行った。階層クラスタリングを行うと、4臓器のカルチノイドが含まれる一群と、正常組織・腺癌組織が含まれる一群にほぼ分かれた。カルチノイドの群はその中で各臓器ごとに大まかに群を形成した。正常・腺癌組織の群の中では、消化管正常組織と消化管腺癌とが、また肺正常組織と肺腺癌とが同じクラスターを形成していた。NMF consensus clusteringという別のアプローチを用いると、2群または4群の分割が妥当との結果であり、階層クラスタリングの分割結果とよく合致するものであった。

肺および消化管のカルチノイドは、各臓器の正常組織や腺癌よりも、他臓器に発生するカルチノイドのほうがmicroRNA発現パターンが近いという結果であった。このことはカルチノイドが同じ臓器に発生する腺癌などとは全く別の性格を有する腫瘍であることを示しており、肺、胃、十二指腸、直腸の各臓器のカルチノイドが共通の発生起源をもつことを示唆する所見と考えられた。

別の検討として、肺カルチノイド、肺小細胞癌、肺正常組織、肺腺癌の症例に神経系腫瘍の嗅神経芽細胞腫と神経鞘腫を加えてクラスター解析を行った。階層クラスタリングを行ったところ、大きく2群に分かれた。1群は肺カルチノイドの大半を含むグループで、もう1群は肺正常組織、腺癌、小細胞癌の全例を含むグループである。後者はさらに2群に大きく分かれており、カルチノイド少数を含む腺癌・小細胞癌の一群と、肺正常組織と神経鞘腫の一群に分割された。

カルチノイドの大半は他の肺組織と異なる一群を形成し、正常組織、腺癌とは異なる性質をもつ腫瘍であることが再確認された。また同じ神経内分泌腫瘍である小細胞癌は全例がまとまって一群を作り、その一群は腺癌などと大きなクラスターを形成したことから、肺小細胞癌は腺癌と発現パターンが近いことがわかった。

この結果は神経内分泌腫瘍の発生における2つの異なるプロセスの存在を示唆しており、各臓器の腫瘍から神経内分泌的性格を獲得して発生してくるものと、個々の臓器の特徴が乏しく臓器を超えた共通の性質を有して発生するものとがある、とする組織発生の説を裏付けるものと考えられる。

神経芽細胞腫はカルチノイドとクラスターする症例や、腺癌などとクラスターする症例があり、大きな一群にまとまらなかった。

リンパ節転移症例、肺atypical carcinoid症例、原腸系によるカルチノイドの分類などをクラスター解析の結果と比較して検討したが、microRNA発現パターンによる分割結果とは明瞭に合致しなかった。

(3)カルチノイドに特徴的なmicroRNAの同定と機能解析

各臓器間でカルチノイドと正常組織、あるいはカルチノイドと腺癌を比較し、共通して有意に発現上昇または発現低下しているmicroRNAを抽出することで、カルチノイド腫瘍に共通の発現変動が見られる特徴的microRNAを指摘できると仮説を立てた。統計的手法を用いて比較したところ、カルチノイドと正常組織の間で2臓器間以上で有意な発現差を認めたmicroRNAは16種類、またカルチノイドと腺癌組織の間で2臓器間で有意な発現差を認めたものが6種類であった。これらの共通項で、かつ発現量の多いmiR-7, miR-375はカルチノイドに特徴的なmicroRNAであると考えられた。これらの高発現はqRT-PCRでも確認できた。

我々はmiR-375に着目し、機能解析を進めた。肺カルチノイドの細胞株に高発現を示すことを確認し、これをinhibitor分子を使ってknockdownすることでその機能を確認することとした。まず、miR-375のknockdownにより増殖が軽度抑えられる結果が得られ、miR-375が増殖促進的に働いている可能性が示唆された。次に、神経内分泌形質の発現を調べたところ、そのマーカーであるクロモグラニンとシナプトフィジンはmRNAレベルでも蛋白レベルでもknockdownによる効果は確認できなかった。

【結論】

FFPE検体を用いてカルチノイド腫瘍を含む腫瘍・正常組織の網羅的なmicroRNA発現解析を行った結果、肺と消化管のカルチノイドは共通の起源をもつことが示唆された。また同じ神経内分泌腫瘍の小細胞癌は、むしろ腺癌などに近い発現パターンをもち、神経内分泌腫瘍は2つの組織発生の経路があることが示唆された。またカルチノイドに特徴的なmicroRNAを抽出・同定し、miR-375は増殖促進的な機能をもつ可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、肺および消化管に発生するカルチノイド腫瘍をmicroRNA発現の観点から、各臓器の正常組織、腺癌、小細胞癌などと比較することで、カルチノイドの発生・由来および生物学的性質に迫ること、およびカルチノイドに特徴的なmicroRNAを抽出してその役割・機能を明らかにすることを目的としている。我々は肺および消化管カルチノイド症例を含む手術材料のホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)検体を用いてmicroRNA発現を網羅的に解析し、2種類のクラスター解析を行うことで、カルチノイドを正常組織・腺癌組織・小細胞癌などと比較した。またバイオインフォマティクス的手法を利用して、肺・消化管カルチノイドに特徴的なmicroRNAを同定し、その機能の一端を明らかにした。

本研究において、下記に示す結果が得られた。

1. FFPE検体と新鮮凍結検体がペアになった症例を選び、各々から抽出したRNAを用いて、microRNA発現profileを比較し、FFPE検体においても大部分が保たれていることを明らかにした。一方で、腫瘍組織の一部検体においてはFFPE検体のほうが新鮮凍結検体よりも発現signal値が高くなるmicroRNAの一群があることが分かり、比較的時間の経過した検体のペアで見られる傾向があることが分かった。そのうち3つのmicroRNAについてqRT-PCRを用いてvalidationを行った。またそのような一群のmicroRNAは比較的短く、GC比が高い傾向にあることが分かった。

2. 肺、胃、十二指腸、直腸のカルチノイド腫瘍と、各臓器の正常組織、腺癌組織のFFPE検体からそれぞれRNAを採取し、microRNA microarrayにより網羅的にmicroRNAの発現解析を行った。それを階層クラスタリングとNMF consensus clusteringの2つの方法で解析した。その結果、カルチノイドは他の正常組織・腺癌組織などと分かれ、さらに各々が臓器ごとに大まかにクラスターする結果が得られた。すなわち肺と消化管のカルチノイドが共通の発生起源をもち、各臓器の正常組織とは大きく異なる背景を有することが示唆された。またカルチノイドにおいて他組織と比較して有意に発現変動を示すmicroRNAには、神経系の発生と関連する報告があるものが多く含まれ、カルチノイド腫瘍と神経系発生との関連が示唆された。カルチノイドが神経外胚葉由来であることが否定的とされる一方で、神経系発生・分化との関連を示唆する先行報告があるが、microRNA発現の観点からも神経系発生との関連が考えられる結果となった。肺と消化管のカルチノイドを直接比較できた点についても本研究の意義は大きいと考えられる。

3. さらに肺組織(肺カルチノイド、肺小細胞癌、肺腺癌、肺正常組織)と神経系腫瘍(嗅神経芽細胞腫、神経鞘腫)のmicroRNA発現を網羅的に解析し、上記と同じクラスター解析にて検討した結果、肺カルチノイドは同じ神経内分泌腫瘍の小細胞癌とは異なる発現パターンを示して1つのクラスターを形成する一方で、小細胞癌はむしろ腺癌や正常組織に近い発現を示すという結果が得られた。小細胞癌はカルチノイドと由来を別にし、腺癌や正常組織に由来するという組織発生の説を支持する結果であった。ここから神経内分泌腫瘍の組織発生として、2つの成り立ちがあることを支持された。

4. バイオインフォマティクス的手法を用いて、カルチノイドに特徴的な発現を示すmicroRNAとしてmiR-7, miR-375を同定し、これをqRT-PCRにてvalidationした。miR-375の機能について、肺カルチノイド細胞株を利用して、miR-375のinhibitorを用いて、増殖、形態、神経内分泌分化の面から検討を行った。増殖についてはknockdownにより増殖が軽度抑制される、つまりmiR-375は腫瘍の増殖促進的に働くという結果であったが、その差は大きなものではなかった。神経内分泌分化については、knockdownにより神経内分泌マーカーの発現の程度はmRNAレベルでもタンパク質レベルでも明瞭な差異が認められなかった。

以上、本論文はmicroRNA発現解析におけるFFPE検体の有用性を示し、microarray技術を用いて、microRNAの観点から、肺と消化管のカルチノイドが共通の発生起源をもつ説を支持する知見を明らかにした。またカルチノイドに特徴的な発現を示すmicroRNAを抽出・同定した。本研究はカルチノイド腫瘍の組織発生および腫瘍の発生に関連するmicroRNAの解明に一定の貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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