学位論文要旨



No 129303
著者(漢字) 石井,耕平
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,コウヘイ
標題(和) 完全人工心臓用螺旋流血液ポンプの研究と開発
標題(洋)
報告番号 129303
報告番号 甲29303
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4036号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 准教授 桐生,茂
 東京大学 准教授 伊藤,大知
 東京大学 教授 小野,稔
 東京大学 講師 和田,郁雄
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】

人工心臓とは、心臓のポンプ機能を代行するシステムの総称である。人工心臓には、心室を切除して装着し、心臓のポンプ機能を完全に代行する完全人工心臓Total artificial heart(TAH)と、弱った心臓に装着して心臓のポンプ機能の一部を補助する補助人工心臓Ventricular assist device(VAD)とがある。VADのデバイスは大きく進歩している一方、TAHでは未だに旧式のデバイスが使用されているのが現状である。

TAHによる治療を心臓移植に代わる治療として確立させるためには、生体心と置換可能な大きさという形状的制約の中で、高いポンプ性能、耐久性、拍動性能、血液適合性や解剖学的適合性などを満たす血液ポンプが必要であるが、それらを総合的に満たす血液ポンプは現存しない。従って、次世代のTAHを実現するためには、TAHに適した新しい血液ポンプを開発しなければならない。その方法として、螺旋流血液ポンプ(HFP)が期待できると考えた。しかし、HFPはまったく新しい原理と構造を持つ血液ポンプであるために、そのポンプ特性、最適設計、駆動方法、効率や血液適合性など、研究しなければならない課題は多い。

本研究は、HFPの基本特性の解析を行い、その成果を基にしてTAH用HFPの開発を行うことを目的とした。

【螺旋流血液ポンプ】

HFPの内部には流入ポート側および流出ポート側のらせん流路に挟まれるように環状のインペラーが配置されており、血液はポンプ内にらせん状に流入し、インペラーで駆動されて流入ポートへとらせん状に流出される。らせん流路は、流入ポート側および流出ポート側のどちらも180度の位相差を持ったダブルボリュート構造となっており、インペラーにかかる静圧がインペラー中心を支点として点対称に釣り合うようになっている。インペラーの回転運動は、インペラー内部に埋め込まれたローターとポンプ中心部に配置されたステーターにより構成されるDCブラシレスモーターにより行われる。高耐久性を実現するため、インペラー内周には動圧軸受けを、またステーター外周には真円軸を設け、インペラーを動圧浮上させることにより、インペラーが非接触で回転する仕組みを採用している。これにより、回転時の機械的摩擦を排除している。

【基本特性の解析】

基本特性を解析するために、基礎実験用HFPを作製し、ポンプ特性の解析を行うとともに、粒子画像流速測定法 Particle image velocimetry(PIV)および数値流体力学Computational fluid dynamics(CFD)によりポンプ内流れの解析を行った。

ポンプ特性試験の結果、HFPは低回転高揚程型のポンプであることが示され、拍動流の生成に関して有利な特性を持っていることがわかった。また、圧流量特性の傾きが大きいことから後負荷変動に対する流量変化が小さい特性を持っていることがわかった。ベーン枚数に関しては、ベーン枚数24枚が、圧流量特性、ポンプ効率および加工性の観点から適切であると考えられた。ベーン枚数24枚の実験結果では、流量5 L/minおよび揚程100 mmHg の条件は、1250 rpmから1500 rpmの回転数において達成でき、水力効率は最高17.9%であった。

PIVおよびCFD解析の結果、HFPの特徴として、ベーン間に見られる中心位置を異にする回転方向の異なる二つの渦と、二つの渦を縫うように流入側ベーン根元から流出側ベーン先端へと向かう流れが見られた。このことから、螺旋流ポンプの原理は、インペラーの回転に伴う流入側から流出側への流体の移動とベーンにより発生する流体の遠心力の相乗効果によりポンプ作用を発揮することにあると考えられた。また、流出口近傍でのエネルギー変換による昇圧やベーン近傍における200 Pa程度のせん断応力が、また回転軸に対称な静圧分布などが確認された。

【完全人工心臓用螺旋流血液ポンプの開発】

TAHを構成するには、左心用と右心用の二種類のHFPを開発する必要がある。まずは重要度の大きな左心用HFPを開発し、次に右心用HFPを開発した。左心用HFPを用いて、ポンプ特性試験、溶血試験および拍動流性能試験を行い、左心バイパスとしてヤギへの埋め込み実験を行ったのち、右心用HFPと左心用HFPと合わせて螺旋流完全人工心臓(HFTAH)を構成し、ヤギへの埋め込み実験を行った。

開発したHFPは、揚程100 mmHgに対して、左心用は最高19.97 L/minの、右心用は13.6 L/minの連続流々量が得られた。システム効率は、左心用および右心用HFPにおいて、それぞれ最高で10.8%および8.35%であった。拍動流性能試験では、平均流量5 L/minにおいて回転数変動を±500 rpmとすることにより、拍動数60、90および120 bpmのいずれの条件においても完全拍動流を得ることが可能であった。溶血試験では、現状の溶血量は市販の遠心ポンプ(BPX-80)の1.95~8.07倍であり、比較的高い値であることから改善の余地が残された。

左心用HFPを左心バイパスとして用いた動物実験を4頭に行い、2頭の生存が得られた。生存が得られた2例とも術後に溶血が発生し、それに伴いヘマトクリットが低下した。溶血の原因は、術後の血漿総タンパク質の低下により血液の粘度が低下し、動圧軸受けが不安定になったためであると考えられた。溶血は2週間程度で治まり、1頭は208日間実験を継続できた。しかし、2頭目は、23日目に動圧軸受けが破綻し実験を終了した。実験結果より、動圧軸受けの安定性を改善する必要があることがわかったが、208日間生存したヤギのポンプ内に血栓は見られなかったため、抗血栓性に関しては良好である見通しが得られた。

HFTAHの動物実験では、6頭のヤギに埋め込みを行い、2頭の生存が得られた。いずれの実験でも、解剖学的適合性は良好であった。TAHの動物実験では、動圧軸受けの浮上力を向上させたことが効果的であったと思われるが、溶血は発生しなかった。しかし、1例は8日目に左心HFPの動圧軸受けが破綻し、またもう1例は12日目に右心HFPの動圧軸受けが破綻した。動圧軸受けが破綻した原因としては、サッキングが考えられた。サッキングの発生により負荷が瞬時かつ急激に変動した場合に、動圧軸受けが真円軸に接触する可能性が考えられた。したがって、今後動圧軸受けの安定性のさらなる向上が必要であると考えられた。

【考察】

新しい原理のTAH用血液ポンプの創造に際して、アイデアのベースとなったものは、東京大学で開発された波動型TAH(UPTAH)である。しかし、UPTAHは、使用している波動ポンプの複雑な軸機構が災いして耐久性に難があった。HFPは、波動ポンプの耐久性の問題を克服するために発明された。

本研究では、まず、HFPの基本特性の解析を行った。その結果、HFPはTAH用として理想的な血液ポンプである可能性が示された。また、HFPは波動ポンプと同等の性能を持っており、かつポート配置やポンプ特性も似ているために、波動型TAHシステムのポンプのみをHFPで置き換えることにより、比較的早期にTAHが実現できると考えた。

HFPのポンプ原理に関しては、ベーンに2つの渦が発生するという点で一部渦流ポンプのそれとよく似ていたが、実際には、ベーンにより発生する流体の遠心力と流入側から流出側への流体の移動との相乗効果によりポンプ作用を発揮するというまったく新しい原理に基づいていることが示唆された。

次に、TAH用HFPのプロトタイプの開発を試みた。実際に開発したHFPは、熱源(モーター)のデバイス中心部への配置と動圧軸受けによるインペラーの非接触支持を実現した。また、拍動流を得るためには、収縮期の流量と血圧を実現するために平均血流量の2~3倍の性能が必要となるが、開発したHFPは十分な性能を持っていた。

ヤギを用いて動物実験を行った結果、左心バイパスの動物実験では抗血栓性に関して良好である見通しが得られ、またTAHの動物実験では解剖学的適合性に関して良好であることがわかったため、HFTAH実現の可能性を証明できたと考えている。

HFTAHの実用化を目指して、臨床使用できるレベルにまでHFPの完成度を上げるためには、動圧軸受けの安定性の向上、溶血特性や効率の向上および耐久性や抗血栓性などの長期慢性動物実験による評価など、解決すべき課題が残されているため、今後さらなる研究と開発が必要である。

【結論】

HFPは、低回転高揚程型のポンプであることが分かった。また、圧流量特性の傾きが比較的大きく、後負荷変動に対する流量変化が小さいポンプ特性を有していることがわかった。HFPのポンプ原理は、インペラーの回転に伴う流入側から流出側への流体の移動とベーンにより発生する流体の遠心力との相乗効果によりもたらされると考えられる。開発したTAH用HFPは、動圧軸受けによるインペラーの非接触支持を実現し、生体の心機能を十分に代替することが可能な性能を持っていた。このHFPを動物実験に使用可能なレベルにまで完成度を高め、ヤギを用いて動物実験を行った結果、左心バイパスの動物実験では抗血栓性に関して良好である見通しが得られ、またTAHの動物実験では解剖学的適合性に関して良好であることがわかった。今後の課題としては、実用化に向けて、動圧軸受けの改良、溶血特性や効率の向上および長期慢性動物実験による評価などの研究と開発が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は完全人工心臓(TAH)による治療を心臓移植に代わる治療として確立することを目標として、生体心と置換可能な大きさという形状的制約の中で、高いポンプ性能、耐久性、拍動性能、血液適合性や解剖学的適合性などを満たす血液ポンプを実現するため、まったく新しい原理と構造を持つ血液ポンプである螺旋流血液ポンプ(HFP)の基本特性の解析を行い、その成果を基にしたTAH用HFPの開発を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.基礎特性の解析よりHFPは低回転高揚程型のポンプであることが示され、拍動流の生成に関して有利な特性を持っていることがわかった。また、圧流量特性の傾きが大きいことから後負荷変動に対する流量変化が小さい特性を持っていることがわかった。ベーン枚数に関しては、ベーン枚数24枚が、圧流量特性、ポンプ効率および加工性の観点から適切であると考えられた。ベーン枚数24枚の実験結果では、流量5 L/minおよび揚程100 mmHg の条件は、1250 rpmから1500 rpmの回転数において達成でき、水力効率は最高17.9%であった。

2.動物実験に使用可能なレベルまで完成度を高めたTAH左心用HFPと右心用HFPを開発しての特性解析では、揚程100 mmHgに対して、左心用は最高19.97 L/min、右心用は13.6 L/minの連続流々量が得られた。システム効率は、左心用および右心用HFPにおいて、それぞれ最高で10.8%および8.35%であった。拍動流性能試験では、平均流量5 L/minにおいて回転数変動を±500 rpmとすることにより、拍動数60、90および120 bpmのいずれの条件においても完全拍動流を得ることが可能であった。溶血試験では、現状の溶血量は市販の遠心ポンプ(BPX-80)の1.95~8.07倍であり、動物実験に使用可能な水準であることが示された。

3.左心用HFPを左心バイパスとして用いた動物実験を4頭に行い、2頭の生存が得られた。生存が得られた2頭とも術後に溶血が発生し、それに伴いヘマトクリットが低下した。溶血の原因は、術後の血漿総タンパク質の低下により血液の粘度が低下し、動圧軸受けが不安定になったためであると考えられた。溶血は2週間程度で治まり、1頭は208日間実験を継続できた。しかし、2頭目は、23日目に動圧軸受けが破綻し実験を終了した。実験結果より、動圧軸受けの安定性を改善する必要があることがわかったが、208日間生存したヤギのポンプ内に血栓は見られなかったため、抗血栓性に関しては良好である見通しが得られた。

4.左心用HFPと右心用HFPにより構成したHFTAHの動物実験では、6頭のヤギに埋め込みを行い、2頭の生存が得られた。いずれの実験でも、解剖学的適合性は良好であった。TAHの動物実験では、動圧軸受けの浮上力を向上させたことが効果的であったと思われるが、溶血は発生しなかった。しかし、1例は8日目に左心HFPの動圧軸受けが破綻し、またもう1例は12日目に右心HFPの動圧軸受けが破綻した。動圧軸受けが破綻した原因としては、サッキングが考えられた。サッキングの発生により負荷が瞬時かつ急激に変動した場合に、動圧軸受けが真円軸に接触する可能性が考えられた。したがって、動圧軸受けの安定性のさらなる向上が今後の課題である。

以上、本論文において開発したTAH用HFPは動圧軸受けによるインペラーの非接触支持を実現し、生体の心機能を十分に代替することが可能な性能を持っていること、完全拍動流を生成することが可能であることを示した。また、ヤギを用いて左心バイパスおよびTAHの動物実験を行った結果、左心バイパスの動物実験では抗血栓性に関して良好である見通しが得られ、またTAHの動物実験では解剖学的適合性に関して良好であることがわかったことから、これまで開発された完全人工心臓用血液ポンプが実現することのできなかった、高いポンプ性能、耐久性、拍動性能、血液適合性や解剖学的適合性などを、形状的制約の中で満たす血液ポンプを実現できる見込みが得られた。したがって次世代の完全人工心臓の実用化に重要な貢献をなすと言えることから、学位の授与に値するものと考えられる。

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