学位論文要旨



No 129304
著者(漢字) 伊藤,さおり
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,サオリ
標題(和) 全摘後甲状腺分化癌に対する放射性ヨード内用療法の線量分布
標題(洋)
報告番号 129304
報告番号 甲29304
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4037号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 准教授 百瀬,敏光
 東京大学 講師 井垣,浩
 東京大学 講師 栃木,衛
 東京大学 講師 長野,宏一朗
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、放射性ヨード内用療法における線量分布の定量的評価の手法の確立である。甲状腺分化癌に対する治療として、甲状腺全摘後の放射性ヨード内用療法は広く行われている。当院でも年間70例程度この治療を実施している。しかし現状では投与量は画一的であり、さらに放射性ヨードの集積部位に対する十分な線量分布の定量的評価は行なわれていない。放射線治療現場で汎用のシステムを利用し、簡便な体内線量分布の描出が可能となれば、治療効果に対する正当な評価をすることが期待でき、その結果を臨床にフィードバックすることで治療成績向上への一助になると考えた。放射性ヨード内用療法の線量分布描出に対する本研究のアプローチは次の通りである。まず放射性ヨード分布を求める方法としてSingle Photon Emission Computed Tomography (SPECT)を採用する。内用療法に使用する放射性ヨード(131)Iから放出される364keVγ線検出に調整されたガンマカメラ検出器により、投影像を360°収集する。この投影像を基に再構成することで3次元の放射性ヨード分布を取得する。臨床応用の前段階として、まず、専用アクリルファントムを作成し、SPECTの基礎データ測定を行なう。ここでは測定データとシミュレーション結果の比較によりシミュレーション精度を確認するとともに、患者データを扱う際に使用するPoint Spread Function(点拡がり関数)の導出を目的とする。続いて線量分布の描出方法として以下の2通りを試みる。まず1つ目の方法として、小線源治療の線量計算に一般に推奨されているモデル計算を適用する。この方法において、放射性ヨード分布を点線源の集合として近似し、モンテカルロ計算からあらかじめ得ておいた動径方向の線量プロファイル(Radial Dose Function; RDF)を点線源ごとに描出して重ね合わせを行なう。この方法では、放射性ヨード分布を与えることができれば、時間をかけることがなく簡便に線量分布を導出することが可能である。一方、RDFは水中において求められているために、不均質領域の線量計算精度に問題があると推察される。2つ目の方法ではこの点を改善するためにCT値を用いて物質の種類と密度を同定し、モンテカルロ計算によってその物質密度上に分布した放射性ヨードから直接放出されるγ線とβ線から生じる線量を評価する。

両方法の患者への応用において問題となる点は、放射性ヨードの体内分布が経時的に変化するという点である。本研究では放射性ヨード内用療法施行後に取得したPlaner Viewから推定される放射性ヨードの集積部位近傍の皮膚表面にガラス線量計を複数回貼付し、このガラス線量計で計測された線量の経時的な減衰が指数関数で表現できるものとした。上述の両方法で計算された線量分布の絶対値は、貼付したガラス線量計の位置において規格化された。

全摘後甲状腺分化癌患者への放射性ヨードI(131)100mCi投与2例に対し、線量計算の手法として挙げた上記2方法を試みた。その結果、複数集積部位それぞれにおいて線量分布を描出することが出来た。比較的均質な部位では2つの方法の線量分布には大きな差異は見られなかったが、とりわけ脊髄へ集積したケースでは、肺野や骨の不均質密度分布の影響による差異が明瞭となった。典型的な線量分布の計算時間は、1つ目のモデル計算による方法では数秒から数十秒程度、2つ目のモンテカルロ計算による方法では1時間半程度であった。今回の症例においては、スポット直径1cmの範囲で50Gy程度の線量結果が得られた。

本研究により放射性ヨード内用療法施行による体内線量を描出し、線量評価を行うことが可能となった。これらの手法を用いることにより、放射性ヨードの集積個所に隣接するリスク臓器の線量評価の実現が可能となる。一方、SPECTによる放射性ヨード分布の同定精度にはなお課題が残る。また患者固有の正確な放射性ヨード体内動態に関しても不定性が大きい。線量評価の精度向上には、これらの改善に向けたさらなる研究が望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は放射性ヨード内用療法における線量分布の定量的評価の手法の確立を試みたものである。 放射性ヨード内用療法の線量分布描出に対する本研究のアプローチは下記の通りである。

1. 放射性ヨード分布を求める方法としてSingle Photon Emission Computed Tomography (SPECT)を採用し、内用療法に使用する放射性ヨードI(131)から放出される364keVγ線検出に調整されたガンマカメラ検出器により、投影像を360°収集した。この投影像をもとに再構成することで3次元の放射性ヨード分布を取得し、臨床応用の前段階として、専用アクリルファントムを作成し、SPECTの基礎データ測定を行った。放射性ヨードI(131)とガラス線量計を用いた測定データとシミュレーション結果の比較は0.3%程度と良く一致しており、シミュレーション精度を確認した。さらに患者データを扱う際に使用するPoint Spread Function(点拡がり関数)を導出した。

2. 患者データにおける線量分布の描出方法として、小線源治療の線量計算に一般に推奨されているモデル計算を適用した。放射性ヨード分布を点線源の集合として近似し、モンテカルロ計算からあらかじめ得た動径方向の線量プロファイル(Radial Dose Function; RDF)を点線源ごとに描出し、重ね合わせを行った。この方法の優位な点は、放射性ヨード分布を与えることができれば、短時間で簡便に線量分布が導出可能となる点である。但し、RDFは水中において求められているために、不均質領域の線量計算精度に問題があると推察されるため、別方法との比較を行った。別方法ではこの点を改善するために、CT値を用いて物質の種類と密度を同定し、モンテカルロ計算によってその物質密度上に分布した放射性ヨードから直接放出されるγ線とβ線から生じる線量を評価した。

3. 患者への応用において、放射性ヨードの体内分布が経時的に変化するという点については以下のアプローチを行った。放射性ヨード内用療法施行後に取得したPlaner Viewから推定される放射性ヨードの集積部位近傍の皮膚表面にガラス線量計を複数回貼付し、このガラス線量計で計測された線量の経時的な減衰が指数関数で表現できるものとし、計算された線量分布の絶対値は、貼付したガラス線量計の位置において規格化した。

4. 全摘後甲状腺分化癌患者への放射性ヨードI(131)100mCi投与2例に対し、線量計算の手法として挙げた上記2方法を試みた。その結果、複数集積部位それぞれにおいて線量分布を描出することが出来た。比較的均質な部位では2つの方法の線量分布には大きな差異は見られなかったが、とりわけ脊髄へ集積したケースでは、肺野や骨の不均質密度分布の影響による差異が明瞭となった。しかし、市販の小線源治療に現在使用されている計算モデルは、近い将来モンテカルロ法と同等ものに置き換わるため、後者の差異は改善される。典型的な線量分布の計算時間は、モデル計算による方法では数秒から数十秒程度、モンテカルロ計算による方法では1時間半程度であった。今回の症例においては、スポット直径1cmの範囲で50 Gy程度の線量結果が得られた。

以上、本研究は放射性ヨード内用療法施行による体内線量を描出し、線量評価を行うことを可能とした。市販の放射線治療計画機のモデル計算を適用する試みはこれまでになかった。本論文の手法を用いることにより、多くの施設において簡便に放射性ヨードの集積個所に隣接するリスク臓器の線量評価を実現することが可能となる。本研究は放射性ヨード内用療法の定量的評価に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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